第16話 不安での待機

文字数 2,154文字

 一方、地上では小型豪華客船のローズ・プリンセス号の安否について話題になっていた。通常では客船同士が近いコースを通過する場合には、汽笛を鳴らしたりして合図をする慣習がある。また近接し過ぎて衝突を避ける為に無線で知らせたりと、何らの合図をお互いがするのだ。毎日同じコースを運行していると、運営の会社が違っていても馴染みになる場合もある。

 そういう場合には汽笛を鳴らし、お互いの健闘を祈るのだが、ローズ・プリンセス号が同じ客船のクイーン・マリーンズ号とほぼ同じ時刻に、同じ寄港地に辿り着く時間帯がある。その日は両船とも、セント・ヘレナスという港に寄港する予定だった。

 乗客達はそこで降りて、三日間の間、その街を楽しんだ後、再び乗船する。その間、船はマリーナベイ・クルーズセンターという客船用の接岸設備に停泊される。そこで乗客達が、市内を満喫している間に、船の中のメンテナンスをし、燃料や食料の補給をする。
乗員達はメンテナンスが終わると、殆どは船内で過ごすのだが、船長の許可が有ればその港内のなかで行動することが許される、それは次の出航に備える為である。

 ローズ・プリンセス号とクイーン・マリーンズ号がセント・ヘレナスの港に着岸する時刻は一日に一度だけである。故にクイーン・マリーンズ号の船長はそれをよく憶えているのだ。 というのもクイーン・マリーンズ号の船長のブラウンは、奇しくもローズ・プリンセス号の船長のクラークとは会社は違っていても船員学校では同期だからである。

 たまにプライベートで二人で酒を酌み交わしながら、色々な話をする仲でもある。
 その日もブラウンは、クラークが着船した後、港内で合う予定でいた。この施設にはセント・ヘレナス観光のシンボルである海辺の植物園や観光施設があり、宿泊も可能である。そこは常に乗船客や一般の観光客で賑わっていた。 マリーナベイ・クルーズセンターの一階は船の到着階であり、二階が出発階になっている。

 それぞれの階には両替所、コンビニエンスストア等々があり活気づいている。ローズ・プリンセス号の到着を待っているクイーン・マリーンズ号の船長のブラウンはラウンジのコーヒーショップで、クラークを待っていた。彼はさっきからイライラしながら腕時計ばかり何度も眺めている。自分の船が着いたのが夕方の四時頃だったので、もう一時間も経っている。

「遅いな、もう着いても良さそうなのだが……」
 この港内には自社の連絡所があるので、直ぐに確認が取れるのだが、会社が違えばそうもいかない。 いわゆるライバルの会社だからでもある。しかし海での情報は安全の為には共有はしている。 ブラウンは携帯電話でクラークを呼び出しても、中々繋がらない。

「今夜は、久し振りにクラークと情報を交換しながら近況報告をしようと思ってるのだが……」
と一人彼を待ちあぐねていた。船が予定の時間に到着しないのは、良くあることだった。しかし、それにしても遅い。その日は海は比較的穏やかだったし、特に海での障害によるニュースも聞いていない。たまには船の調子で遅れることがあるのだが、少し時間が掛かっている。

 それ以上にクラークが勤務する客船事務所でも船の遅れが気になり始めていた。 船との無線による連絡が付いていないからである。もし何かがあれば緊急電話が掛かってくるし、万が一に遭難したとしても緊急遭難信号がそれを知らせるはずであり、不思議なのはローズ・プリンセス号からは何の連絡がないのだ。コーヒーショップでコーヒーを飲みながら、ブラウンはふと気になることを思い出していた (そういえば、確かあの海域でクジラの群れが艦内のレーダーで見つかったが、それは遠くだったし、そんなことは無いだろうな……)
船長でもあるブラウンはあまり気にしていなかった。

(こんな穏やかな海面では氷山にぶつかったり、座礁でもしなければそんなに遅れるはずなど無いのだが……)と自分の経験で考えていた。
そのとき、ブラウンの携帯電話が鳴った。ブラウンはすかさず携帯電話に耳を付けた。
「ブラウンさんですね」
「そうです、あ……ロバートですね、どうしましたか?」
その声の主はクラークの会社の無線主任管理者のロバートで、クラークの友人である自分とも親しかった。

「クラーク船長から連絡が入っていないのですが、何か心当たりは有りませんか?」
「私もさっきから考えていたのですが……」
「そうですか、何か思い当たることは?」
「いや、こんなに穏やかな海は珍しいので、思いつかないのですが、何か船でアクシデントがあったとしか考えられませんね」
「そうですか、ブラウンさんはクラーク船長と今夜お会いする予定でしたよね」
「ええ、それでさっきからずっと待っているんですがねえ」

「あっ! 何か緊急の無線が入りました、後で又かけ直します」
ロバートの緊張をした声が聞こえる。
「そうですか、わかりました、後で連絡を……」
「承知しました!」

 どうやらブラウンが待つローズ・プリンセス号からの何らかの情報が入ったらしい。ブラウンは電話を切るのさえ忘れて、それを耳に当てていた。電話からはピーという切れた音が聞こえているのだが、ブラウンにはその音が聞こえていなかった。



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