第19話 ヘリコプターの飛来

文字数 1,814文字

 船からの遭難信号は四〇六MHzの電波を発射し、コンパス・サーキットと称する捜索救助衛星システムを介して、その国の主務管庁で受信された。
 それは直ちに沿岸警備隊のジョージの元に届き、隊長であるジョージは各所に連絡した。すでに警備隊では、体制が整えられている。

「こちら管制室のジョージより各隊員に連絡する、地中海沖にて沈没しているローズ・プリンセス号の乗客、乗員を直ちに救助せよ、位置は経度……緯度……である、ヘリコプター並びに救助艇は至急出動せよ、健闘を祈る、以上!」

 館内放送が流れると、直ちに隊員は各自機に搭乗の為に散らばった。警備隊のベテランのウイリアムは救難ヘリコプターに相棒のアダムと乗った。このヘリは正操縦席にはウイリアム、副操縦席にはアダムがつき、その他数名の隊員が救助のために乗り込んだ。
 ウイリアムは右手でコレクティブ・スティックの先端に着いているグリップ部分を外側に回し、エンジンの回転数を上げた。それを確認するとコレクティブ・スティックをゆっくりと上に引き上げる。ブレードは回転を増し、機体が揚力を得てふわりと上昇を始めた。

 ブレードは、ブルンブルンと豪快な音をさせている。それはまるで大きなトンボの羽根のように徐々に回転を増していた。周りの空気が攪乱(かくらん)され、それで一変するのだ。その音はまるでこれから困難に立ち向かう、隊員達の意気込みのようだった。更にローターの反力による機体回転を防ぐ為に、フットペダルでテールローターの角度を変えて回転を防ぐ。

 ベテランのウイリアムでも、この一連の動作が一番緊張する。このスロットル(回転数)とコレクティブピッチ(吸気圧力)の微調整並びにバランスを計器板にある計器から読み取って行うのだ。はやく飛び立ち、救援に向かいたい気持ちを抑えながら、慎重にサイクリック・スティックを動かし、方向を定める。

 こうして前方にメインローターが傾き、後方に風を送り前進を始め、スティックを左に少し動かし、目的の方向を定めてヘリコプターは飛び立っていった。すでにその時刻は夕方になっており、目視による捜索は困難を極めるのだが、ウイリアムの乗った救難用のヘリコプターはそれが可能だった。
 赤外線暗視装置と、地域追随レーダーが装備され、夜間や悪天候下でも安全に目標海域へ向かうことが出来る全天候型の機能を持つヘリコプターだからだ。各救難艇及び飛行機、ヘリコプターはぞくぞくと現場に近づいていた。

 空からはサーチライトを海面に照射しながら、一つの漏れもなく海に浮かぶ遭難者を救うべく飛行していた。その日は比較的に風もなく、海も穏やかなので捜索は比較的容易だった。副操縦席のアダムが暗視装置を見ながら言った。

「ウイリアム機長、装置にボートらしき物が写っています」
「よし、そこへいこう」

 やがて、ヘリコプターはローズ・プリンセス号から離れた所に浮かぶ救命ボートを二艇を発見した。一方、ボートの人達は今か今かとこの時を待っていたのだった。
「おーい、ヘリコプターがやってきたぞ! 俺たちは助かった」
「あぁ、嬉しい、一時は駄目かと思っていたのに、嬉しい!」

 そう言って泣き出す婦人の何人かはいた。とたんにボートのなかが活気づく。小型豪華客船で楽しい旅をする予定だったボートの上の人は、危うく難を逃れたのだ。

「さあ、先ずは病気や怪我をした人を優先して下さい、お願いします」
乗員のリッキーが声を張り上げた。
「皆さんは、紳士、淑女ですよね、残念ですが私達のローズ・プリンセス号は沈んでしまいました、しかしこの何日間は楽しい思い出でもあるはずです、どうかその楽しい思い出だけでも大切にしてください、宜しくお願い致します」

 リッキーは目に涙を浮かべ頭を下げ哀願した。始めは浮き足立っていた人々は、彼の真摯なる態度に打たれ理性を取り戻していた。もし、皆が規律良く行動していれば、誰一人として海に落ち、帰らなくなった人は一人もいないはずだった。そのボートの中で一人の男が立ち上がって言った。

「そうだ、この乗員さんの言うその通りだ、時間は掛かるかもしれないが、全員が助かるはずだ、まず怪我をしている人や、子供とその親、老人達、そういう人を優先的に、どうでしょう? 皆さん」

「私は賛成だ、当然でしょう…ここで助かったことだけでも私達の思い出にしなくては」
始めパラパラだった拍手は次第に大きくなっていった。




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