第13話 呪いの本はお待ちかね 4

文字数 2,184文字

放課後。
中庭にあるいつものベンチに座り ハレーは封筒を取り出すと 何もこんながちがちにしなくたって、と自分がした事に憤慨しながら封を解いた。
   日記帳 か
ページを開いてみたが やはりただの「アンティークな柄」だ。
ハレーは諦めの境地に至った目を細め ふーっと大きく溜息を吐き出すと空を見上げた。
春の陽気も夕方になればまだ風は冷たい。
吹き抜ける風に乗って 木の葉が渡り鳥の様に茜色の夕陽を目指して飛んでいく。
膝に載せていた日記帳が奏でる様にパラパラとめくれ ― ハレーの目は風景に吸い寄せられていた。
   あれ? 此処って
夢の中で告白(未遂)した場所だ。あの時も何となく見覚えがあると思ったのだ。
此の場所に間違いない。夢の中ではヒグラシが鳴いていたから夏だろう。
季節は違えども 茜色の夕陽に染まった風景は美しく 別世界へと誘われたかの様に幻想的ですらあった。木々の喝采を浴びて 石畳の上で落ち葉が舞い踊り 葉擦れの拍手が沸き上がる ―
ふと 膝に乗った日記帳に目が行ったハレーは小さく驚きの声を上げた。
後ろの方のページは明らかに筆記が違っていたのだ。
文字の進化を見る様に ページをめくっていけば象形文字から少女らしい丸文字へと変わってゆく。
字体が違っても 書かれている事は恐らく同じだろうと思われた。
要は告白したが振られたと書いてある。
最後のページの日付は二年前の夏の終わり ―

検証結果
此の日記帳を手にした女生徒は 小張こまきに体を乗っ取られ 自分の意志とは関係無く想い人への告白を強行させられるが   必ず失敗する

超常現象研究部 部長 鹿山七夏星

   な … 何よ、其れ!

ハレーの思った通り 歴代此の日記帳を手にした女生徒は皆一様に振られている。
二年前の超研の部長 ― 何処までが姓なのかしら ― の検証結果の記述に関してはハレーも薄々感じ始めていた事だった。
日記帳にかぶりつく様に見ていたハレーは 近付いてくる人影に気付けなかった。
「ハレー、待った?」
其の声に 日記帳から顔を上げたハレーの目は恐怖に見開かれた。
   か ?!
「俺に話って何?」
   神室月兎 !?
   いや、デジャヴ?!

真逆 告白させる気か ―

神室は私服だった。
青白い顔で 今にも倒れそうな程生気が失せているのに 無理に笑顔を作っているのが丸分かりだ。こんな時でも弱さを見せないなんて 神室らしい。
「な、何で此処に?あんた今日は休んでたでしょ?」
幸いにもハレーの口は真面に動いた。
「うん。でも、こまきちゃんから電話があって ハレーが放課後に中庭で待ってるから行ってあげてって言われたから」
   小張こまき、ね ― やっぱり!
「俺にどうしても伝えたい大事な話があるって聞いたけど」
「何?」
   バカ、騙されてんのよ!
だが それらは言葉にはならなかった。
神室月兎の背後にぞわぞわと蠢く不気味な黒い影があり 大勢の人間が一塊になったかの様な其れが 折しも
数え切れない程の腕で 天女を捕えて羽交い締めにしているところであったのだ。邪心の塊の様な其の黒い影の上部に 濃い橙色の双眸があり 落ちゆく際で恨みがましく黒雲から覗き見ている夕陽の様にどろりとして 巨大な其の眼が怨念に燃えてハレーを睨めつけている。天女は口を塞がれ 体を拘束されながらも必死に抗っていた。涙に溢れた目がハレーに助けを求めている。
「あ、あの。私
   こらー!!
だのに 空気を読めない此の口が悪夢を再現しようとしている。茫然とした隙に乗っ取られた様だ。
「私、貴方の事が
   !!
「貴方の事が す
   もう、此の …!!
「やめろ!!此のつくモンがあーっ!!」
紙を一息に引き裂く様に呪縛を打ち破り 怒りに任せた豪速球でハレーは手にしていた日記帳を黒い影に向かって投げつけた。
ギャっと言う短い悲鳴が異口同音に上がる。
日記帳は砲弾となって黒い影を撃破すると 校舎を揺るがす程の勢いで壁にぶつかり 人間なら失神した、と言った風にどさりと重々しく地面に落ちた。
解き放たれた天女は 嬉しさに泣きながら神室を愛おしそうに抱きしめている。
「… つくもん  って 何? 俺の事?」
半ば茫然としながら神室が聞いて来る。無理も無い。何も視えていない神室からすれば ハレーが急に自分に向かって怒声と共に本を投げつけて来たのだから。
「私、そんな事言ったかしら?」
能面の様な無表情を装ってハレーは白を切った。神室と目を合わせられない。
「うん …。まぁ良いけど
「で、俺に話って?」
そうだった。あの日記帳にしてやられていたんだった。
「ないわよ」
沸々と汗が吹出し 心臓は爆発寸前で 体は一刻も早く此処から逃げたがってわなわなと震えている。
「私、貴方の事が  何?」
   !!
神室と天女が二人揃って殊更悪戯っ気に満ちた笑顔でハレーを見て来る。
   さっきまで死にそうな顔してた癖に!
「嫌い」「好きじゃ無い」そう言えば良い。言いたいけれど 一言でも発しようものなら顔が噴火しそうだったのだ。押し上がって来たマグマが熱くて溜まらない。
図らずもハレーの窮地を救ったのは  ―
「月兎ー!!」
駆け込んで来た織姫が磁石がくっつく勢いで神室に抱きつく。
「心配したんだからー!今からお見舞いに行こうと思ってたのに。大丈夫なの?
云云かんぬん。
其の間にハレーは星の煌めきの如く速さで逃げ去っていた。
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登場人物紹介

東宮ハレー+黒虎 霊感美少女。祖父直伝の蹴りと祖母直伝のビンタで悪を成敗。

神室月兎+天女  ゴールドメッシュのチャラ男。好物はアップルパイ。

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