第11話 呪いの本はお待ちかね 2

文字数 1,863文字

ハレーに声を掛けて来た少女によると 塵箱に捨てても何時の間にか元の場所に戻っている、燃やそうとすると手をかけた者に不幸が襲い掛かる、そう言った代物らしい。
付加要素の内容は珍しくもない。良く有る怪談話の様だと思えた。
特に邪気も感じなかったが ― 「本」と言うよりは
「ねぇ貴方、落としたわよ」
そう声を掛けられて振り向くと 同じ学校の制服を着た少女が本をハレーに向かって差し出している。
其れは 先程の本であった。
   え ?
皆の期待を とりわけて星の期待を一身に背負った部長が大事そうに本を鞄にしまい込んで 部室から出て行くのを見た。
彼処に居た全員が其れを見ていただろう。なのに
「貴方の本でしょ?」
そう言うと少女は驚きの余り固まったハレーの胸に押し付けて来た。
反射的に受け取ってしまう。
まごう事なき 部室で星が掲げた呪いの本だった。如何して此の本が此処に在るのか。
「あ… あの!
拾った少女はハレーの前から消えている。振り返って呼び止めようとしたハレーの後ろには誰もいなかった。そんなに長い時間茫然としていたとは思えないが 辺りに人影は無い。並木道は見通せる程真っ直ぐで 曲がり角は暫く先まで無い。猛スピードで走って行ったと言うのなら話は別だが そんな足音も聞こえなかった。煉瓦の塀は上部に柵があり洒落てはいるが 先端は剣先の様に尖っている。跳び越えて学校に戻ったなんて筈もない。
消えた、と言うのなら ―
ハレーがぽつねんと立ち尽くしていると
「ハレー、俺の事待っててくれてた?」
巌流島の宿敵の声が後方から軽やかに響いて来た。ハレーは顔だけを向け 冷めた一瞥を返す。
いつもは死者も生者も付き従えての一大パレード状態なのに 今日は暗い顔をした天女が一人きりだ。神室の顔も紙のように白く 何時もの憎たらしい笑顔まで弱々しくて どことなく調子が悪そうに見える。
「体育の授業で頭にボールぶつけられて
右側の頭を指差しながら
「脳震盪起こして寝てた」
ハレーの表情を読み取ったのか神室がそう言った。
「あっそ、心配でもして欲しいの?」
憎まれ口を叩きながらも 内心何処かで神室の心配をする自分が居る。
「うん」
何が嬉しいのか神室がにっこり笑う。
「しないわよ!」
ハレーは競歩選手並の足取りで神室の前から歩き去った。

強運の持ち主が一体如何したと言うのか。神室は天女に護られているのではないのか。
はた、と神室の事ばかり考えていた自分に気付いたハレーは頭を振ると 思考を其の場に置き去りにするかの如く猛スピードで駆け出し家路についた。
「ただいまー」
玄関で靴を脱いでいると 黒虎の姿が目に入った。階段の傍に畏まって座り 何時もの様にすり寄ってこようとしない。
「おかえりなさい、ハレー」
「今日はオムライスよ」
代わりに母がにこやかに出迎えてくれた。但しオムライスはハレーの好物ではなく、父の好物だ。全く 何時までも熱々なんだから。ケチャップで文字なんか書いてないと良いけど。等と思いながら上がろうとしたハレーに
「あら、ハレー。其の本如何したの?」
「きゃ…っ!?」
ハレーの手から本がばさりと落ちる。
母の言葉で初めて本を手に持っていた事に気が付いた。確かに受け取りはしたが 今の今まで手に何かを持っている様な感触はなかったのに。
「あ…、あー、あの、友達から借りたのよ、勉強しようと思って」
「着替えてくる!」
ハレーは慌てて本を拾い上げると ドタバタと階段を駆け上がって自分の部屋に飛び込んだ。
夜香は駆け上がっていくハレーの後ろ姿を見ながら 娘の口から「勉強」等と言う言葉を引き出すなんて 良いお友達が出来たのね、等と感心していた。

閉じられたドアを通り抜けて黒虎が音も無く入って来たが ハレーは机に置かれた本を難しい顔で凝視した儘動かない。
呪いの本 ―
確かにこうもしつこく付きまとわれると 最早呪われているとしか思えない。
あの時も感じていた。本、と言うよりは 何か ―
パラッとページをめくる。書かれている事が読めれば 何か分かるだろうか。
せめて平仮名くらい拾えないだろうか、と思ったのだが うねうねとのたうち回る色褪せて青みがかった文字とセピアに染まった紙は もう、そう言ったレトロなお洒落アートにしか見えない。
「んん、無理!」
秒速で判断を下す。
ハレーはバタンと本を閉じるとベッドに寝転がった。黒虎は相変わらずドアの傍に畏まって座り 其れ以上近寄って来ない。此の本に何か異質なものを感じているのは自分だけではない様だ。
ふう、と小さく溜息を吐く。明日 部長に何と言って返したものやら。
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登場人物紹介

東宮ハレー+黒虎 霊感美少女。祖父直伝の蹴りと祖母直伝のビンタで悪を成敗。

神室月兎+天女  ゴールドメッシュのチャラ男。好物はアップルパイ。

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