第10話 呪いの本はお待ちかね 1

文字数 2,138文字

「ねぇ貴方、東宮さんでしょう?」
放課後。
辺りは橙色に染まり 後光の様な光を放ちながら夕陽が雲の中から往生際の悪さを見せている。渡り廊下を歩いていたハレーは おっとりとした物静かな其の声に呼び止められた。
直ぐに返事をしなかったのは 其処に立つ少女に見覚えがなかったからだ。
何と言って特徴もなく 記憶に残りそうもない 風景に溶け込んで消えてしまいそうな容貌であったが 級友でもなく過去に話した事もない、と断言は出来る。
ハレーが無言でいると
「東宮ハレーさん、でしょ?貴方って美人で有名だから」
自身は名乗る気はないらしい。だが ― そう、何か話があるのなら聞いてあげなくもない。
「貴方、確か超研に入ってるわよね。面白い話があるんだけど」
「呪いの本の話、知ってる?」


「あったぁ!本当にありました!」
目を輝かせて、嬉々とした声を張り上げたのはお馴染みの紺屋星だ。
顔中埃塗れになってもお構いなしで 脚立の天辺に立ち 資料棚の天板に盛り上がった埃の中から一冊の本を取り出した。
星が本をバタバタと無遠慮に叩いたので埃が濛々と立ち籠めた。下で見守っていた面々は諸に埃を被って悲鳴を上げ くしゃみと咳が狭い室内を満たした。
「何すんのよ!此の天然バカ女!ちょっとは考えて行動したら如何なの?」
怒り心頭で金切り声を上げたのは言う間でも無く蔵和織姫だ。
「まぁまぁ、落ち着いて下さい。世紀の発見には犠牲がつきものですから」
何処か見当違いな台詞を吐いているのは部長でもある河之天だ。
世紀の発見、と言う程大それたものでも無いだろうが 日がな一日此れと言って何も無く 部活動と言っても、放課後の部室で超常現象の知識を披露しあう位のものだ。其れだからこそ 今回持ち込まれた話は、裏庭の土中からうっかり化石を見付けてしまった位歓喜に満ちたものだった。
「八つ当たりしないで下さいよ。神室くんに放置されてるからって」
正に上から目線で脚立から織姫を見下ろし 星が厭味の雨を降らせると
「はぁ?!月兎なら直ぐ来るわよ!」
「あたしが此処に居るんだから、当然でしょ?」
「余計な事言ってないで、さっさと其の本寄越しなさいよ!」
織姫は崖上に逃げられた獲物に憤慨の声を上げる狼の如く吼え立てた。
「はいはい、煩いんだから、もう」
利かん気の強い子供をあしらう様な台詞と共に 星は本を片手に脚立を降りて来る。
ハレーの前まで来ると意味深な微笑を浮かべ
「神室くんは東宮さんが居るから来るんですよ」
「其れが分かってるから、蔵和さんも此処に来てるだけなんです」
と声を潜めて耳打ちしてきた。
「!」
   ちょっと、何よ其れ!
「皆さーん、此れが噂の呪いの本ですよ!」
ハレーが口を開くよりも頭の切り替えが早い星は 高々と本を掲げると得意顔で振り回した。
「良いから早く見せなさいったら!」
神室にくっついて入部しただけのにわか部員だと思っていたが どうやら本気で興味があるらしい。焦れた織姫は星に襲い掛からんばかりだ。実はハレーも内心ワクワクしている。
呪いの本、と言うワードは確かに魅力的なものだった。星に憑いているのは丁度そう言ったものに興味を持つ年頃の少女だから 嘸かし、と思いきや 少女が居ない。
ハレーは首を傾げたが 好奇心の前に薄れていった。
見た目は特に何の変哲も無い本であった。
時代を感じさせる程セピア色に染まり 綴じ目に紐が使われている事からもかなり古い本らしいと分かる。
期待の籠った顔を寄せ合い 星が丁重にページを開くと読上げた。
「こほん。ええっと …  お … 小張 こまき?
「其れって 地名の事かしら?」
織姫が眉根を寄せて聞き返す。
「いえ、名前みたいです。漢字が違いますから」
星はそう言って 其の後黙り込んだ。
本を覗き込んでいた面々も同様に黙り込む。其れと言うのも
「読めませんね、これ」
あはは、と星が苦笑する。
英語を筆記体で書き 其れを延々繋げた様な文が並んでいる。縦に書かれているので日本語には違いないのだろうが 平仮名が何カ所か読み取れる位で 書いた人物が字が下手だったのか若しくは恐ろしく達筆だったのか 此処に居る誰にも解読が不可能な文字であった。
「あんた、和風顔でしょ。読めないの?」
織姫が部長を小馬鹿にした顔で見る。
「顔は関係無いと思います。ですが、はぁ、直ぐには読めそうもないですなぁ」
部長は半ば上の空で答えた。難解な文字の解読方法を模索するのに頭が忙しく働いているらしかった。
ハレーも興味が無い訳では無かったが 古語の授業は抑も好きではない。最も どの授業も平等に好きでは無かったが。
「其れにしましても 呪いの本、等と言うものが真逆超研の部室内にずっと存在していたとは
「よもやよもやですなぁ」
暫くすると考えが一段落したのか 部長は感無量と言った声音で目を細めた。
其の本は部長が持ち帰り 解読した暁には皆に報告する、と言う運びになった。
「解読が終わったら、呪いが本当なのか試してみないとですね」
「あ、何なら先に試してみませんか?」
「私、職員室に行ってライター借りて来ます!」
野望における無謀極まりない行動に勢い込む星を全員で押し止め 解読が先だと諭して帰らせた。
最後まで神室が現れなかった事に落胆した織姫は足取りも重く去って行った。

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登場人物紹介

東宮ハレー+黒虎 霊感美少女。祖父直伝の蹴りと祖母直伝のビンタで悪を成敗。

神室月兎+天女  ゴールドメッシュのチャラ男。好物はアップルパイ。

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