第14話 呪いの本はお待ちかね 5

文字数 2,240文字

「ただいま」の言葉と共に階段を駆け上がり 部屋に逃げ込んだハレーは悲鳴を上げかけて ぐっと飲み込んだ。
「ハレー?帰ったの?」
階下から母の声が聞こえて来たが ハレーの目は「其れ」から離せない。
「うん。今着替えてるから」
下で母が子供みたいに靴を脱ぎ散らかして、と不平を言うのが聞こえて来る。
驚きに瞠られたハレーの目は 徐々に剣呑な視線へと変わってゆく。
ハレーの部屋に鎮座している「もの」が恨めしげに口を開いた。
「酷いじゃないですか」
小張こまき。
「其れはあんたの方でしょ」
神室月兎に告白させられそうになった記憶が蘇って来る。
「よくもやってくれたわね」
雷雲の様におどろおどろしくどす黒い気を湧き上げるハレーに 小張こまきは恐怖に総毛立ち
「そ、そんな!私は良かれと思って …!」
悪気があったのではない、と言う意思表明に大きく首を横に振りながら弁解する。
「わ、私は …!
「付喪神でしょ」
言われて女はあら、と小さく驚きの声を上げると
「如何して私の正体が分かったの?」
小張こまきがどんな姿だったのかは知らない。例え同じ学校の制服を着ていようがハレーの目にははっきりと「人」ではない、と映ったのだ。付喪神、と言う言葉も其の時に閃く様に浮かんだ。何故そう思ったのか自分でも分からない。だが
「どうでも良いでしょ。さっさと出て行ってよ」
そう言う事だ。
「そんな事言わないで。お願いします。どうか貴方様のお力をお貸し下さい」
居住まいを正すと 悲愴な声を上げて何度も深く頭を下げる。
「私は こまきさんの想いを遂げさせてあげたい一心で付喪神になったんです」
「其の子、亡くなったの?」
「… はい」
「其れって
自害 ―
「享年103歳でした」
随分と長生きではないか。
ハレーは段々馬鹿らしくなってきた。
「こまきさんは女学校を出た後、教師として再び戻って来られました」
「自分と同じ様に想いを遂げられずにいる少女達の力になってあげたい、と」
「当時は 親同士が決めた相手と結婚するのが普通でしたから ―
「こまきさんは全ての縁談を断って生涯独り身を貫き通しましたが
「ある時 こまきさんの日記帳を見つけた生徒が、敬愛するこまきさんの為にも自分が恋愛を成就してみせる、と私に続きを書き込んでいったのが事の始まりです」
「… でも 上手くいきませんでした」
「何とか想いを遂げさせてあげたくて ただ其の一心で 私は自ら動ける様になったのですが
其れが原因だと言う気もする。ハレーは冷めた一瞥をくれた。
「どれだけ時代が変わっても 何度も何度も同じ事が繰り返されるばかり」
よよよ、とばかりに女は泣き崩れる。
「其の内に こまきさんの日記帳を手にした者は意中の人に告白出来る、と言う噂がたったのです」
   あんたの所為でしょうが!
「私は一層奮起致しました。私は少女達の想いが伝わる様にと ただ一生懸命お手伝いさせて戴いただけなんです」
「其れなのに
わなわなと震え
「如何して皆振られるの?!」
フローリングを両拳で叩き
「終いには 日記帳を手にした者は呪われる、何て言われて…!!」
「こまきさんに顔向けも出来ないじゃありませんか!」
わっとばかりに泣き伏した。
「あんたのデリカシーのなさが原因でしょ」
ハレーの氷の様な一言に
「でり … ?
女はぽかんとした顔を上げる。
「余計な事しなくて良いって言ってるの!」
「ほらほら、もう出て行ってよ!」
迷い猫でも追い払うかの様にハレーはしっしと手を振る。
「待って!お願い!お願いします。どうかお力をお貸し下さい。何としても皆の無念を晴らしたいんです。貴方は美人だから振られる事もないでしょう?」
悪い気はしない。顔が緩みそうになるのを堪え
「其れなら織姫にでも頼んだら良いじゃ無い」
口ではそう言っておく。
「織姫?ああ、あの方。あの方は …
思考を同じくして二人は黙った。

「何時の間にか
「心を引き裂く様な深い悲しみや無下にされた悔しさ、そう言った黒い念が集って あんな禍禍しい影が出来上がってしまいました。
「私が手を貸す一方で 黒い影は周りの男性を不幸に陥れて引き離してゆくのです。
「其れでも 諦める訳には参りません。私は こまきさんの、少女達の願いを何としても叶えたかったのです。其の想いが成就すれば きっと 其の時には ―
「だから 私は ただ願いを叶えてあげたくて
深く項垂れて座り込み 涙に声を震わせながら女は語らう。
「其れに あの方。どんな目に遭わされても 貴方から離れないじゃないですか」
「だから、私は確信したんです。今度こそ必ず上手くいくって」
「だって そうでしょう?」
「あの方は 本当に貴方の事が
ふと ハレーの目に猫が映った。黒虎ではない。「生きている」猫でもない。
閉まったドアを通り抜けて続々と入って来るではないか。
茫然と視ているとひょっこりと黒虎が現れた。猫たちは集合すると ぐにゃぐにゃとスライムの様に重なって 巨大な一匹の猫になった。
其の凄まじい妖気に 項垂れていた女は顔を起こし ―


「ハレー、今日はハンバーグよ」
春の陽気もかくやのウキウキとした声で母が告げる。だが ハレーの好物ではない。父の好物だ。
草鞋の様に大きなハンバーグにケチャップで♡マークが書かれてある。ハレーは無表情で食卓についていた。

上で何が起きているか、なんて知らない。
実体はないのだから 大騒ぎしたところで両親は気付かないだろう。

其れにしても
あの日記帳 ― 何と言って部長に返したものやら。

ハレーは溜息を飲み込む様にハンバーグを口に押し込んだ。

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登場人物紹介

東宮ハレー+黒虎 霊感美少女。祖父直伝の蹴りと祖母直伝のビンタで悪を成敗。

神室月兎+天女  ゴールドメッシュのチャラ男。好物はアップルパイ。

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