第7話 狸の恩返し 後編

文字数 2,630文字

五代目になる店主は七十を当に過ぎていたが 夫婦共に気力に恵まれ朗らかな人柄で店を盛り立ててきた。評判のおしどり夫婦であり 江戸から続く評判の饅頭で店は通年繁盛していた。
夫婦には一人息子が居た。夫婦に似て温和な顔立ちをしていた。だが
其の裏に悪事に長けた凶悪な一面を隠し
「当時ご夫婦には一人息子が居たんですけど もう何てゆーか すっごい悪い人で!」
「私も子供の頃に何回か会った事があるんですけど あ ウチの父が此処の大福が大好きで良く連れて来てくれたんです」
「後で兄が言うには息子を張り込んでたんだって話でしたけど
「私は大福を食べたかっただけなんじゃないかなって思うんですよね 父は甘いものにはほんと目がないから  … あっと! 其れで
「兄の話だと息子は中学生の時分から悪い事ばっかりしてたらしくて 盗みとか詐欺とか強請で何回も捕まってるし 大人になってからは何年も留置場に入ってたりして いつも警察に見張られてる様な本当ロクでもない人だったんですけど
「ご夫婦は二人とも優しくてスゴく良い人で ううん人が良すぎるってゆーか …
 息子は本当は根の優しい子だからって いつかきっと立ち直ってお店を継いでくれるって 息子がそう約束してくれたんだって言うんですけど  そんなの全部噓ですよ」
「上手いこと言って自分の両親からもお金を騙し取ってたんです」
息子は良く泣くんです、と星は言った。出所しては涙を流して謝罪する。
知人、友人、客らが挙ってそんなのは演技だ 本心からじゃ無い、と二人に幾ら忠告をくれようと、気が弱いばっかりに悪い友達に唆されて仕方無かった でももう目が覚めたから真面目に生きるって約束してくれたんだと夫婦は嬉しそうに笑って聞き入れなかった。
夫婦は 凍てつく夜に不肖の息子を残して亡くなった。
「火元は電気ストーブだったそうです。夜中だったから 二人とも気付かないでぐっすり眠ってて逃げる間も無かったんだろうって ニュースでも新聞でも事故扱いでした」
「年寄りだからうっかり消し忘れてたんだろうって言うんです」
不審なところは無かったとされている。だが不審な人物は確かに居たのだ。
少し黙ってから 星は口に手を当て声を潜めると
「でも!殺されたんじゃないか、って話もあるんです…!」
五年前のあの日
懲りもせずに罪を犯し 悪びれもせずに出所したばかりの息子が足を向けたのは 心優しい母親から小遣いをせびる為の実家であった。だが
母親は到頭息子の無心を断った。立ち直って欲しい一心からであったのだが 其れが為に母親は息子の本当の顔を知る事となった。忿怒に口元を歪めぎらぎらと憎しみに目を光らせた悪の顔を。
母親の悲鳴で飛び込んで来た父親と番頭、従業員達が束になって息子を母屋から追い出した。父親は勘当を言い渡した。息子は黙って立ち去った。
火事は其の日の深夜に起った。
「あの火事は息子が火を付けたんじゃないかって此処らの人は皆言ってます」
店の裏手にあった古い木造の母屋は全焼した。黒い灰の中から夫婦とみられる遺体が見付かった。不思議な事に 店に火が燃え移る事は無かった。
「息子は火事の後行方不明になって 今も行方知れずの儘なんです」
「今頃どっかでのたれ死んでますよ!絶対!」
星は鼻息も荒く豪語した。
「今の店主は此のお店の常連さんだった方なんです。ご夫婦が頑張ってやって来たお店を潰したくないからって 代々から伝わるレシピもちゃんと守ってくれてるんですよ」
「ご夫婦の作ってたお饅頭の味が見事に再現されてる!って皆言ってます」
「本当に美味しくて 今のオススメは勿論苺大福なんですけど 蜜柑餅なんかも ―
星が妄想上の饅頭に舌舐めずりをしていると
「お待たせー」
殊更明るい声を出そうと努めている様だったが 店主は朱色の盆に載せた湯飲みと皿を矢鱈かちゃかちゃ言わせながら運んで来た。苺大福を六つだけ頼んだ筈だったが ―
「ええ?!こんなに頼んでないよ?如何したの おじさん!」
星が皿に山盛りになった饅頭に吃驚して声を上げる。
「オマケだよー 星ちゃんはいつも食べに来てくれるし
「お友達にもたくさん味わって欲しいからねー」
口止め料のつもりだろうか。そんな事をしなくても何も言わないのに。
「有り難う御座います」
ハレーが礼を言うと店主はほっとした様に
「良いの良いの。たくさん食べてって」
と言って また奥に姿を消した。なるたけハレーに姿を見られたくないらしい。
「あ!そうだ 東宮さん
「あれ見て下さい!」
星が指差す方を見ると 店の横手に蓮の葉が浮いた瓢箪型の池があるのだが 中央に着物を着た狸の像が座している。招く様に右手を軽く上げ 膝には数枚の小銭が載っかっていた。
「あれが店先に置かれてたって言う狸の置物なんですけど
「目を瞑った儘お賽銭を投げて 狸の膝の上に載ったら願い事が叶うそうなんです」
星は鞄から財布を取り出すと十円玉を手にし 池の際まで行くとなるたけ手を伸ばし 目を瞑ると
「東宮さんが超研に入ってくれます様に!」
願い事は声に出してはいけない、と聞いた事があるけど。ハレーは四つ目の苺大福を頬張りながら思った。果たせるかな ―
ちゃりん、と音がして星の投げた十円玉が狸の膝の上に着地した。音に目を開いた星は
「え!?うそ!?ほんと?」
「載った?載りましたよ!ね?東宮さん!ほら!」
狸を見 ハレーを見 呆然と歓喜の入り混じった複雑な表情をしている。
星は手順通り目を瞑って投げたから見ていないのだ。途中 池に落ちるかと思われた十円玉がぴょこんと跳ねてから膝に載ったところを。
星にそっくりな女の子が狸の置物の横で嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている。
ハレーは無心で饅頭をひたすらむしゃむしゃと食べ続けた。
ハレーの見ている世界は奇々怪々なものに違いない。普通なら起こり得ない事がどうして起っているのかを ハレーは其の眼で視る事が出来る。だが
最も奇々怪々なのは 結局の所其れを無限に広げていく人の妄想力ではないのか、と思う。
「あの~ 此れって 神様のお告げだと思うんですけど?」
とんでもないやらせもあったものだ。ふ、と袖を引っ張られている様な感覚に気付き 目を向けると女の子がハレーの袖を掴んで上目遣いに見ている。
口を尖らせてくんくん、と袖を引っ張り お願い、と言いたげだ。
ハレーの膝に黒虎が飛び乗り かしこまって座ると女の子と同じ様な目でハレーを見上げる。
   あーあ もう
ハレーは八つ目の饅頭を口に放り込んだ。

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登場人物紹介

東宮ハレー+黒虎 霊感美少女。祖父直伝の蹴りと祖母直伝のビンタで悪を成敗。

神室月兎+天女  ゴールドメッシュのチャラ男。好物はアップルパイ。

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