第1話 ハレーとチャラ男

文字数 3,340文字



「行って来まーす」
雲一つ無い青空に 澄んだ声が気持ちよく響く。
春の陽光は暖かく 燦々と地に降り注ぎ 浮き足だった紋白蝶が彼方へ此方へゆらゆらと羽ばたいて過ぎってゆく。
「待ちなさいハレー パパも行くから!」
東宮(とうみや)ハレー。
本名だ。外国人ではないしハーフやクォーターですらない。
天文台に勤める父と大学で天文学を教える母から生まれた生粋の日本人。
二人の天文好きから生まれたのが私、そして二人の好きなハレー彗星から此の名がついた。
DQNネームと言うらしい。可哀想に、なんて言う人も居るけど私は気に入ってる。
「ハレー!一人で行くんじゃないったら!」
そして此のきゃんきゃん騒がしいのが父、東宮昴(すばる)。娘が高校生になっても未だに学校までついて来ると言う度のつく過保護っぷり。本来なら父が乗るべきバスが 土埃を巻き上げて真横を通り過ぎてゆく。
既にバス停三つ分も通り越えている。
「もうパパ!ついてこなくて良いってば!」
娘に邪険にされた父は 叱られた子供が言い訳するような顔付になり 口を尖らせてぼやいた。
「一人で歩いたら駄目なんだよって言ったのはハレーなのに」
氷の視線をくれてやる。
「言ったのは五歳の時だし もう十年経ってる」
外に出る時は必ず保護者の方と一緒に行くように 決して一人で出歩いてはいけません、と当時通っていた幼稚園で先生に教えられただけの事だ。
「ああ!そうそう五歳の時と言えば ハレーが …ぐふ!
みぞおちに鉄槌。
何故父親という者は 娘の黒歴史を然も良き思い出のように語ろうとするのか。
言い合いへし合いしていると何時の間にか学校につく。
校舎に入るまで校門でずっと手を振ってるとか 恥ずかしいったら。
赤面しながら教室に向うのもいつもの事だ。
そしていつもの事ながら ―
「すごぉい♡ホントに当たったぁー」
「ねぇどうやったのぉ?教えてぇ♡」
小鳥のようにピーチクパーチク甘い声をあげて群がる女子の真ん中に威丈高な男が一人。
其れが神室月兎(かむろ つきと)。入学早々女子の熱い視線を一身に浴び 他校の女生徒まで見物に訪れると言う観光名所的男だ。
   ほんと いつもスゴイよね
カード当てゲームに興じる輪の中に そう ざっと十人以上は此の世の者じゃ無いのが混じってる。
太りすぎのサラリーマン、がりがりに痩せ細ったOL、わ 内臓出てるよキモ
あ、今日は猫もいるんだ 目つき悪 其れに ―
ばちっと眼が合った。
「俺に見とれてんの?ハレー」
その一言に氷点下の眼を向ける。
まるで気にせず 其れ処か此のチャラ男はにこやかに手すら振ってみせる。
   おいいぃぃ!見るなってば!
げに怖ろしきは生きてる人間なんて良く言うけれど 特に嫉妬に狂った女。
取り巻きの女子達の怒気凄まじい眼、つられた亡者達までハレーを睨み付けてくる。
両者のどす黒い「気」が合わさって忿怒の塊となり 眼と言う眼、百目と言う化け物みたいだ。
無視するに限る。つとハレーは目を瞑り前に向き直った。
ピアスにメッシュの入った髪。派手好きで女好きで馬鹿でチャラ男。女の子はもれなく名前で呼ぶ 其れが数多の誤解を生んでいるのにどっちも気付かない。
始業のベルと共に教師が入って来たので いちゃいちゃゲームはお開きになった。
ハレーの机の脇を通る女子達は皆聞こえよがしに舌打ちしていく。根暗ブス、だの何だのとぼそぼそと低い声で呪詛を呟きながら。
   根暗じゃないし
   あんたは性格ブスでしょ
ハレーはこう言った輩には取り合わないことにしている。
いちいち真面目に受け止めていたら体が持たない。奇抜な名前を持つハレーは 幼少時から周りにあれやこれやと、時には心無い言葉を言われる事にも もう慣れっこだった。今更何を言われようとも動じない。
教科書を開こうとして机にでんと載っかった斑猫(霊だ)と目が合う。ふてぶてしい態度は其の度を超した肥満体にも現れている。ハレーは蠅でも叩き落とすように教科書で払った。
   鬱陶しいったらありゃしない
神室、と言う姓なのに神様には見放されている様で 此の男いつもこうやって霊を引き連れてくる。
当の本人は何も感じていないらしく 体に不調が起こるでも無し 艶々と健康其のもので 不幸とも縁遠い。其れ処か希にみる強運の持ち主で 兎に角何でも良く「当たる」のだ。
「明るい性格」は明るさも桁外れで 強すぎる太陽光線に似ている。砂漠にギラギラと照りつける太陽の如く 其のポジティブ思考を前にすると反論する言葉も干涸らびる。
ハレーが神室を見る目は 抜け出せない熱砂を呆然と眺めるのと同じ目だ。


スマホが短い電子音を響かせる。
(残業で迎えに行けない)泣いている顔マーク。
   はい喜んで
(寄り道しないで真っ直ぐ家に帰るように!)劇画タッチの渋面顔のマーク。
   それは無理
文面を真摯に考慮した結果 遊びに出ると決まった。
今日は「アンジェのお茶会」のドーナツ半額DAYなのだ。見逃すわけには行かない。
終業のベルが鳴るやいなや飛び出して来たのだが お茶会の同志で既に店内はごった返していた。近隣校の女生徒達と激しく押し競饅頭をしながらも お目当てのアンジェスペシャルを手に入れほくほくと店を出る。
はしたない、父が横に居たら煩く叱られただろうが 居ないのだからどうも出来まい。
ハレーは直ぐ様紙袋からドーナツを取り出すと大口を開けて齧り付いた。
   うま~♡
此れが幸せと言うものなのだ。父には一生分らないだろう。
芽吹いた緑は優しく 公園は陽だまりに溢れ ― 砂場から青白い顔を半分だけ覗かせた男の子が此方を見ている。ハレーは顔を不快に歪め 口に入れたドーナツをごくんと飲み込んだ。
友達もいないし他に行くアテもないので 言われる迄も無く足は真っ直ぐ帰宅の途についている。
ドーナツをむしゃむしゃやりながら歩いていただけなのに 間も無くハレーは他校の男子生徒から因縁をつけられた。
金髪太っちょ、髭坊主、ライオン頭
マッシュルームの黒縁眼鏡 … ん?何だ― 此の子は霊か 誰に取憑いてんだか。
「おねぇちゃん 何処行くの?一人?」から始まり どうでも良い様なことをべらべらと三人同時にまくし立てて来る。役割分担もないのか。ナンパの様だがヘタ過ぎる。
陳腐な台詞が寒いし 何より ― 少しばかり悪霊が多過ぎる。どれだけ悪事を働いて来たんだか。
髭坊主が無視して通り過ぎようとするハレーの腕を手荒に掴んだ。そんな急がなくてもいいじゃん、俺らと愉しく遊んでいこうぜと浅黒いにやけ顔を寄せてくる。
死んだ魚みたいにどんよりと濁った目 其の唇と来たらタコの吸盤の様だ。
祖父譲りの鉄拳をお見舞いしてやろうと拳を固めた時 其の腕を更に掴む者があった。
「お待たせー♡ハレー」
   神室月兎?何で此処に?
軽々しい口調に憤り半分振り向いたハレーの眼は神室を通り越えて 其の背後に吸い寄せられた。
   ひいいぃいい!
   増えてるー!あんた、ほんと何処行ってたの?
霊が倍増している。まるで一個小隊だ。街中を歩くだけで此のモテっぷりか。
「此奴俺のオンナなんだけど?」
「アンタらは何?」
   いや、あんたのでもないけど?
「ああ?」
相手も剣呑な声音で返す。一触即発って感じだ。
   何か私 囚われた宇宙人みたいなんだけど
   ちょっと 殴り合うんなら手、離してよね
等と冷徹な眼をくれていると
   ちょっとおおお!
どう言う訳か 互いの背後の霊同士の間にも激しく火花が散っているではないか。
こんなのに巻き込まれては敵わない。
「離してよ!」
ハレーは男二人の手を一息に振り解くと 足早に其処から離れた。
睨み合う事に集中していた男達は いとも容易く手を振り解かれて一瞬呆気にとられていたが
「おい!待てよ!」
異口同音。
    ぎゃああああ!
文句の一つも言ってやろうかと振り返ったハレーは 「全員」が一丸となって自分に迫り来るのを見た。

「つ(憑)いて来ないで!!」

―  轟沈
「全員」沈んだようだ。
遠くに飛ばされてしまったので良く分らないが 恐らく失神しているのだろう。
死んではいないと思う。多分。
霊達は ― 一人も、一匹も見当たらない。
どうなったのか、なんて知らない。

仏の様に静かな面持ちでハレーは公園を後にした。
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登場人物紹介

東宮ハレー+黒虎 霊感美少女。祖父直伝の蹴りと祖母直伝のビンタで悪を成敗。

神室月兎+天女  ゴールドメッシュのチャラ男。好物はアップルパイ。

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