11月・いい夫婦の日

文字数 3,026文字

 高天原エリア、その山奥にある村。守り神として崇められている白い大狐に、ある日、男児が生まれた。親狐により、男児は白伊(きよい)と名付けられた。
 これも崇められる所以か、ちょうど同じ日に村で人間の女児が生まれた。女児は清乃(きよの)と名付けられた。
 神社に住まいを変えて数年後、物心ついて教育を施されてきた幼い清乃は、ようやく村の慣わしを知る事になる。
「きよいさま、きよいさま」
『どうした清乃、また巫女装束の着付けが分からずにいるのか』
 神通力で思念を伝える白伊。まだ数年した経っていないが、守り神の狐である白伊は既に十分成長し、一般的な狐のサイズより一回り大きくなっている。
「きよいさまって、わたくしの旦那様だったんですね!」
『え、今更か⁉ そ、そうだぞ。俺と清乃は、二人で一つだ』
 二人が住む村には、大狐の男児が生まれた人同じ日に生まれた女児は巫女として、妻として、生涯その大狐の子と添い遂げるという慣わしがある。
 幼い清乃にとっては、白伊は自身の体格を超える大いなる存在になっている。しかしそれに恐怖を覚える事はない。巫女としての知識や自覚を先代に教えられる事から逃げると、匿ってくれるのはいつも白伊であったからだ。どのような経緯であれ、二人が仲良くなっていくことは喜ばしい事であるため、先代の巫女や神狐も避難先に注意などは出来なかった。
「わたくしが神社で過ごしてるのも、巫女さんになる教育が厳しいのも、そのためだったんですね……」
『俺が狐にしては大きかったり空に浮いてたり、神通力で話せるあたりに疑問は無かったのか……話には聞いていたが、やはり人間は俺達天狐族と比べて脳の発達が遅いんだな』
 そしてしばらくして、白伊がその金色の眼を清乃に向けた。
『今ようやくその認識という事は……清乃、お前は封印の鈴についての知識はあるか?』
 清乃は目を輝かせ、持っていた沢山の鈴の付いた道具を持って、ジャラジャラと鳴らした。
「これのことですね! 聞きおよんでいますよ。よこしまなるものを沈めるだけでなく、きよいさまの強すぎる神力を抑えるためにあると」
 白伊は頷き、自身の身体に巻き付いている、長く黒い帯を見せる。
『そうだ、その鈴で、試しに俺の封印を解いてみてくれないか? 父上には止められてしまったが、俺としてもいずれ来たる戦いの時に備え、真の姿に慣れていきたい気持ちがあるのだ』
「つまり、わたくしと一緒に親の教えから逃げるってことですね!」
『……こういう時だけ鋭いな、清乃は』
「だってわたくし、きよいさまの妻ですよ?」
 鈴に白伊が力を籠めると、清乃の幼い体には少々重たくなる。それを精一杯両手で振って鳴らすと、白伊の黒帯から青い古代文字が浮かび上がり、蒼炎を発生させて燃え尽きた。押さえつけられていたものがなくなると、白伊の身体が数倍大きくなり、六畳ほどの部屋を埋め尽くした。
「帯が燃えちゃった! どうしましょうきよいさま、替えの帯探してこないと……」
『先代の巫女の居室でも探るしかない、か。ともあれ解放は成功だ。おお……封印状態の父上に勝るとも劣らない姿だ』
「確かに似てますね。という事は、大天狐様の封印を巫女様が解いたらどうなるのでしょう」
『父上から聞いた話では、この村を全て見通す目と、高天原エリアの山々を駆け抜ける足で、民に伝承として伝わってしまったほどの大きさになるそうだ』
 山から山へ飛び移る大きな白狐の姿を想像した清乃は、いつか目の前の白伊もそのような存在になるかもしれない事を考え、興奮と不安に震えた。
 しかしそれよりも気になる事が。部屋を埋め尽くす、白く美しい毛皮。外から吹くそよ風に揺れるそれは、この季節に村に輝く稲穂のようだ。
「きよいさま、お願いがひとつ」
『どうした清乃。俺が旦那と分かる前はすぐに用件を言ったじゃないか。むしろ今こそ、何でも遠慮せず言ってくれ』
 震える清乃は、我慢できなくなって白伊の腹に飛びついた。
「そのもふもふをもふもふ!」
『うぉっ急に! 結局許可とか取らないんだな清乃!』
「あったかいー!」
 そうこうして騒いでいるうちに、先代の巫女が様子を見に来る足音が聞こえ、白伊は突然真顔になった清乃を見た。
『……清乃、巫女が来ている。そのはだけた巫女装束を見るに、お前はまた着付けが覚えられずに逃げて来たんだな? 大人しくお叱りを受けてこい』
「おなごの肌をまじまじと見ないでください、きよいさま。でも今回はきよいさまもこうなってますし、大天狐様も力の流れを感じて来ているのでは?」
『やばいな』
「やばいです」
 近付く足音。清乃は大きくなった白伊の背中によじ登り、巫女装束が脱げないようにしがみついた。
「今こそ守り神の力を見せてください、わたくしの偉大な旦那様ーっ」
『ええい同い年とはいえ、幼女が可愛い事囁くんじゃない。要は逃げろって事なんだろー⁉』
 部屋を飛び出し、神社を飛び出す為に助走を始める白伊。先代の巫女はその姿を見逃すはずもない。
「清乃、またこんな所に! 白伊様も、まずは落ち着いてくださいまし!」
『ええいままよ、巫女殿申し訳ない! 俺はこのやんちゃ娘の旦那様として、清乃のために動くしかないのでありますよぉぉ!』
「きよいさまかっこいいー! もふもふの守り神、全速前進ー!」
 見事脱走を果たすが、後に封印解除の件で問題を起こし、こっぴどく叱られる事になるのだが――それはまた、別の話。


 時は流れ、清乃は立派な巫女として成人し、村の神社を引き継いだ。
「思えばあの日が、私と白伊様が真に夫婦となった日なのかもしれません。懐かしいですね……確かあの日も、このくらいの季節だったでしょうか」
 腰まで伸ばした髪、白伊と同じ伝統の化粧。今の清乃の身振りからも伝わる清楚な姿からは、見習い時代の女子の面影を感じるのは難しい。
『そうだな清乃。冬が訪れようとするこの微かな肌寒さ、何年経っても変わる事は無いからな』
 帯を纏い、清乃の周りで浮遊する白伊。清乃はその毛皮を優しく撫でた。気持ちの良い顔をする白伊の体から、この季節において癒しとなる温もりが清乃の手に伝わる。
 この期間の成長は人間の方が早く、狐の姿は昔と大差ない。しかし、佇まいから感じる風格は、まさに今代の守り神と言えるものである。撫でられた時は、普通の動物になるのだが。
『神社に訪れた村の人々から盗み聞いた話だが、もうすぐ、いい夫婦の日とやらが来るらしい。具体的に何をするのか、何も分からないがな』
「あら、白伊様。それは私達のためにあるような日ではありませんか。これほどまでにいい夫婦など、私は他に存じ上げません」
『そうだな。種族を超えた強い絆の繋がり。高天原エリアだけでなく、このオセロニア界の希望の一つと成り得るかもしれない』
 白伊の発言に、清乃はあらあらと笑った。
「そうだ。せっかくですから白伊様、そのいい夫婦の日、久々に封印を解いて村の方々に挨拶回りをしてみましょうか。久方ぶりに両親の顔も見ていきたいです」
『ほう、なかなか大胆だな清乃。昔話をして、当時のやんちゃが戻ってきたか』
「そうですね、戯れかもしれません。ですが、戦の無い日々が続いて早数年。一年に一度くらいは、白伊様も帯をほどいてみたいのでは?」
 笑って同意した白伊。早速当日の予定を話し始めた。
 静かな秋の社に、穏やかな異種族の夫婦。ゆっくりと落ちていく木の葉が場を彩り、平和な村の一日は今日もこうして過ぎていった。
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登場人物紹介

イオラ(2年D組)

学園を舞台にした短編の全体としての主人公。彼女を主軸として、関わりのある生徒達の様々な視点で物語が展開されていく。

見た目や成績のわりに、かなりのおっちょこちょい。

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