9月・オセロニアの謎を追え

文字数 8,180文字

「お、おはようございます!私はオセロニア学園修学旅行を皆さまとご一緒させていただきます、リンランです。よろしくお願いしますね!」
 うっ、一目惚れだ、どうしよう。
 大きな翼と尻尾を揺らして話す竜人のバスガイドお姉さん。バスガイドとしては新米だというので、それ故か少し緊張が見えた。荒れた生徒も少々多いこの学園だが、行事に対しての真面目さはあるので、ガイドさんの話は魔族も含めてみんなよく聞けていた。おかげですぐに緊張は解れていった様子。少なくともおれの見る限りはだけど。
「自然たっぷりの公園や荘厳な神社仏閣……もちろん、美味しい名産品もたくさんありますよ。楽しみにしていてください!」
――美味しい名産品の所で分かりやすく喜ぶ人も多い。いやーしかしおれとしては、リンランさんとの思い出を作りたいという方針にシフトしつつあるのですがね……
「あの、全部口に出てますよ。小声ですけど」
 右隣の窓際の席に座る同級生の竜人――イオラに指摘され、足をバタつかせて慌ててしまうが音は出ない。イオラの顔くらいの大きさしかないサラマンダーのおれは、それ相応の足の長さしかないからね。
 左隣、同じく同級生の人間――蘭陵王が眼鏡を上げて微笑む。おれは二つ並んだ座席の間の、腕を置くようなあのスペースに固定されて座っている。
「確かに、バスガイドというのは華やかな職業かもしれないし、君がそう思う気持ちも分からなくはないね。でも、この行事の目的を忘れてはいけないよ」
 分かっている。この数日間はとても大事な期間だ。
「おう、最初に約束した。おれは情報の少ないこの世界の歴史を、蘭陵やイオラと一緒に古都の遺産や遺物から考えていく。忘れてないよ」
「君の考察は出鱈目なようで、だからこそ面白い。その発想に期待しているよ」
 歴史や文化などの勉強に対する情熱が男二人をニヤけさせ、その様子を見るイオラが少しジト目を向けていた。


 混まないようにいくつかのグループに分かれ、順番で巡るようになる観光時間。今頃他のグループは鹿に餌でも与えているだろう。
 おれたちのグループの案内を担当するのがリンランさんだと聞かされた時のおれ達のはしゃぎっぷりったらなかった。バス内での話を聞いていて思ったのが、あのお姉さん、知識量が並大抵のものではない。歴史の逸話だけでなくちょっとした豆知識までためになるものばかり。ガイドなら当然の知識かもだが、真面目な勉学としての方向性でも大いに期待できたのだ。
 歩いて巡る観光の旅。おれはサイズや歩幅的にはぐれかねない。というわけでイオラの肩に乗ってみたのだが、つまみ出されてしまったので仕方なく蘭陵王の肩に座っている。男はゴツゴツしている。
「すげぇ、これ全部守護者像か」
 おれが周囲を見渡しながら言うと、ちょうどいい場所とばかりにリンランさんが立ち止まって振り返った。反転した尻尾が空気を斬り、ブォンと重い音を起こす。しかしその重量を感じている様子もない。どちらかというと事務作業が向いていそうな穏やかなイメージとか弱い女の子の体を否定する力強さに感嘆すると共に、そのトゲトゲした凶悪な尻尾で弾かれたら、おれみたいな奴はどこまで吹っ飛んで大怪我してしまうのか是非とも試したい。というか見逃しちゃったけどそのイメージカラーのような瞳と同じ青い服のどこから尻尾が生えてるんだ、イオラと違って服の上半身を少し出してるとか無さそうだった露出皆無だし……まあその分目立つ膝から下に見える美しい肌が輝いてて全身赤鱗のおれでもドキドキしてしまうのですがね……!
「そうです、ここで横にずらりと並ぶ像千一体、そのうち一体を除いた千体が、心核の守護者像となっています。基本は小さな翼と尻尾、角を生やして目を閉じ、イシを護りて静かに佇む。そんな竜と人の複合のような馴染みあるものです。ですがこの仏堂には、他にも約三種類ほどの派生形態が存在していますので、余裕があったら、是非探してみてくださいね」
 左手の小さな旗を掲げながら、向ける右手で守護者を示すリンランさん。純白の手袋のおかげかがっちりして見えるが、腕の袖のしわなどから感じるのはちゃんと女性のしなやかな腕で、竜人という種族が一度に見せるギャップに魅力を感じずにはいられない。黒とも藍色とも紫とも言い難い綺麗な長髪がお互いのカラーを引き立てる、あの真面目で頼りになる硬めの白い制服の袖の中に柔らかい二の腕とかがあるのを想像するとむぐぐぐ!
「小さくて私と蘭君にしか聞こえてませんけど、口に出ちゃってますからどうか黙ってください、私少し同種族の中でも割とガイドさんに似てる気がするので、私の事言われてるみたいで恥ずかしいですから……」
 赤面しながら早口で僕の頭を握るイオラ。蘭陵王も苦笑いしている。うーん困った、本人に聞かれて無さそうなのは助かったが、これじゃ勉学に支障がある。
「ごめんごめん。よし蘭陵、話題プリーズ」
 やれやれとばかりに軽く両手を上げ、真面目な表情に切り替えて眼鏡を上げる蘭陵王。彼が放つ第一問は、この世界に興味をそそられるのに十分すぎるものであった。
「これら心核の守護者だけど……教科書に写真くらいはあったとはいえ、それらの役割、歴史、そういった説明が一切されていなかった。ここに来れば少しは新たな学びがあると期待したが、どうやら考察自体は私達自身で行わなければならないようだね」
 説明書きが像の前に大して置かれていないのを、おれも遅れて確認した。確かにこれは不自然で、仏堂というよりただの綺麗な遺跡みたいになっている。いやまあ、仏堂には説明書きがあるはずという考えが既に現代人すぎるのだが。おれは現代竜か。
「なんでしょう、説明不足というか……知られたくない。そんな気が……」
 胸の前で拳を軽く握ったイオラの呟き。おれと蘭陵王が興味深く頷く。リンランさんはハイヒールの足を一歩下げてふらつき、方向転換して再度歩行を開始した。可愛い旗と号令に応じておれたちも続く。
 歩きながら別の守護者像とやらを探して、同時に考察も進める。
 おれ達の知識だけでは進まない場合があるので、今こそ力を借りる時。
「あ、あのっ……ガイドさん!」
「はい、なんでしょう?」
 後ろに被ったガイド帽子に向かって精一杯小声で叫ぶと、振り返ったリンランさんの髪が広がる。三対六本の短い角の間に髪の毛がかかって、渓流の緩やかな滝のように隙間を流れていく。
 相手が肩の上にちょこんと乗ったミニ種族だからって微笑まなくていいんだからな!なんて自分の解釈を誤魔化しかけたが、この方は皆に対してこの穏やかな笑顔を向けている。おれがこの事で余計な勘違いをしてはいけないのだ……
「こ、この守護者達が当時、主に活躍していた場所とかは知りませんか?」
「そ、それは……」
 初めて少し戸惑ったリンランさん。あなたでも分からない事があるのなら、それこそ突き止めてドヤ顔で教えてやりたい!
「知っている事だけ、というか推測とかでも構いませんから、お願いします!」
 真剣な表情を向けると、リンランさんは狼狽えていた表情を笑顔に戻した。
「これらはかつて、白の塔と呼ばれる建築物の中で生き、活動していたとされています。確かその塔の管理は、天界にのみ任されていたとか」
「なるほど……ありがとうございます!」
 頭を下げて進行再開。歩きながら胸をなでおろすリンランさん。新米にアドリブを吹っ掛けてしまっただろうかと反省するが、大丈夫、きっとこれは本来あるべきガイドさんの仕事だよね!なんて開き直ったりもした。
 蘭陵王達との会話を再開。彼はリンランさんの話を聞くとすぐに、顎に手を当てて目を瞑り黙っていたが、ようやく動き出した。
「ようやく目が覚めたか蘭陵」
「君こそ今も盲目じゃないか」
「あー聞こえない聞こえない」
「どうやら耳も悪いみたいです」
 イオラにもツッコまれて三人で笑う。修学旅行の目的の一つ、親睦深めなんかもここで成せるだろう。
「で、蘭陵。何か閃いた?」
 おれが吹っ掛けると、蘭陵王はたまに見せる得意顔を見せた。
「天界というのは知っているね?国語の授業で習ったと思うけど、天使やその軍、天軍が治めるエリアの一つだ」
「生徒会長や生徒会の方々と同じ名前の大天使が総指揮を執ってたっていう、あの?」
 イオラの確認に頷く蘭陵王。
「そう、ミカエル生徒会長やルシファー様の名は特に有名だね。歴史ではなく国語の小説で習ったから、てっきり創作物語と思っていた。でも話を聞く限り、どうやら原典はあるみたいだね」
 肩に立っていたおれも、座る姿勢になって真剣に考え始める。
「つまりあのおとぎ話みたいなストーリーの原典を想像する事が、これらの遺物の答えに繋がるかもしれないわけか」
 蘭陵王は頷き、続ける。
「あの話、実は図書館などで調べると、教科書の範囲以外でも話や設定が続いていてね。それによると、天界は天軍より上の最高意思決定機関、天位議会という組織が存在したらしい。しかし漁ってもそれに触れた文章は少ない。正体が謎に包まれていて、活動詳細なども分からない」
 しばしの沈黙。守護者像の派生形が一つ見つかって静かに喜んだ。見た目は神族みたいだった。
「白の塔も分かるね?学園でも授業開始を告げる時計塔のデザインはアレが元になっている」
「この古都よりそう遠くないエリアに倒れている、世界遺産ですよね」
 二人の会話を聞きながら思い出す。確かにあの倒れた塔のデザインは学園の時計塔と同じだし、確か通称も白の塔だった。
「あの塔の管理は天位議会が行っているんだ。それなら、この説明不足感も納得出来る。天位議会は白の塔を使って、何をしていたんだろう……」
 蘭陵王が行き詰ってきたようなので、おれが黙って守護者像を眺め続けた成果を話そう。
「二人とも、像を見て。あれと、あれと……あれが派生形の守護者。それぞれ神、魔、竜の特徴が目立つ。そしてみんなハートの石を持っている、これが恐らく心核だ」
 二人がおれの指差した場所を探している間に、言葉は出すだけ出しておく。
「守護者って役割も、もし天位議会が決めたとしたらどうかな、なんのために心核を守っているのか……あと、この像の列の最奥に、一体だけ大きい像が見えるんだけど……」
 イオラが最奥の竜像を見て反応する。話が聞こえているだろう、リンランさんも少し体が揺れた。
「あれ、確か竜族に伝わる始原竜アークワンの像です。よく創世神の遣いとして語られます」
 何故そんな大層なものが守護者達の中に……?考えのまとまらないままそうこうしているうちに、ここでの時間は終わってしまった。

 しかし、次の観光場所で、情報が繋がった感覚がした。
 リティスやチャトル・ムカが仏像にはしゃぐその横で、おれたちは並んで古代の絵を凝視していた。
 イオラが手を伸ばしある場所を指し示す。
「この絵の直立した白の塔あたりにいるこの子、心核の守護者と同じハートの空洞がありませんか?」
 幼い女の子のような絵。守護者や、同じ空洞を持ったモンスター達もその周囲に沢山いる。他の生徒には、仏像が並んでいる仏教作品に見えている事だろう。
「同じ特殊な心核を持つ生命体が複数……そういった種族が存在していたのか?」
 おれの呟きに続いて考察を巡らせる蘭陵王。
「守護者と他のモンスターは随分構造が違って、守護者の方は今の技術でも作れそうだ。あくまで仮説だが、守護者はモンスターに適応するために天位議会が作った人工物だったりしないだろうか?」
「そりゃ面白いね蘭陵。塔の管理の為に心核種族と共存したかったのかな?女の子の身体には竜人の特徴が見える。この子は天位議会ではなく、モンスターと同じ塔の出身と思って良さそうかな。それなら、おとぎ話のあと守護者像だけ古都に遺されているのも納得か?」
「いや、それならアークワンの像が守護者像と一緒に作られた事に説明がつかないです」
 イオラの竜人視点の反論。意見はごもっとも。これに関してはまだ分からない。
 ただ、今の否定でさらなる考えも浮かんだ。
「アークワンが白の塔と関わりがあるなら、白の塔は世界創生に関わっている。この絵の女の子やモンスターなどの心核種族は、神族とはさらに別の、古代創生神族なんじゃないかな」
 これを聞いた蘭陵王が鋭く目を細める。
「それだ。きっとこの女の子は創世神。もしくは神が何らかの原因で消えて、その後継者となる娘じゃないだろうか。幼いから未熟で、力も制御できない。故に彼女の心核を、塔の管理者である天位議会が守護者に管理させ、世界を保っていた、とか」
 イオラも波に乗ってくる。
「三属性の力を使う、初期属性が竜の守護者。その能力が心核の女の子やモンスターに合わせたものだとしたら納得ですね。創世神後継者たる女の子は竜人として描かれていて、守護者の初期属性と同じです。きっと心核を与えてしまえば、どんな力だって使えてしまうんでしょうね」

 そうして話は弾み続け、途中から派手過ぎて迷走する領域まで入ってしまった。詳しいリンランさんにこの考察をドヤ顔で披露した所、ちょっと笑われてしまった。しかし面白かったという評価を貰って、絵に描かれていたモンスターはノヴィルという通称で呼ばれている事を教えて貰った。
 再びバスで移動、今度は鹿に会いに行くらしい。
「鹿や公園、食事の予定となると、流石に考察はいったんストップですかね。つ、疲れた……」
 イオラがぐったりしながらおでこを押さえている。おれや蘭陵王の本気のノリについてきてくれる女子生徒はレアなので、感謝していきたい。
 蘭陵王も椅子への沈みが深い。しかし表情は晴れやかだ。
「鹿がいる施設自体にも歴史は深くあるだろうけど、まあ先程のような不思議な考察はしないだろうから、お疲れ様だね。グループも一旦解除だし。リーン君とかの様子を見に行ってもいいんじゃないかな。君はどうする予定だい?」
 質問を吹っ掛けられたおれは、前足の指を集めて拳を作った。
「せっかくの自由だ、リンランさんと行動できないか挑戦してみる。おれ小さいし、煎餅と間違えて喰われても困るから、避難という意味でも頼りたい……」
 二人には苦笑いされてしまった。その後蘭陵王は微笑み、イオラはため息。
「そうだ。それも青春の一つかもしれない。同行に失敗したら、また私の肩にでも避難してくれて構わないからね」
「はぁ……あの、そういった発言をする度に、私や女子生徒からの好感度が下がっていく事は理解していてくださいね……」
 バスが到着する。修学旅行はまだまだ続く。おれと二人は視線を交え合って笑い、この数日間を存分に楽しもうと思った。


〇 ● 〇 ●


 バスが到着し、私の貴重な自由時間が始まりました。休憩は後に旅館などで控えていますが、観光地で自由というのはここだけではないでしょうか。
 鹿に群がられて困っている、確か名前はリティスさん。そしてそんな彼女を助けずに写真を撮っている相方生徒。その他どこを眺めても、皆さん楽しく鹿と触れ合っています。
「はぁー……年はそれほど変わらないですけど、学生ってやっぱり元気ですよね。楽しませようとしてるけど、私が逆に元気をもらってしまっています」
 新米にしては大きな学園の大きな旅行を担当させて貰って、少し緊張してしまいましたが、この調子なら最後まで楽しくやれそうです。
 ――ひとつ、問題があるとすれば。
「少し、踏み込みすぎている方が数人――あらっ」
 この時間だけ起動している携帯電話が鳴ったのでポケットから抜き取って応対します。まだこの機械は慣れません。
『やっほーリンラン!お仕事は順調?』
 親友のミンリーちゃんでした。今は馴染んできたとはいえ、初対面の人しかいない仕事をしていたので、こういう電話は寂しさを無くしていきます。
「ええ、とっても。私の知識が役に立っているようで嬉しいです。ただ……」
『ただ?』
 周囲を見回し、人がいないのを確認してから、話を続けます。
「世界の秘密を深く追求してる、熱心な生徒が数人いてね。今はまだ大丈夫そうだけど、私がまた情報を流しすぎたりしたら、辿り着いてしまうかも……」
 バスガイドは世界の知識が豊富な事が利点となり、それを活かせる職業です。しかし、それ故に仕事の延長で情報を漏らしすぎてしまう事があると、今日身に沁みました。本当は常に話し続けていたかったけど、秘密にすべき情報を出してしまわないよう注意していて、仏堂では生徒との会話が減ってしまっていました。反省です。
『辿り着いたら辿り着いたで、協力者とかになってくれるかもよ?』
「学生の協力者は期待できないと思うよ、ミンリーちゃん……あの学園に在籍している時点で、もう別の存在なんだから」
 彼らオセロニア学園生や先生は、気付いたらなんて思うんだろう。そんな疑問が渦巻きます。
 自分たちが、本来のオセロニア界とは別の、パラレルワールドにいるという事実に。
「あのね、私、生徒の中に見つけちゃったの。レイファさんが、オセロニア学園生として元気に過ごしているのを」
『こっちのレイファに会えたんだね!あ。という事は、この世界だとあたし達とは別か……』
 見つかってないだけ――と期待していましたが、もう一人の親友レイファさんは、学生として生きていました。
「でもね、いいの、ミンリーちゃん。この世界がパラレルだとしても、今目の前で楽しんでいる生徒たちの笑顔は本物だと思うし、その生徒の存在自体も、この世界にとっては正しいものだから。レイファさんが幸せなら、私はそれで十分です」
 私の記憶が確かなら、今幸せそうに鹿と戯れているリティスさんは、あちらだと悲しい運命を背負っていたはずです。あちらで敵対国同士だった方々も、生徒に成れば多少喧嘩をしても仲良しです。この世界の存在は、そういった救いを与えてくれる大事な場所だと思いました。
『うん……そうだね。むしろあたし達の方が、この学園世界だと異質だよね。……ならいいね!リンランもさ、そういう事情考えないでさ、本物の学生たちと本気で楽しんじゃおうよ、ね!』
 私は、通話相手に見えなくても、しっかり頷きました。
「うん、そのつもり。長話も出来ないから、そろそろ切るね。電話ありがとう」
『うん、ばいばーい!』
 携帯を閉じると、おもむろに空を見上げます。私達も学園時空に存在する、倒壊した白の塔についての情報は、あまり多く持っていません。今後もこうしてアクティブな仕事で情報を集め、真実に辿り着こうと思っています。
 そして願わくば創世の塔よ。この世界に取り残された私達に、どうか――
「ひぇぇええ!これは想定と違う、いくらなんでもマジすぎるってーーっ!」
 声に反応して首を戻すと、走る鹿に追われて今にも口にくわえられてしまいそうなサラマンダーくんが、私の傍を全速力で横切っていきました。
 ――そう、考察をしていた三人のうち、思考が人に寄りすぎているこの火蜥蜴だけは、あの世界にいないですよね……
 彼は私達とは違う意味で、異質な存在かもしれません。考えたくは無いですが、警戒対象の可能性も。
 このような事は初めてなので、修学旅行を通して距離を縮め、彼の事を調べなければいけません。そして得られる情報が、世界の謎に近付く糧となると信じて。
「未知の事象が手に触れられる距離にあるなんて、とても久しぶりですね」
 浮き浮きして尻尾と、第二の脳である翼が喜びで小さく揺れます。
 万が一、彼が私のような存在を排除する存在であった時に備え、学園世界であまり使われない光属性攻撃魔法ルミネスブレイブを構えます。得意ではないですが、ポーカーフェイスで今の不穏な思考を悟らせないようにもしてみます。
 そしてバスガイドのお姉さんとして先回りして駆け寄り、両手を広げて呼びかけます。
「まあ大変!私が見えますか?助けますので、飛び込んできてください!」
「あ、リンラ――ガイドさん、助かります!んひゃー鹿デカい怖いー!」
――ふふっ。今こうして見た感じ、とても深刻な事情を抱えた子には見えないですね。期待外れかも♪
 オセロニアの謎は、まだまだ深まるばかりで。しかしだからこそ、楽しいものです。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

イオラ(2年D組)

学園を舞台にした短編の全体としての主人公。彼女を主軸として、関わりのある生徒達の様々な視点で物語が展開されていく。

見た目や成績のわりに、かなりのおっちょこちょい。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み