10月・学園行事

文字数 5,285文字

 俺の名はアルカード。2年F組に所属する、夜の支配者たる吸血鬼だ。
 しかしこの学園、吸血鬼に対しての知識や畏怖が無さすぎる。オルプネーやフルカス、ガエタノといった一部の教師だけ俺を理解するが、レムカやベルーガといったクラスメイトには厨二とまで言われる始末。しかしこれは、まず夜になると皆家に帰るし、俺は昼間日陰にしかいないからという、学園の仕組みからくるものだろう。
 だから俺は、二年に進級してからある理想を掲げた。目標を定めた。それは、この学園において不便と言わざるを得ない夜の縛りを解放し、夜明けの吸血鬼となる事だ。
「そのために……今回こそ奴の……」
 皆がそろそろ学校に到着してくる早朝。俺は教師フルカスから許可を得て拝借している試験管に入った血を飲みながら、一階から2年D組の教室がある二階を覗く。
 頭も回るし、運動神経も悪くない竜人の優等生イオラ。今日は文化祭だというのに、未だ奴は独り、教室でぼんやり外を見ている。ステータスと実績を見れば陽の者なのだが、こうして見ていると元は俺のような陰の者であったか、もしくは今でもその姿を完全には失っていない者に見えるのだ。
 陰でありながら陽に在りし竜人。そのような希少存在の血を吸い、力の一部を取り込むことが出来れば、あるいは――と思い、俺は四月から今日まで、奴の血を求めて日陰を駆け抜けている。
 文化祭が正式に始まれば奴も日向である外の喧騒へ、例え室内であろうと陽の世界へ向かってしまうだろう。しかしこの時間は奴と二人になれる好機。前回と前々回も失敗してしまったが、今日こそは成してみせよう。
「俺の高貴な牙を身に刻める事、そして血となり糧となる事。むしろ有難く思い、歓びに踊り狂うのが普通だろうが……学生共には理解出来ないようだな」
 言っても仕方ない文句を吐き出し、軽く首を振ってD組の教室へ向かう。
 日の射す窓際を避けながら廊下を歩く。蝙蝠(コウモリ)に化けて隠密行動をしていたのだが、何故か俺を視覚出来た幼女が、蝙蝠の俺を掴んで引っ張った。やめろ、そちらは窓から日光がっ――
「ぎゅおおぁぁ焼ける! 放せ、このっ、放せぇぇ」
 擬態を解いて偉大な吸血鬼の姿に戻り、廊下を転がって日陰部分に退避する。全く、目の前の女一人しか廊下にいないとはいえ、この俺が醜態を晒すとは。
 制服を手で軽く掃除し、目の前の幼女を見下ろす。文化祭は初等部なども高等部の催しに訪れたりするから、別に不思議はない。涙目なのが気になる。俺の高貴さを肌で感じたのか。
 小さい子は苦手だ。これ以上近付かれないよう、夜の支配者たる力を見せつけ、恐怖を与えてやる必要がある。俺はその銀髪に向けて血の刃を生み出し、構える。
「擬態した俺を視覚し、無礼まで働くとは良い度胸だ。道を遮るつもりなら、俺が直々に甘美な死を与えてやる」
 幼女は俺を見上げ、今にも泣きそうだった顔を笑顔に変えた。――何がおかしい。
「お兄さん……さっきと雰囲気ぜんぜん違う」
 そう言って笑う幼女。血の刃にも臆さない。これは第一印象がイメージを決めるというやつだろう。頭が痛くなりそうだ。
「これが本来の俺だ。今回は見逃してやる。気まぐれにも寛大な心を持った俺に感謝し、ろ――?」
 血の刃を消し、立ち去ろうとしたが、幼女に足を掴まれてしまった。全く、これを振り払ったら俺が悪い扱いになるから小さい子は苦手だ。
「……何だ」
「おともだちと一緒に来てたんだけど、はぐれちゃって」
「それがどうした」
「お兄さん、優しそうだから……一緒に探してくれる?」
 俺の何処にそんな性格を感じたか知らんが、このままコイツが居座っていると任務が遂行出来ない。嘆いている暇があるならさっさと済ませろ、それが俺の優秀さだろうに。
「仕方ない。同胞の特徴を簡潔に言え」
 幼女は分かりやすく緑の目を輝かせた。
「ありがとう……!わたし、ペルデュ。えっと……よろしくね」
「お前の名前は聞いてないぞ、それより探し人の――」
「あなたの……おなまえは……?」
 話を聞かん奴め。
「アルカードだ。もういい、行くぞ」
「うん……!」
 懐かれてしまったようだ。目的の教室とは反対方向となったが、人が多い方へ行く事になった。


 勝手に先行する俺の歩幅が大きいからはぐれるといった旨の文句を言われ、俺の美しい左手をペルデュの右手に塞がれる醜態を晒す事になったまま歩いている。兄妹だとか噂する観衆の声、俺には筒抜けだ。俺が夜明けの吸血鬼となった暁には貴様らに思い知らせてやるからな……
「あれ……欲しいな……」
 ペルデュが小さな左手で指差したクレープ屋台。ここに来て食い物を所望するとは。つくづく俺との立場の差を知らない奴だ。繋いだ左手を離して舌打ちをした。
「そんな暇など無い事を自覚しろ。後で友や親にでも買ってもらえば良いものを……」
 俺が屋台のクレープを一つ購入し、振り返ると、沈んだ表情のペルデュが先ほどと同じ場所で突っ立っていた。今度は何だと駆け寄ると、ペルデュは俺を見上げ、手に持つ甘味を見て目を輝かせた。
「なんだ、俺が本来施しなど与えない事を理解してきたのか? ならこれは買わなくても良かったか」
 そう言ってクレープを掲げて揺らすと、ペルデュが跳ねて煩い。
「分かったからこれ以上醜態を晒して俺に恥を掻かせるな。これはくれてやるから落ち着け」
「やっぱり、お兄さんは優しい人だね」
 前言撤回、この娘は勘違いを続けている。
 もし泣かれでもして、俺の面目を潰す訳にいかないからだ。別にお前の為では無い。――そう言っても、クリームで顔を汚すペルデュは笑顔のままだった。顔は拭いてやった。


 その後もしばらく歩き続けたが、一向に見つからない。時間が経つごとに文化祭の喧騒は増していく。捜索難度は上がり続け、苦しくなってきた。
 そんな俺の考えに気付いたか、自分でもそう思ったのか、ペルデュがまた涙目になってきた。
「ごめんね……見つからなくて……めいわくかけて……」
 確かに正直迷惑だったが、そこに責任を今更感じて泣かれる方がもっと困ると察してくれ。
「これは日陰でしか捜索できない俺の未熟だ。探し人が日向に居続けていたとしたら、見つからないのも当然と言えるだろう」
 自分で言って悔しくなってきた。客観的に誰かが聞いたらツッコまれるほどの無能さである。
 いよいよ本気で泣きそうになるペルデュ。どうしたものかと悩むと、俺が文化祭で担当している出し物を思い出した。リハーサルついでに試してみるか。
「ほら、見ろペルデュ。俺の華麗な奇術を」
 ゴミ箱が道中に無いまま手に持っていたクレープの紙を丸め、そこから俺の血を固めて噴射した。その血は形を変え、一匹の兎を模倣した。
「あ……うさぎさんだ……!」
「ショーはこれからだ」
 さらに数匹の兎を生み出し、ペルデュの周りで踊らせた。すっかり泣き止んでくれたので、落ち着いたタイミングで術を解除する。
 目の前の視界がぼやける。体がふらつく。俺が無様にも膝を地に着くと、ペルデュが肩を支えて俺を助けた。
「どうしたの……だいじょうぶ……?」
「少々、血を使いすぎた……俺はしばらく役に立たん、回復するまで、日向の場所でも探しに行け」
「やだ、お兄さんといっしょにさがすの!どうすれば元気になる?」
 周囲を見回してみるが、やはり血と試験管を用意できるような教室は全て閉まっている。
「血を確保できれば良いが、厳しいと言わざるを得ない……」
 目が閉じそうになった時、ペルデュが俺の顔を持ち上げて起こした。その顔は今までにない強い表情をしている。
「なら、わたしの血、あげるから……!」
 流石の俺も驚いた。幼女の血など吸ったことが無い。
「いいのか……?痛いぞ……?」
 俺は何を言っているんだ。学園で吸血鬼を知らぬ者が多すぎるせいで、吸血が抵抗されるものだと認識し始めてしまっているのかもしれない。そんな事は無い、はずだ。
「うん、だいじょうぶ」
 強い意思を否定するわけにもいかない。俺はペルデュの小さな肩を持ち、牙を突き立てた。
「ならば、それは俺の糧となる栄誉だ。有難く思え」
「んっ……!」
 きつく目を閉じるペルデュ。やはり幼い血は個人的にさほど美味くは無いのだが、初めての感覚による刺激は感じた。このタイプの血を好む吸血鬼もいるかもしれない。
 口を離し、ペルデュを見る。目を開けたその目には涙は少しあったが、表情は吸われる前と同じ、強い意思を感じた。
「泣かないか。偉いぞ」
 頭を軽く撫でてやると、年相応の無垢な顔に戻った。お前はそれでいい。
「おいしかった?」
「……まあ、悪くは無かった」
 立ち上がり、身長の低いペルデュに手を伸ばす。
「この吸血で、探し人の場所をいくつか割り出せた。友達が見つかる。行くぞ」
「うん……!」
 血の絆を得た魔族二人で手を繋ぎ、目的地へ歩き出した。


 場所は的中。ちょうど探し人が外から室内へ入ったタイミングだったのが幸いした。
「ラハルトくん……見つけた……!」
 ペルデュが俺のもとを飛び出し、同じくらいの身長の少年に駆け寄っていった。
「良かった、合流できたね。こっちもお姉さんが一緒に探してくれてね、助かったよ」
 ラハルトがペルデュを受け止める。これで解決、しかし想定外の事態が一つ。
「げ、アルカード君ですか。どうしてここに?」
 ラハルトの言うお姉さんというのが、他ならぬイオラだった。まずい、色々ありすぎて話す内容を忘れた。その制服の防御を受けていない首筋の白さに震える。吸血鬼の為に配慮されたデザインとしか思えないぞケット・シー校長。
 というか、げ、とはなんだ。げ、とは。凛とした雰囲気が台無しだ。やはりこ奴は陰の側面も持っている。
 作戦を全て忘れたから、ここはいつも通り正面突破だ。
「お前のその夜明けの血を貰う為だ。俺のさらなる進化のための礎となれ」
「嫌です」
 ピアノが鳴ったよう。胸に深刻なダメージ。この竜人を初めて見た時から、この疼きが収まらんのだ。これは俺の種族的進化の為に彼女の血が必要な事を示す痛みに他ならないと信じている。
「何故だ……少し、少しでも駄目か? 竜人なら痛みもないし、傷もすぐ治るだろ?」
「いや、まず初対面からそれしか言ってこない男の人、怖くて警戒するのは当然じゃないですか」
 右手で上半身を隠し、左手で首を防御するイオラ。本気で嫌われている感じがする。胸が苦しい。頭脳は評価していたが、高貴な吸血鬼に血を吸われる事の栄誉を未だに学習していないようだ。とても残念だ。
 ラハルトがペルデュを連れて、イオラのもとを離れる。
「それじゃあ、僕達は行きますね。ありがとうございました!」
「うん、今度は気を付けてねー」
 肩あたりの高さで手首だけ振って別れるイオラ。ラハルト達の進行方向は俺の方だったため、ペルデュと目が合った。
「アルカードお兄さん、ありがとう。また、うさぎさんのショー、見に行くね」
「そうか。本番は碧音の猫もいるから、楽しみにしていろ」
「随分仲良くなったみたいだね」
 ラハルトが茶化すと、ペルデュは恥ずかしがらずに笑った。
「うん、血も飲ませてあげたんだよ、ほら。味もおいしかったって」
 俺が黙って支給した絆創膏のついた首を見せるペルデュ。足音が聞こえて見てみると、イオラが足を数歩引いていた。
「初等部の子にも手を出したんですか……サラマンダー君の方がまだマシですね……」
 逃げられたらまずい、イオラの逃げ足は走行不可の廊下だろうと最速の竜を継いでいる。
「いや、勘違いするな。これには極めて真面目な事情があって、俺が最も欲しいのはお前の夜明けである事に変わりは無く――」
「ひぇっ……えっと、さ、さよなら……っ!」
「ま、待て……!」
 両手で首の周りを覆ったイオラは、そのまま祭りの喧騒の中に紛れてしまった。何という事だ。
 手を伸ばしたまま静止する俺に、ラハルトが声をかける。
「フラれちゃいましたね。でも僕、応援してますよ。青春ですね」
「お前は何か勘違いをしているな。俺は夜明けの吸血鬼を目指す為、奴の力を欲しているに過ぎない」
 ラハルトはそれを聞くと、目を丸くして唖然としていた。
「すごいな、あれで自覚がないんだ……まあいいですけど。僕もショー、見に行きますね。機会があれば、またイオラさんも誘ってみますから。では」
「ばいばい……!」
 幼年二人も頃合いと見て去り、俺一人が日陰に残った。
 俺は諦めない。必ず学園内の吸血鬼のイメージ改善を成し、真に夜の支配者となるのだ……!
「まあ、まずは碧音と合流して、打ち合わせだな……」
 波乱の幕開けとなったが、文化祭は始まったばかり。なんだかんだ、俺もこの行事の今後が楽しみになってきているのを感じた。
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登場人物紹介

イオラ(2年D組)

学園を舞台にした短編の全体としての主人公。彼女を主軸として、関わりのある生徒達の様々な視点で物語が展開されていく。

見た目や成績のわりに、かなりのおっちょこちょい。

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