4月・異世界探訪

文字数 4,653文字

 通りすがりの兄弟子より、故郷のエリアにて未だ見ぬ強者の亡霊の情報を聞きつけた。
 その姿を見た者は、その強さと美しさで黒の大地で畏れられた魔天・ルエドを連想したという。ルエドが人知れず世を去ったなり、ルエドが存命の内に自らの亡霊を作り出したなりといった憶測が飛び交っている。
 拙者は急ぎ帰郷。エリアの平和の為、そしてその強者の実力を一度見たいという我欲である。
 亡霊の噂が広まって以降、立ち寄る者が激減している森。この地は好戦的な者が多い。しかしそれでもこの人通りの少なさになるというのも納得なほど、この森に充満するオーラは禍々しいものであった。
「拙者も愚かな被害者の一人となるか、あるいは――」
 一歩、また一歩と竜鱗に覆われた足を踏み出す。しばらくして、森の木々が炎に燃えるような幻覚が見え始めた。
 即座に抜刀出来るよう構える。森の奥から迫ってきた、赤く燃える鬼髑髏。
「――スッ!」
 一閃。斬った心地は無く、ただ揺らめくように炎は消えた。そうして視界を覆うほど広がる炎の熱は、竜鱗が無ければこの体、一瞬で焼き尽くされていたであろう強さであった。
 飛んで来た方向へ全力で駆け込む。迫りくる獄炎の魔物共を一閃、再び一閃と蹴散らし、獄炎の主の姿を目の当たりにする。
 魔天ルエドと呼ぶにはいささかこの東方地域に根付くような鎧姿。ただその堂々とした佇まい、大きく翻るマント、纏う炎の禍々しさ、右手に握る黒い魔剣に宿る魔の波動はそれに酷似する。亡霊と化す前の種族は、この見た目だけでは人間か魔族か判別がつかない。
 たびたび姿が所々薄くなっているのは、この世に存在している状態が不安定であるからであろうか。
「魔天殿。拙者は牙刀と申す。この地にて武の頂を志す者だ」
 亡霊に言葉など通じるかなど知らぬが、何者であろうと立ち会いの前には名乗る。それこそ、我が礼儀。
『魔天――デ、アルカ。ならば――我は信長。第六天魔王、織田信長ァ!』
 炎の森に響く声で答えた魔王は、身に纏う炎を強め、細い目から紫の光を発した。
「相手にとって不足無し。いざ――尋常に勝負」
 拙者の構えに対し、堂々と真っ直ぐ立つ姿は変わらない。その誇り、頭の高さはどのような時でも拙者より下げる気はないかもしれぬ。
『我に挑むか。その小さき太刀で、この世の在り方を見せてみよォ!』
「参る――!」
 瞬足で間合いを詰めての斬り上げ。
『セェイ‼』
 しかしその一撃は、魔剣の一振りによって容易くいなされてしまう。
「竜の刃を、何の工夫も無い人の身で弾くか……!」
 魔王には構えすら無かった。技ではなく、小虫を切るような振り払いであった。悔しいと同時に、血が滾る。
「全力で行かせて貰う」
 相手の技を見るには、死を覚悟して捨て身の奥義を振るうしか無い。
 もしここが拙者の果てだとしても、これだけの強者と本気で競えるのなら、本望!
「ぬぅん!」
『何ィ⁉』
 相手が驚いたのは拙者の剣筋ではない。拙者の闘気と魔王の力がぶつかり合う時、景色が歪み、揺らいだまま固まったような空間が出現。
「こ、これは――⁉」
 その引力に吸われ、拙者は虚無の中へ。全てが暗黒となる前に見えた森から炎は消え、獄炎の魔物や第六天魔王は存在しなかった。


 揺らぐ景色を抜け、投げ出されたのは夜の世界。両側に並ぶ木々に守られた道の先には、東国式の城が高くより拙者を見下ろし、背に満月を隠している。
 白の大地、その東国の城は全て把握しているつもりである。だが、視界にそびえるものはそのどれにも該当しない。
「黄泉のエリアであろうか……しかし拙者がいた森は、かの地の裏にある」
 推測はしたが、それも疑わしい。黒の大地の黄泉エリアならば、あのように金に輝く満月は見えぬし、これほど明るい黒の空は広がっていない。拙者の旅の最中に建設された、白の大地の新たな城と考えるのが妥当というもの。
 そしていきなりの夜というのも疑問であるが、これ以上の謎がある場合は留まっていても分からぬものだ。
「さて、まずは元凶たる歪みを――」
 振り向くと、拙者を放り投げた景色の歪みは、収束していく穴のように縮まり、今まさに腕が入るかどうかというサイズになっている。
「不覚。悠長に構えすぎたようだ」
 完全に歪みが安定し、何もない空に戻る。その光景を最後まで、無様にも唖然と眺めた。
 このままではいけぬと首を振り、城への道を進んでいく。
 流石にこのような夜更けだ。城下町で話を聞ける者は、松明を掲げ見回りをする人間の侍数人くらいである。
 近付いて声をかけようとすると、一人が腰を抜かして倒れ、他の侍を少々震えながらも刀を構えようとした。余所者への対応は大事であるが、少々警戒心が強めと言わざるを得ない。遠くない頃に戦でも起こしたのだろうか。
「こ、この化け物め!」
「ッ――!」
 突如斬りかかってきた侍。拙者は潜り込んで腹を柄で殴り、正面突破で逃走を始めた。
「逃がすな、追え!」
 多方面から追っ手が迫りくる。和解を望みたいが、この不穏な場で力を示して、人を殺めるのも賢いとは言えぬ。脚力を活かして屋根へ飛び移り、忍びの進路で上へ上へと登る。
 天守へ至るその時、未知なる殺気を感じて刀を構える。
「ヌィイ!」
「クッ!」
 長い刀の振り抜きを受け、最上階の手すりを足場に鍔迫り合いとなる。
「墜ちよ!」
 銃弾。どうにか弾いたが、衝撃を流しきれず一つ前の屋根に後退する。天守は前方の高層、つまるは斜め上方向。
 オセロニア界において、銃器の類は製作方法すら知られておらず、あまりに希少である。その使い手に会えるだけでも幸運だろう。
 高き城、この世を見下ろす空の間より、一人の御仁が片手に銃を構える。悠々と歩き、下層の拙者を眺めた。
「我が眠りを妨げるだけの物の怪が、どの程度のものかと見れば――ここまで来るとは大したものよ」
 その声と鎧姿には、見覚えがあった。森で見た赤き目と獄炎の魔物は見えぬが、間違いないだろう。
「魔天、いや――貴殿は、魔王信長殿であるな?」
「フッ――この我を、魔王と称すか。面白き赤蜥蜴よ。だが――」
 拙者の事を覚えていない魔王。銃に弾を込め、拙者にその口を向けてくる。
「我が覇道を遮る者は、誰であろうと容赦せぬ」
 拙者は迎撃の構えをとる。先ほどもあの至近距離で弾く事が出来た。二度三度だろうと同じ方向にしか飛ばぬ鉛、我が剣筋ならば突撃の好機に過ぎないはずだ。拙者は、魔王殿の本気のの剣と刃を交えたいのだ。
「近代兵器であろうと、たかが小銃一丁。さらにその弾に魔力すら込めぬ手加減。相手を侮るは一生の傷と成り得ると忠告――」
「たわけがァ! 眼前の戦況のみに気を取られおってェ」
 怒号に言葉を遮られる。その瞬間、四方八方から別の長い銃火器が構えられていた。その数、もはやすぐには数えられん。
「何、幻覚の類か⁉ この世界にこのような数の銃器など――!」
「赤蜥蜴如きが、魔王を侮るでない。小銃一丁では戦略は創れぬ、やるなら徹底的だ!」
 包囲による覇の王羅で身動きがとれぬまま、拙者は四面楚歌の砲音を最後に、意識を失った。


 目覚め、目を開くと、太陽の光が覗く昼の和室。しかし背に両手を縄で縛られ、首先には長い刀の先が付きつけられていた。
「動くでない、ここで我が望むは、対話だ」
 あぐらの姿勢だった拙者を立ったまま堂々と見下ろすは、鎧を脱いだ信長殿である。
「拙者とて、貴殿らと事を構える気など無かったのだ」
 目を瞑り頭を下げると、刀が首元から離れていった。目を開き、手の縄を筋力で破壊すると信長殿は少し警戒したようだが、その後拙者が動かぬ様を見せると、ようやく刀を鞘に納めた。
「大半が狙いが外れていたとはいえ――あの数の射撃を受けても、その鱗のような肌にはあざが出来る程度。お主は一体何者ぞ」
 信長殿の問い。ここは改めて、ただ真っ直ぐに。
「名は牙刀。オセロニア白の大地、ある東の国より参った。見ての通り、武を極めるため旅をしている竜戦士だ」
「異国の者という事は良いが、人ならざる体があまりに異質。竜は幻想の種族と思っておったぞ」
 太陽が昇っているので白の大地の東方、つまり拙者のエリアに含まれるほど近い国と考察したが、信長殿は即座に異国と断定した。気になる発言もさらに続いている。とにかく質問に答えていく。
「竜族に人の血が混ざった、竜人族。その中でもドラゴロイドと呼ばれる、竜の体を持つもの。
まさか貴殿、それすら知らぬとは言うまい」
 信長殿は威圧的に睨みつけ、青い球体を掴んで置いた。
「戯言を申すはお主の方よ。この国にそのようなものは一匹たりとも在りはせぬ。オセロニアと言うたか――それはどこに在るものぞ」
 発言から察するに、この球体は世界の地図のようなもの。だとしたら、今異端は拙者の方であると認めざるを得ない事態となっている。
 球体に文字は書かれているが、それもオセロニアの言語ではない。オセロニア界には様々な言語があるとはいえ、人間によって統一言語が設定され、それを用いて他種族と交流するのはあまりに常識。今や種族的言語を使い続ける者が減っているほどなのだ。
「拙者の世界は、このような形ではない。――これは一体どういう事なのだ……」
 ついに困惑してしまった拙者の周りを、巡るように歩く信長殿。
「この世のものにあらず、地獄や霊界からの使者でもないと」
 目を閉じ、頷く。
「デ、アルカ。――なれば良し」
 背後から、奪われていた愛刀を差し出される。
「異界より来たれし者よ。我に仕え、共に天下布武を成せ」
「今、なんと?」
 聞き返すと、愛刀で肩を強めに叩かれた。
「この国でお主を自由の身になどさせん。オセロニアの剣術や、戦術、竜人族の文化。全て我が国の為に用い、未来へ導け」
 押し込んで捨てるように投げられた愛刀を受け取って立ち上がり、振り向く。子供のような好奇心の混じった、邪悪に笑む信長殿の顔を見据える。
「拙者への利は」
「この世に同じ異界の同胞がいれば、敵国に与していない限り引き入れよう。知識を蓄え、いずれお主の故郷を領土にした暁には、その土地はお主に任せる」
 もしそのような同胞がいたとして、ほとんどの場合敵国にいるのだから攻撃する、という影の面を察した。さらに異界すら制圧せんとする意思も全く隠していない言葉を、よくもこのような短時間で出せるものだ。やはりこの世界は、オセロニアと同じように争いの世なのだ。
 しかし拙者にとっても都合のいい事に変わりはない。城下町の侍の態度からして、他国へ行こうとも安全とは言えぬと考えられる。
 一度も誰かに仕えた事など無かったが、このような非常事態。乗ってみるのも一興というもの。
「承知。しかし拙者も武人の一人。この世界の強者達と剣を交える機会は、多く頂きたいものだ」
「この世など、その鱗貫けるほどの強者はそうおらぬわ。まずは魔力とやらを見せよ、次なる戦で即座に投入してくれる」
 分かりやすく表情が緩んだ信長殿は、愛用の小銃を用意しに歩き始めた。
「拙者が扱うは闘気なれど、恐らく同じことは出来よう」
 一応補足して、こちらも後を続いた。
 オセロニア界は何故か、毎年この時期になると不可思議な事象が起こりうる。今回は拙者がその被害者となってしまったようだ。
 無論、元の世界には最終的に戻ろうと思う。ただ、世界がどのような場所であろうと、目的は変わらない。
 どのような経験が我が剣を鍛えるか。心中は不安よりも、高揚感が勝るのだった。
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登場人物紹介

イオラ(2年D組)

学園を舞台にした短編の全体としての主人公。彼女を主軸として、関わりのある生徒達の様々な視点で物語が展開されていく。

見た目や成績のわりに、かなりのおっちょこちょい。

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