軌跡の先・聖炎の契り

文字数 3,944文字

 こ、この度。
 私レクシアは――結婚することになりました。
「なんて……今でも実感が湧かない……」
 鏡の前で座って、言う。
 目の前の自分の姿は、緊張を分かりやすいほどに伝えている。着慣れない真っ白なドレスに目がチカチカする。自分の姿から目が離せない。言葉とは真逆の心情だ。
「角のコサージュはこのように。幸福の加護を受けることが出来ましょう」
「あっ、はい。ありがとうございます」
 白くて丸い鳥――ブライダル・ピジョンさんが、私の衣装準備を手伝ってくれた。意外にもアルンは既に着替えを終えているそうで、私が遅れて会う形になった。
 高層にある、少々短めの廊下は屋外に飛び出ていて、晴天の太陽光が足元の宝石を輝かせている。この道の先で、左手側に大きく見える白の塔を見上げるアルンを見つけた。
 コサージュ装備は赤い角すら芸術品にしている。金の装飾が少々あるが、基本的には白のドレスだ。後頭部で束ねて流れる銀髪は、衣装の色に合っていて、アルンの気高さ美しさがさらに引き立つ。
 特に気になるのは衣装の形というかデザインだ。細いと同時にがっちりしたウエストを見せつけるように引き締まっていて、正面からの視点で足を見せるミニスカートから、後ろに広がってなびくそれは普段の騎士姿と同じものだ。ハイヒールの靴にも揺れず真っ直ぐ、堂々と立つその姿を見ると、ドレスも一種の鎧として着こなしているようにも感じられた。
 私は慣れた騎士デザインではなく、スカートが地に着いて足を完全に隠すまさにドレスといった感じ。一瞬、慣れた格好のアルンが羨ましく感じない事も無かったけど、今の花嫁としての自分の衣装はもう気に入っているので、すぐにその考えは消えた。
 転ばないようにゆっくり歩み寄る。心なしかいつもより白く見える肌を見せる、その肩を指先で軽く叩いた。
「んっ……?」
 雲を貫く白の塔から目を離したアルンが、首を回してこちらを見下ろした。普段は私の靴だけかかとが高いので、今回はアルンの背が少し高くなっている。
 真っ白な中に、ほんのり染まる蒼と、ふわふわとした羽のデザイン。アルンは灯のように暖かく燃える瞳でそれらを眺め、最後に身体ごと私を向いて顔を見た。
 正面でのみ見える大きな尻尾が、彼女の竜としての強さ、偉大さを押し出している。
「ふふ」
 笑った、アルン笑った。いつも見てる相手だけど、どうして自分と相手が衣装を変えるだけでこんなに感覚が違うのだろうか。白の清純は綺麗だ、炎の暴れん坊はどこへやら。とっても可愛い。
「ふふっ」
 つい笑いが移っちゃった。何度も改めて、目の前の美人さんと結婚するという事への気持ちが受け止めきれずに熱を起こしそうだ。どうしよう、私は可愛いかな。化粧なんて初めてだから、ピジョンさんを信じるしかない。
「その、なんだ……綺麗だな、レクシア」
 ついに声を発したアルンは、嬉しそうにそう言った。いつも通り率直に可愛いとさえ言ってくれればいいと思っていたけど、今の私には別の適切な表現を探してくれたようだ。
「うん……アルンも、とっても綺麗……」
 そう返しながら、涙が出そうになった。今ようやく自覚したけれど、私は、ずっとこの時を楽しみにしていたんだ。絶え間ない戦いの世界で、大切な人と無事に生きていられた奇跡に、心から安堵し、感謝したんだ。
 それでも涙目にはなってしまっていたのだろう、アルンが手を伸ばし、指でそれを払ってくれる。私は半ば無意識にその腕に触れると、アルンが一歩踏み込んで顔を近付け――
「ぁ、ま、待ってアルン……っ!」
 焦って数歩引いて、慣れないドレスで転びそうになる。アルンが咄嗟に手を掴み、私は不安定な姿勢のまま支えられた。
「まだ駄目か?」
 腕を引っ張らずに握り続けるアルンが、悪戯っぽく微笑んだ。
「ぅ……や、まだ駄目……」
 私が視線を逸らすと、ようやく引っ張って助けてくれた。太陽の光なんて見えない。それ以上の炎がここに燃えているから。
「式が楽しみだな」


 その後二人で歩いていると、束ねて跳ねる金髪を揺らした竜人さんに見つかる。
「お、アルンだ。似合ってるじゃん、それ」
 気さくに話しかけてきたのはアルンの友人、パーラさん。今思えば当たり前だけど、竜族の友人がちゃんといるのは、紹介された当時の私は驚きだった。
「そうか。それなら嬉しいぞ、パーラ。以前花嫁コンテストに参加した際に気に入ったものを、今回は本格的に使ったんだ」
 アルンが嬉しそうに受け答えし、尻尾を跳ね上げるとドレスがばさっと広がる。アルンの着替えが想像以上に速かったのは、着用経験があったからのようだ。
「実はこのドレス、私に一層人間の文化に興味を沸かせたきっかけでな。竜から人間の女になる感覚が一瞬あり、とても良い気分だった」
 アルンは私に目を向けて微笑んだ。満面の笑みで返した。
「まさかこんなに早く本番が来るとは思わなかったが、きっと私は、あの時からずっとこんな日を期待していたと思う。あの気分の昂ぶりを、真の意味で、と」
 暖かい手で頭を撫でてくるアルンに呑まれないように意識を保ち、疑問を投げてみる。
「その時から結婚のイメージはあったの?」
「まさか。全くだ。そもそも竜族以外とここまで深く繋がる事すら、当時の私には考えられなかった」
 パーラさんが笑って話に入ってくる。
「竜族は孤高だからねー。だからアルンが私に、人間はすごいんだぞーとか、レクシアさんが可愛いって話しててビックリしちゃったもん」
「えっ、アルン、パーラさんに私の話してたの⁉」
「ど、どうだかな……」
「してたしてた。レクシアさん聞きます? アルンが私の目の前でぼやいてた惚気話。うちの竜騎士ったらあなたの事好きすぎるみたいで」
「待ってパーラさん、恥ずかしいから!」
「ほら本人の要望だ、それはまたの機会だ」
「ちぇーっ。まあともかく、それだけ彼女が他種族と関われたのは良かったなーって思います」
 パーラさんは話をまとめると、瞳が潤っていた。自分で驚きながら、涙を我慢している。
 アルンは私の前だとあくまで一人の友人みたいな気楽さで話してくるし、結婚意識が分かりにくかったので、こういう話を聞けて安心した。
「そうだ、お父さんにもドレスを見せたいな」
 というか私の最初の目的はそれだった気がする。パーラさんが我慢しているっぽかったから、私がアルンを連れて話を終えちゃおうというのが追加の目的だった。
 一言二言告げて別れる私達とパーラさん。隣のアルンがこちらから目を逸らして歩くので、私は察して見ないでおいた。


 父・イリオスはその体のサイズから、どこにいるかはすぐ分かる。外に出てすぐ目の前に大きな足があった。
「お父さん」
 真上に向けて声をかけると、その長い首が風を切って垂れ下がる。
「おお、レクシアか。ドレスは……」
 私を見た瞬間固まって、しばらく。
「うむ……よく、良く出来ている……美麗だ、見事に輝いているな……!」
「ふふっ。ありがとう、お父さん」
 私を拾った頃は感情が読み取れなかったけど、時が経つにつれて声からも感情が読み取れるようになったり、表情も分かりやすくなったイリオス。守り神の聖竜の姿はどこへやら、今にも泣きそうになっているのがまるわかりだ。
 イリオスが急に首を上げると、その間に足元から飛び出てきた子竜達が私の前でしゃがんだ。
「勘だが、乗れってことじゃないか?」
 アルンの提案じみた発言に従い、モフモフとした背に乗る。ドレスで普段のような荒っぽい動きは出来なくなっていたけど、子竜が下からサポートしてくれるなら。届く手が、声がある。
「お父さん」
 再び呼びかけ、手を伸ばす。声を受けて下がった首、その下あごが私の手にそっと乗る。私は限界まで近付き、半分飛び込むように、その頭の先を抱き締めた。全て晒した腕の肌が、私と違う強靭な鱗に触れて感じさせる。その硬さから、柔らかい愛情があるという事も感じられる。
「本当にありがとう。ここまで生かしてくれて、守ってくれて、学ばせてくれて。ここまで連れてきてくれて。種族だって全く違って、何処の誰だか知らないような私を、ここまで……」
 イリオスが大粒の涙を流している。目を閉じ、感謝を伝えているうちに私もつられていて、もしかしたら化粧を落としてしまっているかも。
「レクシア。お主は定めによってあの地へ降りてきたのだ。儂が拾ったのも必然だ。見知らぬ大地、慣れる事の難しい環境でここまでたくましく育ってきた、お主が立派だった、それだけだ」
「知らない事なんてなかった、全部お父さんとアルンが教えてくれた。私にとっての家族は竜族しかなかったから、慣れないなんて事なかったよ」
 ひとしきり感謝を伝え合って、そっと子竜から降りる。全員の毛並みを撫でてやって、ずっと待ってくれていたアルンの手を取る。
「相手もやっぱり竜族だったね」
 感極まって抱き締める。
「お前にとっては、それが普通の道なんだろうな」
 頼もしい両腕で包んでくれる。幸せの中、気持ちはしっかり整った。聖炎の契りを結ぼう。
「……アルン、私の化粧落ちてない?」
「ピジョンの腕だ、落ちないヤツになってるぞ。落ちても可愛いから直さなくてもいいが」
「そういう問題じゃないでしょ、もう」
 安心して体を離し、イリオスと子竜に空いた手を振る。
「時間になるし、行こう、お父さん」
 バージンロードを歩く予定の父の顔は、いつの間に賢蒼竜の威厳を取り戻していた。
「うむ。儂も傍で見届けるとしよう。種族を越えた繋がり、その軌跡が見せる輝きの先を」
 蒼竜と少女の軌跡――それがもたらす輝きは、きっと美しいものだった。
 私も、きっとイリオスも、そしてアルンも。その聖なる光の美しさを確信した。
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登場人物紹介

イオラ(2年D組)

学園を舞台にした短編の全体としての主人公。彼女を主軸として、関わりのある生徒達の様々な視点で物語が展開されていく。

見た目や成績のわりに、かなりのおっちょこちょい。

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