12月・オセロニアのクリスマス

文字数 3,626文字

 さあ、今年もこの季節がやってきた。
 サンタクロースとして子供達にプレゼントを用意し、空飛ぶそりに乗って様々な国や街へ。
 このマロース、爺を意味するジェドの名で呼ばれるほどに長い事サンタをやってきた。そして数年前から、ある疑念を感じつつあった。
「今年も、既に大勢のコスプレイヤーがいるな……」
 冬の街の輝きの下、俺と同じ赤い服を着たサンタコスの者達が、楽しく過ごしている。そのサンタは老若男女問わずどこにでもいて、むしろ普通の恰好の者を探そうと思うほど目立つ姿だ。
 ――俺のアイデンティティーが奪われている?
 嫌な思考を振り払い、今年も自分から楽しむ事を忘れないようにする。
「ほっほぉっ!」
 合図と共に、そりに接続したマッチョトナカイが雪の空を駆ける。街の広場に降り立ち、プレゼントの入った大きな白い袋を地面に置く。俺の巨体が着地した事による小さな地震で、子供達が俺に振り向く。
「あ、ジェド・マロースだ!」
 去年拳を交えた子供達は、俺を歓迎している。しかし気になるのは、その人数が昔と比べて少々少なく感じるのだ。
「ママ、あのおじさん怖い……」
 今にも泣きそうな目でこちらを見る幼児。確かに俺はその年の子にとって怖い場合もあるかもしれんが、昔はそんな目を向ける子供は少なかった。何故ならサンタとしてプレゼントを配る俺の存在を親から知っているからだ。サンタの話を親から教えられた事が無いのかと心配になるが、このコスプレイヤーの街並みを見るに、そんな事は無いと思うのだが……
「ほっほ。メリークリスマス、俺はマロース。愛する子供達よ、プレゼントが欲しけりゃ、力ずくで俺から奪ってみな」
 俺はそんな子供にも聞こえるようにいつもの挨拶をして、鍛え抜かれた手の平を自身の闘気のみで金色に輝かせ、真っ直ぐ伸ばした指を曲げて挑発の仕草をする。これにより、この日の為に毎日いい子にして修業を重ね、身体を鍛えてきた子供達が一斉に俺に飛び掛かる。その瞬間が毎年の楽しみだった。
 ――それが、今はどうだ。
「おっしゃあ、僕の鍛えた拳を見てくれ、おじさん!」
 数人だ、たった数人は俺を理解して飛び込んで来てくれる。後々人が集まってきて十数人は来るとはいえ少ない。まあ少人数でも来てくれること自体は嬉しいが。
 高くジャンプして飛び込んできた、俺の足の長さと同じ程の身長の男児の拳を腹の筋肉の天然鎧で受け止める。他にも飛び込んでくる子供はいたので、それぞれ的確に対処する。
「硬ってぇ!」
 弾き返されても体制を崩さずに着地した男児は、手をひりひりとさせるリアクションをしながら大笑い。随分と楽しそうで何よりだ。まずは見込みのあるこの坊主から攻めよう。
「良いパンチだったぞ坊主、次は俺の指を受け止めてみな」
 相手の頭を吹き飛ばせるほどのデコピンだが、勿論加減するつもりだ。
「舐めて貰っちゃ困るよジェド・マロース、俺はおじさんの拳を受け止めるために鍛えたんだ、五本全部まとめて来いよ!」
「言うじゃねえか坊主。これを押し返せたらお前の勝利だ」
 お喋りをしている間にも、プレゼント袋目掛けて突進してくる子供達に対して体全体を存分に使ってキーパーとして立ち塞がる。しかしこの人数では俺の防御に隙間が出来ず、加減をしないと誰もプレゼントに辿り着けない。これでは面白みに欠ける。
 気を取り直して、五本指で男児を押し込む。足を雪で滑らせて後退しながらも、必死で抵抗してずり落ちるズボンから尻尾が飛び出た。なるほど、この怪力は竜人族故か。
 力の強い種族にはそれ相応の試練を与えねばならない。俺は少し力を強めた。
 もう限界と思われた男児はジャンプし、俺の腕に乗って走ってきた。顔面狙いか!
「ふんっ!」
「やーっ!」
 もう片方の手を広げて攻撃を受け止めると、風船が割れたような音と共に周囲に積もる雪が吹っ飛んだ。俺を倒すには至らなかったが、少々驚いた、見事な力だ。
「見事だ、勝者よ。プレゼントを用意した甲斐があったぜ」
 このオセロニア界において、栄光を掴めるのは勝者のみ。子供達は俺と拳を交わし、強くなり、俺というサンタが不要になった時には、立派な漢となっているのだ。
 しかし他の数人は俺の伸ばされた足すら飛び越えられない。少々ハンデを与えて、来年に期待するのも大事な事だが、いかんせんこの人数でそれをやると、俺の気が収まらん。
 そんな時、近くの建物の屋根から高らかな笑い声が。
「メリークリスマス! はっはっはっは! アキレウスサンタのお出ましだぞ!」
 コスプレイヤーの一人だが、四肢に装着した神器、そして放たれる闘気、たくましい肉体。只者では無い漢がやってきた。
「みんな、俺がこのサンタを止めているうちにプレゼントを回収するんだ、とうっ!」
 屋根から飛び降りたアキレウスサンタが、輝く拳を打ち込んでくる。俺が手のひらで受け止めると、子供達が衝撃波で吹っ飛ぶ。俺は全力疾走で子供達を空中キャッチ。アキレウスも同様の行動をとったため、奴も、俺のプレゼントを横取りするような悪人ではないだろう。
「アキレウスサンタと言ったな。お前も俺のプレゼントを欲するのか、もしくは拳を交わし、強くなりたいのか」
「いやいや、今の俺は愉快なサンタだぜ? 欲しいのはよい子の笑顔、それだけじゃないか⁉」
 見事なコスプレをするだけある。役の演じは完璧だ。
 しかし、俺は今お前達のような存在によって子供達を奪われている。そして偽サンタの緩い育成方針により、近頃の若者は貧弱な者が多くなってしまっている。それではこのオセロニア界は生きてゆけぬ。
「お前はまだいいが、近頃のコスプレイヤーは筋肉が足りない。か弱いお嬢も衣装を着ているほどだ。そんな者達に、俺のサンタ活動は邪魔させないぞ」
 戦闘態勢になり、アキレウスを見据える。相手も同じ構えをとった。
「ジェド・マロース、だったか? お前さんの話は聞いているのさ。そして確信した。少しばかり――」
「そうだな、まずは拳で――」
「「語り合わないとな‼」」
 こうして、二人のサンタの漢による熱き拳の戦いが始まった。搦め手は不要、ただお互いの全てを拳に籠めて、語り合うのみ。
「真のサンタの鍛え抜かれた拳を受けよ、メリクリクラッシュ」
「今の時代、サンタは一人じゃないんだよ。アルティメアブースト!」
 冬に特化した戦闘スタイルの俺に拮抗する、神器と連携した出鱈目な馬鹿力。熱気で広場の雪が溶けていく。いつしか周囲にはギャラリーが囲っていたそうだが、今の俺はアキレウスしか見えていないので、これは後ほどトナカイから聞いた話である。
 拳から伝わってくる、アキレウスサンタの熱き思い。
――聖夜を彩り、光を、幸せを届けるのはお前さんだけじゃないんだぜ、マロース。子を見守る親、共に過ごす友、なんなら主従関係でもペットでも、新たに関わる他人でもいい。
 拳を打ち返し、思いをぶつける。
――その皆が皆サンタであるというのか。それで皆俺を元にしたような衣装を。そう言うのならばせめて、サンタとして身体を俺のように鍛え、導くべきではないのか。一部の子供は、俺がサンタであるとすら知っていない様子だったぞ。強くなるという教育方針が変わってしまう。
――時代は変わるのさ、マロース。多様性ってやつかな。戦わない人だって、最近は増えて来たんだぜ。子供の数だけプレゼントの種類があるように、サンタの数だけ方針も変わる。
 そうして拳を交わし続け、最終局面へ。
「伝わったぞ、アキレウスよ。最後に俺からの礼を受け取ってくれ――ジングルベルラッシュ」
「最高に楽しかったぜマロース、また来年も戦おう!――フルパワーストライク!」
 打撃の衝撃波と熱き魂によって、聖夜の鐘は強制的に鳴り響いた。


 あぐらを組んで座る俺とアキレウスに、子供達が雪玉を投げつけている。熱くなった体や湯気はそれを一瞬で溶かすので、子供達もそれが面白いようだ。
「俺は古き考えに囚われていたようだな、アキレウス」
「それを悪い事とは言わないさ、まずお前さんは本当にサンタクロースなわけだしな。けど、今後は老体ひとつで全て背負わなくていい。真のサンタは目の前の俺達じゃなくて、みんなの心の中にいるんだからな!」
 人が変われば、時代が変われば、クリスマスも変わっていく。皆のコスプレは無論コスプレだが、それに秘められた真の意味は、きっと俺の望んだ人々の幸せを、皆で叶えていこうという、継承の意味を含めていたのかもしれない。
「全く、俺はまだ死んでねぇっていうのによ」
 少し愚痴ってしまったが、アキレウスは大笑いした。
「生きてる間に神格化なんてすごいじゃないか! 今後も一緒にクリスマスを楽しもうぜ、我らがサンタクロース!」
 そんなこんなで、俺のちっぽけな悩みは解消に向かっていった。
 クリスマスを過ごす、愛する子供達よ。お前のサンタ全員に感謝をし、そしてお前自身も、誰かのサンタとなれ。
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登場人物紹介

イオラ(2年D組)

学園を舞台にした短編の全体としての主人公。彼女を主軸として、関わりのある生徒達の様々な視点で物語が展開されていく。

見た目や成績のわりに、かなりのおっちょこちょい。

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