第6話 席番剥奪者(ロストナンバーズ)

文字数 26,631文字

王威の円環(おういのえんかん)ですか…」

大阪府・関西国際空港。午後5時。
空港から出て車で10分ほどたったとき、徳田(とくだ)が運転手の加藤(かとう)にそう言った。

「ああ、イギリスのなんとかっていう犯罪組織に奪われていた日本の呪物だ」

「それが、今回日本に里帰りというわけですね」

「ああそういうことだ」

徳田は缶コーヒーを飲みながら後ろの座席においてある箱を見た。

「しかし、よく世界魔法結社(アカデミー)に横取りされませんでしたね」

「まあ、奴らは世界の魔法界の警察を自任してるからな。
 今回も首を突っ込んで来る可能性は高かったろうな」

「ならばなんで?」

「どうも、土御門からの働きかけがあったらしい…」

「なるほど…。土御門は今では世界魔法結社(アカデミー)でも重要な位置にいるんでしたね」

「ふむ、同盟様様ってやつだな…」

二人を乗せた自動車は阪神高速を抜けて中国自動車道を目指す。その時、ふと徳田が口を開く。

「あれ?」

「どうした?」

「今、空に黒いものが飛んでたような…」

「なんだよそれ…」

「いや…気のせいかな?」

徳田はそう言って窓から空を見た。それを聞いた加藤も窓から空を見てみた。
そこには夕焼け空が広がっているだけだった。

「気のせいだな…」

「そうですかね…」

そういってその話は打ち切った二人だったが…
それが気のせいではなかったことを、これから2時間後に知ることになる。


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同日兵庫県姫路市某所。

「本当にそれでよかったのですか?」

咲夜は潤にそう言った。

「真名との勝負に巻き込んだお詫びなんですから、
 もっと高いものでもよかったのですが?」

「いえ、これでいいですよ。おいしいです『ちゃんぽん焼き』」

ちゃんぽん焼きとは、兵庫県姫路市周辺で食べられている麺料理で、焼きそばと焼きうどんを合わせたものである。
太さとコシの異なるうどんと中華麺の2種の麺に甘辛ソースを絡め、具材はキャベツ、モヤシなどの野菜に豚肉やすじ肉などをミックスし鉄板で焼く。

「そうですか? それならよろしいのですが。
 後、そちらの方は…」

咲夜はちゃんぽん焼きを食べる潤を、物珍しそうに見る『幽霊』を指さした。

「ああ、すみません。この子は『かりん』って言って、僕が世話してる子なんです。
 いつも、道摩府に閉じこもりっきりだから、こういった機会に外に連れて行ってあげようかと…」

「そうなんですか…」

咲夜はそう言って苦笑いした。一見幽霊に見えるが、妖力を発しているあたり妖魔族の子供なのかも知れないと咲夜は思った。

「…おかわりを頼む」

「そちらのあなたは、何勝手におかわりしてるんですの?」

「うん?」

咲夜は潤の隣で黙々と食べている真名をジト目で見た。

「ダメなのか?」

「ダメとは言っておりませんが…」

「じゃあいいんだな…」

そういって真名はおかわりを頼んだ。なお彼女のちゃんぽん焼きは肉抜きである。

「ごちそうさまでした…」

潤と真名がそういって食べ終わったころには、時計は午後7時を回っていた。

「おいしかったですか?」

「はい! ありがとうございました!」

「それは良かったですわ」

潤の言葉を聞いて咲夜はにこりと笑った。

「別にこいつに礼などいらんぞ…。
 迷惑かけたのはこいつだからな」

真名はそう言って咲夜を指さした。

「別に、あなたから礼をもらおうなんて思っておりませんわよ」

そういって咲夜は横を向いた。
ふと、その時…

ピリリリリ…

真名の携帯電話が鳴った。

「はい、真名です。父上?
 …はい…はい。それは!!」

真名の驚いた声に、潤は心配そうに声をかける。

「どうしたんですか?」

真名はそれには答えず…

「わかりました…。すぐに現場に向かいます」

ピ…

携帯電話を切った。

「すまんが…急な任務が入った」

「任務ですか?」

「海外で回収した呪物を輸送中の護送班が、中国自動車道で何者かに襲われたらしい」

「え?!」

「護送班の二人はなんとか無事だが。護送中の呪物が奪われてしまったらしい。
 我々は今からそれを取り戻しに行く」

真剣な表情の真名に咲夜は聞く。

「奪った者はどのような?」

「巨大なコウモリだそうだ…」

「それは…」

咲夜は何か嫌な予感がした。

「わかりましたわ。わたくしも一緒に行きましょう」

「…任務についてくる気か?」

「ええ、ご迷惑でなければ…」

「…確かに、お前が来てくれた方が助かるか…」

真名はそう言って潤の方を振り向く。

「潤…。とりあえず。そのかりんはここに置いていく」

「はい…危険ですからね…」

「道摩府の者を呼んでおくからかりんのことは心配するな」

「わかりました」

潤はそう言ってかりんの方を向いた。かりんは心配そうな表情で潤を見ている。

「かりん。ここでおとなしく待ってるんだよ」

かりんは必死に首を左右に振る。

「だめだよ。連れていけないんだ…。
 ごめんね…」

潤のその言葉にかりんはおずおずと首を縦に振った。
それを見た潤は、真名たちの方に振り向いて言った。

「それじゃあ…行きましょう」

こうして、突然の任務が開始された。
これから起こる戦いが、潤にとって大きな試練になるとは、このときの潤は気づいていなかった。


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中国自動車道・加西サービスエリア

「すみません姫様…お手数かけまして」

真名たちが到着したとき、加藤がそういって出迎えた。

「…でどういった状況なんだ?」

「はい…」

加藤は話し始めた。
関西国際空港を出て二時間ほどたったとき。加藤たちは休憩のために加西サービスエリアによった。
そして、加藤がトイレにいている間、徳田が呪物を見ていたのだが。
その時、空から巨大なコウモリが襲い掛かってきたのだという。
徳田は、その巨大コウモリと戦ったが、腕を裂かれて吹き飛ばされ。
その間に呪物が奪われてしまったのである。

「ケガは大丈夫なのか?」

「ええ、これでも徳田は鬼族ですから。このぐらいのケガは平気です」

二人の会話に咲夜が割り込んでくる。

「それで…。呪物を奪った者は?」

「はい…南東に向かって飛び去りました」

「空港のある方角ですわね」

「そうです…」

それを聞くと真名が、ケガをした徳田の方に歩いていく。

「徳田…傷に残った『(えん)』を使わせてもらうぞ」

真名は印を結んで精神を集中した。
今、真名がやっているのは、『敵から傷を受けた』という縁を利用することによって、その縁の相手である『敵』を追跡する呪である。
真名はすぐに顔を上げる。

「…なるほど。大体の位置はつかめた」

「それで、今どこに?」

「北…。すなわち深山の方角にいて、北に向かってゆっくり進んでいるようだ」

「南東ではありませんわね…」

「おそらく。追跡を巻くために、逃走経路とは違う方向に飛び去ったのだろう」

「ならば、すぐに追いかければ追いつけますわね」

咲夜はそう言って近くの潤と頷き合った。
真名は加藤の方に向き直って言った。

「加藤…徳田のこと頼んだぞ」

「はい、姫様行ってらっしゃいませ」

そういうが早いか真名たちは、加藤たちを置いて北に向かって走り出した。


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兵庫県深山の中腹。

「もう…なんでこんなところを行かなければならないんデスか?」

金髪碧眼の少女『シルヴィア・ブラッドフィールド』がそうぼやいた。

「追っ手をまくためだ。仕方ないでしょう?」

「当然だ…。面倒ごとは少ない方がいい」

シルヴィアのぼやきに、男二人が答える。
始めに答えたメガネの男は『レスター・サザーランド』。
次に答えた日本人の男は『釼谷切人(つるぎやきりひと)』といった。
この三人は昔からの知り合いであった。

「そんなの…
 追っ手なんて殺してしまえばいいではありマセンか。
 さっきも、二人ほどいい獲物が居たのに…」

そういってシルヴィアは頬を膨らませる。
切人はそんなシルヴィアにあきれ顔で言った。

「日本の妖怪や呪術師をなめない方がいいぞ…
 いくらお前が真祖の吸血鬼だといっても、
 日本に来るのは初めてだろう?」

「…それこそ、ワタシをなめすぎよ切人。
 日本人の呪術師なら100年ほど前に戦ったことがアルわ」

そういってシルヴィアはフフフと笑った。それに対して切人は

「そうだとしてもだ…。シルヴィアは遊びが過ぎるからな。
 余計な大騒ぎにするのは目に見えてる」

と言った。
その時、不意にレスターが二人の会話を遮った。

「二人とも静かに…」

「どうした?」

「どうやら、見つかってしまったようですよ」

「誰に?」とは言わない。すぐに警戒態勢に入る三人。

「南東に逃げたと思わせたはずだが。
 相手に優秀な術者がいるようだな…」

おそらく、何らかの探知呪を使ったのだろうと推測する切人。
その時、三人が進んできた方角の木がガサガサと揺れた。
そして、木の上から何者かが三人降りてきたのである。
切人は、それが追っ手であろうと確信した。

「……」

「お前たちか…。こちらの荷物を盗んだ者は…」

「何のことだ?」

黒ずくめの女のその言葉に、切人はとりあえずとぼけてみる。

「隠しても無駄だ。こちらは、こちらの者についている傷からお前たちを追って来た。
 こちらの者を襲ったのは、そっちにいる女だ…」

「ちっ…」

切人は舌打ちする。やはりシルヴィアより自分が盗みに行った方がよかったか。
そう考えていると…

「あ、あなたたちはもしかして…」

追っ手のうちの一人である巫女服の女がこちらを指さして言った。

「知ってるのか? 咲夜」

「知ってるも何も…この者たちは世界魔法結社(アカデミー)に指名手配されている者たちですわ…」

「ほう…」そう言ってレスターが巫女服の女を見る。
どうやら追っ手には世界魔法結社(アカデミー)の関係者がいたらしい。
ますます厄介なことになったと切人は思った。

「なるほど、貴様らが世界魔法結社(アカデミー)から追放された魔法犯罪者。
 席番剥奪者(ロストナンバーズ)か…」

黒ずくめの女がそう言った。すると…

「追放されたのではありません。我々は望んで世界魔法結社(アカデミー)を出たのです」

レスターがそう答える。

席番剥奪者(ロストナンバーズ)
世界魔法結社(アカデミー)』に所属する魔法使いは、必ず『席番』と呼ばれるナンバーが与えられる。これは、正しい魔法使いである証であり、もし持っているものが何らかの犯罪行為を行うと、当然のごとく剥奪されてしまう。そうして、席番を剥奪されるほどのことをしたものは、たいていの場合、その力を封印されて追放されるか、犯した罪に合わせて処刑されることになる。しかし、そういった連中の中には、持っている力に任せて世界魔法結社(アカデミー)から逃れ、裏社会にのさばる者たちがいた。
それこそ『席番剥奪者(ロストナンバーズ)』と呼ばれる魔法犯罪者たちであった。

その時、事の成り行きを見ていたシルヴィアが声を上げる。

「ネエ、そんなことどうでもイイデショう?
 こいつらの相手、私にさせてクレない?」

「…一人で相手するつもりか?」

「大丈夫ヨ。こいつらそんなに強くなさそうダシ。
 あなたたちは早く先に進んだ方がいいでしょ?」

その言葉に切人は少し考えて。

「…わかった。もう一度行っておくが、くれぐれも油断するなよ?」

「はいはいわかっテルよ」

そう言ってシルヴィアは切人に手を振る。切人は「わかっていないな」と感じた。

(まあいい…。シルヴィアは真祖の吸血鬼だ。よほどの相手でない限りやられはしないだろう)

そう考えた切人は、レスターと目くばせすると、二人で北に向かって駆けた。

「逃げるか?!」

そう後ろの方から声が聞こえるが気にしない。
そして、シルヴィアは…

「さて…。貴方たちはじめまショウか?」

深紅の目を輝かせながら、追っ手の三人に不気味な笑顔を向けた。

こうして、長い戦いの夜は幕を開けた。


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潤たちは戦慄していた。目の前の少女の絶大な妖力の高まりを見たからである。
その妖力はかの、蘆屋八大天に迫るかと思われた。

「フフフ…誰からいただこうカシら」

そう言ってシルヴィアは三人を値踏みしている。

「ちっ…」

真名はこのままではまずいと思った。これほど強大な力を持つ妖魔と戦っていたら、他の二人には容易に逃げられてしまう。
それどころか、こちらの命まで危ないからだ。
真名はこの場をしのぐための策を考え始めた。…と、その時。

「ここは。わたくしに任せて、お二人は先に行ってくださいませ」

咲夜がそう言った。まさか、これほどの相手に一人で挑むつもりらしい。
真名は言った。

「おい、咲夜、こいつに一人は無謀だ。ここは我々三人で…」

「そんなことをしてる暇はありませんわ」

「だが…」

と、その時、真名は咲夜の体が震えていることに気づいた。

「咲夜…お前…震えて」

「フフフ…武者震いというやつですわね」

咲夜はニヤリとそう笑った。その顔は心なしか青ざめているように見える。

「…咲夜。やはりここは我ら三人で…」

「そんな暇はないと言ったはずですわ。
 それに…わたくしはこんなやつには負けません」

咲夜は真剣な表情になる。

「負けるつもりは欠片もありません」

「お前…」

「わたくしを信じてください…」

その咲夜の表情を真剣な目で見つめる真名。そして…

「わかった…お前を信じる」

「フフフ…ありがとうございます」

そう咲夜は笑った。
真名は潤に向かって目くばせする。しかし、潤は

「ほんとに大丈夫なんですか? 咲夜さんは」

「本人が大丈夫だと言ってる」

「でも…」

「大丈夫だ…」

真名はそうきっぱりと言い切った。潤はそれ以上反論できなくなった。
そんな二人に咲夜が話しかけてくる。

「では…今から隙を作りますので、先に進んでくださいまし」

潤と真名はその言葉にうなずいた。その時、シルヴィアは

「ねえ…なに三人で話し合ってるのカシら?
 誰が先に犠牲になるか順番を決めているの?」

そう言ってにやにや笑っている。
その時、咲夜がシルヴィアの前に出てきた。

「大丈夫ですわ。相談は終了いたしました」

「あれ? あなたが初めの犠牲者?」

「フフフ…どうでしょうか?
 確かあなたはシルヴィアさんでよかったのですわね?」

「うん…そうヨ」

「ではシルヴィアさん初対面のご挨拶ですわ」

そう言って咲夜が何かをほおって来た。シルヴィアは反射的にそれを受け取ってしまう。

「?」

始めそれは手のひらサイズのボールに見えた。しかし、それは明らかに違うものであった。
それは手投げ弾であった。

ドン!!!

次の瞬間、その手投げ弾からすさまじい閃光がほとばしり出た。

「きゃ!!!」

シルヴィアの目前が一瞬にして光に染まる。その手投げ弾は閃光弾だったのである。
シルヴィアは長い生の中で、光に対する耐性を獲得していた。しかし、目をくらませられることに関しては別である。
たまらず、目をおさえて呻いた。

「今ですわ!」

咲夜がそう叫ぶ。潤と真名はシルヴィアがうめいている隙にその横をすり抜けて行った。

「く…この…」

シルヴィアの目が何とか回復してくる。しかし、そのころにはもう二人の姿は森の向こうに見えなくなっていた。

「ちっ…やってくれたワネ」

シルヴィアはそれでも余裕のある表情で言った。

「まあ…いいワ。貴方を殺したらすぐに追いかければいいんですモノ」

「悪いですけど。そうはいきませんわよ」

「ククク…そんな事。足を震わせながら行っても説得力ないワヨ」

そう、咲夜はまだ震えていた。しかし、咲夜はにやりと笑って言った。

「確かに怖いわね…あなたは…
 でも、それは目に見える怖さ…
 あの子の怖さに比べたらどうでもいいほどのモノよ」

「あの子?」

「私の最強の好敵手のことですわ」

そう言ったころには、咲夜の震えは止まっていた。

「だから、わたくしはあなたに負けませんわ…
 真名以外に負けることはありえません」

咲夜はそうきっぱり言い切った。
それを聞いてシルヴィアは…

「ふ…つよがりですネ。
 いいわ…まずはあなたをなぶり殺しにしてあげる」

ギラリと赤い目を光らせていった。


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その時、切人はちっと舌打ちした。追っ手が迫っていることに気づいたからである。
シルヴィアはやはり油断して追っ手を逃がしたらしい。まあ、少し予想していたことだが。

「レスター」

「はい、わかってます」

切人は、レスターと二手に分かれることにした。
そうすれば追っ手も二手に分かれなければならず、その分こちらは対処しやすいからだ。

「本当に面倒なことになった」

切人は走りながらそう呟いた。


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「どうやら、二手に分かれたようだな」

切人達の気配を追って来た真名はそう言った。真名はすぐに潤に向き直る。

「潤…お前は、右に分かれた者を追え。私は左だ」

「え? 僕一人で?」

「ああそうだ…。出来るな?」

「は、はい!」

潤は急いで森を走っていく。真名はそれを見送った。
ふと、その時、真名の使鬼である静葉が話しかけてくる。

「ひめさま…潤一人で大丈夫?」

「大丈夫だ。シロウもいるし、それに…」

「それに?」

「もしもの時の『保険』をかけてあるんだ」

「それはいったい…」

「おそらく、潤にとって最も効果的な保険だ…」

そう言って真名は笑った。

「さて…私も追うぞ」

そう言って真名は森の中を駆けていく。

こうして、深山の森の奥、三か所で戦いが始まったのである。


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「まさか…あなた私に人一で勝てると思っているのデスか?」

シルヴィアはにやにや笑いながら言った。

「三人で挑んで来れば、万が一にも生き延びる可能性ぐらいはできたノニ。ほんとバカネ」

「バカは貴方ですわ吸血鬼…。わたくしを甘く見ると痛い目を見ますわよ」

それを聞いたシルヴィアは、一息ため息をつくとあきれ顔で言った。

「フフフ…私はネ。昔、日本の呪術師と戦ったことがアルのよ。
 そいつは、弟子をたくさん持ってた日本ではソレなりの術者だったようダケど、
 全然手ごたえがなかっタわ…」

「それで?」

「あなたは、そういつに比べて、霊威が弱すぎるワ。
 そんな、低レベルの術者が私に勝てると思うなんてバカというヨリ。
 頭が可笑しいワヨ…」

「……」

咲夜はシルヴィアを睨み付けながら考えていた。
自分の霊力が低いなんてことは昔から知っていることだ。だからこそ、土御門宗家の直系のくせに才能がないと、昔から陰口をたたかれてきたのだ。
そのことで、一時期荒れていたこともある。それが大きく変わったきっかけが、真名との出会いだった。
あの日から、自分は普通の呪術師とは違う道を選んだ。そう、それこそが術具職人(アイテムクリエイター)の道であった。

「だったら…」

「だったラ?」

「だったらてめえに見せてやんよ!
 術具職人(アイテムクリエイター)の戦い方ってやつを!!!」

咲夜は素早く印を結んで呪文を唱えた。

「オンバザラタラマキリクソワカ…」

その瞬間、咲夜の目の前に光が現れる。咲夜はその光に両手を入れると、何かを引き出してくる。

「銃?」

…そう、咲夜が光から引き出してきたのは、二丁のブルパップ式小銃であった。

「まさか、そんなもので私を殺そうなんて思っテルの?」

「フン…さあてな…」

そう言って咲夜は二丁の銃を構える。シルヴィアは余裕の表情である。
それも当然、シルヴィアには基本的に物理攻撃が効かないからである。

次の瞬間、咲夜の銃が火を噴いた。

ダダダン!! ダダダン!!

小銃から発射された弾丸がシルヴィアに吸い込まれていく。そして…

「がああああ!!!!!」

シルヴィアの体に風穴がいくつも空いた。
慌ててシルヴィアは空に飛翔して、銃弾を回避する。

「な…なんで? 銃が私に効くなんテ!」

「はは! それ! どうした?!
 もっと逃げ回れよ!!」

ダダダン!! ダダダン!!

咲夜はさらに弾丸をシルヴィアに向けて放つ。シルヴィアは弾丸を避けるために回避運動を開始した。

「そ、それは! ただの銃じゃないワね!」

「ははは! その通り!
 私が開発した多目的符弾投射システムだ。三点バーストで装填された符弾を投射する。
 今装填されてるのは、対アンデッド用調伏符弾だぜ!」

咲夜はさらに弾丸を放っていく。それを必死で回避するシルヴィア。

「くっ! 私をなめないでネ!」

シルヴィアは不規則蛇行しながら符弾を回避、咲夜に迫った。
シルヴィアの鉤爪がひらめく。

ガシャン!

咲夜が左手に持っていた一丁が砕け散る。しかし、咲夜は慌てなかった。

「モードフルバースト!」

その瞬間、右手の一丁の銃身がまばゆく輝いた。

ズドン!!!!

「がああああああああああ!!!!!!!!!」

まばゆい閃光とともに銃身から閃光が放たれる。それは、普通のアンデッドなら一種にして塵に返す力を有していた。

「そしてこれが、12発の符弾を連射して複合起動する大符術モード。
 フルバーストだ…」

シルヴィアはその身の芯まで焼き尽くす痛みを感じながら吹き飛ばされる。
その攻撃で塵に変わらなかったのはさすが真祖の吸血鬼というべきか。

「それ吸血鬼…次はこいつだぜ」

そう言って咲夜は銃を失った左手を空に掲げる。そして、その指を鳴らし叫んだ。

「来い! ヤタガラス!」

その時、空の彼方から高速飛行してくるものがあった。
それは、シルヴィアへと直進すると、その衝撃波でさらに遠方に吹き飛ばした。

高速飛行して現れたのは、機械仕掛けの巨大な鳥であった。
咲夜はさらに、その機械仕掛けの鳥に命令を下す。

「チェンジ! ヤタガラス!」

次の瞬間、機械仕掛けの鳥は複数のパーツに分解された。そして、その一つ一つが咲夜の体に装着されていった。

「な…?」

なんとか体勢を立て直そうとしていたシルヴィアは、咲夜のその姿に絶句した。

「こいつは機甲霊装ヤタガラス…
 装着者に高速飛行能力を付加すると同時に、強力な防御力とパワーを付与する鎧だ…
 こいつも私が開発した」

シルヴィアはギリと唇をかんだ。

「く…馬鹿にしてルワ! そんなおもちゃでこの私を倒せると思うナ!」

「フ…ならば来いよ吸血鬼!」

二人は一気に間合いを詰める。再びシルヴィアの鉤爪がひらめく。

ガキン!

その鉤爪は、霊装の腕から伸びた光の剣に受け止められていた。

「そら!」

ダダダン!!

再び小銃が火を噴く。シルヴィアはそれに耐えながら呪文を唱えた。

「sigelhagallrad wirdwirdwird…」

凄まじい閃光がシルヴィアの腕から発生する。それは、太い雷の帯であった。

ドン!!!!

それは的確に咲夜をとらえた。その雷の帯は一瞬で人を消し炭に変える威力があった。

「フン…これデ…」

そうシルヴィアが言ったとき、それを笑うものがいた。

「この程度か吸血鬼…」

「な!」

そう、咲夜はそのままの姿でシルヴィアの目の前に立っていた。

「対魔法防護結界・ヤタノカガミ…
 この霊装にはそれが装備されてるんだよ…」

咲夜はいつの間にか手に、手投げ弾を持っていた。そのピンを口で外して、シルヴィアの方に投げる。

「そんな閃光弾、いまさら効くわけが…」

ドン!

手投げ弾からすさまじい閃光が噴出し、今度はシルヴィアの全身を焼いた。

「があ!!!」

「そいつは、ただの閃光弾じゃない。
 複数のアンデッドを殲滅するために作った聖霊光弾だ。
 その聖なる光でアンデッドを焼き尽くす」

シルヴィアは全身が焼かれてひどい有様になっていた。その姿を見て咲夜は笑う。

「はははははは!!!! どうしたよ吸血鬼!
 それでも真祖か? もしかして、なんかの冗談なんじゃないだろうな?!!
 一遍死んでこいよ!!! …あ、もう死んでるんだっけか?
 クク…ははは!!!」

「…貴様…」

「あれ~なにかな? 真祖くん?
 何か言いたいなら早く言えよバ~カ」

「貴様…この」

「ん? なにかな?
 ほら、どうした」

「この私を…なめるななななななななななな嗚呼あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

次の瞬間、深山の一角にすさまじい光の柱が立った。その光は、遠く中国自動車道からも見えたという。

その光の中心にはシルヴィアがいた。
その全身はすさまじい速度で回復し、今までの傷などなかったかのように消えてしまっていた。

「この糞虫が!!!!!!!
 こっちが遊んでいればいい気になりやがって!!!!!!」

その全身から噴き出す妖力が、周囲の森を覆い尽くしていく。

「貴様の作ったおもちゃごときが!!!!!
 本当にこの私に通用すると思っていたのか!!!!!!」

顔には血管が浮き上がり、牙が凶悪に伸びていく。
腕は太く大きくなり、鉤爪も鋭く大きくなった。
それは、今までの少女の姿などなかったかのような変貌であった。

「く…」

咲夜はその妖力に圧倒されたかのように膝をつく。
咲夜は再び懐から手投げ弾を取り出すと、今度は自分の足元に投げた。
閃光が咲夜を覆い尽くす。

「なんのつもりだ糞虫。
 いまさら逃げるつもりか?」

そうシルヴィアが言うが早いか、咲夜が光の剣を振りかさして切りかかってきた。

「フン…」

シルヴィアはその巨大な鉤爪を横に薙ぐ。

バキン!!

その瞬間、咲夜の光の剣が砕けて消えた。
咲夜はさらに、右手の銃をシルヴィアに向けて言った。

「モードフルバースト!」

その銃身から再び閃光がほとばしり出る。
だが…

「!!」

咲夜は驚愕の表情でシルヴィアを見た。
先ほどは確かに効いていたフルバーストの閃光を受けて無傷で立っていたのである。

「言っただろう? そんなおもちゃはきかん!」

そういうとシルヴィアは腕の甲で咲夜を殴り飛ばした。
咲夜は激しい衝撃を受けて吹っ飛ばされた。その一撃で咲夜の霊装にひびが入った。

「sigelhagallrad wirdwirdwirdwirdwirdwirdwirdwirdwird…」

そうシルヴィアが呪文を唱えると、その腕から以前のモノよりもさらに太い雷の帯がほとばしり出た。

「ヤタノカガミ!」

咲夜は対魔法防護結界を起動して身を護ろうとした。しかし…

「ああああ!!!!!!」

その電光はヤタノカガミの防御限界をあっさり超えてしまった。咲夜は、全身を雷に打たれて吹き飛ばされる。

「おい…糞虫…。
 これで終わりだと思ったら大間違いだぞ…
 貴様には、もっと、もっと、もっと苦しんでもらう…」

シルヴィアはそう言うと、咲夜のもとに歩いていく。
咲夜はなんとか立ちあがって、手に持つ小銃の引き金を引いた。

ダダダン!! ダダダン!! ダダダン!!

だが、シルヴィアはまったく避けなかった。そして、弾丸はまったく効いた様子がなかった。

ダダダン!! ダダダン!! …カチカチ 

しばらくすると、咲夜の小銃の弾が切れてしまった。咲夜は慌てた様子で再装填しようとする。だが…

「フン…」

近づいてきていたシルヴィアの鉤爪が一閃、小銃を砕いてしまった。

「く…あ…」

咲夜は懐から手投げ弾を取り出そうとした。しかし…

「無駄だと言ってるだろう…」

シルヴィアの蹴りが飛んで、咲夜は思いっきり吹き飛ばされてしまった。

「あ…が…」

咲夜はそれで立ち上がれなくなったようで、その場で地面を爪でかきながら呻いた。

「…まだだ糞虫…
 もっと苦しめ…」

シルヴィアは、そんな咲夜に近づいていくと、その首をもって吊上げた。

「が…が…」

「それ!」

ドス!

シルヴィアの軽い蹴りが咲夜に入る。その一撃で咲夜の霊装のひびが大きくなった。

「ほら!」

ドス!

さらに咲夜に蹴りが飛ぶ。

「が!!」

咲夜はその衝撃に呻き声を上げることしかできない。
そうして、数分、シルヴィアは咲夜を蹴り続けた。

ガシャン!

どれだけ咲夜を蹴ったのだろうか。咲夜の霊装が音を立てて砕けた。

「フフ…おい糞虫…。
 なかなか楽しませてもらったよ。
 そのお礼と言っては何だが、貴様を私の下僕にしてやろう」

シルヴィアの牙がギラリと光る。

「く…あ…」

咲夜はその言葉に答えることが出来ない。

「さあ…契約だ…」

シルヴィアは口を大きく開けると、咲夜のその首筋に噛みついた。そして、その血液を吸い上げ始める。
吸血鬼にとって吸血は食事だけのものではない。吸血した者の霊質に特殊な刻印を刻み付けて、精神を縛ることが出来るのである。
シルヴィアは咲夜にその刻印を刻もうとした。

「?!!!!!」

…と、いきなりシルヴィアは咲夜から口を離した。

「なぜ? 契約が出来ん?」

そう、普通なら刻めるはずの刻印が刻めなかったのである。
シルヴィアは驚いた表情で咲夜を見た。そのとき…

「どうした? 何を驚いている?」

シルヴィアの真後ろの方向から声がした。その声は咲夜のものであった。

「?!」

シルヴィアは後ろを振り向いた。そこに、もう一人の咲夜が立っていた。

「よう吸血鬼。お前の驚いた顔はなかなか面白いな」 

「な…なんで? どういうことだ…」

「その答えを知りたかったら。そっちの私をよく”霊視()”てみろ」

もう一人の咲夜はそう言ってにやりと笑う。シルヴィアは自分が捕まえている咲夜を”霊視()”てみた。

「!!」

シルヴィアはその咲夜に違和感を感じた。

「説明してやろう…。
 そいつは、あたしが2年の歳月を費やして開発した、
 傀儡術・機械工学・生体工学を組み合わせた、あたしのコピーロボットだよ」

「な…」

「オーラまである程度コピーしてるから、なかなか気づかないだろ?」

「これが…ロボット?」

「そう…。そのお値段8億円也」

咲夜はそう言って笑った。

「まあ…それでも、霊視でばれる可能性があったんで。
 あんたには我を忘れてもらったけど」

「まさか…。私を挑発していたのは」

「…そう、その方がこっちは隠れやすかったんでね」

「いつの間に…。あ…」

シルヴィアは思い出す。自分が本気を出した直後、咲夜が閃光弾を使っていたことを。
咲夜はあの時入れ替わっていたのである。
逃げるために? …いやそれなら、今再び目の前に現れる意味が分からない。
シルヴィアはそこまでで考えるのをやめた。

「この糞虫が!」

シルヴィアはそう言って、手にしている咲夜のコピーロボットの首を握り砕く。そして、もう一人の咲夜の方に飛んだ。

バシ!!

だが、その突進は咲夜の目の前で、何かの障壁で防がれてしまった。

「なんだこれは…?」

「フン…。それこそがあたしが姿を隠していた理由の一つだよ。
 この障壁は魔王クラスの妖魔でも、少なくとも10分その場に閉じ込めておける対妖魔結界だ。
 そして…」

咲夜は手を上にあげて指を鳴らす。その音に反応して、結界の四方に巨大な機械が現れる。

「これがもう一つ、聖域クラスの浄化された土地を生み出すための浄化装置。
 もう…これから何をするのかわかるよな?」

「まさか…。私を…」

「そう…貴様の力の源である穢れをすべて浄化するんだよ」

咲夜はそういうと、懐から大麻(おおぬさ)を取り出す。そして…

「高天原に神留座す。神魯伎神魯美の詔以て…」

祝詞を唱え始めた。その祝詞に反応して、四方の機械が稼働し始める。

「皇御祖神伊邪那岐大神」

「く…」

「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に…」

「があ…」

「御禊祓へ給ひし時に生座る祓戸の大神達…」

「やめろ…」

その祝詞を聞いて、シルヴィアの全身から妖力が消えていく。

「諸々の枉事罪穢れを…」

「やめ…」

「拂ひ賜へ…」

「やめろ…」

「清め賜へ…」

「ああああ!!!」

シルヴィアの全身から…穴という穴から妖力が抜け出て空中に消えていく。

「…と申す事の由を」

「ああああああああ!!!!!」

「天津神国津神」

「あああああああああああ!!!!!!!」

「八百萬の神達共に聞食せと恐み恐み申す…」

そう唱えた時、もはやシルヴィアは皺々の老婆の姿になっていた。
祝詞を唱え終えた咲夜は、白木の杭をどこからか取り出しつつ言った。

「悪いな吸血鬼、こんな方法で勝っちまって。
 …でも、術具職人(アイテムクリエイター)にとっては術具こそが力そのものなんだよ」

かくして、数百年にわたって生き続けた吸血鬼は、その生涯を閉じることとなった。


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「追いつかれてしまいましたか…」

レスター・サザーランドはそう言って後方から現れた真名を見た。

「『王威の円環』もしお前が持っているなら返してもらおうか?」

「いやだと言ったら?」

「痛い目を見てもらいことになる」

「フ…、それは怖いですね」

レスターはそう言って笑った。そして、懐から何かを取り出してくる。それを見て真名は油断なく身構えた。

「私は、攻撃魔法はそれほど得意ではないのでね」

そう言って懐から取り出したのは、ルーンが刻まれたナイフだった。

「さて…行きますよ?」

その瞬間、レスターの霊力が高まるのを真名は感じた。そして…

ザク…

「が!!」

真名は突然背中に熱いものを感じた。それは、ナイフが背中に突き刺さり肉をえぐる感覚であった。
レスターは一瞬で真名の目の前から消えていた。そして、真名の背後に現れるとナイフをその背中に突き刺したのである。

(瞬間…転移…?)

真名は慌ててレスターから離れる。
そして、すぐに静葉に、傷を塞ぐように命令を下す。静葉はその命令をすぐに実行。妖縛糸で傷を縫い付けた。

「まだですよ…」

再びレスターは転移する。そして、真名の背後に現れ…

ザク…

「ぐう!!!」

再び真名の背中にナイフを突き立てた。
真名はたまらず、その場に倒れ転がる。

「く…は…」

「フフフ…まだまだ行きますよ」

レスターは笑いながらナイフに付いた血をぬぐう。
真名は痛みに耐えながら立ち上がる。そして、印を結んで精神を集中した。
その瞬間、再びレスターが転移した。

ザク…

「があ!!!」

三度真名の背中にナイフが付き立てられた。

(あのナイフ…。やはりただのナイフではなかったか…)

レスターから離れながら真名は思った。
さっき真名が使用した呪は、刃による攻撃を無効化する防御呪であった。それが、あのナイフには効かなかったのである。

真名は懐から符を取り出して唱える。

「急々如律令!」

符が稲妻になってレスターに向かって飛翔する。しかし…

「ふ…」

レスターはもうすでにそこにはいなかった。再び真名の背後に転移したのである。
四度目のナイフが真名を襲った。

「がは…」

真名は血を吐いた。それを見て、可笑しそうに笑いながらレスターが言った。

「もうそろそろ、魔法発動のための集中も出来なくなるころじゃないですか?」

真名はその問いには答えない。

「まあいいです。こちらは、あなたが死ぬまで繰り返すだけです」

そう言った瞬間、レスターが真名の目の前から消える。そして…

「あぐ…」

五度目のナイフが真名を襲った。真名はたまらずその場に転がった。

「フフフ…。痛みに耐えるのも大変でしょう?
 もうそろそろとどめを刺して差し上げましょうか?」

「ぐ…う…」

真名はその場に転がったまま動かない。今なら、急所を的確に貫けるだろう。

「さあ…死になさい」

レスターは再び転移した。そして、真名の背後に現れナイフをふるった。それで終わり…

…のはずだった。
しかし、レスターのナイフが空を切った。

金剛拳(こんごうけん)

ズドン!

「がは!!!!!」

レスターの腹にすさまじい衝撃が走り、レスターを紙屑のように吹き飛ばした。

「フン…」

真名は何事もなかったかのように立ち上がる。

「ば…ばかな…」

レスターは呻きながら真名を見る。

「私にとって…この程度の痛みは日常だったんでな…。
 どうということはない…」

「く…」

レスターはなんとか立ち上がる。
そんなレスターに真名が話しかけえてくる。

「お前の攻撃は大体見切った…。
 今度はこちらから行くぞ」

そして、真名はレスターとの間合いを詰める。真名の拳が飛ぶ。

「く…」

レスターは間一髪で転移し、真名の背後に現れる。そして、ナイフを真名に付き立てようとした。
しかし、ナイフは再び空を切る。真名が、体をひねって、寸でのところでナイフを避けたのだ。

金剛拳(こんごうけん)

ズドン!

再び、レスターは激しい衝撃で吹き飛ばされた。

「安心しろ…私はお前を殺しはしない…
 おとなしく縛に着け…」

真名はそう言って、倒れたレスターに近づいていく。そのとき

「ククク…はははははは!!」

「?」

突然レスターが笑いだした。

「まさか、あなたが、これほどの使い手だとは思いませんでしたよ。
 ならば、仕方ありませんね…。私の切り札を出して差し上げましょう」

「切り札…だと?」

「そう…。私が世界魔法結社(アカデミー)で研究していた魔法。
 私が組織を抜けなければなくなった原因でもある魔法。
 『同一存在(どういつそんざい)』です!」

その瞬間、レスターの周りに6人のレスターが姿を現した。

「なに? 分身?」

「正確には分身ではありませんよ…。
 自分自身をそっくりそのまま増やす魔法です。
 すべて本物の私であり、すべてが同一の能力を有します」

レスターは立ち上がりながらそう言った。

「さあ行きなさい私たち…。
 あの小娘を殺せ!」

6人のレスターが一斉に襲い掛かってくる。

「く…」

真名はその攻撃を寸でのところで避けた。しかし…
6人のレスターのうち3人が、一瞬で真名の前から消える。

「瞬間転移?!!」

その瞬間、真名の体から血しぶきが飛んだ。3人のレスターが真名の周囲に転移してきて、ナイフをふるったのである。
さすがの真名も、それを避けきることが出来なかった。
そして、さらに3人のレスターが転移する。真名の体からさらに血しぶきが飛んだ。

「くあ!!」

真名はなんとかレスター達から離れようと飛んだ。

「フフフ…まだですよ…。
 まだまだこれからです…」

そういうと、初めのレスターの周りに、さらに6人のレスターが現れる。

「そして、これがこの『同一存在』という魔法の最も優れたところです」

そういうとレスターの中の一人が、真名に背を向けて走り去っていく。

「逃げるか!」

真名は叫んだ。そんな真名に12人のレスターが一斉に言う。

「ただ逃げたのではありません。
 この魔法は、生み出したすべてが私自身。
 そのうちの一人でも生き残れば、私はさらに私を増やせるし、私は絶対に死ぬことはない」

レスター達はにやりと笑うと、懐から何かを取り出した。

「そして、これは『範囲爆破の晶石』です」

「まさか!!」

レスターのうち2人が瞬間転移する。次の瞬間

ドカン!! ドカン!!

真名は突然の爆風で吹き飛ばされた。

(クソ! 自爆だと?!!)

そう、瞬間転移で飛んできた2人レスターが、爆破の晶石を起動、真名の近くで自爆したのである。

「ククク…。ナイフだと避けられる可能性がまだまだありますが…
 これなら避けきれないでしょう?」

そう言ったレスターのうちの2人がさらに瞬間転移する。

(まずい!)

真名は防御姿勢をとって横にとんだ。

ドカン!! ドカン!!

だが、完全にはよけきれなかった。再び爆風で吹き飛ばされる。

「がは…」

真名は血を吐きながら転がった。

「言っておきますが…ここにいる8人で終わりではありませんよ?
 ここから…私はさらに人を増やすことが出来ます」

「ぐ…なん…だと」

「すごいでしょう? 私の『同一存在』は…
 しかし、世界魔法結社(アカデミー)の連中は私を認めなかった」

そう言ってレスターは唇をかんだ。

魔法的な完全クローンともいうべき『同一存在』。
使い方次第で不死を得られるこの魔法を生み出したとき、レスターは喜び勇んでそれを発表した。
だが、その魔法を見せた時の、魔法使いたちの反応は思わしくなかった。
なぜなら、レスターはその魔法の発表の場で、自分を殺して見せたからである。
魔法使いたちは口々に言った。お前のその魔法は命を冒涜するものだと。
レスターは信じられなかった。「不死になれる」せっかくの魔法を、あってはならないものと断じる他の魔法使いの言葉を。
だからレスターは世界魔法結社(アカデミー)を抜けた。モノの価値を知らぬ魔法使いたちに愛想が尽きたから。

「さて…もうわかっていると思いますが。
 一人が別にいる以上。ここの私が全員倒されても、私は私の数を増やすことが出来ます。
 要するに、あなたの勝てる確率はゼロになったということですよ」

「く…」

真名は考えた。本当に勝てる確率はゼロなのか? …と。

「さあ行きますよ!」

レスター達はそう叫ぶと一斉に動き出す。二人は爆破の晶石、残りはナイフを手にしている。
ナイフを手にしたうちの3人が転移した。

再び真名の体から血しぶきが飛ぶ。真名はそれを我慢して拳をふるった。

金剛拳連打(こんごうけんれんだ)

ズドドドン!

ナイフをふるったレスター3人が吹き飛ぶ。しかし…

「ほら…まだですよ」

さらにナイフを持った3人が転移する。真名の血しぶきが飛んだ。

「く!!!」

それも何とか我慢して拳をふるう。

金剛拳連打(こんごうけんれんだ)

ズドドドン!

さらに3人のレスターが吹き飛んだ。

「フフフ…。まだまだ戦えるみたいですね」

そう言って残り2人のレスターが笑う。さらに6人のレスターが現れた。
そうして、すでにレスターは18人まで増えていた。

「どうです? まだまだ私は増えますよ?
 もうあなたに勝ち目なんてありませんよ?」

そう言いながら、新たに現れた6人が爆破の晶石を手にして転移する。

ドカン!! ドカン!!

「あああ!!」

ドカン!! ドカン!!

「くああ!!!」

ドカン!! ドカン!!

「が!!!」

真名の周囲で次々に自爆した。真名は爆風を受けて木の葉のように宙を舞った。

「がは…」

それでも真名は息があった。レスターはそれを見て笑った。

「いやあ…あなた本当にタフですね…。
 でも、もうあきらめた方がいいのではないですか?
 もうどう足掻いても無駄な努力ですよ?」

…と、その時、真名の体がピクリと反応した。

「おや? まだやるのですか?
 もはや勝率ゼロなのに…」

「…だったら」

「だったら?」

「だったら…貴様に見せてやる。
 不死を超える蘆屋の極意を」

真名はそう宣言した。

「ほほう…面白いですね…。
 いったい何を見せてくれるというのです?」

レスターの周りに、さらに6人のレスターが現れる。今度は手にナイフを持っている。

「行きなさい!」

その6人のレスターと、もともといた6人のナイフを持ったレスターが一斉に動く。
そして、真名の周囲に殺到した。

金剛拳連打(こんごうけんれんだ)

ズドドドドドドン!

12人のレスターが綺麗に吹き飛ぶ。

「お前の動きは見切っているといったろう?
 いくら、人数を増やそうと、お前がお前である限り同じだ!」

「ならば…こっちはどうです?」

今度は爆破の晶石を持っているレスターが6人動く。

「もう同じ攻撃は食らわん!!」

転移してきた先には、もう真名はいなかった。

ドカン!! ドカン!! ドカン!! ドカン!! ドカン!! ドカン!!

六つの爆発だけが無駄に響く。

「ちっ…なかなかやるじゃないですか。
 だが、いつまでその動きが続きますか?」

確かに、その通りだと真名は思った。
敵の自爆攻撃は、スピードを極限まで高めて、回避に専念すれば避けられる。しかし、そんなことはいつまでも続けていられない。
レスターを倒さない限りどうしようもないのである。

「さあもう一度行きなさい!」

再びナイフを持った12人が動く。真名の周囲に殺到する。

妖縛糸(ようばくし)

ナイフを持った12人の体に蜘蛛糸が絡みついていく。
そして…

「ノウマクサマンダバザラダンカン…」

蘆屋流鬼神使役法(あしやりゅうきしんしえきほう)妖縛糸不動羂索(ようばくしふどうけんじゃく)

その12人は身動きをとることも、瞬間転移することも出来なくなった。

「フフフ…無駄だというのに」

そういうレスターの周りに6人のレスターが新たに追加される。

「フン…無駄ではないさ…」

真名はそう言って、身動きの取れなくなったレスターの頭に触れて、その髪の毛を抜いた。

「…何を?」

「フフ…これは、こうするんだよ!」

レスターの髪の毛を指にからめると、印を結んで呪文を唱えた。

「ナウマクサマンダバザラダンセンダマカロシャダソワタヤウンタラタカンマン…」

次の瞬間、その場にいたすべてのレスターの動きが止まった。

「ぐ…が…なに?」

「貴様の髪の毛を触媒にして、貴様全員に縛呪をかけた。もうその身体は動かんぞ…」

「ふ…そんなことをしても無駄ですよ…。
 まだ私が一人逃げているではありませんか」

「私は今貴様全員と言ったはずだが?
 今私が使った呪は、一人の人間を起点に、その家族、その子孫まで呪をかける術の応用だ。
 今回は、貴様自身のみ呪が連鎖起動するように設定してある。
 だから、それが貴様自身である限り、どこにいようと呪は効果を表すのだ」

「まさか…そんな…」

真名の言うことは間違いではなかった。初めに逃げた1人を含めて、すべてのレスターが動きを完全に止めていた。

「ならば…」

レスターは再び自分を追加しようとする。しかし…

「ぐが…」

追加された自分もまた縛呪にかかっていた。

「これで分かったろう? もう逃げようとしても無駄だ」

「く…そんな、バカな…」

「あとは、じっくり処理させてもらうぞ…」

そう言って真名はにやりと笑った。


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その時、潤はシロウとともに駆けていた。

「シロウもすぐだな?」

【はい…、奴の気配が近くなってきております】

潤は自分の頬を打って改めて気合を入れた。なぜなら、今回の敵は自分一人で何とかしなければならないからである。
自分の持っている符や道具も改めて確認する。

「よし! 行こう!」

【承知!】

そうして、敵の気配のする方に駆けていった。と、その時

「!!」

突然、草むらの影から何かが飛び出して、襲い掛かってきた。

「く!!」

潤は金剛杖をふるってそれを捌いた。

「黒い…犬?」

そう、草むらから襲い掛かってきたのは全身真っ黒の犬だった。
そのとき、潤は首筋に嫌な感覚を得た。どうやらこの犬はただの犬ではないらしい、おそらく…

「敵の使い魔か!?」

その時、森の向こうで何やら男の声がした。

「kenhagallrad…」

…と、突然声がした方角から炎のつぶてが飛んできた。

「この!」

潤は金剛杖をふるってそれをたたき落とす。そして、声がした方に一気に飛んだ。

「こんなところで火の魔法を使うな!」

それに対し、先ほどの声の主・釼谷切人は答える。

「悪いが、私は炎術師なんでね」

潤は切人と正面で対峙した。

「あなた方が盗んだ呪物を返してください」

「悪いが、それはできない…。依頼なんでね」

「依頼?」

「そう、我々も霞を食って生きてるわけじゃないんでね。生きていくためには稼がなければならん」

「なるほど…。どこかの誰かに呪物を盗んでくるよう依頼されたということですか」

「その通りだ、だから見逃してくれると助かるんだが」

「そんな事、できると思いますか?」

「…無理だろうな」

そう言って切人はにやりと笑う。そのそばに、先ほどの黒い犬が現れてこちらに威嚇してくる。

「行けブラックドック!」

切人は黒い犬・ブラックドックに命令を下した。ブラックドックは牙をむき出しにして、潤に向かって駆ける。

【させん!】

その時、シロウが動いた。空中で白と黒の犬が交差する。

ガキン!

「シロウ!」

【大丈夫です主。我はこの犬を止めております。
 主は術者の方を…】

シロウはブラックドックと対峙しながらそう言った。潤は一瞬ためらってからうなずいた。

「わかった! 頼んだよシロウ!」

そう言って潤は切人の方に向き直った。

「僕は貴方を倒します!」

「ふふ…そんなことが出来るかな? 君に…」

そういうと、再び切人は呪文を唱え始める。

「kenhagallrad…」

切人の周囲にいくつもの火のつぶてが現れる。

「行きますよ!」

周囲のつぶてのうち、二つが潤に向かって飛んだ。

「この!」

潤は金剛杖をふるってその二つをたたき落とす。切人に向かって駆けた。

「まだですよ!」

切人は後方に飛んで、潤と間合いを開けながら、新たに2つのつぶてを飛ばす。
それを潤はなんとか叩き落す。

「それでは、これでどうですか?」

切人は、4つのつぶてを操作して、四方から潤を襲わせた。

「く!!」

潤はなんとか3つまで捌いて打ち消すことが出来た。しかし残りの一つは捌ききれず、命中してしまった。

「うあああ!!!」

潤は炎に包まれ吹き飛ばされた。切人はにやりと笑うと、さらに2つの炎のつぶてを潤に向けて飛ばす。今度は避けきれなかった。

【主!!】

その時、シロウが潤のもとにやってきた。そして、炎のつぶてから潤をかばって前に出る。

【ぐ!!!】

シロウはその身を使ってつぶてを受け止めた。

「シロウ!」

【大丈夫ですか? 主】

「シロウの方こそ…。ごめん…」

【謝る必要などありません主よ】

潤は唇をかんだ。また、誰かに庇われてしまった。自分の力のなさが歯がゆかった。
その時、切人が潤たちに声をかけてきた。

「ブラックドックをほおって、主を助けに来たか…
 なかなか忠義にあふれた使い魔だな。
 だが…」

ふと、見るとブラックドックが切人の隣にいた。切人はその頭をなでると命令する。

「ブラックドック! 炎を吐け!」

ゴオオオオオオオ!!!!

凄まじい炎の帯が、潤たちめがけて飛んだ。潤は慌てて印を結ぶ。

「バンウンタラクキリクアク」

炎が潤の目前まで迫るのと、潤が呪を唱え終わるのはほぼ同時だった。
シロウの口から大きな咆哮が放たれる。

蘆屋流鬼神使役法(あしやりゅうきしんしえきほう)五芒護壁(ごぼうしょうへき)

ドン!

シロウの咆哮は、輝く五芒星となって炎の帯を防いだ。
潤は素早く懐から符を8枚取り出した。

「急々如律令!」

そう呪を唱えると、八つの水の弾が潤の周囲に現れた。

(相手が炎ならこちらは水だ!)

潤は周囲に浮いた水の弾を一斉に射出する。それを見た切人は、急いで回避行動に移った。

ドドン! ドドドン!

切人は八つの水弾を次々に避けていく。しかし、

「この!!」

潤が切人の目の前まで走ってきて、その手の金剛杖を横凪に薙いだのである。水弾の回避に専念していた切人は、それを避けきれなかった。

「ぐあ!!」

切人は金剛杖の一撃を受けて吹き飛んだ。潤はさらに一撃を加えようと切人に向かって走る。そのとき、

「ガアア!!!」

切人と同じく水弾を避けていたブラックドックが、潤に襲い掛かってきた。

【させんと言った!】

それをシロウが横から体当たりして防ぐ。

【お前の相手は我だ!】

「ガルルル!!」

シロウとブラックドックは、お互いに噛みつきあいながら、その場に転がった。

「シロウ!」

潤は、そんな二匹を見て、ついその場に止まってしまった。
切人はその隙を見逃さず、すばやく呪文を唱え始めた。

「kenhagallradeohsigel wirdwirdwird!!」

次の瞬間、すさまじい炎の竜巻が、切人の腕から発生した。そして、潤に向かって飛翔する。

「あ!!」

それは、避けきらない速度で潤のもとに迫った。呪文も符も間に合わない。

【主!!!】

シロウが叫ぶ。潤は死を覚悟した。

ドカン!

「フ…これで終わり…?」

それは確かに潤に命中した。命中したように見えた。が、しかし…

「い…生きてる?」

潤はほおけてその場に立ち尽くしていた。そんな潤に話しかけてくるものがいる。

【だいじょうぶ? お兄ちゃん】

「え? 君は…」

潤の目の前に、幽霊少女が浮かんでいた。その幽霊少女の名はかりんと言った。

「かりんちゃん?」

【うん。
 さっきの炎は私が受けて防いだよ。安心して…】

「な…なんで君が…」

【ごめんなさい。お兄ちゃんが心配で、勝手についてきちゃった…】

「そ…そんな…」

潤は呆然となった。そんな姿を見て、切人は一人ごちる。

「ちっ…まだ仲間がいたか…。
 それも、火属性の妖魔か…」

潤は気を取り直してかりんに言った。

「かりんちゃん。ここは危ないから…早く逃げるんだ」

【大丈夫だよ…。私には炎なんて効かないし。
 お兄ちゃんの盾になってあげる】

「!! そんなことダメだ!
 君を戦いに巻き込むわけにはいかない!」

【でも…】

「ダメだ!! 絶対に!!」

潤はそう強くかりんに言った。かりんはしぶしぶといった様子で、後ろに下がっていく。
…と、その時、切人の方から呪文が聞こえてきた。

「kenjarahagallhagallhagallmann…」

見ると、切人の右手が深紅に輝いていた。

「フフ…まさか、こんな子供相手に、この魔法を使う羽目になるとはな…」

切人はそう言ってにやりと笑う。そして、次の瞬間、潤めがけて飛んだ。
潤はその右手に嫌な予感を覚えた。

「く!!」

金剛杖を使って切人の攻撃を捌く。切人の手刀が空を切った。

ザク…

手刀は、潤には命中せず、その後ろの樹木に命中した。すると…

「!!」

切人の手刀を受けた樹木が、次第にクズクズになって崩れていく。
切人は笑いながら言った。

「この手刀はモノを霊質根本から破壊する。
 この手刀を受けたが最後、いかなるものも…たとえ幽霊であろうと、
 その姿を保つことが出来ず消滅するのだ」

潤は戦慄した。まさかそんな隠し玉を持っていたとは。

(接近戦は危ない! 遠距離から攻撃するか?!)

潤はそう考えると、再び懐から符を数枚取り出した。そして、起動呪を唱える。

「急々如律令!」

潤が投擲した符が水の弾丸になって切人に飛ぶ。
切人は慌てず、深紅に輝くその手刀をふるった。

「!」

それは一瞬の出来事だった。輝く手刀が水弾に当たると、その水弾が消滅してしまったのである。
どうやらあの手刀は呪術をも消滅させることが出来るらしい。

「では…行くぞ!」

再び、切人が潤に向かって走る。手刀が閃いた。

「く!!」

始めの一撃を潤は何とか避けていた。しかし、切人はさらに間合いを詰めて手刀をふるう。

「そら!」

潤は、手刀に触れないようにしながら金剛杖で切人の腕を払う。
だが切人は、すぐに体勢を立て直して、手刀をふるって来た。

「そら! そら! そら!」

潤は、次の一撃、その次の一撃、さらに次の一撃も何とか避けていた。しかし、次第に切人に追い詰められ始めた。

(このままじゃ…)

潤はなんとか打開策はないかと思考を巡らせる。しかし、この緊急事態に思考が混乱して何も思いつかなかった。

(なんとか反撃しないと…)

やっとそれだけを考えた、その時、

「あ!」

潤は足元の木の根に躓いて倒れた。切人はその絶好のチャンスを見逃さなかった。

「死ね!!」

切人の必殺の手刀が潤の眼前に迫る。

ザク…

それは確かに切り裂いた。潤をかばって割って入ったシロウを…。

「シロウ!!」

【あ…るじ…】

次の瞬間、シロウがまるで霧のように消滅した。潤はその光景を信じられない気持ちで見た。

「シロウ…」

「ふん…。使い魔が代わりに消滅したか。
 なかなかの忠義だ…」

「そんな…」

「だが…これまでだ」

切人は再び手刀をふるう。シロウが消滅したショックで呆けていた潤は避けることが出来なかった。

【危ない! お兄ちゃん!!】

それは、離れて見守っていたかりんだった。潤をかばったかりんの胸に手刀が深々と突き刺さる。

「かりんちゃん!!!」

【お…にい…ちゃん】

それだけを言って、かりんは潤の前から消えてなくなった。

「そ…そんな…。僕はまた…」

そのあまりの事態に潤は呆然とした。
シロウとかりんが、自分をかばって代わりに消滅したのである。
潤は信じられなかった、信じたくなかった、二人がこの世から消えてなくなったなんて。
でも、霊視でも二人を感じられないことが、現実として潤の心にのしかかってきた。

二人は死んだのだ、潤をかばって。

潤はもはや何も考えられなかった。考えたくなかった。
もう自分がどうなろうとどうでもよかった。

だから、潤はその場に突っ伏した。次の一撃を待つように。

しかし、そんな時、潤の心に誰かの声が響いた。その声は、とても懐かしい声だった。


-----------------------------


その声を聴いたとき、潤の意識が反転した。『使鬼の目』のトランス状態に入ったのである。
何もない真っ暗な空間の中、目の前にその声の主がいた。

「かあ…さん…?」

そう、それは、潤をかばって交通事故で死んだ矢凪風華であった。
風華はにこりと笑うと潤に話かけてきた。

「ふう…やっと気づいてくれたようね潤」

「母さん…なんで…」

「なんでって…私はいつもあなたのそばにいて話かけていたわよ?」

「そんな…でも、僕の目には…」

「見えていなかったわね…。
 おそらくそれは…私に対する罪の意識があったから…かしら…」

潤は信じられなかった、自分の不注意で死なせてしまった母が、自分を見守るためにそばにいたなんて。

「本当に困った子ね。私が死んだことに、そんなに罪の意識を持つ必要なんてなかったのに」

「でも…母さんは僕のせいで…」

「あなたは勘違いしてるわ」

「勘違い?」

「親が、子供を助けるのに理由なんて必要だと思う?」

「……」

「それでも…あなたは自分が許せないのね?
 ならば、昔話をしてあげる…」

そう言って、風華は話し始めた。それは、潤がまだおなかの中にいたころ。

「私はね…孤児なの…。家族も親戚もいなくて、一人で生きてきた。
 そんな私に初めてできた家族が、あなたのお父さんだった。
 幸せだったわ。やっとできた家族ですもの。
 おなかの中に彼の子供がいると知ってもっと幸せになった。
 でも…」

そう言って風華は目を伏せる。

「あの人は死んでしまった…。つらかったわ、悲しかったわ。
 だから私は、あの人の後を追うことにしたの。」

「え!? それって」

「そう…。私は自殺しようとしたの。
 でも…私は死ぬことが出来なかった…なんでだと思う?」

「……」

「おなかがね動いたの…。僕はここにいるよ…って、
 お母さんは一人じゃないよって、
 あなたはね…私の命を救ってくれたの」

風華はキッとした表情で潤を見つめる。

「だから私は、あなたを命を懸けて育てようとした。
 だって、あなたに救われた命だもん…」

「母さん…」

「いい? 忘れないで。
 人の想いというのは、一方通行じゃないの。
 あなたがみんなを守りたいと思うのと同じように、みんなもあなたを守りたいと思ってる。
 私は貴方に救われた者として命を懸けた。シロウたちもおんなじよ?」

「…でもみんなは消えてしまった」

「大丈夫よ…。よく”霊視()”てごらんなさい」

「え?」

風華のすぐ隣、両側にシロウとかりんが立っていた。

【主…】

【お兄ちゃん】

「シロウ! かりんちゃん!」

風華は潤の様子に頷いて言った。

「あなたはね…。お父さんの力を受け継いでるの。
 それは、ヒトとヒトの想いを繋げる力。
 ヒトの想いは決して消えることなんてないわ」

「母さん…」

「あなたは強くなりたいんでしょ?
 ならば、ヒトの想いを大切にしなさい。
 お互いの想いが強くなれば、あなたは決して誰にも負けないわ」

「ヒトの想い…」

「そう、あなたは、一人で強くなるんじゃない、
 みんなで強くなるのよ」

潤はシロウの方を見た。

【主…我はどんなことがあろうと消えることはありません
 どうか我を信用してください】

そうか…。と潤は思った。
いつもシロウを戦わせるのに躊躇いがあったのは、シロウを信用していなかったのと同義なのだ。

【お兄ちゃん…】

ふと、かりんがこちらに話しかけてくる。

【お兄ちゃん、私もお兄ちゃんと一緒に戦いたい!
 お兄ちゃんに守られているだけは嫌なの!
 私もお兄ちゃんを守りたい!】

「かりんちゃん…」

潤はそれでも戸惑った、彼女を戦いに巻き込んでいいものかと。

【私は…私は、お兄ちゃんに助けられた…
 だから今度は私がお兄ちゃんを助ける番なの!
 私の力を信じて! お兄ちゃん!】

かりんは決意に満ちた表情で潤を見る。潤は風華の方を見た。
風華は大きく頷いた。

「大丈夫よ…潤。貴方の力を
 想いを繋げる力を信用なさい」

その言葉を聞いて潤は決意した。
潤はシロウとかりんに手を差し伸べる。

「シロウ…かりん…。僕と一緒に戦ってくれる?」

【当然です主!】

【当たり前だよお兄ちゃん!】

その三人を見て風華は満足そうに頷いた。

「さあ! 行ってきなさい! 私の自慢の息子!
 あなたなら絶対に負けないわ!」

その言葉を聞いて、潤は力強く立ち上がる。潤の意識が現実に戻ってきた。

「何?」

切人は突然のことに驚いた。潤の目から、全身から強力なオーラが立ち上り始めたからである。
潤は叫んだ、力の限り。

「シロウ!! かりん!! 戻って来い!!!」

そしてそれはすぐに現実になった。潤の目の前にシロウとかりんが現れたのである。

「バカな! 奴らは私の魔法で消滅したはず!」

切人は叫ぶ。そんな切人に構わず潤は印を結んだ。

「行くぞ! 二人とも!」

【応!】【うん!】

次の瞬間、シロウとかりん二人の体に『使鬼の目』を通して潤の霊力が吹き込まれる。

【おおおおおおおおお!】【あああああああああ!】

シロウとかりんの体に変化が起こり始めた。
シロウはその全身がダンプほど巨大化し、頭に10本の角が生え、目の中の瞳が片側5つづつに増えた。
かりんはかつての怨霊の姿、ぼろぼろの着物を着た鬼女の姿になった。
そして…。

属性反転(ぞくせいはんてん)

シロウとかりんの全身がまばゆく輝き、その各所に銀色の鎧が生まれ始める。

【護法鬼神・志狼!】【護法鬼神・火凛!】

【【ここに参上!】】

現れたのは、銀の鎧を身に着けた巨大狼と、同じく銀の鎧を身に着けた女武者だった。
切人はそれを見て驚愕の表情をしている。

「ばかな…。使い魔が変身しただと…」

潤はすぐに命令を下す。

「行けシロウ!」

【応!】

シロウはその巨体に似合わない速度で駆けた。

「この!」

切人は右手の手刀でそれに応戦しようとする。しかし…

【こっちもいるぞ!】

かりんが、その腕に巻き付けていた羂索を飛ばして、切人の脚に絡みつかせたのである。
切人は脚をもつれさせて倒れた。そこにダンプほどの巨体のシロウが突っ込んでくる。
避けきれなかった。

「ブラックドック!」

切人はブラックドックを盾にして身を守ろうとした。しかし、その衝撃は思った以上に大きいものであった。

「ぐああ!!!」

切人はブラックドックとともに吹き飛ばされた。そのショックで右手の深紅の輝きが消滅する。
切人はなんとか空中で体勢を立て直すと、足から着地した。

「まさか…ここまでとは。
 だが、私もこんなところで終わるわけにはいかんのだ。
 魔法使いとしてこんな子供に負けるわけには…」

そう言って、切人は懐から何かを取り出した。それは、符で封印された銀色の箱であった。

(あれは! 王威の円環?!)

切人はそれを地面に置くと、精神を集中して呪文を唱え始めた。

「kenyrmann!!!」

炎神転生(えんしんてんせい)

次の瞬間、切人の全身から紅蓮の炎が噴き出し始める。そして、それは切人の肉体を灰に変え、巨大化し炎でできた巨人に姿を変えた。

「こうなったからには俺は元の姿に戻ることが出来ない。
 貴様もその仲間もわが炎で燃やし尽くしてくれる!!」

その巨大な炎の巨人はその腕を振るって襲い掛かってくる。

「く!!」

潤はその攻撃を辛くも避けた。しかし、巨人の腕から出た炎が森に火をつけてしまう。

(急がないと、山火事になってしまう!)

再び巨人がその腕を振るった。潤は今度は避けきれなかった。するとかりんが間に割って入って来る。
かりんは潤を抱えて飛んだ。

【大丈夫? お兄ちゃん!】

「ありがとうかりん。助かった」

【うん! でも、そんなことより。あいつをなんとかしなきゃ…】

「それは、分かってる。わかってるけどどうしたらいいか…】

【……】

かりんは一瞬考えた後言った。

【ねえお兄ちゃん…。私の炎信じてくれる?】

「え?」

【私は、自分の炎が嫌いだった。だって友達も何もかも燃やしてしまうんだもん。
 でも、今は、この炎のおかげで私はお兄ちゃんを守ることが出来る】

「かりんちゃん」

【…もし、お兄ちゃんが私の炎を信じてくれるというなら。私も自分の炎を信じる】

「僕は…かりんの炎を信じるよ」

【だったら…。アレしかないよ】

「あれって…まさか。あれかい?」

【そう、お兄ちゃんが現在扱える、最大最強の呪。それなら、あいつを倒すことが出来る】

「……」

潤は少し考えて決断した。

「よしやろうかりん!」

【うん!】

潤はそう心を決めると、シロウに対して命令した。

「しばらく巨人の相手をして時間を稼いでくれ」

【承知!】

潤を抱えたかりんは、安全なところまで飛んでいくと、そこに潤をおろした。

「行くよかりん!」

そう言って、潤は印を結んで呪文を唱え始めた。

「ナウマクサラバタタギャーテイビヤクサラバボッケイビヤクサラバタタラタ…」

呪文を唱えるごとに、潤の霊力が高まっていく。

「センダマカロシャダケンギャキギャキサラバビギナンウンタラタカンマン…」

そうして高まった霊威を、今度はかりんの中に送り込んでいく。

「東方・降三世明王、南方・軍荼利明王、西方・大威徳明王、北方・金剛夜叉明王!」

潤はかりんを指さして高らかに唱える。

「中央・大日大聖不動明王!! かの五大明王の聖炎をもてあらゆる凶事・悪心・天魔を調伏する!!!」

その瞬間、かりんの腕に炎が灯った。

「いまだ! かりん!」

【おおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!】

蘆屋流真言術(あしやりゅうしんごんじゅつ)天魔焼却(てんましょうきゃく)

かりんは炎の巨人に向かって飛んだ。そして、その手の平を巨人に向ける。

【いけえええええええええええ!!!!!】

その声とともに、紅蓮の炎がかりんの腕からほとばしり出た。

「バカが! 炎の化身と化した私に炎術など…!?」

その時、切人の体に信じられないことが起こった。炎の塊になったはずのその身が、かりんの炎で焼けていくのである。

「が!!! 馬鹿な!!! なんだこの炎は?!」

そんな切人に潤は声をかける。

「その炎は、ただの炎じゃない。五大明王の聖炎だ。
 たとえ、相手が炎の化身だろうが、それを燃やし尽くし灰に変える。
 そして、この炎は狙った敵以外を燃やすことはない」

確かにそうだった。天魔焼却の炎は他に燃え移る気配が全くなかった。

「まさか…この私が…こんな子供に…負けると言うのか…」

切人にとってその言葉が最後の言葉になった。

「子供じゃない…
 僕の名前は矢凪潤。蘆屋一族の陰陽法師・矢凪潤だ」

こうして、席番剥奪者(ロストナンバーズ)最後の一人は灰になった。
『王威の円環』奪還任務は成功を納めたのである。


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いずこかの闇の中、二人の男が対峙していた。

「王威の円環が…奪還されたと?」

「ああ…」

「そうですか…。まあ、ある程度予想の範囲ではありますが」

「それじゃあ…」

「次の作戦に移りましょう…」

「いいんだな?」

「無論ですよ。一度『あの組織』は壊さなければならないのです」

そう言って二人の男はのうちの一人は闇の奥に消えていく。

「ふん…。まあ、俺はとりあえず見守らせてもらおうか」

そう言って、もう一人の男、
乱月(らんげつ)』は闇の中でニヤリと不気味に笑った。
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