第5話 土御門咲夜

文字数 8,407文字

「お久しゅうございます、道禅法師様…」

その女性はそう言って頭を下げた。年のころは20代半ばに見えるだろうか。

「ああ、ほんとにな、確か二年ぶりか?」

「ええ。仕事で海外に出ておりましたので。
 本当はもっと早く帰ってこれるはずだったのですが…」

「まあ、仕方ないさ。咲夜ちゃんは新進気鋭の呪具職人(アイテムクリエイター)だからな」

「いえ、そんな…。そのような大層なものではございませんわ」

そういって女性は口に手を当てて微笑む。

その女性の名は、土御門咲夜(つちみかどさくや)。かの土御門永昌の娘である。
長い黒髪を後ろで束ね、巫女服を身に着けている。

「それで…今回も真名に会っていくんだな?」

そういって道禅は悪戯を思いついた子供のように笑う。

「ええ…そうさせてもらう予定ですけど。
 …真名さんはどこに?」

「ああ、君が来ているというのに、出迎えもせず弟子の修業に付いてるんだよ」

「弟子…ですか…」

「ああ、なかなか見どころのある少年だぞ…」

「ふむ…それは楽しみですわ」

「はははは…」

「フフフフ…」

二人は、そういって、何やら企む悪代官とその部下のように笑いあった。


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道摩府・鎮守の森。

潤が真名のもとで修行を初めて早1年と9か月。潤は悩みを抱えていた。
それは、此処に入ってやってきた伸び悩みである。
といっても、もともと習得スピードが速かったのが、普通の速度になった程度なのだが。
当の潤にとっては大きな悩みであった。

そして最近、潤はいくつかの任務をこなし、分かったことがあった。
それは、自分はまだシロウがいないと、やっていけないということである。

(もっと強く…。一人で何でもできるぐらいに強くなりたい…)

それは、他人に迷惑をかけたくない、という彼の強い願いからくるものであった。

「そこまで!
 今日の修業はここまでにしようか?」

「いえ…真名さん。僕はまだいけます」

「潤、休みを取るのも大事な修行のうちだぞ…」

「でも…」

そういって潤はうつむく。潤は一刻も早く、他人に迷惑をかけないほど強くなりたかった。

「…なにか。最近焦っていないか?
 焦っても強くはなれんぞ?」

「はい…」

そういって潤は唇をかんだ。

「修行…ごくろうさまですわね?」

その時、潤たちにそう声をかける者がいた

「…咲夜」

「お久しぶり真名さん…
 こんなところにいらしたんですね」

「……」

「せっかく道摩府に来たのですから。会いたいと思って…。
 お邪魔でしたかしら?」

「いや…。今修行を終えたところだ…」

「そうですかそれは良かった」

そういってコロコロと笑う。
潤は真名に聞いた。

「あの…この人はいったい?」

「…ああ、彼女はこの間会った永昌様のご息女で、土御門咲夜という」

「土御門…咲夜…」

咲夜は、たった今気づいたかのように潤の方を振り向いて言った。

「あら? もしかしてそちらが真名さんのお弟子さんの、矢凪潤様ですか?」

「ど、どうも…矢凪潤です…」

「初めまして…矢凪潤様。わたくしは土御門咲夜と申します。
 お話は道禅法師様から聞いております。
 なかなか優秀なお弟子さんとか…」

「そ、そんな…。真名さんに比べたら、僕なんてまだまだで…」

「…ご謙遜を。なかなかの才能を御持ちとか聞いております」

そういって咲夜はニコリと笑う。
そのとき、真名が話に割り込んできた。

「悪いが…今から、道摩府まで走り込むんだ。
 話しはこれまでにしてもらおうか?」

「あら…そうですか…。それは仕方がないですわね」

「それと…」

「何か?」

「今のお前…。なんか気持ち悪いぞ…」

「……」

真名はそう言って咲夜をジト目で見る。その言葉に潤が反応した。

「真名さん? いきなり何言うんですか?
 失礼じゃないですか」

「…いえ。いいのですわ。どうやら今日の真名は虫の居所が悪かったようです。
 まだしばらく、道摩府に滞在いたしますので、また日を改めますわ…」

「…どうも、すみません」

「いえいえ…」

そういって咲夜はその場を去っていった。
すると真名が潤を見て。

「…お前」

「? なんですか真名さん」

「いや…なんでもない…」

そういって、鎮守の森を出るために歩き出した。潤は少し首をかしげると真名についていった。


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「こんばんは…少しよろしいですか?」

多くの人間が眠りについた深夜。蘆屋本部にある潤の寝所に誰かが訪ねてきた。

「んう? 誰ですか?」

「わたくしは咲夜ですわ。こんな夜更けに失礼いたします」

「え? 咲夜さん?」

潤は慌てて布団から飛び起きる。

「え? どうして? 咲夜さん」

「ええ、ちょっとあなたにお話があってきたのですわ」

潤は突然のことにどぎまぎした。襖を開けてみた。
そこに、浴衣を身に着けた咲夜がいた。

「どうも…潤様…」

「は…はい。何の御用なんでしょうか?」

潤はがちがちに固まりながらそう言った。

「少し気になったことがありまして」

「え? 気になったこと?」

「はい、実は私、先ほどの修業を隠れてみていたのですわ」

「う…」

潤は情けないところを見られたと思った。
咲夜は話を続ける。

「…潤様。貴方は何か焦っておられるご様子。
 何を焦っておられるのかお聞かせ願いますか?」

そういって咲夜は首を傾げた。潤はバツの悪い気持ちで…

「いや…それは…」

…それだけを答える。

「大丈夫ですわ。もし都合の悪いことがあるならわたくしは誰にも言いません」

「はあ…」

「話していただけません?」

咲夜はそう言って悲しげな顔をした。潤は何か自分が悪いことをしているように感じた。

「…いや、その、実は…」

「はい…」

そうして潤は咲夜に話した。
最近、何か自分の力が伸び悩んでるように感じること。
シロウに頼っている自分を変えて、一人で何でもできるくらい強くなりたいこと。
咲夜はそれらを静かに聞いていた。

「なるほど。そういうことですか…」

「はい…」

咲夜は目をつぶって何かを考えている。潤は咲夜の答えを静かに待った。

「潤様は少し勘違いしておられますわ」

「え?」

「伸び悩みの件は、先ほどの修業風景しか見ていない私には答えられませんが。
 御一人で強くなりたいというのは、はっきり言うことが出来ます」

そういって咲夜は真剣な表情で潤を見る。

「呪術師は使鬼を上手に扱えるようになって一人前です。
 それを、使鬼を使いたくないなどというのは本末転倒というものですわ」

「それは…そうかもしれませんが…」

「そもそも、『使鬼の目』という、すごい才能を御お持ちですのにもったいないことです」

「…それは」

「そもそも、一人で何でもしたいというのは無茶な話なのです」

「…でも」

潤はうつむきながら反論する。

「…でも。真名さんは一人でもとても強いように感じます」

「…真名様が?」

「もちろん僕もわかっています。
 蘆屋と土御門の才を受け継ぐ真名さんのようにはなれないということは。
 でも、僕はそれに少しでも近づきたい」

その時、潤は気づかなかった。咲夜の目がすっと細く鋭くなったことを。

「本当に…あなたは、勘違いをしていらっしゃるようですね…」

「え?」

「やはり…、今回はあなたに手伝っていただこうかしら…」

「どういうことです? 何を手伝うと…」

咲夜はそれに答えず、すっと立ち上がる。

「わかりましたわ。あなたの悩み、私が解決できるかもしれません」

「解決って…どうやって?」

「今からお時間ありますかしら?」

「今からですか? いったいどこに…」

「鎮守の森…。そこで、あなたの悩みを完全に解決して差し上げます」

咲夜はそういって細く笑みを浮かべた。


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道摩府・鎮守の森。

そこに二つの影があった。
その影の一人は土御門咲夜。もう一人は矢凪潤である。
二人は向かい合って立ち会話をしていた。

「あの…こんな夜中に何をしようっていうんです?」

「はい…それはすぐにお分かりになれますよ」

咲夜はそういうと印を結んで呪文を唱えた。

「オンバザラタラマキリクソワカ…」

その瞬間、咲夜の目の前に光が現れる。咲夜はその光に手を入れると、何かを引き出してくる。
それは、真新しい鎧兜一式であった。

「とりあえず。これを身に着けてください」

「これをですか?」

「ええ…」

潤は半信半疑でそれを身に着け始める。

「…なんですか? これは…」

「これは、わたくしが制作した、『人の潜在能力を極限まで引き出す』鎧でございます」

「え? 貴方が作ったんですか?」

「ええ、わたくしは呪具職人(アイテムクリエイター)ですから」

咲夜は無表情でそう言う。

「…最も、その道も、完全に望んで進んだ道ではございませんが」

「え? それは、どういうことです?」

「わたくしは、呪術師としての才能が足りなかったのです。
 だから、こちらの道に進んだ。
 最も、今では呪具職人こそ私の天職だと考えておりますが」

「そうなんですか…」

「昔は、よく宗家の血筋のくせに才能がないと、周囲のものに陰口をたたかれたものですわ」 

「…大変だったんですね」

「ええ…。そして、わたくしより大変だったのが真名ですわ」

「え?」

潤はその言葉を聞いて驚いた。真名も呪術師としての才能がなかったというのか?

「…真名は、『欠落症(けつらくしょう)』だったのです」

「けつらくしょう?」

「それは、人としての魂を形作る霊質、その形を支える『枠』に生まれつき欠損があって、霊力が生まれたそばから排出されてしまう病気です。
 この病気のものは、常に体内の霊力が枯れた状態になり、肉体を支える力が圧倒的に弱くなる。
 そして、最悪の場合、15歳を数える前に死亡する…」

「そ、そんな…」

「真名は子供のころは寝たきり状態でした。当然、呪術師になるなど絶対無理と言われていましたわ」

「……」

「それが今呪術師になっているのは、ひとえに死にもの狂いの修業があったからです。
 決して才能があったからではありませんわ」

「…咲夜さん、あなたは…」

「真名さんのことを…」そう言おうとした時だった。咲夜が潤を見ていった。

「どうやら着け終わったようですわね…」

「え? は、はい…」

「ならば…」

咲夜は潤が鎧をつけたのを確認すると、鎧に触れてその機能をオンにする。

「さあ、始めましょうか。今回の勝負を!」

咲夜は誰もいない虚空に向かって叫ぶ。もはや潤を見ていなかった。

「咲夜さ…」

潤は言葉をつづけられなかった。いきなり体の奥から巨大な何かがあふれてくる感じがしたのである。

「う…ぐ…」

「さあ、潤様。今宵は楽しく舞を踊りましょう…」

そういって咲夜はニヤリと笑みを浮かべた。


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「…間に合え!」

真名は今全力で鎮守の森を駆けていた。咲夜からの手紙を見たからである。
その内容はこうだった。

『潤様とともに修行場で待ちます。なるべく急いできてくださいませ』

咲夜だけが待つという内容なら、彼女は無視しただろう。だが…

「まさか。潤を巻き込むつもりか!!」

それは、真名にとって最悪の事態であった。
ふと、前方に光が見えた。

「あれは?!」

真名はその光に向けて全力で駆けた。そして…

「お待ちしておりました。真名さん」

そこに咲夜と潤は待っていた。
潤は何やら真新しい鎧を身に着け、霊力の光に包まれている。
真名はすぐに咲夜に食って掛かる。

「貴様! 潤に何をしている!」

「フフフ…。潤様の願いを叶えようとしているだけですよ」

「なんだと?」

「潤様は一人で何でもできるほど強くなりたいと仰りました。
 だからこうして、潤様の潜在能力を全開放して差し上げてるんです」

「!!! 貴様! いきなりそんなことをすればどうなるか!」

「そうですね。潜在能力を制御する技術が足りずに暴走します」

「そこまで知っていて…ワザとか貴様!」

「フフフ…そうだよ」

「!」

その時突然咲夜の口調が変わった。

「本当は、こいつを今回の勝負に巻き込むかどうか、ちょっと迷ってたんだが。
 面白いことを言ったんでな…やっぱ巻き込むことにしたよ」

「面白いこと?」

「こいつ、恐ろしい才能を持つくせに、才能がないみたいなことをほざきやがったんでな」

「貴様…まだそんなことを!」

「気にするさ…。昔からどれだけ、そのことでいじめられたか…。
 お前だってあたし以上に知ってるだろうが!」

「そんな…昔のことを気にしても仕方あるまい?」

「あたしは気にするんだよ!」

そういって咲夜は邪悪な笑みを浮かべる。そして…

「さあ潤!!! 死の舞を舞い踊れ!!!!」

「ああああ!!!!!」

突然、鎧兜を着た潤が大きく呻きだした。真名は慌てて潤に近づきその肩に手を置く。

「潤大丈夫か? しっかりしろ!」

「ああああ!!!!!!」

パシ!

潤は肩に置かれた手を払いのける。そんな潤に咲夜が語り掛ける。

「そら! 潤、目の前を見ろ!
 目の前の女がお前を苦しめているぞ!!!」

「あああ!!!」

潤は完全に正気を失っていた。だからその言葉に反応してしまう。
潤の拳が真名に飛んだ。

「く!!!」

真名はそれを間一髪で避けた。

「咲夜! 貴様!」

「ははは!!! 真名、そいつを止めるなら急いだ方がいいぞ?
 その鎧は、装備者の霊力が足りなくなると、生命力まで吸い上げて使用する仕組みになってる。
 そいつの霊力の容量と、暴走による急激な霊力消費を考えて計算すると、約10分で死亡といったところか?」

「く…!」

「それを止めるには、身に着けてる鎧を破壊するか、込められている呪を破壊するしかない」

それを聞いた真名の判断は早かった。懐から禁術符を取り出したのである。

「急々如律令!」

次の瞬間、鎧からガシャンとガラスの割れるような音がした。

「やったか?」

だが、しかし、潤は止まらなかった。潤は全身から霊力を放出しながら真名に殴りかかってくる。
真名はそれを食らってしまった。

ドン!!

真名は激しい衝撃とともに吹き飛ばされていた。それは、今までの潤では考えられない力であった。
真名はなんとか立ち上がる。そこに、潤が呻き声を上げながら歩いてきた。

「く…? どうして?」

真名は鎧を”霊視()”てみた。すると…

(バカな…。呪式が再生している?)

そう、さっき禁術符で破壊したはずの呪式が復活していたのである。

「く…、ならば」

鎧を破壊するしか…そう思った時だった。どこからか咲夜の声が響いてきた。

「言っとくが。なるべく鎧を攻撃しない方がいいぞ。その鎧には防御呪式も組み込まれている。
 その防御呪式は、攻撃を受けるとそれに応じてエネルギーを装備者から取り出して自身を防御する。
 要するに、攻撃すればするほど、潤の死までの時間が短くなるということだ。
 そして、その呪式も『自動再生』付きだ」

「自動再生だと?」

「そう…私が海外で研究していた技術だ。
 精霊石というものに物理的に呪を刻み付け、それを呪具に組み込むことによって、呪式に再生力を与えている。
 その再生速度はコンマ1秒以下。普通の術者では対応できない速度だ」

それを聞いた真名はもう一度鎧を”霊視()”た。

(あれか!)

鎧の胴の中心。ちょうど背中のところに、周囲の呪式に霊力の枝を伸ばしている霊力の異常に濃いところがある。

「それならば、それを破壊すれば…」

「言ったろ? 防御呪があると…。精霊石を破壊するには防御呪を破壊せねばならん。
 だが、その防御呪は精霊石の力ですぐに再生する。まさに詰みというやつだな?」

果たして本当に詰みなのだろうか?
真名は潤を救うために必死に考えた。そして…

「ならば…もう、あれしかないか…」

「真名? 何をしようというんだ?
 もう何をしても『無駄な努力』だぞ?」

「!」

『無駄な努力』その言葉を聞いた時だった。真名の心は過去に飛んでいた。


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今から15年前、真名がまだ10歳の誕生日を迎えていなかったころ。
真名はいつも布団の中にいた。

真名は、生まれつき体が弱かった。自分で立って歩くことも出来なかった。
なぜなら、欠落症ゆえに、肉体を支える霊力が常に欠乏していたからである。
でも、そんな真名には夢があった。いつも母親の咲菜に言っていた。

「私、父上や母上のような立派な呪術師になりたい。
 そして多くの人を救う力になりたい」

そんな、真名に咲菜はいつも言っていた。

「大丈夫、貴方ならなれるわ…」

しかし、ある日、その思いを踏みにじるような大事件が起こる。それは…

『蘆屋真名暗殺未遂事件』

それを実行したのは『乱月(らんげつ)』と名乗る男だった。
その事件によって咲菜は命を落とした。

真名は今でもはっきりと覚えていた。
あの日の夜の闇の中。咲菜に守られながら聞いた男の言葉。

「はははははははは!!!
 お前、呪術師になるのが夢だってな?
 無駄だよ無駄、無駄な努力!
 生きるための霊力すら足りないお前が、どうやって呪術師になるつもりだ?
 お前にとっては生きることすら無駄な努力。唯一利用価値があるとすれば、それは…
 この場で死んで、蘆屋一族と土御門が争うための火種になることだ!!」


真名の心は過去から戻ってきた。

「無駄な努力…。私の最も嫌いな言葉だな…。
 ならば…」

「ならば?」

「ならば…貴様に見せてやる。
 奇跡すら超える不断の努力を!」

真名はそう宣言した。


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「静葉! 妖縛糸!!」

真名はそう言って静葉に命令する。
すぐに潤の周りに無数の蜘蛛糸が舞う。そして…

「ノウマクサマンダバザラダンカン…」

宙に舞っていた蜘蛛糸が一瞬炎をまとったように赤く輝く。
そして、次第に糸同士が絡まりあい、無数の縄に姿を変えた。

蘆屋流鬼神使役法(あしやりゅうきしんしえきほう)妖縛糸不動羂索(ようばくしふどうけんじゃく)

無数の縄は潤の体に絡みつきその動きを封じる。
咲夜は言う。

「はは! 動きを封じてどうするつもりだ?
 結局、鎧を破壊するか、呪を破壊するかの2択しかないんだぞ?」

「黙って見ていろ…」

真名はそう言って咲夜を睨み付ける。そして…

(母上…あの時の、あの術…使わせていただきます)

真名は印を結んで精神を集中する。

「ナウマクサマンダボダナンアビラウンケン…」

蘆屋流秘法(あしやりゅうひほう)森羅万象(しんらばんしょう)

次の瞬間、真名の体が輝きだした。

「この術は?!」

咲夜は突然のことに驚いている。

「まさかそんな…!
 大気中の霊力が、真名に集まっていくだと!」

それは、信じられない光景だった。
周囲の地脈という地脈が、意志を持ったようにうねり、真名に繋がって霊力を供給しだしたのである。

(制限時間は30秒!)

真名は驚く咲夜にかまわず、さらに呪を唱える。

「ナウマクサンマンダボダナンアニチャヤソワカ…」

すると、潤の周囲に、無数の光の帯が生まれ始める。さらに、

「これで最後!」

真名は、懐から数十枚もの符を取り出すと、光の帯に向かってそれを投げていく。
符は、光の帯にくっつくとその場に固定された。

「なんだ? これは…」

真名が作ったそれは、無数の光の帯と、呪符によって構成された、巨大なドームであった。

「オン!」

真名がそう言ってドームの機能を起動する。
真名から膨大な霊力が供給され、ドーム全体に光が走り始めた。

「これは?!!!」

そのドームは、実は巨大な禁術符起動装置だった。
光がドームに走るたびに、無数の禁術符が起動される。
その破壊速度は、容易に再生速度を上回っていた。

「いまだ!」

真名は潤に向かって駆けた。そして…

ガシャン!!

真名は潤の背中に回り込んで、防御呪を失って無防備な精霊石を破壊していた。

「…真名…さん?」

「大丈夫か? 潤…」

「す、すいません…また、迷惑を…」

「いや、いいんだ…それより…」

真名は、その場に潤を寝かせると、今度は咲夜に向き直る。

「咲夜…」

「ふ、ふふふ…。見事だ真名…。
 まさかあんな強引な手を使って、再生速度を上回って見せるとは…」

「咲夜!!!」

真名は咲夜を殴り飛ばした。

「咲夜…。今回のお前はやりすぎだ…」

「フン…今回も私の負けか…」

「まだそんなことを…」

咲夜は殴られた場所をさすりながら潤の方を見た。

「悪かったな潤…。少しやりすぎた…」

「咲夜さん…」

「しかし、これでよくわかったろう? 力を使いこなすための技術の大切さが。
 ゆっくりでいいんだ。焦らずゆっくりとそれを鍛えろ。
 そうしないと、逆にお前の力で人に迷惑をかけることになるぞ。
 お前の大嫌いな迷惑を…」

「はい…すみませんでした」

真名は咲夜をコンと小突く。

「勝手にいい話のように持っていくんじゃない!
 下手すると潤は死んでいたんだぞ!」

「はは! 馬鹿だな真名!
 私がそこまでするわけがないだろ?!
 もっとも、貴様が勝負を拒否していたら、どうなってたかわからんが…」

「…お前という女は…」

「フン…。お前との勝負が、私の一番の楽しみだからな。
 この2年間正直退屈だったぞ…」

「正直、お前とは縁を切りたい…」

「それこそ、無駄な努力というやつだな!
 はははは!!」

そういって咲夜は豪快に笑った。その姿を見て真名は大きなため息をついた。
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