第21話 届かぬ手

文字数 3,387文字

潤が決意に表情で乱道をにらんでいると、不意に乱道が顔色を変えた。

「む? 貴様…
 その目…いや、そうか…
 なるほど」

「?」

乱道のその反応に、潤は疑問符を飛ばす。

「なるほど…貴様は『使鬼の目』を持っておるのか。
 それは、おしかったの…」

その乱道の言葉に潤は聞き返す。

「どういう意味だ」

「フン…もし貴様がその目を完全に使いこなせるなら、私も蘆屋の夜叉姫に敗北を喫していたろうに…という意味だ」

「え?!」

「まあ、蘆屋の夜叉姫が貴様を後方にとどめて、自分一人で戦ったところを見ると…。
 貴様の『使鬼の目』は完全ではないらしいな…
 本当に惜しいことをしたな貴様」

「く…」

潤は悔しげに唇をかむ。
自分がまだ未熟なのは自分自身がよく知っている。
…でも、それでも…

「それでも…たとえそうだったとしても。
 貴様に真名さんは渡さない!!!」

乱道はそんな潤に答える。

「しかしな…
 ここら一体に張った欺瞞の結界ももうそろそろ解けてしまう。
 そうなれば蘆屋八天が筆頭・毒水悪左衛門が現れるだろう、そうなる前まえにお暇せねばならんのでな」

八天のおひざ元で起こした騒ぎ…、
それにもかかわらず、悪左衛門が現れないのは多重欺瞞結界のせいであった。

(やつにも制限時間がある!
 ならば、それまで何とか押しとどめれば!!!)

乱道はわざと欺瞞結界の制限時間を話しているのだが、その時の潤はその意図に気づくことはなかった。

「ふ!!!」

潤は乱道に向かって一気に駆ける。その手の金剛杖を振りぬく。

「ふん…」

乱道はそれを難なく交わした。そして、

「相手をする暇などないというに…」

脇に真名を抱えたままその拳を一閃した。
その瞬間、潤の身体から血しぶきが飛ぶ。

「くあ!!!!」

潤はその場に転がって呻く。
しかし、

「真名…さん…」

必死の形相で潤は立ち上がる。潤は印を結んだ。

<不動炎神法>

<かさね>

<重活心>

<金剛錬身>

<明見識法>

<武身変>

潤はありったけの秘術を展開していく、その身が炎に包まれたかのように深紅に染まった。

「ほう!」

やっと乱道は感心したような表情を潤に見せる。

【潤…】

魂を合一した美奈津が心配げに潤につぶやく。
潤は美奈津に向かって「大丈夫…」と意識を飛ばしてから駆けた。

「はあああ!!!!!」

次の瞬間、その身から二対の霊装怪腕が伸びる。その拳が霊力で輝き一閃された。

<金剛拳連打>

先ほどの真名とも見まごうばかりの拳の光線が無数に乱道に向かって飛翔する。
乱道は「ちっ」と舌打ちして回避行動に移る。

ズドドドドドドドド!!!!!!!!!

潤の金剛拳は的確に乱道を打ち据える。
乱道は真名を取り落として転がっていった。

「真名さん!!」

慌てて潤は真名のもとへと向かおうとする。しかし、

「く…やるではないか!!」

不意に、乱道の両腕がロープのように伸びた。
そして、取り落とした真名をかっさらって、再びそのわきに抱えたのである。

「くそ!!」

潤はそれを見て悪態をつく。
状況は一向に良くなる気配はない。

…と、その時、乱道がまじめな表情で潤に問いかけた。

「貴様…それでいいのか?」

「なに?」

突然の乱道のその言葉に、潤は疑問を得て聞き返す。

「そんなに死に急いで…
 蘆屋の夜叉姫が一人で戦った意味がなくなるぞ?」

「どういう…」

何を言っているのか潤にはわからない。
乱道は一瞬考えた後、にやりと笑いつつ言葉を発した。

「蘆屋の夜叉姫はな…。
 貴様を好いておるのだよ…」

「え?!」

「そう、言ってしまえば男女の仲になりたいとな…」

その乱道の言葉に潤は驚きの声をあげる。
乱道は下卑た笑いを顔に張り付けつつ言った。

「愚かよな…。
 結局最後の最後で、未熟な恋心…その心の隙が、蘆屋の夜叉姫を敗北に導いてしまった」

「そんな…!」

その乱道のいやらしい笑顔に潤は怒りの目を向ける。

「自身が敗北し…そうしてまで守ろうとした貴様すら失ったら…
 蘆屋の夜叉姫はどうるかな?」

「く…真名さん」

潤は今更ながらに真名の本心を想う。
でも、ならばこそ…

「僕は…
 僕は真名さんを守る!!!!!!」

乱道のその言葉に潤は心を震わせる。

(僕は…、真名さんを師として尊敬してきた…。
 でも!! でも、それだけじゃない!!!!)

いつからだろうか?
真名のことを…。

…潤は心を…想いを爆発させる。

「乱道!!!!!!!!!!
 お前に真名さんは渡さない!!!!!!!!!!!!!」

その心の奥から無限ともいえる力が沸き上がってきた。

「む?!」

次の瞬間、乱道が苦しげにうめき声をあげる。

「まさか!!!!
 ここに来て?!」

乱道は、その時、自分の発言が迂闊であったことを知った。

「ち…少々、小僧を侮りすぎていたか!!」

ここにきて、潤の『使鬼の目』が覚醒を始めていたのである。

「ク…しかしこれだからこそ…。
 ヒトの感情…想いを操るのは面白い…。
 そうでなければな!!!!!」

乱道はそう叫びながら、潤との間合いをあける。
逃走の態勢に入った。

【逃がさない!!!!!!!】

潤から人ならざる声が発せられる。
その視線が乱道をにらみつけた。

「ぐうう!!!!!!」

自らの魂を押しつぶす感覚に乱道は苦し気な呻きをあげる。

「く!!!
 やはり私も…蘆屋の夜叉姫すら…貴様のことを侮りすぎていたようだ。
 まさかここまで、覚醒が進んでいようとは…」

乱道は周囲に無数の符を展開して潤に向かって飛翔させる。
しかし、それは『使鬼の目』が覚醒しつつあった潤には無効であった。

「はあ!!!」

金剛拳が光線となって無数に空を切る。符はすべて撃墜された。

「く!!!!
 我が魂を…思考を読んでいるのか!!!」

その通りである。
今の潤には、人ならざる生命である乱道の次の行動がはっきりと感じられた。

「対鬼神…対妖魔で絶対的な力を持つ『使鬼の目』…。
 まさか、これほどなのか?!」

乱道はその力に純粋に感嘆の目を向ける。
潤は乱道に向かって駆けた。

「真名さんを返せえ!!!!!!!!!!」

「そうはいかんのだよ!!!!!!」

両者の拳が交錯する。
乱道の片腕が吹き飛んだ。

「くお!!!!!」

乱道は呻きながら残った腕で剣印を作る。

「十二月将ども!!!!!」

その言葉に応じるように十二体の神獣が再び姿を現す。

「シロウ!!! かりん!!!!」

潤もまた自身の使鬼を召喚する。

「シロウ!! かりん!!!
 十二月将を押しとどめろ!!!!」

【【おう!!】】

二体の使鬼は潤のその言葉に応じる。
…無論、たった二体では十二月将すべてを押しとどめることはかなわない。

「邪魔をするな!!!!!!!!」

気合一閃、潤の拳が十二月将のその身に突き刺さる。
悲鳴をあげながら一体が消滅した。

「やはり神霊すらもその『目』の前では役に立たんか?!!!
 これは…」

乱道は、ちぎれた腕を戻しながら、満面の笑みで笑った。

「これは!!!
 まさに天命か!!!!!
 この時代に、私の求める者が二人も現れようとは!!!!!!!」

潤はその言葉を無視して、次々に神霊たる十二月将を砕いていく。

「よかろう!!!!
 ならば…」

乱道が再び符を無数に展開する。
それを、十二月将をさばきつつ何とか撃墜していく潤。しかし…

「?!!!!」

潤の拳が符を打ち据えた瞬間、その符がまばゆい閃光を発する。
たまらず、潤はその目を押さえた。

「ははははあはははははあはは!!!!!!!!!!!」

乱道の嘲笑が響き渡る。
乱道は真名と共に一瞬でその姿を消していた。

「しまった!!!!!」

潤は真名と乱道を見失っていた。
とっさに探査呪を起動するも、それにも引っかかる気配はない。
その慌てた姿をあざ笑うかのように乱道の嘲笑が響く。

「ははははははははは!!!!!!!
 『使鬼の目』を持つ小僧!!!!!
 悔しいか?!!!!」

「乱道!!!!!
 どこだ?!!!!!
 真名さんを返せ!!!!」

「悔しくば…
 二週間後、私が指定する場所に一人で来い!!!
 無論、使鬼は連れてきてもいいが…」

「何?!」

「もし来るというなら
 約束しよう…その間だけは蘆屋の夜叉姫に手出しせぬと!!!!」

「!!」

潤は悔し気に空を仰ぐ。

「心配するな…
 この約束は契約だ…
 貴様の『目』が本当の意味で覚醒しなければ私としても意味はない」

「…」

「その二週間の間に、せいぜい強くなっておくんだな…小僧」

潤はその場に立ち尽くしこぶしを握る。
その心に、強い決意を想いつつ…。

(真名さんは…
 僕が必ず、助け出して見せる…)
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