第6話 ヴァンパイアハンター

文字数 23,658文字

カラカラと音を立てて車輪が回っている…

「♪~」

東京の某所、街中を一組の男女が進んでいく。
女性は徒歩、男性は車椅子に乗っている。
女性は男性の車椅子を押しながら、小さく鼻歌を歌っている。

不意に車椅子が、道路の段差に躓く。

「あ!」

近くにいた女子高生が、それに気づいて…

「大丈夫ですか?」

…そう言って、車椅子の前を支えて、車椅子はようやく段差を乗り越えた。

「Grazie…」

車椅子を押していた女性は、そう女子高生に答える。
女子高生はその時になって、やっとその女性が外国人だと理解した。

「ぐ、ぐらっちぇ」

そう、呟きながら、顔を真っ赤にして去っていく女子高生…
その姿を女性は微笑みながら見送る…そして、

「Sembra molto delizioso…」

そう言ってぺろりと赤い舌を出して唇をなめた。

「あら? ダメよまだ…」

不意に背後から野太い声がする。
そこにいたのは、タンクトップに半ズボンの筋骨隆々の男である。

「もう…食事は、腰を落ち着けてからよ? アルベルタさん?」

『…わかっているわ、色男さん?』

…そう、イタリア語で男に返す。
その言葉に、背後の男は不満そうに鼻を鳴らすと

「あらん? 私は色女なんだけど?」

そう言って気持ち悪く、くねくねと身体をくねらせた。

「…まあ、それはさておき。あのハンサムに追いつかれる前に、此処を去るわよ? 急いでね?」

『はいはい…』

そう言ってアルベルタは手をひらひらさせる。
せっかくの日本なのに、観光する余裕もないのかと、アルベルタはため息をついた。


-----------------------------


東京某所から男女が姿を消して二日後、東京国際空港に一組の男女が降り立っていた。

「お~、みろ! 東京! 東京じゃぞ!! 羽田じゃ!」

そう言ってぴょんぴょん元気に飛び跳ねているのは、黒いコートを頭まですっぽりかぶった少女だ。

「はいはい…リディア…はしゃがないの」

そう言って、猫を捕まえるときのように、首根っこを捕まえたのは、同じく黒いコートを羽織った長身の青年である。

「何をいっておるか! 御主人!
羽田に来たら、やはりお土産じゃ!
銀座た○やのキャラメルサンドが待っておるぞ!」

そう言って、青年の手を振りほどいた。

「僕たちは観光に来たんじゃないからね? そこんとこわかってるかい?」

「…むう、いやじゃ! 今日は仕事を忘れて観光じゃ!」

そう言って、少女は駄々をこね始める。
その場に寝転んでいやいやを始めたころに、空港職員が二人に声をかけた。

「あの? 他のお客様に迷惑になるので…」

青年は、その職員に頭を下げる。

「すいません…。うちの妹、初めての東京ではしゃいじゃって」

そう言って人のよさそうな笑顔を向ける。

「…それでは、税関検査を…」

青年たちは手荷物をもって税関に向かう。
青年は1mほどの棒が二本入りそうな巨大なバックを持っていた。

「あの…これは」

空港職員がそれを見て不審そうな顔をする。

「ああこれは…」

そう青年が言いかけた時、税関職員の背後に他の空港職員が立った。

「その方々は大丈夫だ。そのまま通せ…」

「しかし…?」

「いいんだ」

税関職員は首をかしげながら、青年たちを通した。
そうして到着ロビーに立った青年たちに、先ほどの空港職員が近づいてくる。

「どうも…助かりましたよ」

「…通常線でいらっしゃると、少々めんどくさいんですがね?」

「いやすみません」

再び青年は頭を下げた。

「駐車場の方にお迎えが来ているんで、そちらへ…」

空港職員は無表情でそう言う。

「了解しました」

そうして青年と少女は連れだって、東京国際空港を後にした。

この青年の名は、
アークトゥルス=エルギアス。世界魔法結社(アカデミー)の特務所属のヴァンパイアハンター。

少女の名は、
リディア=ブラッドフィールド。同じく世界魔法結社(アカデミー)所属の真祖吸血鬼。

彼らの日本への来訪は、ある戦いの始まりを告げるものでもあった。

西暦2021年11月…
秋も深まり肌寒くなる季節のことである。


-----------------------------


東京国際空港に男女が降り立ってから三日後の夜、
兵庫県姫路市の街中に矢凪潤はいた。

「いやあ! すまんな潤! こんなことに付き合わせちまって!」

そう言って潤の隣を歩いて、その肩をたたきながら豪快に笑っているのは合田武志である。
かの舌童との戦い以降、潤はともに戦った彼ら四人とよく連絡を取り合い、みんなで出かけたりしている。
今回は、合田武志の妹の誕生日プレゼントを買うために、彼と二人で姫路市に買い物に来ていたのだ。

「いえ…いいんですよ。こっちの用事もひと段落ついていますし」

…そう、かの八天錬道第二回目からだいたい一週間たっている。
訓練期間に入って、暇になったときに合田武志からの誘いがあったのである。

「しかし、妹さん…いたんですね…」

「はははは!! ジャ○子っていうなよ!!!」

そう言いながら豪快に笑う武志。
本当に、合田武志は気持ちのいい男である。
何事にも前向きで、冗談を忘れず、皆を笑わせそして引っ張るカリスマも持つ。
正直、潤はこんな男になりたいと思い始めていた。

「いや…本当は、道摩府でもプレゼントは買えるんだが…
人間界のプレゼントの方が珍しくていいかなと思ってな
なんせ、妹は人間界に降りたことがほとんどないんで…」

「そうなんですか?」

「はははは!!! 別に家に引きこもって漫画書いてるわけじゃないからな?!」

「…まだその冗談引っ張るんですか?!」

軽く突っ込んで潤は笑う。
あの戦いから先、心から笑えたのはしばらくぶりだった。

「…もう大丈夫みたいだな」

不意に武志が静かな口調で言う。

「…はい。心の整理はつきました」

「そうか! ならいい!!」

そう言って武志は潤の肩をたたく。
その武志の満面の笑みがとてもありがたかった。

「?!」

不意に武志がその場に止まって笑みを消す。

「…? どうし」

…と、その瞬間潤もある異常を感じ取った。

「これは…呪術?!」

潤達がちょうど歩いている歩道の近く、ビルとビルの谷間の奥の方で呪の気配がするのだ。
潤はすぐに「霊視()」てみた。

「これは…人払い!」

そう、それは一般人向けの人払い結界。よく、呪術師が一般人に秘密で活動をするときに扱う呪。
この奥で、現在進行形で、呪術師が何かをしているのだ。

「潤…」

「ええ…」

潤達の判断は早かった。
このような街中で人払いをかけるなど異常事態に間違いない。
呪をかけたのが、味方であろうが、犯罪者であろうが確認する必要がある。
潤達は、すぐさまビルとビルの奥に向かって駆けた。

「あらん? ちんちん入者ねぇ(笑)」

…そして、すぐにそいつはいた。
タンクトップに半ズボン姿の筋骨隆々の男。
それが、特に面白くもない下品な冗談を言いながら立っていたのである。

「!!! 貴様!!!」

その男は、大きな荷物を抱えていた。それは…

(人間の…女性?!)

そう、男は肩に意識を失った女性を担いでいたのだ。

「その娘をどうするつもりだ!!」

武志が叫んで印を結ぶ。すぐに、その手に打刀が召喚されてくる。
潤はそういったことはできないので、素手で拳を構える。

「あらん? 可愛い坊やたち、いきなりねぇ。
さらおうとしてるに決まってるでしょ?」

そう言って、片手で潤達に投げキッスした。

「おえ…」

あからさまに嫌な顔をして打刀を構える武志。

「あら…失礼ね坊や。…でも、いいわ、とても私好み。
そっちのやせた坊やよりはるかにいい…」

どうやら潤はお眼鏡にかなわなかったらしい。
潤は心の中でほっとした。

「ち…こっちは、そういった趣味はねえよ!
その娘を放しな!!」

そう言って武志は、一気に男に向かって駆ける。
しかし、男は嬉しそうに笑いながら身動き一つしない。
潤は叫んだ。

「武志!! 鬼神だ!!!」

「!?」

不意に黒い影が武志に襲い掛かってくる。

「あら…坊や不注意ねぇ」

「…ち!!」

武志はそう舌打ちしつつ、襲い来る黒い影からあとじさる。
そこに現れたのは、頭はカラス、背中に羽の生えた裸の男であった。

「クロウ…その坊やと遊んであげなさい」

「く!!」

その鬼神「クロウ」が駆けるのと、武志が構えるのは同時であった。

(速い!!)

超高速でクロウが武志に迫る。…そして、

ズバ!!

その手に風の刃が現れて武志を襲う。

「こなくそ!!」

武志はなんとかそれを避ける、しかし…

「まだまだよ? 坊や」

風の刃の高速連撃が武志に向かう。
武志はそれを避けることしかできなかった。

「武志!」

潤が武志の援護をしようと、前に出ようとする。
しかし、

「潤! こいつは俺一人で十分だ! 娘を助けてくれ!!」

そう武志は叫んだ。
潤はすぐに判断した。

「わかった!!」

武志のその言葉に、意識を切り替えた潤は、娘を抱えている男の方に駆ける。

「あらん? そっちの坊やはお呼びじゃないんだけど?」

そう言ってため息をつく男。
それに構わず、潤は…

…あとじさった。

ドン!!

さっきまで潤がいた方の地面が円形に抉れている。

「あら。こっちの坊やは察しがいいのね」

そこに、もう一体の鬼神がいた。
それは、小学生ぐらいの少年だろうか?
ボールギャクをかまされ、全身をボンテージに包んだ少年。
それが、手から火球を飛ばしたのである。

「ハクホウ…いい子ね」

そう言って男はにやりといやらしく笑う。

(これは…この感じ…)

「あなた…鬼神使いですか?!」

その言葉を聞いた男は笑みを強くして…

「見た目は好みじゃないけど…察しのいい子は好きよ」

そう言ってウインクした。

「…ならば」

潤はすぐに判断して印を結ぶ。
そうして、鬼神を呼ぼうとした時、男は言った。

「あら…そんなことしていていいのかしら? あっちの坊やは心配じゃないの?」

「武志?」

その男の強い笑みを見て、はっとして武志の方を振り返る。
当の武志は、クロウ相手に普通に善戦しているように見えるが…

「クロウ…自爆なさい」

そう、笑いながら男は言ったのである。

「武志!!!」

巨大な爆発が起こるのと、潤が叫ぶのは同時であった。

ドカン!!!

爆発がビルの壁を震わせる。
…そして、その後に残ったのは。

「う…ぐ…」

片腕を吹っ飛ばされて、全身黒焦げにされて呻く武志であった。

「武志!!」

潤は思わず武志に駆け寄る。
その足が、何かを踏んだ。

「!!」

それは、武志が妹に買ったプレゼント。
それはもはや、原形をとどめておらず…

「ホホホホホ!!! いいわ!!
好みのオトコが痛みに呻くさまは、本当に股間にクるわね!!!」

そう言って男は武志をあざ笑った。

「おまえ!!!」

潤が男にそう叫んだとき、男はすでにその場にいなかった。

「?!」

「ホホホ…。ごめんね坊やたち、あたしあなた方と遊んでる暇がないの。
今度…生きていたら遊んであげるわね?」

男の声だけがビルの壁に反射していた。

「く…」

潤は悔し気に唇をかむ。

「じゅ…ん」

不意に武志が潤を呼ぶ。

「武志!」

「俺は…いい。あの娘を…あの男を追いかけろ」

「で…でも!」

「大丈夫…俺は…鬼族だ…。こ…の程度で…は死なん…」

そういう武志はとても痛々しくて。

「でも…」

「潤!!」

不意に武志が叫ぶ。

「お前はなんだ!!」

「…」

「お前の今できる仕事をこなせ!」

潤は…決意の表情で立ち上がる。

「救援は読んでおくから…、それまで絶対…絶対死なないでよ?」

「ふ…俺を誰だと思ってる?」

「うん…」

その言葉を聞いて、潤は後ろ髪を引かれる想いでその場を走り去った。
それを見送った武志は…

「…大丈夫…さ。妹を…一人にするわけにも…いかんからな…。それに…」

潤が去っていった方向を見つめながら呟く。

「それに…。お前が泣くのを…これ以上見たくは…ねえ…」

その言葉を最後に、武志は意識を失った。


-----------------------------


兵庫県姫路市その北に広がる山間部、
その山奥の森のなかに、隠れるように西洋風の屋敷が立っている。
壁の至る所に蔦が絡まり、年代物だと分かるそこそこ大きな屋敷である。
その屋敷の一室で、その女性は捕まっていた。

「…」

さるぐつわをかまされて、両腕を天井からつるされたロープに括り付けられ、ゆっくりとぶらぶら揺れている。

『ふふふ…どうかしら? ボニート…今日の食事はとても美味しそうでしょ?』

…そう、闇の向こうで声がする。
それは綺麗なイタリア語で、捕まっている女性は何を言っているか理解できなかった。

『…』

カラカラと車輪の回る音がする。
闇の中から、車椅子に座った男と、その車椅子を押す女が現れる。

「…!」

その女の目は、赤く…血のように赤く輝いている。

『大丈夫よボニート…。すぐに鎌田が、食事の追加を持ってくるわ。こっちは遠慮なく食べてしまっていいのよ?』

『…』

女のその言葉に、ボニートと呼ばれた男は答えない。
女は一瞬目を細めて…

『ああ…ボニート…私の愛しい貴方…。あいつ等さえ…人間どもさえいなければ!!』

吊るされた女性を睨み付けてそう叫んだ。
そして…

『大丈夫よボニート!! 私があなたに呑ませてあげる!!!』

その女…アルベルタはその鋭い牙をむいて、吊るされた女性の首に突き立てた。

「!!!!!!!!」

吊るされた女性は必死に足掻く…しかし、

『ああ!!! おいしい!!!! 最高だわ!!!!!』

そのまま、どんどん干からび皺くちゃのヒトガタになって絶命した。

『さあボニート…』

そう言ってアルベルタは、愛しいボニートに口づけする。
その瞬間、ボニートがカッと目を見開いた。

『ああ!!! ボニート!!!! 愛しい人!!!!! 大丈夫、私がきっと!!!!!』

そのボニートの頬を愛し気に撫でるアルベルタ。
しかし、すぐにボニートは目をつむって動かなくなる。

『…ボニート。大丈夫よ…今は御眠りなさい』

アルベルタは優し気に微笑んだ。
…と、そんな時

「あら? 濡れ場はもう終わりかしら?」

そう言って、部屋に入ってくる男がいた。
女性を肩に担いだ男…先ほどの戦いの鬼神使いである。

『鎌田…。部屋に入るときはノックをしてっていたでしょう?』

「あらごめんなさい。『愛しいあなた』との濡れ場を邪魔しちゃ悪いって思って」

そう言ってにやりと笑う。

『ふん…。別にいいのよ? 私の好みではないけど…貴方の血を吸い尽くしても』

そう言って男…鎌田を睨むアルベルタ。
それに対し鎌田は…

「きゃーこわ~~~~い。殺されちゃうわ~~~~」

そう言って大げさにおどけて見せた。

『…』

アルベルタは鎌田を今にも喰いつきそうな形相で睨む。

「まあまあ…あなたと私は手段が同じ…。目的はどうあれ…ね。
諍いはナシにしましょう?」

そう言ってくねくねと身をくねらせる。

『…わかっているわ。あなた方の目的なんてどうでもいい。ボニートさえ帰ってくるなら…』

「ふふ…そうそう。それでいいのよ?」

…と、不意にアルベルタが目を細める。

『それはそうと…貴方…。後をつけられたみたいね』

「あら? そう?」

特に気に留めた様子もなくそう答える鎌田。

『ふん…何を考えているの? まさか…』

「やーね。ちょとうっかりしてただけよ?
殺して来ればいいんでしょ?」

そう言って、その場に女性をほおって部屋を出ていく鎌田。

『ふん…赤き血潮の輪の結社(レッドリング)ねえ…どんな組織でも、私には関係ないわ…
邪魔するなら殺すだけよ…あの街の人間どものようにね』


-----------------------------


アルベルタ=メイエとボニート=メイエ。彼ら夫婦は、イタリアの片田舎で、吸血鬼として慎ましやかに暮らしていた。
その生活は穏やかなもので、子供はいなかったが笑顔に満ちた幸せそのものの生活であった。
あれが起こる前までは…

「ボニート!! ボニート!!!!」

アルベルタはボニートの眠る棺桶に縋り付いて叫ぶ。
ボニートは…その胸には深々と白木の杭が打ちつかられている。

「ボニート!!!!! なぜ?! 私たちは穏やかに暮らしていただけなのに!!!!!」

それは突然起こった。
彼らの住む屋敷のすぐ近くの町の者が、ボニートの寝込みを襲ったのである。
その時、アルベルタはちょうど外食に出かけていて…

「ああ!!! 許さない!!! 人間ども!!!!!」

穏やかな…笑顔に満ちた生活は人間によって壊された。
だからアルベルタは…

「皆殺しにしてやる!!!!!!!」

その夜、その街は一人の真祖吸血鬼によって壊滅した。


-----------------------------


その事件ののち、世界魔法結社(アカデミー)に追われる身となったアルベルタは、辛くも生きていたボニートとともに逃亡生活を送っていた。
そんな彼女らに声をかけたのが、赤き血潮の輪の結社(レッドリング)だったのだが…
その組織は、その目的などは語らなかった。アルベルタ自身それはどうでもよかった。

(裏切るなら…殺すだけだわ…)

なにせ自分は、世界でも最強クラスの真祖吸血鬼である。上位の魔法使いですら返り討ちになるほどの。
あの鎌田…鎌田重利(かまたしげとし)がどれほどの使い手であれ、自分にかなわないという確たる自信があった。

『さて…』

アルベルタは、その場にほおておかれた、意識のない女性を見た。
あり得ないとは思うが、鎌田が倒される可能性はあるだろう。
今のうちに食事をして、力をつけておこう…
アルベルタは、舌を出して唇をなめた。


-----------------------------


「あら? 坊や追いついてきたのね?」

そう言って、屋敷への侵入者を迎える鎌田。それは…

「あの女性を…返してください」

それは矢凪潤であった。その傍らにはシロウがいる。

「あら…犬の鬼神ね。道理で追いつけない速度で走ったのに、追跡されるわけだわ」

潤は鎌田の様子をうかがう。女性を抱えていないということは、この屋敷のどこかにいるのだろう。

「ふふふ…。ダメよ? あの子はアルベルタの大事な食事なんだから。返さないわよ?」

アルベルタという言葉に反応して潤は…

(こいつのほかに誰かいる? 急がないとまずい!)

そう考えてすぐに拳を構える。

「あっちの好みの坊やでないのは残念だけど…まあいいわ。
遊んであ・げ・る…」

そう言って鎌田はその身をくねらせるのであった。


-----------------------------


潤と鎌田、二人はしばらく睨みあい牽制し合う。その停止状態を初めに破ったのは潤であった。

「はあ!!!!!」

一気に間合いを詰めて拳を一閃させる。

「ホホホ!!! いいわよ!! 積極的でいいわ!!」

その拳を掌で受けた鎌田は、そのまま潤の腕をつかんで、力任せに上空へとほおり投げる。しかし、

「シロウ!!!」

一瞬でシロウが潤のすっ飛ばされた方向に現れる。
それを潤は足場にして、鎌田に向かって蹴りを一閃させた。

「あら?!!」

潤の蹴りは、見事に鎌田にクリーンヒット、鎌田はその後方十数メートルまで吹っ飛ばされた。

(天狗法の身体強化も込めた蹴り。今ので決まっては…いない)

潤は素早く地面に着地すると、一気に加速地面に倒れた鎌田に躍りかかる。

「クロウ…」

しかし、鎌田のその呟きとともに、カラス頭の男が現れ…。

「く!!!」

潤はそれを認めると、クロウから離れるようにあとじさる。
その合間に鎌田が立ち上がってきた。

「う~~~ん。やるわね坊や…。びっくりしちゃったわ」

口元から血を滴らせながら、不気味に笑う鎌田。

「戦況を見極める目もなかなかね。私が今ので倒されていないと理解した」

…でも、と鎌田はつぶやく。

「調子にのんなよ餓鬼が…」

さっきまでの鎌田とは打って変わって、凶悪な表情になりドスの利いた声で喋る。

「オンアロマヤテングスマンキソワカ」

<天狗法・烈風怒涛(れっぷうどとう)

鎌田は印を結んで呪を唱える。その筋肉が一気に膨れ上がる。

「行くぞ餓鬼…」

「!」

それはまさに烈風。一瞬で潤の前から消えた鎌田が、その背後に立ちまわし蹴りを一閃させたのである。

「がああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

潤は両腕でなんとかそれを受けようとするが…、そのまま上空に吹っ飛ばされてしまう。

「踵落としよ(笑)」

その潤の傍に一瞬で到達した鎌田は、脚を頭上高く振り上げて一気に落とす。

ドゴ!!!!

「ぐが!!!!!!」

潤はそのまま地面に向かってすっ飛んだ。

ドン!!!!

潤の体が地面に激突してそれを抉り、土煙がもうもうと立つ。

「ほほほ…ちょっとやりすぎちゃったかしら?」

地面にすとんと着地した鎌田は、元のオネエ口調に戻って笑う。…しかし、

「オンキリキリ、オンキリキリ、オンキリウンキャクウン」

土煙の向こうから響いてくる、その呪文を聞いて笑いをやめた。

「ぬ? 坊や?」

<蘆屋流真言術・不動縛呪(ふどうばくじゅ)

「ぐう!!!」

鎌田は、そんな呻き声を上げてその場に縛られた。

「あ…ら…、結構効いたと思ったのに…なかなかしぶといわね坊や」

縛られたままそう言う鎌田。

「いえ…。かなり…ギリギリですよ正直…」

そう言って土煙の中から現れたのは、不動縛呪の印を結んだ潤である。

「直接戦闘では…。多分…間違いなく…あなたには勝てないようです」

そういう潤の口から、大量の血があふれている。

(内臓を…やられた…)

かすかに呻きながら、なんとか呪を維持する潤。

「だったら…これからは…」

「そうですね…」

その次に思ったことは、二人とも同じであった。

((鬼神でやり合う…))

二人とも身動きが取れない…ならば、鬼神使いにできることは一つである。

「シロウ…、かりん…」

まず潤が鬼神を呼ぶ。そして…

「クロウ…、ハクホウ…」

次に鎌田が鬼神を呼んだ。

「あら…何か私たちの鬼神って似てるわねえ」

そう言って薄く笑う鎌田。それに対し…

「全然似ていませんよ」

潤がそう返す。
こうして、二人の鬼神使いの、鬼神を使った攻防が始まったのである。


-----------------------------


『ああ…ほんとおいしそう』

アルベルタは、意識を失った女性をその腕に抱えて、その首に指を這わせていた。

『貴方はこれから私の食事になる…血肉となって私を支えるのよ?
幸福でしょう?』

そう言って、アルベルタは牙をむく。そしてそのまま…

チチチ…

不意に窓から小さな蝙蝠が入ってくる。

『なに?』

自分の周りを飛び回って、まとわりついてくるその蝙蝠を振り払うと言った。

『私の邪魔をするのは誰?』

その言葉に呼応するように、窓に人影が降り立つ。

「失礼…signorina」

『フフフ…冗談にしては失礼ね』

「おや? 『お嬢様』は失礼ですか?」

『わたしは夫の妻であることに誇りを持っていますから…』

「おやおや…それは失礼。ではSignora…。
ここで…」

その人影は紳士的に笑うと言った。

「死んでいただけますか?」


-----------------------------


「クロウ! ハクホウ! あの坊やを殺しなさい!!」

鎌田の鬼神、カラス頭の男・クロウと、拘束具の少年・ハクホウが飛翔する。

「シロウ! かりん!」

潤がそう言うと、シロウはクロウに、かりんはハクホウに対して迎撃に向かう。
両者がガチ合う。

「ホホホホ!!!! あたしと坊やの格の違いを教えてあげるわよ!!!」

そう言って鎌田は…

「ハクホウ!!! 自爆よ!!!!」

…そう命令を下す。

「な?!」

次の瞬間、凄まじい閃光とともにハクホウが爆発する、かりんはそれにマトモに巻き込まれて消滅、その爆風はシロウたちが戦う場所にまで届いた。

【く!!!】

シロウが爆発に巻き込まれて地面を転がる。

「今よクロウ!!!!!」

クロウは半ば爆発に巻き込まれて、体を焦げさせながら潤の方へと飛翔する。

【主!!!!】

シロウはなんとか体勢を立て直してクロウを追う。

「遅いわねえ!!! クロウ自爆よ!!!!」

その言葉とともにクロウが爆発した。潤はその爆発に巻き込まれてしまう。

「うわああああ!!!!!」

そのまま爆風で転がる潤。それによって不動縛呪の印を解いてしまった。

「ホホホホ!!!!!!」

体の自由を回復した鎌田は、一気に潤へ向かって駆ける。その拳が一閃された。

「く!!!」

【主!!!!】

何とか爆発に巻き込まれないでいたシロウが、その凶撃から潤を守る。

ドン!!!!

その凶悪な一撃でシロウは消滅した。

「ホホホ!!!! まだよ坊や!!!!」

鎌田が、その足を頭上へと振り上げる。また踵落としをするつもりだ。
…と、その時

【お兄ちゃん!!!!】

消滅から復帰したかりんがその手から炎を放つ。

火炎燐(かえんりん)!!!!】

「ち…うざいメス餓鬼ね!!!」

鎌田は踵落としを中断してあとじさる。そして、

「ハクホウ!!! 何してるの?!」

そう叫ぶ。すると、ハクホウが消滅から復帰して…

「ハクホウ!!! そのメス餓鬼を捕まえなさい!!!!」

そう命令したのである。

【?!!】

ハクホウがかりんに躍りかかって捕まえる。

【放して!!!】

それを何とか振りほどこうとするかりん。しかし、

「邪魔なのよ…メス餓鬼が!!!」

そう言って、鎌田がその拳を一閃させた。

「な?!!!!」

それは、潤にとっては信じられない光景であった。

【う…く…】

鎌田の拳が、かりんをハクホウごと貫いている。たまらずかりんとハクホウは消滅する。

「あなたは!!!!! なんで?!!!!!」

潤はなんとか体勢を立て直して叫ぶ。それに対し鎌田は…

「あら? なあに?
もしかして、あたしの戦い方が気に入らない?」

そう言って笑う。

「別に…自分の鬼神ごと消滅させる必要なんて…」

「別に? あたしは最も確実な方法をとっただけよ?
そもそも、坊やも鬼神使いなら知っているでしょ?
使鬼は主人であるあたしたちが無事なら、特別な状況でない限りいくらでも復活できるって」

「でも!!!」

自分の言葉にしつこく食い下がる潤に対して、蔑むような表情になって鎌田は言った。

「バカねあなた…使鬼にも痛みがあるとか、心があるとか、下らないこと言うつもり?
そもそも、命がけの戦闘の中で、卑怯だの卑劣だのバカの戯言ね?」

「く…」

鎌田の指摘はその通りである。そもそも自分たちは、正々堂々の試合をしているわけではない。命がけの戦闘をしているのだ。そんな中で使鬼の心配までするのは、あまりにも状況が悪すぎる。
潤は反論できずに唇をかんだ。

「ホホホ…そんなじゃあたしには一生勝てないわね。
そもそも呪術師としての年期も違うのに、そんな甘い考えであたしに勝とうなんて、十年早いんじゃなくて?」

(僕は…)

潤はその鎌田の言葉に反論できなかった。しかし、どうしても納得が出来なかった。

「さあ…坊や。貴方の馬鹿さ加減が理解出来たら、その場で死になさい?」

鎌田は潤をあざ笑いながら拳を振り上げる。その時、

【主!!!】

シロウが消滅から復帰した。

「ち…」

その姿を認めると、鎌田は舌打ちしながら後退する。

【主よ無事ですか?】

「ごめんシロウ…僕は大丈夫だ」

そう言ってシロウに捕まって立ち上がる潤。

「シロウ…僕は…」

【主…】

潤の思いつめた様子に、何かを察するシロウ。

【主よ…我々は、主の使鬼です…だから、どのような命令でも気にしません】

そう言って潤を見つめた。

「うん…」

何かを決心した様子で潤は天を仰ぐ。

【お兄ちゃん…】

かりんも復帰してきて潤の隣に立つ。

「ならば行こう…」

そう言って潤は鎌田を睨み付けた。

「ホホホ!!!! あら? あたしに勝つための作戦会議でもしたのかしら?
でも、そもそも戦闘経験が段違いの坊やがあたしに勝てるかしらね?」

「それでも、僕は…貴方に勝ちます」

「フン? やっと本気で戦う気になったってところかしら?
いいわよ!! どんな卑劣な手でも使ってきなさい!!!」

そう言って笑う鎌田。その傍にクロウとハクホウが帰ってくる。

潤と鎌田の、最後の攻防が始まった。

初めに動いたのはクロウである。そのまま一直線に潤へと殺到する。それを迎撃したのは…

【ここは通さないよ!!】

かりんであった。

「なるほど! 属性の優劣ね?! 木行のクロウは火行のメス餓鬼の力を強化してしまう!」

その通り、これを五行相生と呼ぶ。

「でもバカね!!! そんなことあなたも同じでしょうに!!!」

その言葉とともにハクホウが飛翔する、それを迎撃するのは…

【主!! お任せください!!!】

シロウであった。

しかし、このままだと…。

「ホホホホ!!! 坊やが少しは考えたようだけど!!
確かに今の状態でクロウを自爆させても、メス餓鬼はなんとか生き残るわねえ!!!
それで自爆を封じたつもりならバカの極みよ?!」

そう言って鎌田は、ハクホウの方を見る。

「ハクホウ!!! やりなさい!!!!」

鎌田のその命令に呼応して、その手に火球を生じさせるハクホウ。
シロウは、射出されたそれを辛くも避ける、しかし…

「隙あり(笑)」

ドカン!!!

一気に駆けてシロウに迫った鎌田の蹴りがシロウにクリーンヒットする。
その一撃でシロウは消滅した。

「坊やとあたしには戦闘能力に明確な差があるってわかっていなかった?」

「く…」

潤は悔し気に唇をかむ。
不動縛呪で縛っていた間ならまだしも、鎌田が自由に動ける現在では、自身の戦闘能力の弱さが致命的になっている。

「坊や…さっきあたしにやられたダメージも丸々残ってるでしょ? 全く動けないものね?」

「…」

潤はそれには答えない。しかし、口から大量の血を吐き出し、お腹を押さえて呻いている姿を見れば一目瞭然と言える。

「ほほほ!!! ハクホウ!!! あんたはクロウと一緒にメス餓鬼を止めなさい!!!
あたしは、このまま…」

その瞬間、鎌田が凶悪な顔になる。

「坊やを殺すわ!!!!!」

鎌田が一気に加速する。

「く!!」

潤はよろよろと、鎌田から遠ざかろうとする。しかし、その動きはあまりにも緩慢すぎる。

「これでおしまいよ!! 坊や!!!!」

鎌田の、必殺の蹴りが一閃される。その一撃を喰らえば、潤は胴から真っ二つにされて絶命するだろう。
その瞬間、

【主!!!】

何とか消滅から復帰したシロウが割って入る。

「バカが!!!!!!! あんた程度が壁になっても防げるか!!!!!!!」

鎌田はかまわず蹴りを一閃した。

ドン!!!!!

凄まじい轟音がその瞬間響く、それは鎌田の蹴りによるものではなかった。

「な?!!!」

鎌田は絶句した。さっき復帰したシロウが、潤に対して風呪を叩きつけたからである。
風呪を受けて後方に吹き飛ぶ潤。それは地面に転がって止まった。

「ホホホホ!!!! 馬鹿な鬼神ねあなた!!! あたしに蹴られて絶命するより、自分で吹き飛ばして生かす方を選んだってわけ?!」

【く…】

「でも…無駄ね」

その瞬間、鎌田の蹴りが一閃される。シロウはそれで消滅した。

「坊や? あたしから受けたダメージと…そして、自分の使鬼から受けた風呪…。その双方を受けて、もうまともに動けないでしょ?」

「…」

潤は転がったままピクリともしない。

「緊急回避のつもりだっでしょうけど、バカな使鬼を持ったわね?」

鎌田は拳を握ると一気に駆ける。

「またあのバカ犬がよみがえってくる前に殺してあげるわ!!!!」

【お兄ちゃん!!!!】

クロウとハクホウに囲まれて、動けないかりんが悲鳴のような叫びをあげる。
でも、それで鎌田を止めることは不可能だった。

「ホホホホ!!!! さよなら!!!!! 馬鹿な坊や!!!!!!!」

その拳が一閃された。

……………

………



森に静寂が訪れた、潤は…

「な…んとか…、成功」

生きていた。

「な?!!!!!!!!!!!」

潤は血反吐をしこたま吐きながらも、その両手で印を結んでいた。その印は…

<蘆屋流真言術・不動縛呪(ふどうばくじゅ)

「不動縛呪だと?!!!!!!」

「はい…その通り…です」

「く…あんたなんで?」

「そんな…にダメージを受けて…いないのかって?」

そう、潤はシロウの緊急回避的風呪に吹っ飛ばされて致命傷を負っているはずだ。
しかし、今の潤は、さっきより多少はダメージを受けた様子はあるが、意識を保ち普通に呪を発動できている。

「当然で…すよ。初めから…風呪で回避するのは…想定内ですから」

「な?!」

「それに、僕とシロウでお互いに風呪を調整して、少しダメージを受ける程度で留めたんです」

「そんなこと…あの一瞬で?」

「ええ、まあ、いつも一緒ですからね。このくらいの連携はできますよ」

「く…」

鎌田は悔し気に潤を睨む。

「でも…」

「でも?」

「これは、あんたがダメージを少なくないダメージを負って振り出しに戻っただけよね? 今あたしの使鬼を呼び戻せば…」

「その使鬼…どこにいます?」

「え?」

その潤の言葉を聞いて鎌田はやっと気づく。自分の使鬼との繋がりが消えていることに。

「え? え?」

…と、不意に自分の背後に何者かが降り立った。

「クロウ? ハクホウ?」

それは確かにクロウとハクホウだったが…。
それは、明確に鎌田に敵意を向けていた。

【はい! お仕事終わり、どう? お兄ちゃん】

「ありがとう、かりん…助かった」

【うん!】

鎌田は現在の状況がつかめていない。なぜ、自分の使鬼が自分に敵意を向けているのか。

「僕の呪をかりんが使って、あなたの使鬼との繋がりを一時的に消しました。
まあ、十分ぐらいすれば元の状態に戻るでしょうが…。
そのぐらいの時間で十分のようですね、彼らにとっては…」

「!!!!!」

…そう、鎌田との使鬼としての繋がりが消えたということは、その支配から脱して自由になったということであり。

「相当恨まれているようですねあなた…」

まあ、扱いを考えれば当然ともいえるが…

「ま…待ちなさいクロウ! ハクホウ!」

そう言って狼狽えた顔で叫ぶ鎌田。

「ちょっと!! この縛呪を解いて!! そうしないとあたしこいつらに!!!」

「ごめんなさい…それはできません。僕はそろそろ限界なんで…」

【そもそも、あんたがあんな扱いを使鬼にしてこなければ、こんなことにはならなかったんでしょ?】

かりんが横から鎌田に向かって言い放つ。

「うぐ…」

【じごうじとくって言葉知ってる?】

かりんの言葉に鎌田は反論できない。
潤は印を結んだまま、立ち上がって言う。

「あなたが使鬼のことをどのように考えているかは知りません。
でも、僕は使鬼はともに命を分け合う…
『絆』で結ばれた仲間だと思っています。
…だから、きっと僕とあなたの鬼神は…

『似ていません』…」

「はは…そうね…その通りのようだわ」

鎌田はすべてを悟った様子でうなだれる。

「それに…
大丈夫です…
死にかけるくらいで止めさせますよ」

そう言って潤はにこりと笑った。
次の瞬間、森に鎌田の悲鳴が響き渡った。


-----------------------------


森の奥の西洋風の屋敷、そこの中を潤は必死に駆けていた。
口からは血があふれ、腹を押さえながら呻いているが、そんなことは気にしていられない。

(急がないと…あの女性が…)

残してきた武志との約束、絶対果たさなければならない。
さらわれた女性を救うのだ。

潤が窓際の通路を駆けていた時にそれは起こった。

ガシャン!!!!!!!

不意にガラスが割れる激しい音が響く。
潤は何かを悟ってそちらに駆ける。一つの部屋に到着した。

「?!!!」

そこは、明かりのないくらい一室、その部屋の窓は見事に砕け散って、ガラスが床に散乱している。
…そして、その部屋には

「…」

部屋の中央に立っていた長身の人影が、不意にこちらに顔の半分を向ける。
潤はとっさに部屋の扉の陰に隠れた。

(…とっさに隠れちゃったけど。あれがアルベルタ?)

潤は意を決して隠れている扉から出る。
しかし、

「?」

もうその部屋には人影は影も形もなかった。

「!!!」

潤はその部屋にもう一人倒れている人を認める。それはあのさらわれた女性だった。

「大丈夫ですか?!」

潤はそう言って女性に近づいて、その安否を調べてみる。

(ふう…大丈夫だ。眠っているだけだ…)

その女性には特に何の害も与えられていなかった。

(じゃあ今いた人は?)

…と、その時、外の森の方から何やら叫び声が聞こえてきた。
急いで潤はそちらに駆けて行って様子を見る。
そこには…

『く…! よくも食事の邪魔をしてくれましたね! ヴァンパイアハンターの下僕風情が!!』

そう叫ぶのは、車椅子を引いた外国人の女性。
その動きは、かの鎌田にも匹敵するものだが、車椅子の上の男性を落とさずにうまくその敵対者を捌いている。

「はははははは!!!!! わしはアークの下僕ではないぞ!!! 性奴隷じゃ!!!!!!!」

そう言って日本語で叫ぶのは。頭から黒いコートをすっぽりかぶった外国人の少女。
手の鉤爪を剣のように伸ばして、車椅子の女性を切り刻もうとしている。

「ちょっと…そういうことを人前で言わないでくれますか? 僕が変態だって思われるでしょうに」

不意にそう言った声が足元の方から聞こえてくる。
屋敷の壁を背に一人の長身の男が立っていた。
その男は年のころは30代前半ぐらいに見えるだろうか?
金髪碧眼で、顎に少し髭を生やしている外国人の男性。
その顔には人のよさそうな笑顔が張り付いている。

『ち…、まさかこうも速く追いつかれるとは…。あの鎌田(バカ)が足の着くさらい方をしてきたのかしら?』

「ははは!!!! 馬鹿はお前だ!! そもそも相手の組織の目的も理解せず信用するなんて…。
ほんとバカじゃないのか?!!!」

『信用なんてしていません。裏切れば殺すだけですから』

「そういう所が、世間知らずのバカっていうんだ!!!! 田舎の真祖吸血鬼風情が!!!!」

『ぐ…』

車椅子を引いた女性…アルベルタは憎々し気に牙をむく。
その視線をコートの少女…リディアは軽く受け流す。

「これは…」

それは、潤にとって信じられない光景だった。とっさに霊視した今ならわかる。

(ヴァンパイア同士の戦い? 仲間割れ?)

そう…、目の前で戦いをくリ広げているアルベルタとリディアはともにヴァンパイアだ…
それも、蘆屋八大天魔王に匹敵する妖力を秘めた。

『こうなったら…いいですわ。相手をしてあげます小娘』

そう言ってアルベルタは車椅子の手を放す。すると車椅子を守るように雷の壁が現れた。

「ほう…本気になったかババア」

『愛しい貴方…。すぐにこの小娘を八つ裂きにします…。それまでそこで待っていて?』

そういってアルベルタはリディアと対峙した。

「ふん…お前がわしを八つ裂きにできるかの?」

『できますわ…貴方…まだ二百歳にも満たないでしょう?』

「そうじゃ! わしはお前と違ってまだまだ若い美少女じゃからのぅ?」

リディアはそう言って楽しげに笑う。
アルベルタは一瞬憎々し気に顔を歪めると、今度は青年…アークトゥルスの方に向き直る。

剣士(セイバー)…アークトゥルス…。別にあなたも一緒にかかってきてよくってよ? 人間風情一人増えてもわたくしの相手ではありません』

「そうかい? それじゃあ…」

アークトゥルスはその背中の巨大なバッグを地面に置く、そしてその中から二振りの剣を取り出した。

(?!!!)

潤はそれを覗き見て驚愕した。その剣は…

一振り目は曲刀…日本刀である。その刀身にはすさまじいまでの神聖な気が宿っている。
もう一振りは直刀…西洋のバスタードソード。それからは禍々しいまでの妖気が溢れている。
少しだけ目を細めてアルベルタは言う。

『ほう…それが、あの鎌田が言っていた、光明とグレイヴアッシュ?
曲刀と直刀に二刀流…。聖剣と魔剣の二刀流…』

「ああ…この剣の事、鎌田から聞いたのかい? じゃあ僕のことは?」

『聞く必要があって? ただの剣士…ただの人間がわたくしたち真祖吸血鬼に勝てるわけがないですもの。
たとえその得物がどれほどのモノでもね?』

そう言ってアルベルタは嘲笑う。アークトゥルスは頭をかいて苦笑いした。

「そうだね…。僕はただの剣士だからね…。剣士(セイバー)って呼ばれてるのは、僕が本当にそれしかできないからだし」

『あら謙虚なのね…。いいわよ? じゃあ、この目の前の小娘を殺したら、貴方は私の下僕吸血鬼(スレイヴヴァンパイア)にしてあげるわ』

「そりゃ…。褒められたと思っていいのかな?」

そう言ってアークトゥルスはだらしなく笑う。それを見てリディアは…

「何を言っておる御主人!!! わし以外の女にデレデレするでない!!!」

そう目を怒らせて叫んだ。


-----------------------------


その時、潤は窓の陰に隠れながら、これからどうすべきか決めあぐねていた。
目の前には強力な吸血鬼達、このまま放置したら、ここら一帯がどうなるかわかったものではない。
それに…

(あの、コートの二人組…。
コートに描かれた紋章は確か『世界魔法結社(アカデミー)』の?)

以前、土御門咲夜さんに見せられたことがあるのだ。
ならば、彼らは世界魔法結社(アカデミー)の関係者で、おそらくそれと敵対している者たちは…
席番剥奪者(ロストナンバーズ)』か、それに類する犯罪者か?

(じゃあ…彼らは敵じゃない?)

とりあえず…今は出られない。助けた女性を無事に届けなければならない。
仕方がないので、潤は懐のスマートフォンを取り出した。


-----------------------------


潤がスマートフォンで真名に連絡を取っていたその時、森では…

「御主人…。この戦いに手を出すな」

「え? でも…」

リディアのその言葉に、アークトゥルスは困惑した表情で返す。

「このババアはわしが殺す!!」

そう言ってリディアは一気に目の前のアルベルタへと駆けた。

『あら? 怒ったのかしら? 小娘?』

「わしの御主人に色目を使いおって!!」

リディアは目を怒らせながら鉤爪を振るう。

『フフフ…可愛いわね。御主人様をとられると思ったの?』

「御主人は貴様にはやらん!! わしとただれた性生活をこれからもおくるのじゃ!!!」

そのリディアの言葉に、突っ込みを入れたのはアークトゥルスである。

「だから!! 僕は君とそんなことしてないからね?! 誤解されるようなこと言わないで!!」

その姿を見てアルベルタは笑い声をあげる。

『あはははは!!! ほんとおかしな主従ね!! そこの人間のどこに、そんな惹かれる要素があるのかしら?』

「貴様にはわからぬよ!!!!」

リディアはそう叫んでアルベルタに向かって一気に加速した。その鉤爪がアルベルタに迫る。

『ふ…』

アルベルタはその一息とともに、その身を霧に変じる。鉤爪はその中をすり抜けた。
そして、すぐさまリディアの背後で実体化すると、伸ばした鉤爪を振るった。

「おっと!!!」

それを辛くも開始するリディア。
すぐに、その場から後退して間合いを空ける。

『ふふふ…』

にやにやとリディアを見つめるアルベルタ。リディアは…

「ち…気持ち悪いのう。薄ら笑いするでないわ」

そう言って顔を歪める。

「フン!! まだ戦いは終わってはおらんぞ!!!」

そう言ってリディアはアルベルタに向かって駆けた。その鉤爪が閃く。

『ふ…』

再びアルベルタは霧になってその攻撃を回避する。しかし…

「sigelradhagall wirdwirdwirdwirdwirdwird…」

<ライトニングボルト>

一瞬でリディアが呪文を完成させて、その雷光で霧を打ち据える。

『くあああ!!!!』

悲鳴を上げながらアルベルタが実体化する。そこをリディアの鉤爪が一閃した。

ズバ!!!!

アルベルタの体が上半身と下半身で泣き別れになる。

「ふん!! どうじゃババア!!」

『ち…オノレが!!!』

その姿でも生きていたアルベルタが、上半身・下半身共に飛行して、リディアから離れていく。
しかし…

「ほれ!! 追撃じゃ!!!」

リディアは一気に加速。アルベルタに追いついてしまう。

『私を甘く見るな!!!!!!』

上半身だけのアルベルタがそう叫んで、その妖気が一気に森中に広がる。

「!?」

その瞬間、リディアの動きが止まった。
…それもそのはず。リディアの脚に、土の中からでた腕が数本絡みついていたのである。

「ぬう?!」

リディアが驚きの声を上げると同時に、地面からボコボコとヒトが現れる。それは、皺くちゃで干からびた女性たち。

死吸血鬼(レッサーヴァンパイア)か!」

そう…それは、アルベルタによって血を吸われ絶命した犠牲者たち。その亡骸はアルベルタに操られるゾンビと化すのである。

「く!! 放せ!!」

リディアはその腕を振りほどこうともがく。しかし…

『無駄よ? レッサーヴァンパイアは、動く死体とはいえヴァンパイアとしての基本能力を持ている。半端モノの貴方では振りほどけないでしょ?』

「なに?」

アルベルタのその言葉にリディアが顔を歪める。

『さっきの戦いで分かったわ…。貴方…ヴァンパイアとしての能力をほとんどなくしてるわね?』

「何を言って…」

『ごまかしても無駄…。さっき、私があなたを鉤爪で攻撃したとき、霧になって回避して反撃することも出来たのに、それをしなかった…。なぜかしら?』

「く…」

そのアルベルタの言葉にリディアは悔しそうな顔をする。

『もともと持っていない半端モノか、あるいは封印されているのか? そんな程度でよく私を殺すなんて言えたわね?』

「貴様なんぞ、今のわしで十分じゃわい!!」

そう言って強がって見せるリディア。しかし…

『その強がりがどこまで続くかしら?』

ボコボコと、地面から数十体ものレッサーヴァンパイアが現れる。
リディアは動けない上に、レッサーヴァンパイアどもに囲まれてしまっていた。

「ち…」

悔しげに舌打ちするリディア。
それに対してアルベルタが嘲笑って言う。

『あなたは腐っても真祖吸血鬼しょ? 真祖じゃわが下僕にはできないから…このまま八つ裂きにしてあげるわね』

そう言ってアルベルタが、レッサーどもに攻撃命令をしようとした時…

「はい…そこまで…」

いつの間にかアークトゥルスがリディアの傍に立っていた。

『?!(バカな! いつの間に?!)』

驚くアルベルタに、さらに驚く瞬間が訪れた。

『な!!!!!』

その場にいる数十体のレッサーヴァンパイア、そのすべてから頭部が失われていたのである。
そのまま崩れ落ちて土にかえるレッサーヴァンパイアたち。

『今のは…貴方がやったのかしら? 剣士(セイバー)…』

「まあ、そうだね」

『そう…(確かに私はあの小娘どもを注視してたはずなのに…見えなかった…)』

それは恐るべき剣技…。
その場にいる数十の敵の首を、注視している者にすら気づかれずに切り飛ばしたのである。

『…(剣圧による遠距離攻撃? 目に見えない速度での超スピード? あるいは透明化?)』

そう、アルベルタが思考していると。
それを見透かしたように、アークトゥルスは言った。

「僕はただの剣士(セイバー)だよ…。だから、ただ君の死角に動いて、気づかれないようにレッサーの首を飛ばしただけだ」

その言葉にアルベルタは、目の前の人間に対する認識を改めた。

『…どうやら。そこの小娘より、貴方の方が危険な存在みたいね? まあ、さすがは真祖吸血鬼を性奴隷にしているだけはあるわ』

そのアルベルタの言葉に激しく反応するアークトゥルス。

「いや!!! リディアは別に性奴隷じゃないからね?! 僕は変態(ロリコン)じゃないからね?!」

その突っ込みを無視してアルベルタは笑った。

『いくら私でも…その聖剣の一撃を受ければまずいわ…。だから…』

「?」

アルベルタのその言葉に、アークトゥルスは疑問符を投げる。

『こうしましょうか?』

…次の瞬間

ドン!!!

突如、地面の中から男が現れる、それは…

「御主人!!! そやつは!!!!」

そう、それは車椅子に座って、雷の壁の向こうで眠っていたはずのボニート。
ボニートはアークトゥルスの背後に立ってその両腕で体をつかんだ。

「く!!!!」

アークトゥルスは突然のことに驚きつつもがく・・・しかし、

『無駄よ? 私の愛しい人は…』

奴隷吸血鬼(スレイヴヴァンパイア)か?!!!」

そう叫ぶアークトゥルス。

奴隷吸血鬼(スレイヴヴァンパイア)は、いわば真祖吸血鬼の護衛の役も持っている。
そのため、単純なパワーだけなら、真祖を超えることすらあるのだ。

『さあ!! 愛しい貴方!!! その人間の血を吸って、私たちの奴隷にしなさい!!!!』

奴隷吸血鬼(スレイヴヴァンパイア)は、当然のごとく吸血鬼として吸血によって他者を支配する能力を持つ、それに噛まれたが最後、人間は同じ奴隷吸血鬼(スレイヴヴァンパイア)と化してしまう。

「御主人!!!!!」

リディアが悲鳴に近い声を上げる。
アークトゥルスはボニートの腕を振りほどけなかった。

「く!!!!!」

ボニートの牙がアークトゥルスの首に食い込んでいく…そして、

「ああ!!!!!!」

アークトゥルスは苦しげな悲鳴を上げた。


-----------------------------


その瞬間を潤は見ていた。
彼を助けようかと動こうとした時、スマートフォンの向こうの真名が止めたのだ。

「どうして、ですか? 彼らは…」

『そうだ。彼らは、世界魔法結社(アカデミー)から派遣されたヴァンパイアハンター。
おそらく、潤が見たヴァンパイアを追って来た、特務の剣士(セイバー)アークトゥルスだろう』

「だったら助けないと」

『ダメだ。彼らは我々の常識を超えた超人どもだ。
お前の力では手助けにならず、足手まといとなるだけだ」

「でも…」

潤の傍にすらアークトゥルスの悲鳴が聞こえてくる。

『待て…とりあえずは様子を見るんだ。剣士(セイバー)は…』

その次に真名が言った言葉に、潤は驚愕したのである。


-----------------------------


森の中にアークトゥルスの苦しげな悲鳴が響く。
しかし、それもすぐに収まるだろう。アークトゥルスは奴隷吸血鬼になるのだから…。
そう、アルベルタが考えていたその時、その通りにアークトゥルスの悲鳴が止まった。

『終わった様ね?』

「く…御主人…」

リディアは悔し気にそう呟く。
その傍には、表情の見えないアークトゥルスが佇んでいる。

『さあ…剣士(セイバー)。私の新しい下僕よ…。そこのあなたの昔の奴隷を殺しなさい』

そう言ってアルベルタは嬉しそうに笑う。

「御主人!!!」

そのアルベルタの言葉を聞いて、悲鳴のような声を上げるリディア。
アークトゥルスがそれに反応するかのように、リディアに振り返った。
その右手には『ヴァンパイアを滅ぼす聖剣』が握られている。

『?』

ふと、違和感を覚えてアークトゥルスを見つめるアルベルタ。
その時、
アークトゥルスが聖剣を振り上げて…。

ズバ!!!!

ボニートの首を切りとばした。

『な!!!!!!!!!』

突然の行為に驚愕するアルベルタ。
その目前で、ボニートが灰塵へと変わっていく。

『ボニート!!!!!!!!!!』

その時、やっと愛しい彼が…ボニートが滅ぼされたことを理解した。

『ボニート!!!!!! ボニート!!!!!!! ああ!!!!!!!! 私のボニート!!!!!!!!』

アルベルタは狼狽えながらその地面の灰塵を集める。

『ああ!!!! なぜ!!!!!! ボニート!!!!!!!』

その姿をアークトゥルスが見つめていた。

『貴様!!!!!! なんで?!!!! 吸血したのに?!!!!! 下僕にならない?!!!!!』

そう叫ぶアルベルタに答えたのは、さっきまで狼狽えた悲鳴を上げていたリディアであった。
リディアはさっきとはうってかわって、楽しそうな笑みを顔に張り付けている。

「そりゃそうじゃろ? 我が御主人は人間ではないからの?」

『え? 人間じゃない?』

アルベルタはリディアのその言葉に、もう一度アークトゥルスを見つめる。

「そうじゃ…わしがなぜ、性奴隷なぞしておると思うのじゃ?
御主人は…アークトゥルスは…」

その次の言葉に、アルベルタは驚愕した。

「れっきとした真祖吸血鬼じゃよ?」

『な?!!!!!!!!!!』

それは驚愕の事実であった。

『バカな!!!!! こいつからは吸血鬼としての妖気も力も全く感じない!!!!!!!
そんな馬鹿なことがあるわけが…!!!!!』

その疑問に答えたのはアークトゥルスであった。

「そうだね…僕は、一応真祖吸血鬼ではあるけど、吸血鬼としての能力も弱点も一切持ってはいない。
持っているのは、長い寿命と、真祖として他の吸血鬼に支配されない…という吸血耐性だけだよ…
だから、年齢を除いて、普通の人間と全く同じさ…」


-----------------------------


潤は真名の言葉に驚愕する。

「彼は真祖吸血鬼なんですか? でも…霊視しても…」

『そうだな…わからんだろうな』

「なぜ?」

『彼は、かつてイギリスの魔法協会に保護されていた、聖ベアトリス様の御子息だ』

「聖ベアトリス様?」

『まあ、知らんだろうな。もうすでに二百年以上前の話だからな』

真名は、アークトゥルスの過去を話す。

『聖ベアトリス=エルギアス様は、聖人…要するに神の祝福を得た女性だった。
その彼女がある日、ある人物と恋に落ちた。
その人物とは…』

「まさか…」

吸血鬼王(ノーライフキング)…ラフェエル=ファルコナーだった』


-----------------------------


『!!!!!! 聖人と吸血鬼王の…!!!!!』

「そう…半分吸血鬼だが…半分は聖人なんで…
その血が反発して、ただの人間になってるっていう訳さ
だから…」

『だから?!!! 聖剣と魔剣を…!!!!!』

「そう…。本来この二本の剣は、常人には扱えない代物だからね?」

それでは、そんな人間が相手では、真祖の吸血すら通るわけがない。
アルベルタは叫んだ。

『なぜ?!!! なぜハーフとはいえ真祖吸血鬼が私たちの邪魔をするの?!!!
私たちは!!! ボニートと私は田舎で慎ましやかに…普通に暮らしていただけなのに!!!!!!』

「…」

アークトゥルスは黙ってその叫びを聞いている。

『私たちは、普通に暮らしていただけよ!!!!
それを人間どもが…!!!! ボニートを襲って殺そうとした!!!!!
だから私たちは反撃するしかなかったのよ!!!!!!
どうすればいいっていうの?!!!!!』

アルベルタはかつてのボニートとの暮らしを思い出して涙する。
それは質素であったが、幸せない日々。
それを、人間に…人間どもに壊されたのだ。
人間を恨むのは当然であった。

「ふう…」

アークトゥルスはその言葉を聞いて、大きなため息をついた。
そして…

心底冷たい目でアルベルタを睨んだ。

「それは…吸血鬼として…。普通に暮らしてたってだけだろ?」

『!!!!!』

目を見開くアルベルタにリディアが言う。

「貴様…。『外食』と称して街の人間を吸血して殺していたろう?」

『そ…』

アルベルタが何か言おうとした時、アークトゥルスが追い打ちをかける。

「吸血鬼の食事用血液パックの手に入るこの世の中で…
人間を襲って吸血することが吸血鬼界で、犯罪行為に指定されていることは知っているよな?
お前は…お前とその夫は、その犯罪行為を繰り返していたんだ…
そのことが、人間にも伝わって復讐を受けた。そうだよな?」

『う…く…』

アルベルタは口をつぐむ。それが真実であった。

『なぜ?!!!! なぜ下等な人間なんかに遠慮しなければならないの?!!!
私たちはヴァンパイアよ?!!!! 人間どもよりも高等で…』

アルベルタは激高してまくしたてる。しかし…

「言いたいことはそれだけか?」

アークトゥルスは冷たくそれだけをつぶやいた。

『く!!!! この!!!!!』

その言葉に、アルベルタは最後の抵抗を試みる。

「sigelradhagall wirdwirdwirdwirdwirdwird…」

それは、リディアも使ったライトニングボルトの魔法。しかし、

ズバ!!!!!

その魔法で生まれた雷光を、魔剣・グレイヴアッシュで切り裂くアークトゥルス。
そして、

「終わりだよ…」

聖剣・光明が夜の森に閃いた。

『ああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

アルベルタは脳天から真っ二つにされてしまう。そして…

『ああああ!!!! ボニート!!!!!! 私の…あ…な…』

そのまま灰塵と化して絶命した。

森に静寂が訪れた。

「ふう…仕事終わり…」

そうアークトゥルスが呟くと。

「終わった終わった!!! これでゆっくり日本観光が出来るのぅ御主人!!!!」

そう言ってアークトゥルスの腕に縋り付いてくる。

「あのね…リディア…。僕たちは日本観光に来たわけじゃ…」

「いいからいいから!! あと二日程度なら観光していってもよいじゃろ?」

「…ふう。仕方がないな」

アークトゥルスはそう言ってため息をついた。
そして…

「そこの君…」

潤が隠れている方に向かって声をかけるアークトゥルス。

「後の始末を頼んでいいかな? 蘆屋一族の魔法使いさん?」

「え?」

どうやらアークトゥルスは、潤がいることもその所属も見抜いていたらしい。

「あ…あの…」

潤はしぶしぶアークトゥルス達の方に顔を出す。

「ごめんね…。赤き血潮の輪の結社(レッドリング)の手引きがあったとはいえ、日本に迷惑をかけてしまった」

赤き血潮の輪の結社(レッドリング)!!!」

それは、妖怪の殲滅を望む、人間至上主義の魔法テロ組織。
それでは…

「今回の事…おそらく強力な妖魔を日本に放って、人間と妖怪に争いを起こすのが目的だったんだろうね」

そうアークトゥルスは結論付けた。

「大丈夫だよ…。今後こんなことが無いよう、共同で赤き血潮の輪の結社(レッドリング)を潰すことになるだろうから」

「それじゃあ…」

「うん…近いうちに、また僕たちは日本に来ることになると思う。その時はよろしくね」

そう言ってアークトゥルスは潤に笑いかける。
その時はいつ来るのか、その戦いは激しいものになるだろうことは、潤にも予想できるのであった。


-----------------------------


「いやあ!!! ほんと済まねえ!!!!」

蘆屋一族道摩府の妖怪病院。その一室に包帯だらけの合田武志がいた。

「もうちょっと考えて行動してりゃあ、あんな無様晒すこともなかったろうにな」

あの後、救援に助けられた武志は、病院に担ぎ込まれて一命をとりとめたのだ。
その姿を見て潤はほっと胸をなでおろした。

「それで…あの『剣士(セイバー)』に会ったってな? 潤」

「うん…あんな強い人がいるなんて知らなかったよ」

剣士(セイバー)アークは、俺たち剣士にとって最大の憧れなんだぜ!
ああ!!! あって見たかったぜ!!!!!」

そう悔し気に肩を落とす武志。

剣士(セイバー)アークはな…」

そう言って、延々とマニアックな裏話を始める武志。それはとてもうれしそうだが…

(腕…)

そう、今回のことで武志は腕を一本失ってしまったのだ。
これではもう、剣士として…。

少し落ち込んだ様子の潤を見て、武志が何かを察する。

「潤…」

「何?」

「また…後悔してるのか?」

「え?」

「自分に何か出来ることがあったんじゃないかと
そうすれば…」

『この腕も…』そう目で武志は語っていた。
そして、潤にとってそれは図星であった。

「気にするな…これは俺の不注意によるもんだ」

「でも…」

「俺のことまで勝手に抱え込んで悩むんじゃねえ!!!」

そう叱咤された。

「それにだ…」

潤は次の武志の言葉を待つ。

「腕は生えてくる」

「え?」

そのいきなりの言葉に潤は絶句した。

「え?」

「ははははははは!!!!! 俺たち妖怪は腕程度一本失っても後で生えてくるんだ!!!!!!」

「え?!!!! そうなの?!!!!」

それは驚愕の事実。

「はははは!!!! だからあの時言ったろ?! 『俺を誰だと思ってる』って!!!!」

その言葉を聞いて…
潤は、妖怪とはなんと出鱈目な身体をしているんだ…と苦笑いした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み