第2話 初めての試練

文字数 7,696文字

蘆屋一族本部のある異界『道摩府』、その『鎮守の森』は樹海と呼んでいいほど深い森である。
此処には、『道摩府』中央の、蘆屋隠れ里の『人間的な生活』になじめない妖魔族がたくさん棲んでいる。

…ふと、一匹の、人間界にはありえない姿の獣が、月の浮かんだ夜空を見上げる。
そこに、さっと影が二つ走った。

ダン!

二つの影は、うっそうと茂った森の木々を、枝から枝へと疾走していく。
それは、なんと二人の人間だった。二人は、普通の人間ではありえない素早くしなやかな動きで疾走していく。
次の瞬間、一人が、もう一人に近づいた。

「ふっ!!!」

「がっ!!」

近づいた方の人間が、もう一人に蹴りを見舞う。蹴られた方は激しい葉音を立てて木から落下した。

ドン!!!!

森の地面に激しい土煙が舞った。

「どうした? それまでか?」

蹴った方の一人がそういって木の上から土煙に話しかけた。
その時…

シュ!!!

土煙から人が飛び出して、木の上の一人のもとに飛翔する。
拳が飛んだ。

ガシ!

飛ばした拳は、木の上の一人に掴まれ止められた。

「まだ躊躇いがあるな。潤…
 さっき、とっさに天狗法で身を守ったのは評価に値するが…」

「うわ!!」

木の上の一人・蘆屋真名は、もう一人・矢凪潤の拳を持ったまま、それを軽々と振り回し地面の方に投げた。

ドン!!

再び潤は地面に向かって落下した。

「あいたたた…」

「まだまだだな、潤」

「すみません真名さん…」

真名は木の上から地面に飛び降りてきた。

「ふう…もうこれで、今日の修業は終わりにしよう」

「はい…ありがとうございました。真名さん」

潤は腰をさすりながらそう言った。


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潤が初めて道摩府を訪れて、修行を初めてすでに1年半が過ぎていた。
今潤は、使鬼を扱う『鬼神使役法』の基礎、肉体強化の『天狗法』の初歩、符を扱う『符術』の初歩、神仏の霊威を呼び込む『真言術』の初歩、などを扱えるようになっていた。
それは、普通に考えて早いと言える習得スピードであった。

鎮守の森での修業を終えた二人は、鎮守の森を北に貫く道路に出てきた。
そこに獅道と車が待っていた。

「お疲れ様でございます。お二方。屋敷までお送りいたします」

真名はそれに答える。

「そんな事しなくて良いと言っているだろう。
 私たちは走って帰る…」

「いえ。わたくしとしてはそういうわけには…」

「これも修行だ。すまないが、修行の邪魔をするな獅道」

「はい、了解いたしました」

獅道はそう言って頭を下げる。でも、分かっていないなと真名は思った。
獅道は今でも真名のことを、昔のままの『体の弱い真名姫様』だと思っているのだ。

せっかく待っていた獅道に、少し申し訳ない気持ちになりながらも、真名は隠れ里に向かって道路を走り出した。
潤もそれについて疾走する。すぐに獅道は後方に見えなくなった。
真名は走りながら潤に言った。

「屋敷に帰ったら。少し話がある」

「え? それはなんですか?」

「とりあえず、風呂で疲れをとってから話す」

「はい、わかりました」

潤はどんな話だろうと少し不安になりながら隠れ里への道を走った。


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「潤、お前を今度の任務に連れていく」

潤が風呂で汗を流してすぐ、潤に用意された部屋にきて、真名は開口一番そう言った。

「え? 任務って…」

「我ら蘆屋にゆかりのある呪術家、天藤家に封印されていた『怨霊』を封印しなおす任務だ」

「怨霊…」

潤はその時、1年半前に森部東病院で出会った、院長の怨霊を思い出した。
あの時、僕は何もできなかったが…

「調伏するんじゃなくて封印しなおすんですか?」

「ああ、その怨霊は天藤家にとっては御神体みたいなものでな。平安の時代に暴れまわっていたのを封印して奉っておるのだ」

「なるほど…『御霊信仰(ごりょうしんこう)』ですか…」

御霊信仰とは、人々を脅かす天災や疫病を生み出す『怨霊』を畏怖し、これを鎮めて 『御霊』とすることにより祟りを免れ、平穏と繁栄を実現しようとする信仰形態のことである。

「…それが最近、なぜか封印が弱くなっておってな、再度封印しなおす必要がある」

「でも、その任務って、修行中の僕が行ってもいいんですか?」

「いや、逆に、その任務にはお前が必要なんだよ」

「え?」

「お前の『使鬼の目』がな…」

真名はそう言って潤の肩をたたいた。

「怨霊の再封印の際、一瞬だけどうしても封印が解けてしまう。その時に怨霊を押しとどめておく人員が必要なのだ。
 それが、私とお前の二人ということだ。
 むろんそんな危険なところにお前を連れていくのは、少々不安がある。
 だから、明日の修業の場で、お前の力を見るテストを行う」

潤はビクリとした。テストなんて、森部町を旅立った時以来である。
おそらく、テスト自体、普通のものとは違うであろうことは、容易に想像できた。

「この1年半でどれだけ成長したのか、しっかり見させてもらうぞ」

そういって真名は微笑んだ。


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翌日の朝、道満府・鎮守の森

早朝の軽い運動を終えた潤は、真名と正面から対峙していた。真名はその背中に、人間がすっぽり入るであろう木製の箱を背負っている。
真名がその箱を背から降ろしながら言った。

「それではテストを開始する」

「はい! よろしくお願いします!」

潤は元気にそう言った。
それに答えるように、真名は印を結んで呪文を唱える。

「オンウカヤボダヤダルマシキビヤクソワカ…」

蘆屋流傀儡法(あしゃりゅうくぐつほう)護法鬼傀儡(ごほうおにくぐつ)

すると、いきなり木製の箱から煙が漏れ出し、周囲に充満を始める。
…と、箱のふたが開いて何かが飛び出てきた。

ダン!!

「!?」

カタカタカタカタ…

それは、木製の骸骨であった。その手には、同じく木製の杖を持っている。
真名は言った。

「今回のテストは、きわめて単純。
 目の前のこの鬼傀儡を破壊することだ」

「…それだけですか?」

「その通りだが…。
 油断するな」

次の瞬間、鬼傀儡が目にもとまらぬ速さで動いた。

「!」

鬼傀儡は手にした杖を振りかぶると、思い切り振り下ろす。

ドスン!!!!

すさまじい音がして大地が割れた。

「な?!」

潤は寸でのところで攻撃をよけていた。鬼傀儡のあまりの剛腕とスピードに驚いていた。

「そいつは、蘆屋一族で実際に現場で使用されている『人型兵器』だ。
 油断すると痛い目を見ることになるぞ…」

そういって真名は笑った。
潤はそれを聞いて、それまでの気持ちを切り替えた。

鬼傀儡を本気で破壊する。

潤は素早く印を結ぶと呪文を唱えた。

「オンアロマヤテングスマンキソワカ…」

蘆屋流天狗法(あしやりゅうてんぐほう)身体強化(しんたいきょうか)

次の瞬間、潤の全身に妖魔族である『天狗』の力が浸透する。
潤はこぶしを握って駆けた。

ドン!!! ザザザザ!!!

轟音とともに土煙が上がる。潤がその力のすべてを込めた拳を、鬼傀儡によけられて思いっきりつんのめったのである。

「くう…」

潤はなんとか倒れずに踏みとどまっていた。そんな潤の方に鬼傀儡が飛ぶ。

ドズン!!!

再び森の大地が割れた。潤は今回も何とか避けることができた。

「肩に力が入りすぎているぞ潤」

真名は潤の様子を見てそう告げる。

(く…、確かにそうだ…。もっとしっかりやつの動きを見極めないと)

潤は「ふう」と一息吐くと心を落ち着けようとする。だが、それをおとなしく待ってくれる鬼傀儡ではなかった。

ドン!!! ドン!!! ドン!!!

三度鬼傀儡の杖が振り下ろされる。潤はそれを紙一重で避けていく。

ドン!!! ドン!!! ドン!!!

さらに三度、鬼傀儡の杖がひらめく。それも何とか避けた潤だったが、割れた大地の破片が顔に飛んで、頬に血の線を作った。
潤は鬼傀儡に完全に圧倒されていた。

「…このままで終わりか潤? まだ修行が必要だったか?」

真名が無表情でそう告げる。潤はその言葉に唇をかんだ。

(おちつけおちつけおちつけおちつけおちつけおちつけおちつけ…)

潤は鬼傀儡の攻撃をよけながら、そう心の中で唱えた。

(鬼傀儡は思った以上に動きが早い。
 なんとか隙を作らないとこちらの攻撃は当たらない)

さらに三度の攻撃をよけた潤は、その動きで懐から符を取り出した。

「急々如律令!」

蘆屋流符術(あしやりゅうふじゅつ)火呪(かじゅ)

潤の手から符が飛翔し、それが空中で炎のつぶてとなる。炎のつぶては弧を描いて鬼傀儡に迫った。

ダン!!

鬼傀儡はそれを寸でのところで横に避けた。潤は慌てず次の符を取り出す。

「急々如律令!」

再び潤から炎のつぶてが飛ぶ。鬼傀儡はさらにそれを後方に避けた。

(次!!!)

またさらに潤は符を起動して、炎のつぶてを飛ばす。
三度目、鬼傀儡はそれを空中に飛翔して避けた。

それが潤の言う『隙』になった。

(いまだ!!!!)

潤は拳を握って空中にいる鬼傀儡のもとに駆ける。潤の拳が音を立てて風を切った。
そして…

ドスン!!!

思いっきり真正面から鬼傀儡の顔面を打撃した。鬼傀儡はこの葉のように空を舞いながら、森の向こうに吹っ飛んでいった。

「はあ…はあ…。やった?」

鬼傀儡が木でできていたからだろうか? 妙に拳に手ごたえがなかった。
そう、相手は木製なのだ。少なくとも今の一撃でバラバラに吹き飛んでしまっているだろう。
一応これで、テストに合格したと言えるだろう。
潤は真名の方に向き直って言った。

「真名さん。やりました…これでテストは合格ですか?」

「……」

「真名さん?」

なぜか真名は潤の言葉に答えない。真名のその様子に、潤が訝しんでいると、鬼傀儡が吹っ飛んでいった方の草むらが「ガサガサ」と揺れた。

「?!」

それは、驚きの光景だった。かの鬼傀儡が、まったくの無傷で現れたのである。
岩をも砕く『天狗法』の打撃を受けた顔面は、傷一つついてはいない。

「潤よ。まさか、その程度であの鬼傀儡を倒せると思っていたのか?」

「な…」

その真名の言葉に潤は絶句する。

「さあ、テストはこれからだ。今のお前の全力を見せてみろ」

真名は無表情でそう潤に告げた。


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その鬼傀儡は、以前と様子が変わっていた。それまで黒く窪んでいるだけだった眼窩に光が灯っていたのである。

「!?」

「それ、潤。どうやら鬼傀儡の『対呪術師モード』が起動してしまったようだぞ?」

「何それ?」と言う暇もなく、鬼傀儡が駆けた。
今度は杖の一撃ではなく、拳を握ってすさまじい速度で打ち込んできたのである。
潤は、今度は避ける暇がなかった。

「く!!」

潤は衝撃に耐えるため腕で体を護った。しかし、すぐ来るはずの衝撃が来なかった。

「?」

…と、ふいに潤の体が重力に逆らって空に飛んだ。
鬼傀儡が、握った拳をもう一度開いて、身を固めている潤の服をつかんで、空に放り投げたのである。

ダン!!

空に舞って無防備になった潤に向かって鬼傀儡が飛翔する。
鬼傀儡は杖を振りぬいた。

ズドン!!!

「がああ!!!!」

杖は潤の脇腹に命中した。そして、潤の体を地面へと叩き落す。土煙が舞った。

「くう…」

潤はなんとか立ち上がる。『天狗法』で得た超人的反射神経が急所をそらしていたのである。
しかし…

(次、同じのを受けたら終わる…)

そう考えている暇もなく、空の鬼傀儡がこちらへとカッ飛んできた。
そのスピードは、以前のものとは明らかに違っていた。

「…さっきまでのは一般人向けの『対人モード』だ」

そう、真名が潤に向かって声をかける。潤はそれを聞いている暇はなかった。
凄まじいスピードで鬼傀儡の拳が飛ぶ。それは明らかに潤には避けられないスピードであった。

(打撃? 投げ?)

今度は投げではなく打撃が来た。
鬼傀儡は正確に、先ほど自分が攻撃した潤の脇腹に打撃を打ち込もうとした。潤はとっさに後方に向かって飛ぶ。

ズドン!!!

激しい衝撃とともに潤は森の奥へと吹っ飛ばされた。潤はいくつか樹木にぶつかりつつ宙を舞った。
でも、攻撃はそれで終わらなかった。再び、鬼傀儡が潤に向かって飛んだのである。

(これはまずい…)

潤は近くの樹木に思い切り手を伸ばし、つかまって空中でブレーキをかけた。
そして、意識を集中し全身に力を籠める。

ダン!!!

潤は樹木を蹴り素早く空を駆けた。…あえて、鬼傀儡に向かって。
空中で一人と一体の影が交差する。
潤は鬼傀儡の頭を蹴ってさらに飛んだ。お互いの距離が一気に離れていく。

(今のうちに対策を考えないと…)

潤はそう思いながら森を駆けた。


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潤は森の一角に身を潜めながら思った。

(さっき、僕の拳は確かに鬼傀儡に命中した…)

それでも鬼傀儡は無傷だった。木製の人形が、岩をも砕く『天狗法』の打撃を受けて平気なのは信じられなかった。

(あの鬼傀儡には何かある…。
 やっぱり”霊視()”てみるしかないか…)

でも…、と潤は思った。
鬼傀儡の動きはあまりにも早すぎる。はっきり言って霊視する暇も、呪文を唱えてる暇も、符術を使う暇すらない。
その時の潤にとっては八方ふさがりの状況であった。

…と、そんな時、どこからか真名の声が聞こえてきた。

「いつまで、遊んでいるつもりだ潤?
 私は潤に『全力を見せてみろ』と言ったのだぞ?
 お前の力はそれだけか?」

(それは…)

実は、潤はこの状況を打開できる策を一つだけ思いついていた。しかし、それは潤にとって好ましいものではなかった。

(…でも、この状況は)

潤はやはりあの策しかないと決意した。

(本当はこのまま自分の力で勝ちたかったけど…)

潤はそう思いながら、印を結んで呪文を唱えた。

「カラリンチョウカラリンソワカ…」

蘆屋流鬼神使役法(あしやりゅうきしんしえきほう)鬼神召喚(きしんしょうかん)

志狼(しろう)来い!!!」

その瞬間、地面にまばゆく輝く五芒星(ペンタグラム)が現れた。
そして、そこから現れたのは…

【護法鬼神・志狼! ただいま参上!!】

頭に二本の角を持った白い毛並みの柴犬であった。
ただその大きさは人ひとりが背に乗れるほどもある。

【主殿。やっと我を呼んでくださいましたか。
 正直、戦いを見ていてヒヤヒヤいたしました】

「ごめんシロウ…」

【謝る必要はございません。これから我らの反撃と行きましょう!】

「そうだね」

そういうと潤はシロウの頭を撫でた。

(よし! あとは…)

潤はそう考えながら懐から今持っている符をいくつか取り出す。その中にそれがあった。
これならなんとかなるかもしれない。潤はそう思った。

「よし! シロウ!
 鬼傀儡を倒すぞ!!」

【承知!!】

一人と一匹はそう気合を入れた。


-----------------------------


隠れていた木陰から出た潤は、シロウとともに鬼傀儡の前に立った。

(やっと、シロウを出したか…)

真名は少し安堵して潤を見つめる。

カタカタカタ…

見失っていた潤を再認識した鬼傀儡は、再び戦闘態勢をとる。一気に加速した。
鬼傀儡は一瞬で潤との間合いを詰めると、潤の反応できない速度で拳を打ち込んできた。
だが鬼傀儡の拳は潤には届かなかった。シロウが、潤と鬼傀儡の間に割り込んだのである。

【させん!!!】

ドン!!!

シロウは鬼傀儡に体当たりをした。その勢いで鬼傀儡は吹っ飛ばされる。
しかし、鬼傀儡は空中で体をひねって体勢を立て直し、両足で地面に着地した。

「シロウ! 少しでいい、隙を作れ!」

【承知!】

その言葉に、今度はシロウが潤の代わりに駆ける。
鬼傀儡はそれを迎え撃つために加速した。

ガキン!! ガキン!! ガキン!!

シロウの頭部に生えた角と、鬼傀儡の杖が何度も空で交差する。
その隙に潤は懐から符を一枚取り出し印を結んだ。

「急々如律令!」

符は炎のつぶてとなって飛翔した。炎のつぶてが鬼傀儡へと迫る。

「!」

鬼傀儡はシロウのことを無視して、炎のつぶてを避けた。シロウはその隙を見逃さなかった。
シロウは鬼傀儡の右足に噛みついていた。そして、体をひねって鬼傀儡を倒すとその上に乗って押さえ込んだ。

(いまだ!!!)

「オンキリキリ、オンキリキリ、オンキリウンキャクウン」

蘆屋流真言術(あしやりゅうしんごんじゅつ)不動縛呪(ふどうばくじゅ)

「はあ!!!!」

気合一閃。不動明王の霊威が顕現した。

鬼傀儡は身動きが取れなくなって、ただの骸骨人形になった。
この世のあらゆるもは、必ず霊質というものを持っている。
それは、生き物でない地面の石ころですら同じである。
当然、鬼傀儡も霊質を持っており、『不動縛呪』はその霊質根本を縛ることで動きを止める呪なのである。

潤は、不動縛呪の印を結びながら、意識を集中して地面に倒れた鬼傀儡を”霊視()”た。
深く深く…

(!!!)

「やはり!!!」

それは思った通りだった。
この鬼傀儡には『対物理打撃無効』の防御呪式が刻まれていたのである。
先ほど、シロウの攻撃を無視して火呪を避けたのも、『対物理打撃無効』では火呪を防げないからだったのである。

(ようは符術を当てればいいんだけど…)

鬼傀儡の動きは素早い。未熟な潤は正直言って当てれる自信がない。
不動縛呪で動けないところを当てられればいいのだが、潤は印を結んだ状態でしか対象を呪縛できなかった。
そんなことでは符術を起動できない。

(ならば…)

潤は先ほど考えた計画を実行に移すことにした。
潤はとりあえず不動縛呪の印を解いた。途端に鬼傀儡は動きを取り戻す。
シロウが蹴り上げられ空に吹っ飛んだ。

「バンウンタラクキリクアク」

鬼傀儡が潤の目前まで迫るのと、潤が呪を唱え終わるのはほぼ同時だった。
鬼傀儡は構わずその拳で潤を打撃しようとした。
…が、いつの間にか、空に吹っ飛んだはずのシロウが潤の前にいた。その口から大きな咆哮が放たれる。

蘆屋流鬼神使役法(あしやりゅうきしんしえきほう)五芒護壁(ごぼうしょうへき)

ガキン!!!

シロウの咆哮は、輝く五芒星となって鬼傀儡の拳を防いだ。一瞬、鬼傀儡の動きが止まる。

「急々如律令!」

起動呪が唱えられ符が起動する。
しかし、今度は炎のつぶては生まれなかった。潤は火呪とは別の符を使ったのである。
それは『禁術符(きんじゅつふ)』であった。

ガシャン!!

次の瞬間、ガラスが割れるような音がして、『対物理打撃無効』の防御呪式が壊れた。
間髪入れずシロウが鬼傀儡に体当たりする。鬼傀儡の手から杖が離れて飛んだ。

ガキガキキ…

その一撃で鬼傀儡は致命傷を受けていた。もはやその動きは『対人モード』の時より遅かった。

「これで終わりだ!!!!」

潤は拳を握って、鬼傀儡へと向かって駆けた。

ズドン!!!

その拳は確かに鬼傀儡に命中して、それを粉々に砕いてしまった。

「そこまで!」

真名の声が森に響いた。潤はその場に膝をつく。

「はあ…はあ…やった」

「うむ、見事だった潤」

「はい。これでテストは…」

「ああ…合格だ…」

真名がそういって微笑みかける。

「お前の成長、しっかり見させてもらったぞ。これなら任務に連れて行ってもいいだろう」

「はい!」

「そして、これはお前への合格祝いだ」

いつの間にか、真名は鬼傀儡が使っていた杖を手にしていた。

「この杖は『金剛杖(こんごうじょう)』という、鎮守の森の霊木を削って作った杖だ。
 その重さは軽く、しかし鋼鉄より頑丈でしなやかだ。
 これからお前の身を守ってくれるだろう」

潤は感動の面持ちで杖を受け取った。
その杖は軽く、手にしっかりとなじんだ。

かくして、潤の、呪術師になって初めての試練は幕を閉じたのである。
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