第10話 白き翼

文字数 15,936文字

今から2年前。福岡県某所。

「おい! お前は誰だ!」

その時、封印墓跡は騒然となっていた。
此処、福岡にある封印墓跡は、かつて日本に現れて災厄をもたらした、大陸のある妖怪を封印している場所である。その妖怪は、かつてここを訪れた蘆屋道満とその鬼神によって、打倒され封印されたとされている。そのため、蘆屋一族の系列の陰陽法師一族が先祖代々守ってきたのである。しかし、

「誰だっていいだろ? そこをどけ」

その男は、傲慢な笑みを浮かべながらそう言った。

「ここは、悪しき妖怪を封印している場所、そこに何人も立ち入らせるわけにはいかん!」

封印墓跡の守護兵達はそう言って、手にした金剛杖を構える。そして、それでその男を取り押さえようとする。

「ふん」

男はそう言って笑うと、一瞬のうちに守護兵達の背後に立っていた。

「バカな! 今の動きは?!」

男は無駄のない動きで懐から10枚の符を取り出す。

「急々如律令」

<符術・飛殺針(ひさつしん)>×5

ドスドスドスドスドス!!

「があああ!!!!!」

符が金属の針の雨と化し守護兵達に襲い掛かる。

「貴様…その呪術は…」

針の雨を何とか生き残った一人の守護兵が聞く。

「ほう? 今のを生き延びたか…。それに、俺の呪術を知ってる?」

守護兵は、全身血まみれになりながら、懐から符を3枚取り出す。

「急々如律令」

<符術・火呪(かじゅ)>×3

符が火の玉となって男に襲い掛かる。

「フフ…」

男はそれに対して慌てることもなく印を結んで呪を唱える。

「ナウマクサンマンダボダナンアギャナテイソワカ…」

<秘術・死怨奉呪(しおんほうじゅ)

次の瞬間、男に襲い掛かろうとしていた火の玉が空中で立ち消えた。

「!! 貴様やはり!!」

「フフフ…」

自分が何者か気づいた様子の守護兵に、男は傲慢な笑みを返す。

「死怨院呪殺道の者か…。まさか!!!」

男は満足気に笑うと…

「お前のその健闘に免じて名を名乗ってやろう。俺の名は、死怨院乱月だ…」

そう名乗った。

「死怨院乱月…。貴様、この封印を解くつもりか?」

「ああ、その通りだ」

「無駄だ…今解いたところで…」

その瞬間、それ以上問答無用という感じで乱月が動いた。

ドス!

「が!!!!」

守護兵の腹に、乱月の手刀が突き刺さっていた。

「もういいから、死ねよ…」

「ら…んげ…つ」

そのまま守護兵はこと切れた。

「さて…」

邪魔者を排除した乱月は封印石の前に立った。そして、その封印石に手をかざす。

「さあ目覚めの時間だ…」

次の瞬間、封印石にひびが入り始め、そのひびから妖力が立ち上り始める。そして…

バキバキバキ!! …ドン!!!

大きな破砕音とともに封印石が砕け散った。その後には妖力を帯びた煙が立ち込めている。

「おい…目は覚めたか…?」

乱月は煙の向こうにいるであろうモノに呼びかけた。

【お前は…】

その煙の向こうから答える者がいた。

【お前は、誰だ…。俺は…】

「おいおい…ボケてんじゃないだろうな」

そう言って乱月は笑う。煙の向こうの者は言う。

【いまさら、俺を封印から解いてどうするつもりだ? 俺は…】

「…何だ? どういう…、そう言えばお前」

乱月は、さっきから感じている違和感を口に出した。

「お前…大妖怪って触れ込みだったくせに、妖力弱くねえか?」

その問いに妖怪は答える。

【ああ、当然だ。俺を封印していた封印呪は、俺の妖力を半永久的に削るモノだ。長年その封印の影響下にいたおかげで、ごらんの有様になっているわけだ】

「…ち。そう言うことかよ」

乱月は舌打ちして不機嫌な顔になった。

【…で、俺を封印から解いてどうするつもりだ? これから、元の妖力を取り戻すには数年はかかるぞ】

その問いに乱月は答える。

「まあ大丈夫だろ? 俺の呪術を使えば1、2年で回復するはずだ」

【ほう…】

妖怪はその乱月の言葉に興味を示したようだった。

「その後に、存分に暴れてもらうぜ…大妖怪」

そう言って乱月はにやりと笑った。それに対し妖怪は。

【俺にも一応名前があるのだがな…】

そう言って不満げな顔になった。

「ああ…そうだったな。『羅睺星君(らごうせいくん)』」

こうして、かつて蘆屋道満が封印した凶悪なる大妖怪が復活したのである。


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先の我乱との戦いから2か月が過ぎていた。
今、潤達は岐阜県森部市森部山の中腹にある、森部天狗衆の隠れ里にいた。なぜ彼らがそんなところにいるかというと、実は潤の里帰りをしてきたのである。潤が蘆屋一族に入って二年、順調に成長し『使鬼の目』の力も正しく制御できるようになったため、蘆屋道禅から一時の里帰り許可が下りたのである。と言っても、その里帰りも順調で平穏というわけではなかった。幼馴染の操と美奈津が喧嘩を始めたり、森部市の歴史にかかわる事件に巻きこまれたり、結構大変な日々であった。まあ、それは別の話だが。

「…そうかそうか。十分楽しんできたようじゃの…」

そう言って、森部天狗衆の頭領である天翔尼は優し気に微笑んだ。

「ええ、結構大変なこともありましたが」

潤はそう言って笑い返した。

「いや…。やはり故郷というのはいいもんじゃよ。そこに待っておる人がいるというのはいいことじゃ」

「はい…そうですね」

潤はそう言って操のことを思い出した。再びの別れの時、彼女は少し泣いていたように思う。

「まあ、とりあえず、明日になったら道摩府へ帰るのじゃろう? それまでゆっくりしていくといい」

「はい、ありがとうございます」

そう言って潤たちは目の前に置かれた夕食に手を伸ばした。

「悪いのう、精進料理で。今の若者なら肉ぐらいほじいじゃろうに」

その天翔尼の言葉に、潤は慌てて返す。

「いえ! 十分ですよ。とてもおいしいです」

さらに美奈津が笑って言う。

「まあうちでも、師匠の禁のせいで、精進料理ばっかだしいつものことだよな!」

そんな美奈津の言葉に真名が反応する。

「私の料理は不満だったのか? 不満ならお前たちのだけでも改善しようと努力を…」

美奈津は慌てた。

「な! 師匠の料理に不満なんかあるわけないじゃないかよ!!」

「…それならよいのだが」

真名は少し落ち込んだ様子で言った。

「そう言えば! 天翔尼様はこの山に祭られている権現様と同じ名前なんですね?」

潤は無理やり話題を変えた。その問いに真名が答える。

「ああ、その通りだ。実のところ、この天翔尼様こそ、権現様本人なのだ」

潤は驚いた。

「そうなんですか?」

「ああ、そうじゃよ」

そう言って天翔尼は笑った。

『権現様』
それは、かつては大陸に住んでいたとされる大陸渡りの女天狗にして、子供の成長と育成、そして安全を見守る存在としてこの地方で有名な神様である。もともと大陸では人々を恐れさせていた凶悪な妖怪であったとされ、それが日本で御仏にとがめられ帰依して、子安天狗になったという逸話を持っている。

「そう言えば。天翔尼様は昔凶悪な妖怪だったって聞いたけど、ほんとなのか?」

美奈津が不躾に聞いた。

「おい美奈津」

それを真名が咎める。しかし、天翔尼は優し気に微笑んだままで言った。

「ああ、そうじゃ。わしも昔はいろいろやんちゃをしたもんじゃて。まあ、それもそのころのわしらが、何もわかっておらん子供だったからじゃが」

その言葉に潤は少し引っかかるものを感じた。

「わしら?」

そう聞き返した潤に、天翔尼は微笑んでいった。

「そうじゃ…。実はな、わしには『きょうだい』がおったのじゃ」

その言葉に真名が言う。

「それは初耳ですね」

天翔尼は一息つくと話し始めた。

「そう、昔、わしには『きょうだい』がおった…。そして、もっと純粋な存在じゃった…」

それは、今から1000年以上昔の話。天翔尼たち『きょうだい』は、山の霊気が凝り固まって生まれた、精霊のような存在であった。彼らは、人の姿をして山で木の実を食べたりして、仲良く過ごしていたそうだ。

「そんなのがなんで、凶悪な妖怪なんかに?」

美奈津は天翔尼に聞いた。

「それはな。とても不幸で不運な出来事があったからじゃ…」

それは、野盗が彼女らの生活圏に侵入してきたことであった。彼らは、はじめこんなところで生活している『きょうだい』に驚いたが。ただの人間に見えた彼女らのことを、その楽しみのために殺そうとしたのである。結果、山の精霊である『きょうだい』が、野盗たちを惨殺することによって、平穏な毎日は終わりを告げる。

「そのころのわしらは何も知らなかった。しかし、野盗を殺したことによって、強烈な穢れを浴び、その性質が大きく変化してしまったのじゃ」

その言葉を聞いて潤は、かつてのシロウを思い出した。かつて、初めて鬼神に変化したシロウが人を殺そうとしたとき。真名ははっきりこう言ったのだ。

『いい加減目を覚ませ!!!!
 お前は…あの子を…
 死すら乗り越えてお前を守ろうとしている、あの優しい子を…
 … 人 喰 い の バ ケ モ ノ に す る 気 か!!!!!』

…そう、妖魔にとって穢れは、時に性質を変化させるほどの影響を与えるのだ。

「それからのことは…今では思い出したくもない。殺しに満ちた殺伐な日々じゃった…」

かつて天翔尼が凶悪な妖怪だったというのは本当のようだ。潤はさらに聞いてみた。

「それで、なんで今みたいになったんですか?」

「それはな…」

そこまで天翔尼が言った時だった。

「!!!!!!!」

真名たちは強烈な妖気を外に感じた。

「これは!?」

天翔尼はすぐに立ち上がると、足早に外に出て行った。潤たちもそれに続く。

「どうした? 何事じゃ?」

天翔尼が、守衛に立っていた天狗に言うと、天狗は空を指して言った。

「天翔様! あれを!」

その空には、見たこともない男が浮かんで立っていた。

「…」

天翔尼はその男を見て、懐かしいような恐れているような微妙な表情をして言った。

「お前は…『羅睺星君(らごうせいくん)』」

その言葉に反応したかのように、男は返した。

【久しぶりだな…計都星君(けいとせいくん)

それは、かつての『きょうだい』の再会であった。


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「『羅睺星君(らごうせいくん)』?」

真名は誰に言うともなしに呟いた。それを聞いた天翔尼は。

「そうじゃ…。奴の名は羅睺星君…二年前に封印墓跡から抜け出して、何処かへと消えた大妖魔」

そう言った。

「二年前?! まさか、それは…」

真名はそのことを聞いてあることに気づいていた。それは、

「二年前に確か、八天会議がありましたが…まさか…」

そう言った真名に天翔尼が頷く。

「ああ、そうじゃ。あの時の八天会議は、こやつのことを議題にしていた。しかし、まさか二年御空白を開けてわしのもとに現れるとは…」

天翔尼はそう言って、空に浮かぶ男・羅睺星君を睨み付けた。

【…計都星君よ。まだ俺をそんな目で睨むか…】

羅睺星君は無表情でそう言った。

【…しかし、信じられんな。お前のその姿…なぜそんなババアの姿をしている?】

天翔尼はその言葉に、眉の皺を濃くして言った。

「そんなことどうでもよかろう…。それに、わしを計都星君と呼ぶな」

【天翔とか言ったか…。名前を変えただけでなく、今ではゴミどもの神を名乗っておるそうじゃないか】

「ゴミども…。それは人間のことか?」

天翔尼はさらに強く羅睺星君を睨み付ける。

【…やはり、変わったのだな計都星君。たかがゴミのことで怒りを覚えるとは】

羅睺星君はそう言うと一息考えてから言った。

【…もう一度だけ許してやる。ゴミどもの神など止めて俺のもとに帰って来い…】

それは、天翔尼にとってあまりにもあまりな言いぐさであった。だから、

「断る…。それとわしを計都星君と呼ぶな」

そう言って手にした錫杖を構えた。

【…俺を、あの時のように封じるつもりか…。だが、今、あの男はいないようだが…。それで、俺に勝てると思っているのか?】

その言葉を聞いて、羅睺星君を黙って睨み付ける天翔尼。

【…お前は、生まれた時から俺の後を追っていた。力で俺に勝てたことなど一度もなかっただろう?】

その言葉を聞いて、それまで静かに見守っていた美奈津が動いた。

「あたしたちが目に入っていないのか、てめえ?! てめえなんて、あたしたちだけでも十分…」

【…ゴミは黙っていろ!!!】

そう言って、突然、強烈な眼光で美奈津を睨み付けた。その目から放たれた、身震いするほどの殺気に美奈津はすぐに押し黙ってしまう。

【…あの男…。憎き蘆屋道満ならまだしも…。貴様らが束になっても俺に勝てるわけないだろう? 本当にゴミどもは愚かしいな】

そう言って、羅睺星君はあまりにも強烈で強大な妖力を全身から放ち始める。その強さは八大魔王に匹敵した。

「…馬鹿な。どういうことだ、その妖力は…。お前は封印で力を限界まで削られているはず」

そう言って天翔尼は驚いた。それに対し羅睺星君は、

【ああ、俺を封印から解放した乱月とかいうゴミのおかげで、かつての俺を取り戻せたのだ。まあ、あいつにだけは感謝してやるさ】

そう言った。それを聞いた真名は、

「乱月だと!?」

そう言って前に出る。

「貴様を開放したのは死怨院乱月なのか!?」

羅睺星君はそう聞いてくる真名を一瞥すると。

【ゴミが…俺に話しかけるな】

そう言って強烈な殺気を飛ばした。さすがの真名もそれに対し一瞬たじろいてしまう。

「真名姫様…。それに皆も、此処はババに任せてさがっておれ…」

そう言って天翔尼は皆を促す。その姿を見た羅睺星君は不機嫌そうな顔になって言った。

【やはり…変わったなお前…。お前が変わったのは、やはりあの時からか…】

そう言って思考を過去に飛ばす。

それは、精霊の兄弟が穢れを浴びて悪霊となったのちの話…。


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あれから、何年、何十年たったのだろう?
人里に降りた精霊の兄妹は、楽しい『遊び』を始めた。その『遊び』とは『人を殺す』こと。彼女らは、無邪気に人を殺した。それしか楽しみがないかのように、ただひたすらに。無論、そんなことをしていれば、退魔師があらわれて彼らを害そうとするが…。彼らは、生まれつき、強大すぎる力を持っていた。現れた退魔師をも、遊びと称して殺した。いつしか、彼らは大陸でも名の知れた大妖魔になっていた。人々は、現れれば死が待っているその兄妹を、凶事をつかさどる凶星の名で呼んだ。すなわち…

兄の羅睺星君(らごうせいくん)
妹の計都星君(けいとせいくん)

そして、その日も、二人はある名もなき村を襲って、虐殺を繰り返していた。

「ひいいいいい!!!!」

ザク!!!

羅睺星君の手にした剣が、村人に深々と突き刺さる。心臓を一突きにされたその村人は、その一瞬で絶命する。

【ククク…はははは!!! そら、どうした? もっと抵抗しろよ!!!!】

羅睺星君は心底楽しそうに、村人をめった突きにする。

「くそ! この化け物め!!!」

村の若者が剣をもって、羅睺星君の背後から襲い掛かる。しかし、

ザク!!!

その若者の腹に、どこからか飛んできた槍が突き刺さる。それは計都星君が手にしていたものであった。

【やった! 命中!! どうだい兄者?】

【おう…。お前もなかなかやるな。ならば俺だって!!】

そう言って羅睺星君は、今まさに走って逃げていく村の娘の背に狙いを定めた。

【そらよ!!!】

ザク!!!

「ああああ!!!!!」

羅睺星君が投げた剣は正確に、娘の背中をとらえた。

【おお!! 命中!! やるね兄者!】

計都星君は楽しそうに手をたたいた。

それは、彼ら兄妹の『遊び場』という地獄であった。等しき村人を遊び殺した兄妹は、一つの家の前に立つ。その家からは、赤子らしき泣き声が響いていた。

【おう…。この中に何かいるようだよ兄者】

そう言って計都星君は脚で、家の扉を蹴り飛ばした。扉は音を立てて粉砕される。

「ひい!!!」

そこに隠れていたのは、赤子を連れた母親であった。

【お、まだこんなところに隠れてたか…。さて、どうやって殺すかな?】

羅睺星君は、新たなおもちゃを見つけて楽しそうに笑った。そんな、羅睺星君の様子に、赤子の母親は。

「ひい!!! どうか、どうか!! 命だけはお助けください!!!」

そう言って、床に頭をこすりつける。しかし、

【やだ。殺す】

羅睺星君は無邪気に笑いながら言った。計都星君は羅睺星君に提案する。

【なあ、兄者。あたしの槍で串刺しにするのはどうだ?】

それに対し羅睺星君は、

【お、いいね。其処の餓鬼と一緒に串刺しにしようぜ!】

そう言って手をたたいて笑った。

「ああ、そんな…」

母親は絶望の涙を流す。そして、

「どうか…。どうか…。この子だけは。私の赤ちゃんだけはお救いください。私はどうなっても構いません。どうか、この子だけは…」

そう言って再び頭を下げた。

【はは! どうなってもいいだって?! 本気かお前?】

そう言って羅睺星君は母親の髪をひっつかんで、顔を無理やり上げさせた。

「はい。どうなっても構いません。だからこの子だけは…」

そう言って涙を流す母親に、兄妹は珍しいものを見たという表情で言った。

【…たいていのニンゲンは、自分の命欲しさに別のニンゲンの命を差し出してくるのに、珍しいね兄者】

【ああ。そうだな】

そう言って、兄妹はまじまじと母親を見る。しかし、

【…でも、関係ないね。俺が殺すと言ったら殺すんだよ】

羅睺星君はそう言って母親にむけてにやりと笑った。母親の表情はさらに絶望に塗りつぶされる。そして、

ザク!!!!

計都星君がその手にした槍で、母親の腹を串刺しにする。

【ほら! 串刺しだ!! 兄者!!】

「あああああ!!!!!」

母親は絶望と苦しみでぐちゃぐちゃになった顔で絶命する。羅睺星君はその姿を見て楽しそうに笑った。

【ははは!! もっと苦しめよ!! ニンゲンはほんと脆いな!!】 

羅睺星君はひとしきり笑うと、足元で今なお泣いている赤子を引っ掴んだ。

【そら、こいつも一緒に串刺しだ!!!】

そう言って、計都星君の槍に突き刺そうとする。しかし、その時、信じられないことを言い出す者がいた。

【なあ、兄者…。その餓鬼あたしにくれ!】

それは妹の計都星君であった。羅睺星君は心底驚いた表情で言った。

【はあ? 何言ってんだお前?】

羅睺星君のその表情に、計都星君は甘えるような声を出して言った。

【なあいいだろ? どうせ殺すんなら、あたしにくれても。ちょうど『遊び』にも少し飽きてきたところだし…】

【お前な…。こんな餓鬼手に入れてどうするつもりだ?】

羅睺星君はあきれ顔でそう言う。

【そんなのいいだろ兄者! 新しい『遊び』を開拓すんだよ! 開拓!】

【開拓って…】

計都星君は羅睺星君に甘えるようにしなだれかかった。羅睺星君は一息ため息をつくと。

【わかったよ。勝手にしろ】

そう言って赤子を計都星君にほおり投げた。それを受け取った計都星君は、

【やった!! ありがと兄者!!】

そう言って、赤子の首根っこをつかむと、空へと舞い上がった。

【おい、どこ行くんだ?】

【ひひひ、ちょっとね。兄者はついてこなくていいよ】

妹のその辛らつな言葉に兄は少しむっとなって言った。

【ち、かってにしろ! 今度の『遊び』にはお前は連れていってやらん!】

こうして、兄妹は二手の道に分かれた。それが、のちに彼らの運命を変えることになる。


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【そうだ…。あの時、お前は新しい『遊び』と言った。その『遊び』によってお前は変わってしまった】

そう言って羅睺星君は天翔尼を見下ろす。
天翔尼はそれを聞きながら、自分の過去に意識を飛ばしていた。


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羅睺星君と別れた計都星君は、すぐに別の村を襲った。ただし、そこではいきなり殺害はしなかった。

【おい! お前! 餓鬼を育てる方法を知ってるか?】

「な…なにを?」

計都星君は村人の首をつかむと、持ち上げてまずそう聞いたのである。

【知らないのか? なら殺す】

「ああああ!!! 待って!!! 待ってください!!!!」

村人はそう言って、なんとか助かろうと、あることを口に出した。

「この村のはずれに、ババアが一人で住んでます。そいつならたぶん」

それは、その村の人々にとって、最もどうでもいい人間であった。その村人は、その老婆をいけにえに捧げて助かろうとしたのである。

【ふん…そうか。そのババアを連れていけば…】

計都星君はそうひとりごちると、その村人の首をへし折った。

「ぐげ…」

結局殺された村人をその場にほおって、計都星君は村のはずれへと向かった。そこに、確かに件の人物はいた。

「ひいい!!!!」

計都星君はいきなり老婆の首をつかんだ。そして、それを上に釣り上げると言った。

【お前、餓鬼は育てられるか?】

老婆は、あまりの事態に泡を吹きながら言う。

「は、はい! 何人か育てたことはあります! みんな戦に行って死にましたが!」

あまりのことに、余計なことまで言う老婆。

【そんなことはどうでもいい! 育てられるんだな?】

「は、はい!」

【ならば…】

計都星君は老婆ににやりと笑うと言った。

【あたしに餓鬼の育て方を教えろ!】

「は?」

その唐突な言葉に驚く老婆。

【教えられないのか? なら殺す】

「ひい!!! わかりました、教えます! 教えます!」

老婆は慌ててそう言った。その言葉を満足そうに聞いていた計都星君は、老婆を脇に抱えると空に舞い上がった。

「ひい!!!! 落ちる!!!」

老婆は慌てて計都星君の体に抱き着いた。計都星君はそれを気にも留めず、ある場所に向かって飛んでいった。それは、かつて彼女ら兄妹が生まれた場所…。


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天翔尼は思い出す。
それから、計都星君と、老婆と、赤子の三人の生活が始まった。初めのころこそ、手加減を知らなかった計都星君は、赤子を殺しかけたことが何度もあった。そのたびに老婆が止めて、赤子の育て方を教えた。その赤子は丈夫で強い子だった。だから、計都星君の腕の中ですくすくと育っていった。ある日、計都星君は、老婆に言われて赤子に名前を付けた。つけた名前は…。

北斗(ほくと)…」

天翔尼は懐かしげにそう呟いた。羅睺星君にはその言葉が聞こえていた。

【そうだ…その餓鬼だ…。お前はその餓鬼のせいで変わってしまった。そして、俺を裏切ったんだ!】

羅睺星君は全身から妖力を吹き出させると、その手に収束した。其処に、美しい装飾の入った剣が現れる。

【計都星君! 俺のところに戻ってこないというならお前を殺す!!!!】

羅睺星君は一瞬にして、その場から姿を消すと、天翔尼の背後に現れた。

(な!? 見えなかった!)

真名はそのスピードに驚いた。彼女は、羅睺星君の動きをまったく捉えることが出来なかったのだ。

「く!!」

そんなスピードでも、天翔尼ははっきりと知覚していた。手にした錫杖で、剣の斬撃を払う。

ガキン!!! ガキン!!! ガキン!!!

両者の間に、さらに数撃の火花が散る。羅睺星君と天翔尼の強大な妖力のぶつかり合いが、物理的な衝撃波となって周囲に何度も響く。周りの者たちは、そのやり取りに圧倒されるしかなかった。

【計都星君!!!】

「何度言わせるか、この阿呆!!!」

天翔尼はそう言って、羅睺星君に蹴りを食らわせる。羅睺星君は空中へと吹っ飛ばされる。

【…】

「フン…わしを計都星君と呼ぶな…」

羅睺星君は、天翔尼のその言葉に、心底不機嫌な表情で言った。

【…やはり、その程度か、計都星君…。俺たちの位置はやはり全く変わっていないな】

「…」

【でも、お前は、アレだけは変わってしまった。あの北斗とかいう餓鬼のせいで…】

その言葉に、再び天翔尼は意識を過去に飛ばした。


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計都星君が赤子を育て始めてから20年近い月日が経った。計都星君は兄妹が生まれた場所に屋敷を立てて、老婆と北斗とともに暮らしていた。北斗は、彼女の手ですくすくと育ち、立派な青年に育っていた。
北斗はその一帯の盗賊を束ねる頭領になっていた。ただし、彼はむやみな殺生や、弱いものから金を巻き上げるような行為はしなかった。悪徳の金持ちばかりを狙い、その地域では知らぬ者のない義賊となっていた。その日も、民を苦しめる金持ちから金を巻き上げ、貧しいもの達に配って帰ってきた。

「母さん!! 今帰ったぞ!!!」

【おお! 北斗!! よく無事で帰ったね】

「はは! 俺が、そこいらの奴に負けるわけないだろ、母さん」

【おい林玲(りんれい)、宴の支度をするぞ!】

「はい計都様…」

そう言って老婆は計都星君とともに台所へと向かう。
あれから、3人は仲睦まじく暮らしていた。それは、かつての計都星君ならありえないことであった。老婆はもう高齢で体もうまく動かなくなっていたが、計都星君と北斗がそれを支えていた。それは、計都星君にとってとても平和な日々だった。それが、そのまま続くと純粋に思っていた。あの男が現れるまでは…。

それは、何の前触れもなく現れた。
いつものように北斗が出かけて行ったその日の昼。老婆が計都星君の部屋に慌てて駆け込んできたのである。

【なんだ? どうした。林玲】

「計都様! 屋敷の前に!!!」

【?】

計都星君は老婆のその剣幕に何か感じて、すぐに屋敷の前に出て行った。其処にそいつがいた。

【…久しぶりだな、お前】

【…あ、兄者?】

それは、20年ぶりに見る羅睺星君であった。計都星君は言った。

【なんの用だ? 兄者】

その言葉に、少し笑って兄は言った。

【なんの用だはないだろう? また、『遊び』に誘いに来たんだ】

それはいきなりのことであった。計都星君は少し狼狽えて言った。

【は、はあ? 『遊び』? 悪いけど今はそんなこと…】

妹のその言葉に兄は少し不機嫌になって言った。

【なんだよ。せっかく、久しぶりに誘いに来たっていうのに。もしかして、まだ餓鬼で遊んでるのか】

計都星君は、兄のその言葉に、少しむっとなっていった。

【…北斗のことか?】

兄は妹のその言葉に心底驚いた様子だった。

【北斗? お前、餓鬼に名前を付けたのか?】

計都星君は言った。

【ああ、そうだ! 北斗っていうんだ! いい名だろう?】

兄は、嬉しそうに話す妹を、気持ち悪いものを見るような目で見て言った。

【本気かよ? 北斗だと? …ん? 北斗?】

その時、羅睺星君は何かに気づいたようだった。

【なあ。その北斗って…】

【なんだよ兄者】

羅睺星君は計都星君に何かをほおってよこして言った。

【そいつのことか?】

【え?】

それは、血まみれの生首。

【え?】

それは、苦悶の表情の血の塊。

【ほ…】

一瞬、計都星君にはそれが何かわからなかった。いや、分かりたくなかったというのが本当であった。

【ほく…】

…それは、北斗の生首だった。


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【北斗?】

羅睺星君は笑いながら言う。

【さっきも、村を一つ潰してきたところなんだが。それを邪魔しようとしてきたやつがいてな】

【…】

【おもちゃどもを逃がそうとするんで。ついでに殺してやったのよ】

北斗は、どうやら、羅睺星君の『遊び』を目撃したようだ。人一倍正義感の強い彼のこと、村を守ろうと必死だったのだろう。だが、

【その中でも、北斗って名乗ったやつが、人間にしては強い奴でな。記念に頭をもらって来たのよ】

羅睺星君には勝てなかったのだ。

【…】

計都星君はその、兄の『笑い話』の間にも黙りこくっていた。そして、それはふいに破れた。

【があくぁああああああああああ!!!!!!!!!!!】

計都星君はいきなり羅睺星君にとびかかった。羅睺星君はいきなりのことに驚いて言葉を失っている。

【ああああああ!!!!! 貴様!!!!! 北斗!!!!!!!】

羅睺星君は自分に掴みかかって叫び続ける計都星君を突き飛ばした。

【うるせえよ! なんだいきなり!!!】

【北斗!!! お前!!!! 北斗を殺したな!!!!!】

突き飛ばされ倒れた、計都星君は手に妖力を集中、その手に槍が現れる。

【北斗!!!! 許さない!!!!! ああああ!!!!!】

そう叫んで、槍で羅睺星君を薙ぎ払おうとした。しかし、

【何すんだてめえ!!!】

羅睺星君は、その槍を手で無造作につかんで、計都星君ごと振り回した。

【お前が、俺に勝てるわけないだろ!】

計都星君は槍から手を放してその場に転がった。

【あああ!!!!】

【なんなんだよいきなり。餓鬼が一人死んだくらいで】

【北斗! 北斗は!】

【何が北斗だ。こんなこといつも俺たちがやってたことだろうが】

【!!!!!!】

その言葉を聞いた瞬間、計都星君は押し黙ってしまった。

そう、その時、計都星君はやっと知ってしまったのだ。自分たちが今までやってきたことの意味を。『人を殺す』という意味を。

【わた…しは…】

その時、計都星君の顔を思い出していた。そして、自分たちが殺してきた、何十、何百もの人間のことを。そして、その奥から震えが来た。慟哭が来た。

【私は…、なんて…】

次の瞬間、計都星君はその場に腹の中のものをぶちまけた。ただ吐き続けた。そして、何もでなくなった後に泣き始めた。

【ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!】

【なんなんだこいつ?】

その、姿にただ気持ち悪いものを見る目を向ける羅睺星君。

【わたしは…わたしは…なんてことを…。ああああああ!!!!!】

計都星君は北斗の生首を懐にかき抱いて泣いた。ただひたすらに。

【なんだ? 気持ち悪い…もういいよ】

羅睺星君はそう言って、もう用がないと言った感じで屋敷を出て行った。

【ああああ!!!!!】

「計都様!」

そこに老婆が来た。

「計都様どうしたのですか?」

【林玲…私は…私は…】

計都星君は北斗を抱えたままふらりと立ち上がる。その瞳は何も映していなかった。

【私は…死なねばならない…】

「な、なにを言って?」

老婆は、計都星君のその言葉に驚いた。

【…ただ死ぬんじゃない。この世のあらゆる絶望を感じながら、死ななければならない…】

「計都様、気を確かに!」

老婆はそう叫びながら計都星君を揺り動かす。

【…それが、たくさんのニンゲンを殺してきた私の出来る償い…】

「計都様、それは…」

計都星君は歩き出した。ふらふらと何処かへと。その腕に北斗を抱きながら。

「計都様! 待ってください!! あなたは!!」

老婆は計都星君に縋り付いて言った。

「確かに多くの人を殺した!! でも!!」

計都星君はそれを振りほどいて歩く。

「あなたは、北斗様の!! 母親だった!!!」

計都星君の耳には何も聞こえない。

「計都様!!!!!」

脚の弱い老婆には、計都星君を見送るしか術はなかった。

「神様!!! どうか!!! どうか!!! 計都様にお慈悲を!!!!」

老婆の叫びだけがむなしく響いていた。


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【なあ計都星君。あれから何があった? なぜおれを裏切った】

天翔尼は羅睺星君のその言葉に、半ばあきれていった。

「ふう…やはり、そうなのかのう」

【何がだ?】

「お前は、いつまでも成長しない」

【!】

羅睺星君の驚きの顔を見た天翔尼は再び意識を過去に戻す。


-----------------------------


あれから、どれだけの月日が経ったのだろう? 計都星君は放浪の旅を続けていた。
『絶望を得て死ぬこと』それが旅の目的だった。でも、誰も自分に絶望を与えてはくれなかった。死は与えられても絶望がなかった。ただ死ぬだけ、そんなものが何の償いになるのか。彼らは、自分が殺してきた者たちはどれだけの絶望を感じていたか。それを考えれば、ただ死ぬなんて、あまりに安い償いだと思えた。
大陸を回り、海を渡り、そして計都星君はいつの間にか日本に足を踏み入れていた。

そこで、彼と出会った。

【あなたは、この国の法力僧か?】

「お前、その言葉、海の向こうの妖魔か」

その男は、ぼろぼろの法衣を身に着けた旅の僧であった。

【あなたにお願いがあります…。私に絶望を与えてください。私を殺してください】

「いきなりだな。理由も聞かず、いきなり調伏できっかよ。訳を話せ、訳を…」

僧のその言葉に、計都星君は自分がどれだけの人を殺してきたか話した。

【…私は死ななければならない。ただ死ぬのではなく、絶望を感じながら】

「…そうかい。それが本当なら調伏するのもやぶさかではないが」

計都星君はその言葉を聞いて、その場に跪いた。

【どうか…よろしくお願いします】

「…いや、でも絶望は無理だな…」

それを聞いた計都星君は再び立ち上がって言った。

【そうですか…ならばいいです】

そのまま立ち去ろうとする計都星君に僧は言った。

「…まあまて、俺の話を聞け」

【…】

計都星君はそのまま立ち去ろうとする。

「お前をそれ以上絶望させるのは、神仏をもってしても無理だ」

その言葉に計都星君は立ち止まる。

「…なぜなら、お前は今、生きようとしていない。絶望するのは、生きてるやつの特権みてえなもんだ」

僧は続ける。

「それによ…お前、『絶望を得て死ぬこと』が望みなんだろうが。それは、おめえのただの自己満足じゃねえのか?」

【! 何を!】

僧は頭をかきつつ言った。

「はっきり言うが、てめえが絶望しようが、死のうが、てめえが殺した奴はてめえを許さねえ。許してもらおうって、償おうってほうが無理な話さ」

【…!!! だったら!!!! だったらどうすればいいというんですか!!!!! 私は罪を犯した!!!!!! 罪は償わなければなない!!!!!】

そう言って興奮する計都星君に向かって僧は言った。

「ならばさ…。お前が殺した分だけ、いやそれ以上の人間を育てちゃどうだい?」

【! 育てる? 何を!?】

僧は計都星君の背後を指さしながら言った。

「あんたの抱えてる頭骨。それは、あんたの息子のもんだろ? そう、あんたの息子が言ってるぜ…」

【!!】

計都星君は自分の背後を見た。でもそこには何もない。

「見えねえか…?
 あんたの息子は、あんたが過去にしてきたことは、噂で知ってたんだと。自分の本当の母親を殺してたってことも…」

【北斗…】

「でも、それでもあんたを『母さん』と呼んだ。それは、あんたがどれだけの思いで自分を育てたのか知ってるからだ…」

僧は優し気に微笑みながら言う。

「…だから、それだけの思いを、これから生まれてくる子たちすべてに注ぐんだ。そうやって『生きて』いりゃあ、いつかあんたが望む『絶望を得て死ぬこと』も出来るさ」

【…私は多くの人を殺した】

「そうだ…。だから、その命のすべてをもって、多くの人を生かし育てろ」

僧はそう言って、計都星君の肩をたたいた。

【…あなたは…あなたはいったい】

「ああ? おりゃあただのしがない旅の僧だよ」

そう言って僧は、
蘆屋道満(あしやどうまん)』はにっこりと笑った。


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それから計都星君は蘆屋道満とともに諸国をめぐった。そして、泣く子に手を差し伸べ生かし育てた。そして、

【俺が、この国に来たとき。てめえは俺の前に立ちはだかった…。あの男、蘆屋道満とともに…】

それからあとのことは伝承に残る通り。羅睺星君は、蘆屋道満とその鬼神・計都星君によって封じられたのである。

【これからも。お前が俺の前に立ちはだかり続けるというなら。俺はてめえを殺す】

「…そうか。やはりそうなるのだな」

天翔尼はそう言って手にした錫杖を構える。

「羅睺星君よ、戦いの前に一つお前に言っておかねばならんことがある」

【なんだ?】

「わしは、計都星君ではない」

【な? いまさら何を!!】

天翔尼はにやりと笑うと意識を集中した。

「源身開放…」

次の瞬間、まばゆい輝きが天翔尼を包み込んだ。

【な! なんだこれは!!!】

その光が小さく消えていくと、そこには…

「おお、私も初めて見る。天翔尼の源身…」

真名がそう言って指示した場所には、一体の純白の翼の天使が立っていた。

【な? ばかな? 貴様は誰だ!!!】

それは、あまりにも美しかった。年のころは20代前半に見えるだろうか、女性の姿をした、背に白い翼を数枚持った天使。その手には白銀の槍を持っている。

「これで分かったか? 羅睺星君…」

【いったい、これは?】

狼狽える羅睺星君に、天使は微笑みながら言った。

「計都星君は、すでに何百年も前に死んでおる。戦いの中で子供をかばってな。今のわしは、御仏に魂を救われて転生した転生体じゃ」

【な…。ばかな。計都星君がすでに死んでいただと?】

それは羅睺星君にとって驚きの事実だった。天翔尼は続ける。

「そして、先ほどまでのわしは、まったく本気を出してはおらんのよ」

【なに?】

次の瞬間、純白の翼が閃いて、一瞬のうちに羅睺星君は吹き飛ばされる。

【が!!!!】

何とか、足を踏ん張った羅睺星君は、剣を構えて天翔尼へと突っ込んでいく。しかし、

「無駄じゃ」

さらに、翼を一振り、羅睺星君は無様にその場に転がってしまう。

【な、なんだと!! これは!!!】

羅睺星君はたまらず空へと飛び立った。しかし、それを天翔尼が追いかける。

「悪いが、逃がすつもりはない。お前は、此処で終わりじゃ」

【く!!!】

ついに、羅睺星君は天翔尼に背を向けて逃げ出した。天翔尼はそれを追いかける。

【おのれ計都星君!】

その言葉に、天翔尼はあきれ顔で言った。

「結局、成長しなかったな羅睺星君」

天翔尼はその手にした白銀の槍を構えた。

「オンヒラヒラケンヒラケンノウソワカ…」

天狗尊秘呪(てんぐそんひじゅ)悪星必滅飛槍(あくせいひつめつひそう)

その瞬間、白銀の槍が光の弾丸となって空を切った。そして、

【がああああああああああ!!!!!!!!!】

それは的確に、羅睺星君に命中したのである。羅睺星君は一瞬にして光に包まれ、そして、その後には何も残っていなかった。

「…一応、お前みたいな者でもわしの兄妹だった者じゃからな…。あえて滅さず封印したままでいたが…」

そう言って、少し寂しそうな顔を、羅睺星君が消えた空に向けた。

「天翔尼様!!」

そんな、天翔尼の後を真名達が追ってきていた。

「むう、すまんな。こんなことに巻き込んで」

「いえ、そんなこと。しかし…」

真名はまぶし気に、天翔尼の白い翼を見る。

「ああ。この姿はそんなに見せたくなかったのじゃが…」

「なぜですか? こんなに美しいのに」

真名から、そんな言葉が自然に出る。

「いや。わしは元のババの方がいいと思うよ」

「え?」

「人として生きてきた、年季の分かるあの姿こそ、わしは美しいと考えるよ」

そう言って天翔尼はにこりと笑った。


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深い闇の底、乱月は言った。

「そうか。やっぱり羅睺星君は死んだか」

それに対し話し相手は言った。

「よかったのか? あんな勝手なことをさせて。我乱の報復じゃなったのか?」

それを聞いて乱月は笑う。

「なんだ! まだそんなことを言ってたのか? まさか、俺の戯言を本気にしていたとは…」

「な、戯言?」

話し相手は絶句する。それを笑いながら乱月は、

「いいんだよ。今回は、俺の存在を裏にアピールできれば、それでよかったんだ」

そう言った。

「なせそんな事を…」

「今進めている計画のためだよ」

そう言って乱月はほくそ笑んだ。

「俺が、まだ蘆屋一族に対して手を出してきてる。それさえ、奴らに示せればそれでいいんだ。そうすれば、奴らは…」

そこまで言って、乱月はふと真顔になる。

「さて、遊びはここまでだ。あと少し、あと少しで俺の計画が完成する」

…そう、今まさに、乱月の悪しき野望が実現しようとしていたのである。
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