第23話 決戦・憎悪の呪法

文字数 2,958文字

それは、潤にとって予想外にあっさりしたことであった。

「よく来たな小僧…」

潤は、罠に邪魔されることもなく、あっさりと乱道のもとへとやってきていた。
目前に立つ乱道の背後には、石の祭壇がありそこに真名が横たえられている。

(…真名さん)

真名は意識を回復する気配もなく眠り続けている。
衣服は特に変化はなく、何かをされた気配もない。

「フフフ…、約束通り一人で来たか…。
いや、あの蘆屋道禅とかいうのなら、兵の一人くらいよこすと踏んでおったが…。
どうも予想が外れたようだな…。あるいは娘可愛さに、貴様をいけにえにしたか?」

「道禅様はそんな人じゃない」

潤は乱道をにらみつけながら言った。それに乱道が笑いで答える。

「フフ、まあいい。一人で来たのなら好都合。
俺には特に不満はない」

「乱道…」

潤はこぶしを握ってにらみつける。

「お前の好きにはさせない。
僕は真名さんを助けて…貴様を倒す」

「ほう…俺を倒せる方策は持ってきたのか?」

「当たり前だ。
僕は負けない」

決意のこもった声で潤は宣言する。乱道は眼を見開いて笑顔を見せた。

「いいぞ! そうでなければいけない!
最後の悪あがきを俺に見せてくれ!!」

乱道はそう叫んで懐に手を入れる。潤はその行動を警戒した。

「早速行くぞ! 小僧!!」

乱道の周囲に、数十枚の符が展開する。その輝きが光線となって潤に襲い掛かった。

「シロウ!!」

潤は慌てず、シロウに命令を下す。
シロウは潤の目前に陣取ると、その強烈な咆哮を光線にぶつけた。

<蘆屋流鬼神使役法・五芒障壁>

ズドン!

すさまじい爆音とともに、一瞬にして数十の光弾が消滅する。それは、かつての潤では到達できなかった絶対防御。
潤は、乱道の一撃で魔王クラスを灰に変える、符術弾を全滅させて見せたのである。

「カカ!!
五芒星結界クラスで、そこまでの防御を発揮するか!!」

乱道はおかしそうに笑う。

潤は今、その『使鬼の目』を最大に発揮していた。それによって、その使役鬼神であるシロウは魔王霊格にまで引き上げられ、それが発する防御障壁は対神クラスの攻撃をも退けることを可能としていた。

「遠距離攻撃はそうそう効かんか!!」

乱道はそう叫びつつ、潤に向かって駆ける。潤と乱道の影が交錯した。

<金剛拳連打>

潤は霊装怪腕を展開しつつ、高速で金剛拳を乱道に向かって打ち込む。
乱道は、信じられない速度でそれをさばき、カウンターを打ち込んでいく。
さらに、潤はそのカウンターを、一つ一つ撃ち落とし、さらなる反撃を加えていく。
その数秒の間に、数百にまで及ぶ打撃が交換される。

(…く! さすが乱道…
こっちは霊装怪腕アリでの速度なのに…。
霊装怪腕ナシで追いついてくる…)

それは、まさに戦闘経験の隔たりによるものであった。

「カカカ!!!!
いいぞ!! そうでなければ戦いは面白くない!!」

笑いながら乱道がその拳を連打する。じりじりと潤が押され始めた。

【潤!!】

肩に這っている美奈津が叫ぶ。潤は「うん」と頷いた。
次の瞬間、潤が後方に向かって飛翔する。乱道は拳の目標を外されて、拳で空を切る。

「ぬ?!」

「ナウマクサンマンダボダナンバヤベイソワカ」

<真言術・風雅烈風(ふうがれっぷう)

それは、美奈津の必殺の拳。
風の呪を得て速度に乗った拳が、一瞬にして乱道に向かって飛ぶ。
それはもはや、音の速度すら超えて、衝撃波を纏いつつ乱道へと殺到した。

「カ?!!!!」

それは、乱道の常識外れの戦闘速度ですら超えられない速度。
一つの叫びを残して乱道が吹き飛んだ。

ドン!!!

土煙をあげながら乱道は地面を転がる。
その胴はあまりの威力に、きれいに風穴があいていた。

「げ…は!!!!」

乱道は血をしこたま吐きながら地面に爪を立てる。そして…、

「く…神后…」

その身を素早く黒ネズミの群れに変える。
そして…、

「ククク…今のはびっくりしたぞ?!
やるな小僧…」

再び無傷の姿で潤の前に現れた。

(やはり…普通の攻撃じゃあ肉体を再生されるか)

潤は心の中で独りごちる。
乱道の十二月将の力は、まさに脅威というほかはなかった。

(乱道を攻略するには…当然、十二月将も攻略しなければならない。
こちらの使鬼は…。さて…どう動くか…)

潤は心の中で策を考え始めていた。


………………………………


その日、その時、道摩府では土御門咲夜の訪問を受けていた。

「まさか…咲夜ちゃん。
君に気づかれちゃったとはね」

蘆屋道禅は、咲夜を前に苦笑いを浮かべる。咲夜はそんな道禅に向かって怒りの目を向ける。

「まさか本当に、道摩府は動かないおつもりですか?!」

「動いてはいるよ? 潤君が…」

「潤一人に現状を押し付けると?!」

咲夜は怒りで興奮しながら道禅に詰め寄る。

「真名が攫われたというのに!! 何もしないと?!」

「落ち着いて…咲夜ちゃん」

道禅は苦笑いで咲夜を押さえる。それが咲夜の気持ちを逆なでする。

「笑っている場合ですか!! 娘が攫われたのに!!」

それに対して道禅は言う。

「焦ってはいるさ…。心配すぎて、十円禿げができたし…」

そう、つまらないことを言って咲夜を怒らせる道禅。

「道禅様が、禿げようとどうでもいいです!!
真名を助けないと!!」

そんな咲夜に、優しげな表情になった道禅が言う。

「心配だが…
心配しなくてもいいよ…。
矛盾してるかもしれんが事実だ…。
潤君を信じろ」

「道禅様…」

その道禅のまなざしに何かを悟った咲夜は心を落ち着けて呟いた。

「本当に…潤様を信じていいんですね?」

「ああ…少なくとも俺は全面的に信じている」

「…」

咲夜は黙って目をつぶりため息をついた。

「本当なら…私自ら助けに行きたいところですが。そこまで言うなら潤様を信じます」

…咲夜は、納得できないが、するしかないと思いを切り替える。
果たして、潤は真名を救い出せるのか? 真名ですら敗北した相手に…。

(…でも。わかりました。
あなたを信じて差し上げます潤様…。
だから、きっと勝利してくださいませ)

そう心の中で呟いて咲夜は天を仰いだのであった。


………………………………


潤と乱道の拳の応酬は、すでに十分を超えて続けられていた。
超高速の打撃が乱道を砕き、それを十二月将の力で回復する。
あまりに無為なことに、潤は疲れを見せ始めていた。

「カカ!! どうした?!
俺はまだまだやれるぞ?!
さあ続けようではないか!!」

乱道はそう言って、元に戻った拳を潤に向けてくる。潤はそれを体術でいなしていく。

(…このままじゃ、らちが明かない)

まずは十二月将の力を封じなければ、ただ自分が疲れていくだけである。
そんな、潤の心を見透かすように乱道が言った。

「どうした?
次の策は思いついたか?
早くせんと…、こっちから行くぞ?!」

次の瞬間、乱道が印を結んで呪を唱え始めた。
その呪を文言を聞いて、潤は驚愕する。

「ナウマクサンマンダボダナンアギャナテイソワカ」

<秘術・死怨霊呪(しおんれいじゅ)

それは、真名によって封じられたはずの死怨院の秘術。
乱道のすさまじい霊圧の高まりが潤に襲い掛かる。

「く!!!」

それは、まさに一体の神霊格の鬼神。
乱道は、神に匹敵する膨大な霊力を纏いながら潤をあざ笑った。

「さあ…お楽しみはこれからだぞ?
貴様には…、真名と違ってほかの秘術も通用するだろうからな?」

それは、まさしく絶対絶命の宣告。
本来の力を取り戻した、最大最悪の悪鬼が目の前に立っている。

果たして、潤は──────。
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