第1話

文字数 1,385文字

「相沢(あいざわ)さん、これ何ですか?」モデルの一人が話しかけてきた。
 今日は某女性雑誌のスチール撮影。午前中から怒号が飛び交い、戦場のような撮影が繰り広げられていた。
 その撮影もようやく一段落を終え、今はスタジオの隅で休憩に入っている。三人いるモデルの一人が相沢のテーブルの上に置かれているポラロイドとも呼ばれるインスタントカメラを不思議そうに眺めて、冒頭の言葉を発したのだ。 
 無理もない。写真といえばスマホかデジカメの時代で、かつてのフィルムカメラはすっかりおじさんとマニアだけのものになり、その存在を知らない若者は少なくない。ましてやインスタントカメラに至っては言わずもがな。発売された当時は話題になったものの、そのコスパと画質の悪さにあまり普及せず、自然消滅していた。
 もっとも最近はチェキの普及で、インスタントカメラの絶滅の危機は免れたのだが。
 かくいう相沢もプロになってからここ十年、デジカメにしか触っていない。これを手に入れるまでは。
「珍しいだろ。インスタントカメラだよ」
「インスタントカメラ? これ食べられるんですか?」ラーメンじゃないんだから。
「ちゃんとしたカメラだよ。画質はデジカメに比べると最悪でオモチャみたいな代物だけどね。でも、こう見えても中々価値のあるアンティーク品なんだよ」
「ちょっと写してみて下さいよ~」甘えた声で相沢の肩を叩く。
「いいけど、せっかくだから向こうの二人も誘って、三人一緒に写してあげるよ」と、別のテーブルでドリンクを飲んでいる二人を顎で指す。彼女はモデル仲間の元へ行くと、やがて三人で戻ってきた。カメラを手にすると、相沢は椅子に腰を下ろしたまま、笑顔の彼女たちにレンズを向けた。
「いいかい? 俺の事好きか~!」ファインダーを覗き、シャッターに指を掛ける。
「何ですか、それ?」モデルたちは照れ笑いをしながらも、可愛らしく頬を膨らませる。
「いいから。答えないと写してあげないよ」
「せーの、だーい好き!」三人が元気よく声を揃え、満面の笑みを浮かべながらポーズを決めると、相沢はすかさずシャッターを切る。
 フラッシュが焚かれると同時にシャッター音が鳴った。三人の笑顔がすぐさま真顔に戻る。カメラの下から白いプラスチックのシートが流れ出てくるのを、モデルたちは物珍しそうに眺めている。相沢はシートを外し、それを手渡した。
「え~。何も写ってないじゃん!」不服そうな顔をしてシートを突き返してきたが、
「もうしばらく待ってごらん」相沢はすかさずそれを手で制した。
 しばらくすると、シートから三人の姿が徐々に浮かび上がってくる。
「何これ、チョー面白いんですけど」「マジ楽しいよね」「この写真、貰っていいですか?」三人は、はしゃぎながら上目遣いでおねだりをした。
「いいけど、アングルを確認したいから一回俺に見せて」
 写真を受け取り、それに目を落とすと「だよな」とつぶやき、その後「ふっ」と軽く含み笑いをあげて、それを彼女たちに返した。
「何がおかしいんですか? ちゃんと綺麗に撮れていますけど」
「なあ、俺ってそんなにイケてないかな」
「? 何言ってるんです」
「さあ休憩はおしまいだ。次の撮影に入るぞ」ふて腐れを誤魔化すかのように、相沢は椅子から立ち上がり大声を上げると、両手を強く叩きながら心の中でこう呟いた。
 『お前たちには一生、分かるまい』
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