第4話

文字数 1,819文字

 翌日。
 例の写真が気に掛かり、出版社に電話を入れて、昨日のグループについて問い合わせた。彼女たちは『ティンカーベルズ』という二年前にデビューしたアイドルだということは判明し、電話と切ると、相沢はスマートフォンで『ティンカーベルズ』と検索する。
 即座に彼女らのホームページが表示された。
 有名童話の妖精を思わせる緑色を基調としたコスチュームを纏った彼女たちの中に、昨日の娘を見つけると、思わず胸が小躍りした。
 その娘は一番右端に立ち、黄色のステッキを構えながら、あの写真と同じ笑顔を見せていた。名前を見ると佐倉伊織(さくら、いおり)、年齢は二十一歳だった。プロフィールには趣味や特技などが記載されているが、特に気になる表記は見当たらない。
 相沢は佐倉の顔を拡大して念スタントカメラのシャッターを切ってみた。
 ふきだしは出なかった。
 同様に他のメンバーで試してみたが、結果は同じ。どうやら実物以外では効果が無いと思われる。
 こうなったら直接撮るしかない。
 相沢は改めてサイトに掲載されてあるスケジュールをチェックしてみた。
 すると今度の日曜日の午後に、都内の大型電気店でミニライブのイベントがあるのが判明した。その日は午前中に仕事が一件入っていたが、いつも進行できれば、ぎりぎり間に合う時間だった。

 週末の日曜日。
 ティンカーベルズが出演するミニライブの開始時間が刻々と迫る。
 途中までは順調だったが、終了間際に新米スタッフが衣装を間違えるというヘマをやらかし、撮影スケジュールが大幅に伸びてしまった。
 慌てて駆け付けた相沢だったが、結局イベント会場に到着したのは予定の二時間遅れ。ステージはあらかた撤去されており、佐倉伊織はおろか、ティンカーベルズのメンバーさえ何処にも見えない。相沢は肩を落として駅に向かう。

 切符を買い、改札を抜けた所で奇跡が起きた。佐倉伊織を見つけたのだ。
 彼女は重そうな鞄を抱えながらも澄ました顔で電車を待つ列の後方に並んでいた。声をかけるか否か、若干躊躇したものの、せっかくのチャンスを逃すまいと、思い切って話しかけることにした。
「佐倉さんですよね。ティンカーベルズの佐倉伊織さん」
 一瞬、戸惑う仕草を見せたが、彼女は顔を少しほころばせると、手にした鞄を下ろし、正面を相沢に向ける。
 両手を前に揃え、「お早うございます」と、伊織は元気よく頭を垂れた。芸能界では時間に関係なく、挨拶は“お早うございます”なのだ。
「相沢さん……でしたっけ、カメラマンの。この前はお世話になりました」伊織の明るい声が耳に届くと、前回が初対面だったはずの自分の名前を記憶してくれていたことに相沢は驚く。
「よく覚えていてくれたね。この業界ではいろんな人と出会う機会が多いから、俺の様なゲスい二流カメラマンの事なんか、すっかり忘れられていると思っていたよ」素直に感謝の言葉を伝えた。
「そんな事ないですよ。ほら、この前のスチール撮影の時、休憩中になんとかカメラで私達を撮ってくれたじゃないですか。その時の写真、事務所にちゃんと飾ってありますよ」
「インスタントカメラだよ。それは光栄だな。今度はもっとちゃんとしたカメラで撮ってあげるよ。もちろんノーギャラでね」
「よろしくお願いします」
 伊織は手を前で組んで、ぺこりとお辞儀をした。シャンプーの甘い香りが、不意に鼻孔へ飛び込んだ。
「相沢さんの方こそ、よく私が分りましたね」小首をかしげる仕草が実に愛らしく、相沢は好感を持たざるを得ない。
「実は以前からティンカーベルズのファンで、特に君が推しメンだったんだ」
「その割には、この前自己紹介した時は如何にも興味ないって顔していましたよ」言葉とは裏腹に、起こっている様子はなく、むしろからかっているように見えた。
「バレたか。本当の事を言うと……」
 言葉をさえぎるように、電車の到着するチャイムが鳴る。相沢と伊織は急いで列に並び直した。ジェントルマンを気取った相沢は、さりげない動作で伊織の足元にある鞄の取っ手を掴む。意外と重量があり中身が気になるが、女性の荷物の内訳を訊くほど、相沢は野暮な男ではなかった。
「あっ……重いのにすみません。同じ電車なんですか?」
「ああ、偶然だね」
 相沢の自宅は反対方向。だが、ここまできて手ぶらで帰るわけにはいかない。今すぐにでも念スタントカメラで撮影したかったが、ホームでいきなりシャッターを切るのはさすがにためらわれた。
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