第11話 完結

文字数 854文字

 三時間後。二人は雑居ビルから少し離れた中華店のテーブルについていた。
 唖然とする相沢の前には、食べ終えた皿がうず高く積まれている。
「ああ美味しかった。こんなに食べたのは何年ぶりかしら、相沢さんって意外と小食なんですね」
「君が食べ過ぎなんだよ。でもまさか君の悩みが『死ぬほど食べたい』だなんて思いもしなかった」
「私が人を恨んだり、自殺を考えたりすると本気で思ったの?」
 相沢は答えに詰まり、誤魔化す様に話を変える。
「でも、どうして大食いの事を隠していたんだい。今どき珍しくもないし、別に恥ずかしがる事じゃないだろう」
 場を和ませようと本心を言ったが、伊織の口が曲がった。
「恥ずかしいわよ。よくテレビとかでスリムな女性が大盛を何杯も食べて、実は大食いでした、なんてドッキリやっているけど、私にはそんな“はしたない”真似なんてとてもできないわ。だから今まで黙っていたの」
「この前、君たちの社長兼マネージャーの片桐さんが、伊織ちゃんは人前では絶対食べ物を口にしないって言ってたけど、あれは?」
「私、一口でも口に入れると、どうしても止まんなくなっちゃうの。普通の食事を取ったぐらいじゃ余計にお腹が空くから、人前では絶対にご飯を食べないようにしていたのよ。……もっとも片桐さんは薄々感づいていたみたいだけど」
「だから弁当を八個も持って帰ったり、俺の誘いを断ったりしたのか。納得したよ」
「ねえ、餃子もう五皿頼んでいい?」
「え? まだ食うのかよ」
「私を助けてくれる約束でしょ? 後は天津飯と酢豚と、それにチャーハンと……」
 
 会計を済ませ店を出ると、ごちそうさまでしたとの言葉を背にして、相沢はクレジットカードの支払伝票を手にうなだれる。
 彼のウエストポーチから念スタントカメラを取り出すと、伊織は相沢に向けてシャッターを切った。
「おい、何するんだ!」
「いいじゃない。私にも一枚撮らせてよ」

 写真の中のふきだしには、『少しは遠慮しろよ。これじゃ、金がいくらあっても足りないぜ。俺の方が死にたいよ』の文字が浮かんでいた……。
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