第3話

文字数 964文字

 その日以来、相沢は『念スタントカメラ』を常に持ち歩き、撮影の合間にモデルたちを撮りまくった。おどけながらの「俺の事、好きか~い!」はすっかり合言葉となった。相沢は写真のふきだしを見ながら、歓喜したり落胆したりするようになった。

 それはやがて友達や撮影スタッフたちも対象となり「俺たち、友達だよね!」とシャッターを切る。その頃になると相手に渡す用と自分の保存用とで必ず二枚以上写した。試しに一度だけ隣の家のブルドッグを撮ってみたが、ふきだしが現れなかった。人間以外には効果が無いらしい。仮に写ったとしても、『ワンワン』の文字になっただろうが。

 念スタントカメラは仕事にも役立つようになった。
 シャッターの合図を「調子はどうだ~い!」にすることで、相手の機嫌や体調が分かるようになった。そうすることでモデルの表情を理想通りに引き出すのが容易となり、その結果、撮影がよりスムーズに進む様になった。

 次第に評判が上がり、相沢の仕事依頼が顕著に増加していった。
 また契約の際も、ギャラ交渉の途中で撮影を行う。記念と称してシャッターを切る事で、限界までギャラを引き上げる事に成功していった。

 その日は人気グラビア誌の撮影日だった。
 記念特大号という事もあり、合計三十人を越えるモデルやアイドルたちが顔を連ねていた。
 いつもの調子で「俺の事、好きか~い!」と念スタントカメラでモデルたちを撮りまくり、その夜、自宅でゆっくり一枚ずつめくっていく。
 ふと、一枚の写真を見た瞬間、相沢は手を止めた。
 それは名前の知らない五人組のアイドルの写真で、ふきだしには「馬鹿じゃね?」「無い無い」「キモ!」「ヴィトンのバッグ買ってくれるならね」と、定番の文句が並んでいた。しかし、一人だけふきだしが塗りつぶされたように真っ黒になっている娘(こ)がいた。彼女は五人の中の一番右端で、端正な笑顔の中にも、どこか寂し気な色を浮かべている。
 こんな事は初めてだった。
 相沢はその黒いふきだしを何度も凝視したり擦ったりしてみたが、その下にあるはずのメッセージを読み取ることが出来なかった。
 気味の悪さを感じ、わずかに身震いすると、相沢はその写真をファイルにしまい込んだ。
 いつもより強めの酒を飲み、そのままベッドに倒れ込んだ。が、朝まで寝付くことは出来なかった……。
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