第8話 『~回想~顕現した悪魔』

文字数 4,720文字

これは、コリーという女の子の話。中東のある国でその女の子は生まれ育った。 その国は内戦が激化していて、一日に数百人規模で死者が出ていた。 その国で暮らす人間は二種類いる。 一つは難民となって国外へ逃げるか戦争に巻き込まれて死ぬか、一つは銃を手にして死ぬまで戦うか。 選択肢はその国に生きる人間にとっては多くない。
そしてコリーは後者だった。 物心つく頃には兄と共に両手に銃を握って戦闘に参加していた。 兄とは血が繋がっているかどうかも今となってはわからないがな。

内戦はおよそ半世紀は続いていたと思う。
元々は民主化を訴える国民がデモを起こした事が発端だった。 その後国民が武装蜂起をし、政府と反政府勢力が対立した事により内戦状態に突入していったんだ。
おまけに政府、反政府勢力にはお互い先進国からのバックアップも受けており、これが内戦を泥沼化させた要因にもなってしまったのは何とも馬鹿らしい。
もっとも、その国で戦う者にとってはそんな政治的な問題なんて眼中にない。 一日を戦い、明日に生ある事を自覚する事ぐらいしか興味はなかった。 コリーもまたその一人だった。
 先進国では未成年の徴兵や軍事利用は禁止されている。 倫理に反するからな。 明るみに出れば世界的にも弾圧される。 先進国ではそんな愚行はしない。
 しかしその国は未発達の紛争地帯。 政府側は表向き一応の体裁を整えてはいるが、それは水面下で秘密裏に実施されていた……。
そう、少年兵だ。
形勢を不利に追い込まれた政府軍は、秘密裏に少年兵の実戦投入を実行に移した。 親を失った少年少女や、売られた子供、様々な子供を強制的に集めて実戦へ向かわせた。
コリーと、その兄もまた、その愚策の犠牲者だった。
 コリーたちがする事は単純明快。 敵を殺すこと。 できる事なら自分の命を守りつつな。 子供は残酷だ。 何も知らないが故に、それは駄目だと叱る大人がいなければ自分の原始的な欲求のまま行動する。 ましてやその国は生と死しかない世界。 子供たちがとる行動は一つしかない。
敵を殺せば誉められ、逃げる者は口封じのために殺された。 毎日の戦闘で成果を上げたものはヒーローとして扱われた。 まるでスポーツだ。 そう、子供たちにはそんな認識しかなかった。 そしてそういう者たちが集まると、それは時に怪異を呼ぶ。
いつからか、多数の少年兵グループの中に誰も死なずに生還するグループが現れた。
少年兵は例外なければ常に戦闘の最前線に駆り出される。 生き残る確率は多くない。
それでもなお、そのグループは全ての戦闘で勝利し、誰も負傷せず帰ってきた。
後に残ったのは敵の屍だけ。
いつしかそんな少年兵グループの事は『グラーブ(烏)』と呼ばれるようになった。
そう、その中にコリーと兄も居た。 今となっては、何故生きていたかはわからない。
 政府軍はそんな彼らを見逃さなかった。
気づいた時にはグラーブはその国の大統領直属の実行部隊として編成されていた。 待遇は格段に上がり、住むところ、食べ物にも困らなくなった。 メンバーはコリーを入れて七人。 その頃にはコリー以外は全員成人を迎えていた。
情勢も政府側が有利になり、国内の内戦も終結わずかというところまで来ていた。
大統領もメディアへの露出が増え、国内外へ終戦をアピールする機会も多くなり、間もなく平和が訪れるはずだった。
しかし、そんな大統領が下した決断は無慈悲なものだった。
それは、グラーブの暗殺。 最もその内戦で活躍した部隊を闇に葬ること。 理由はシンプル。 少年兵を政府が非公式ながらに支援していたとなると、世界からの弾圧の対象になる。 国内外の露出が増えた大統領は自分が正義の人間だという事を証明しなければいけない。 どこで見られているか分からないから、スキャンダルになりそうな不安の種は潰すというのが大統領の下した決断だった。 グラーブの存在が明るみに出れば外交問題にも発展しかねない。 何としても潰したい芽だった。
 そして運命の日は来る。
その日、停戦中のコリーたちは街へ食事に出掛けていた。 コリーの成人の誕生日だった。 部隊の中で最年少だったコリーはみんなから祝福され、今まで生きられたことを神に感謝した。 そして、それは突然起きた。
店の前で反政府軍の装甲車が停まったんだ。 中からゾロゾロと重装備を掲げた兵士たちが降りてきた。 グラーブたちはプライベートでも武器を携行している。 すぐさま応戦の体制に移ろうとしたが、敵の兵士の動きの方が一手早かった。 いきなり店の中に向けてロケットランチャーを撃ってきたんだ。
 奇跡的に……グラーブは全員無傷だった。 店の他の客や店員は全員即死、コリーたちは生き残った。 思えば、それがグラーブにとっての最後の幸運だったのかもしれない。
 コリーたちはすぐに反撃した。 街中で悲鳴や怒号が飛び交い、それを掻き消すように銃声や爆発が鳴り響く。 銃を撃ちながら、仲間が裏口への脱出路を確保した。 次のロケットランチャーが来る前にコリーたちは裏口へと退避する。 幸いな事に、裏口を出て外に出ても待ち伏せはなかった。
コリーたちは仲間へ助けを呼ぶために近くの政府軍駐留施設へ走った。
駐留施設へと近づく度、何か音楽のようなものが鳴り響いていることに気づいた。 それはだんだん大きくなり、まるで頭の中で残響のように鳴り響きコリーを不快にさせる。
何かのクラシック音楽のような、聞いたことがあるような無いような、そんな曲。
「見えた! 駐留施設のビルだ!」
仲間の一人が叫ぶ。 見るとコリーたちが走る前方、約一キロほど先に政府軍の駐留施設のビルが見えた。 希望の光が差した。 敵に遭遇する可能性もあったから、大通りを避けて路地裏を突き進む。
 ビルまでもう少しというところで、前を走る仲間の一人が止まった。
前方を見ると、白装束でニカーブを頭部に巻いて素顔を隠した人間――恐らく女――が立っていた。 全員の血が一斉に凍りつく。
「お前! そこをどけ!」
仲間の一人が女に銃口を向ける。 一般人ならそこまで警戒はしない。 服装も宗教的な意味合いが強いがよく見かける服装でもあったので取り立てて騒ぐほどの事でもない。
ただ一つ絶対的に異質だったのは、女が片手に『チェーンソー』を持っていた事だ。
それがその人物の存在を異様なものにしてしまっている。 頭の中の音楽は最大まで音量が上がり、鼓動が脈打つ。 女は不意に私たちを見ると、こちらへと歩み寄ってきた。
全員が銃を向ける。
「止まれ! 撃つぞ!」
コリーたちの声が聞こえていないかのように、女は歩みを止めない。
女は尚も近づいてきて、そしてチェーンソーのスターターロープに手を掛けて一気に引っ張る。 先にあるギザギザなノコギリの歯が獰猛な化け物のような咆哮を上げて回転しだした。 コリーたちはその場で凍りついたように動けなかったが、いつでも引き金を引く準備は出来ていた。 そして、ついに前にいる仲間の一人が発砲する。 女は一瞬衝撃で体勢を崩したが、歩みを止める事はなかった。
その様子を目撃した仲間全員が、まるで取り憑かれたかのように引き金にかけた指に力を入れた。 蜂の巣にされる女。
 普通に考えれば、そこでそいつは死ぬはずだった。 でも、私たち人間の常識はその女には通用しなかった。
なぜなら……前にいる仲間が弾丸の雨で蜂の巣にされたはずの女にチェーンソーで真っ二つに切断されたからだ。
コリーたちはすぐには気づけなかった。 これが現実で、今まさに仲間が死んだことに。
だって、今までグラーブの誰かが死ぬなんて事なかったから。 いや、頭では理解できてるけど、それがこんなに近くにあったなんて、認めたくなかったんだと思う。 だから逃げるのがまた一歩遅れて、真っ二つにされた仲間のすぐそばに居た仲間にもチェーンソーの刃が食い込んだ。 その時ようやく体を刻まれてる仲間が大きな悲鳴をあげながら倒れ込んだ。 まだ真っ二つにはされて無かったけど、女は容赦なく倒れた仲間に向かって回転するチェーンソーの刃を叩きつけた。
 その時だ。 恐怖が芽生えたのは。 今まで味わったことのない恐怖が全身を駆け巡り、脚が勝手に動いて女とは正反対の方へと動き出していた。 切り刻まれる痛みや、恐怖を想像して、コリーは錯乱しながら走り出した。 ああ、まるで迷路に置かれた実験用のネズミみたいに、誰もいない路地裏を駆け回った。 目指す目的地なんてとうに忘れ、女から遠ざかる事だけを考えて逃げた。
気づくと仲間や兄の姿はどこにもない。 自分一人だけが、この寂しくて恐ろしい世界に取り残された感覚。 でも聴こえるんだ。 仲間たちの断末魔と、あのチェーンソーの音と、頭の中の音楽が……まるですぐ後ろから聞こえるかのように。
 ――どこをどう走ったのかも忘れてしまった頃、それは突然現れた。
あの女が、目の前の路地の陰からヌッと現れた。 コリーにはもう何が現実なのか分からなかった。 もしこれが夢なのだとしたら紛れもない悪夢。 そして現実ならそれは夢から飛び出してきた悪夢。
 女はさっきのチェーンソーは持っていなかった。 代わりに右手に拳銃が握られていた。
コリーも銃を持っていたけど、その女に銃が効かないのはさっきの光景で分かっていたし、何よりさっき弾を撃ち尽くしてからリロードをするのも忘れていたから、コリーの持っている銃はもはや飾りに過ぎない。 頭でそんな事を考える余裕は無かったけど、感覚的に今考えた思考は理解した。 だからまた体が勝手に動いた。 女とは反対の方向へ。
 
 逃げないと殺される逃げないと殺される。

ハンターに追われる獲物は反撃を考えない。 逃げる事しか考えない。 今のコリーは獲物そのもの。
 突然、左目の視界が真っ赤になり、体の感覚が無くなる。 意識というものも無くなった事を意識する。 何もない世界だけど広がる世界が目には入ってくる。 そんな何とも言えない感覚がコリーの体を支配する。 右目の視界は初めから存在しなかったように空虚だった。 仰向けで倒れた体は空を見上げる。 真っ赤な空。
やがて、あの女が銃を持ってコリーの事を見下ろしているのが分かった。 何も物語らない、まるで死んだ者のような目で女はじっとコリーを見下ろしていた。
しばらく見つめると、女は持っていた銃をコリーの顔に向ける。 これが、死?
コリーはその後の事を考えた。 これで死んだら、どこに行くのだろうか? 死んだ先に、神はいるのだろうか。 それは間もなくわかる。
 視界にもう一人の人影が見えた。 コリーの兄だった。 女はコリーへ集中して気づかなかったから、兄は容易に女の背後を取り、持っていたマチェーテを女の頭部へ向けて突き刺した。 女は……視界の外へ倒れた。
「コリー!」
兄が、コリーの名を叫び顔を覗き込む。 でもコリーは答える事ができない。 視界がグラっと揺れ、景色が変わる。 兄がコリーを抱き抱えた。 そして走り出す。 視界にはあの倒れた女が倒れている地面が見えた、そして兄が遠ざかると共に徐々に遠ざかっていく。 女はムクリとマチェーテが刺さった顔だけを起こしてこちらを見ていた。
そこから意識が飛び飛びで、気づいたらコリーは兄に抱き抱えられながら真っ赤な空を見上げていた。 その空には信じられない光景が広がっていた。
空にはまるで怪獣のような巨大な蜘蛛の脚みたいなのが空間から飛び出していて、その周りを人型の小さく黒い物体がふわふわと飛んでいた。
(ここが……あの世?) 
コリーの意識はそこで本当に切れた。
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