第12話 『ブラックアウト』

文字数 9,373文字

シエラたちが去っていってどれぐらい経っただろうか。 凍てつく風や脂粉に体の感覚を奪われる。 二人の死神はさっきから微動だにせずこちらに銃口を向けている。 ただのハリボテなんじゃないかと錯覚さえ覚える。「ねえ、相談があるんだけど」
死神は何も言わない。
「逃してくれないかな?」
やはり何も言わない。 もしかして、本当にハリボテ?
「それは無理な相談だ」
ちょっと動いてやろうかと思った矢先、さっきの回答が帰ってきた。 喋れるじゃん。
「こんな事をしてても何のメリットもないんだけど」
「お前にとってはな。 俺たちにとってはこれが命令だ」
「どうせ一時間したらお前たち消えるんだろ? 私が凍死してもしなくても」
「ああ、それが命令だ」
「だったら最後にいい事しない?」
死神は一瞬間を置き、答える。
「いいこと?」
「近くに小屋がある。 あんた達もここは寒いでしょ? ならそこで少し温まらない? 私と」
「……」
死神二人は私の体を上から下まで舐め回すように見てくる。 きもい。
「残念だったな。 そういう命令は与えられていない。 余計なはかりごとはしない方が体力も消耗しないぞ」
「ええ、もったいない」
「うるさい、黙れ!」
「シエラは話し相手にしててって言ったからお前らと話してるんだけど? ダメなの?」
死神二人の銃を握る手に力が入る。 少し挑発しすぎたか。 そう思った瞬間、すぐ近くで銃声が二発聞こえ、目の前の死神が二人とも倒れた。 頭から血を流して……。
「――二人排除! 敵影なし!」
横から死神が近づいてくる。 私がこの地域に展開していた死神たちだ。
「お待たせしましたクロウ! 大丈夫ですか!」
私はガクッと膝をつく。
「はあ……はあ……」
死神が五人ほど駆け寄ってくる。
「もうちょっと早く来てくれれば……」
「すみません! ハデスの死神たちが多かったもので、機会を伺っていました」
一人の死神が私に毛布をかける。
「小屋から着替えも持ってきました! 体を拭いた後すぐに服を着てください!」
「ああ、ありがとう……」
「お湯です!」
また一人の死神が水筒をくれる。 私はそれを受け取ると一口、二口と飲む。 体の芯に温かい湯が浸っていく感覚がする。 辺獄の空間だから、彼らの持つ水筒も実体を持っている事には感謝したい気持ちだった。
 その後予備のスーツに着替え、コートを羽織る。 死神たちは小屋に置いてきた武器や装備も揃えてきてくれた。
「クロウ! バイクも持ってきました!」
奥から死神が私のバイクを持ってくる。
「ご苦労!」
私はバイクに、死神たちから受け取った武器や装備の入った荷物を括り付ける。 この国に来る際に裏のネットワークを使って仕入れたバイクだ。 この数日は随分こき使ってきたからもうじき走れなくなるかもしれない。 世話になったが、もう少し耐えてくれ。
「道は雪が積もっている箇所もあります。 走行は十分注意してください!」
「わかってる。 一応スノー用タイヤだが、過信しないでおくよ」
「クロウ! 追跡班による情報によるとハデスの死神使い、シエラ達は現在警視庁を目指して車を走らせていると思われます。 現在街は戒厳令下中で、一般市民は屋外には居ません。 その代わり自衛隊の検問や巡回が各地に展開されており、国内の非常時特別措置の発動において、街中での発砲及び敵と認識される存在に対する破壊、又は射殺が許可されています。 こちらも十分注意を」
「ああ、派手にやるのは奴と接触した時にする」
「もし何かあれば我々を召喚してください。 戦車隊、ヘリ部隊、バイク部隊、ハデスの勢力には及びませんが、ゲリラ戦術に長けた部隊です。 状況によっては手助けできると思います」
「ありがとう。 ……当然、ハデスの死神たちも街中に展開されてるんでしょ?」
「はい。 街中に自衛隊の数が多いので大胆な行動はありませんが、このホワイトアウトに紛れて潜伏しているはず。 兵器類は自衛隊のレーダーにも捕捉されるのでヘリや戦車の類は今の所確認できていません。 辺獄空間になった事で現界に実体化してしまうためと思われます」
「クロウ。 改めて申し上げますが、ハデスの死神たちもハデスや死神使いと相互に連携が取れています。 ハデスの死神たちに見つかるということは、ハデスや死神使いにも見つかるという事。 わかっていると思いますが、ユウを人質にされている以上は可能な限り発見される事を避けた方が良いでしょう。 奴はユウに何をするか分かりません」
みんな代わる代わる私にアドバイスをしてくる。 まったく……私の死神たちはお節介な奴らが多い。 正直早くシエラを追いかけたい気持ちではあったが、慌てて行動しても良いことはない。 彼らの話に耳を傾けながら、私はタバコを一本取り出して吸う。 深呼吸をして、心を落ち着かせる。
タバコを吸おうとする度にユウに咎められたりしたから昨日と今日は吸えなかった。 改めてタバコのありがたみを実感する。 心が落ち着いていく。

『おい、それただの禁断症状。 せっかくやめられそうなのに吸ったら意味ないだろ』

ああ、咎める奴がもう一人居なかったら最高の一服だったんだが。
(勘弁してくれ。 十分我慢したろ? それにこれが最後の一服になるかもしれないんだぞ。 良いだろ一本くらい)
『はあ……それを言われると返答に困るな。 俺も吸ってる事になっちまうんだから、せめて俺がお前の中から居なくなってからにしろ。 その後は何本でも吸っていいから』
(はいはい。 わかってますよー)
私は数回吸ったタバコを渋々揉み消す。
(それじゃあ翔。 行くぞ)
『ああ』


    ※

    【警視庁前 午後一時三十分】

車が各地の自衛隊検問を抜け、ようやく警視庁前で止まる。 私の隣にはシエラ。 そして運転席と助手席には死神が座っている。
「さあ、着いたよ。 降りようか」
車から降りる。 私は両手に手錠をかけられていた。 シエラに背中を押されながら歩みを進める。
「警視庁の屋上のヘリポートまで登るよ」
私は歩きながら目の前の警視庁のビルを見上げる。 ビルの各所から火の手が上がり、煙がもくもくと出ている。 まともな状況ではないのは確かだ。
「警視庁内部は死神たちが完全に制圧した。 生き残っているのは署長ぐらいかな?」
 しばらく広間を歩き、玄関から中に入る。 ロビーは火の手が上がり、職員の死体がそこかしこに転がっていた。 その周りを武装した死神たちが歩いている。
「制圧まで三十分と掛からなかった。 なんせあっちは非武装だったし、セキュリティも機能してないからね? この外のホワイトアウトのお陰で外部から気づかれる事もない」
「ひどい……」
「階段で行こう。 エレベータは止まってる」
 階段まで行き、今度は段差を一段ずつ登っていく。 途中にも逃げる最中だったらしい職員の死体が転がっている。
「辺獄はね、煉獄ほどではないけどある程度の電波障害を発生させるんだ。 携帯とかにも影響は出るから、助けも呼べなかっただろうね? 外の自衛隊の連中も通信状況が悪いって慌ててただろ?」
「隔絶された街ってことね……」
「でも死神同士の連絡は取り合えるから私たちには何も問題がない」
シエラは階段の途中で何か思い出したように立ち止まる。
「そうそう。 忘れていたね?」
シエラはそう言い、手を前に出して死神召喚をする。 白い光から出て来たのは……。
「シエラさんよぉ、待ちくたびれたぜ」
山村透だった。
「山村ッ……!」
私は食ってかかろうとしたが、シエラに静止されて動けない。
「じゃあ透。 死神たちと一緒にロビーをお願い。 クロウたちが来たら屋上までのこの階段を死守すること。 それがあなたの最後の使命」
「ああ、わかった。 俺もあの女には借りがあるぜ」
「その後は、一緒にこの来たる素晴らしい世界を見届けよう?」
「ああ。 あと、親父の事は頼んだぜ?」
「任せて? 冥界で特級階級をつけた地位を約束する。 もちろん、あなたもね?」
「どういうことなの……」
「彼には今後、神ハデスの側近として、支配者たちの権力を与える。 私の提示した条件をクリアしたらその地位に就ける事を条件として今まで手伝ってもらっていたんだ」
「何せ俺は選ばれし存在だからな!? いいだろ!? 俺を嵌めようとしてくれてありがとよ! お陰で死後も安泰に暮らしていけるぜ!」
「この野郎ッ……! お前みたいな奴が!」
私は山村に飛び掛かったが、逆に突き飛ばされてしまう。
「くっ……!」
シエラは血がのぼった山村を止めながら私を起き上がらせる。
「大事なゲストだ。 透君、手荒な真似は控えてほしいな」
「ああ、悪りぃ! でもこいつがいけないんだぞ? いきなり飛び掛かって来るもんだから、うっかり殺しちまう所だったぜ! ヘッヘッヘ!」
「事が済んだら何をしても結構。 でも今は身をわきまえるんだね」
「わかったぜ! じゃあ俺はロビーの方へ行く!」
「行ってらっしゃい。 武器とかはその辺の死神から借りてほしい」
山村は階段を勢いよく降りていった。
「さあ、行こうか。 署長室へ」
シエラは再び私の背中を押して階段を登っていく。
「最低……あんなやつ……どうして!? シエラ、アイツは人殺し! そんな奴をこのまま野放しにしておくなんてどうかしてる!」
「……」
「支配者たちの権力って何なの! アイツに支配者としての力なんて与えたら、それこそ冥界が崩壊する!」
「そうかもね」
「ねえシエラ、あなたがどうしてこんな事をするのか分からないけど、きっと理由があるはず! 何があなたをそうさせたの!」
「理由を聞いてどうする?」
「理解したいからだよ! どうしてそんな事をするのか! この世界の均衡を破壊して何のメリットがあるの?」
「それはさっき言ったけどね? まあいい。 屋上まで行ったら教えてあげよう。 その前に透の父親に会わないとね」
「まさか山村の父親って……」
「そう、ここの署長だよ。 そんなに意外な事でもないだろ? 事件の隠蔽が出来るなんて警察関係者でもないとできないしね?」
「やっぱり……警察関係者だったんだ……くっそ……」
「わかってしまえばシンプル。 世界の陰謀の多くは蓋を開けてみればとてもシンプルなんだよ? 少しはスッキリしたかな?」
――だいぶ階段を上がった。 もうじき十八階にたどり着くというところで、階段から出て廊下へと出た。 辺りにも職員の死体や血痕、銃の薬莢などが散乱している。
「この奥が署長室。 署長、居るかな?」
 奥まで行くと一つの扉が現れた。 扉の上のプレートに『警視総監執務室』と書かれている。 警視総監? シエラはこの状況では当然だが、ノックをせず扉を開けた。 中には死神たちに銃を突きつけられた一人の男性が静かに椅子に座っていた。
「シエラ君……」
男は力無くシエラの名を呼ぶ。
「お久しぶりです署長。 顔を合わせるのは数ヶ月ぶりですね?」
「警視総監だ。 何度言わせる」
「失礼。 署長の方が呼びやすいもので」
「ふん。 で、これは何の真似だ? こんな事をしてこの国に居れると思うなよ」
「現状、この惨状の首謀者が私だとは特定されていませんし、この街ももうじき跡形もなく崩壊しますので心配はいりません」
「これはあの国か……あの国の差し金か?」
「どの国でしょう? 何せこの国は様々な国やテロ組織に狙われていますからあなたがどの国を差して言っているのかはわかりませんが、少なくとも差し金という言葉は適当ではありませんね」
「?」
「私はどの国にも組織にも属さない。 私は私。 全ての意思決定は私が下しているのです。 それをお忘れなく」
「相変わらず傲慢な奴だ。 気に入らん」
シエラは署長――警視総監? もはやどちらでもいい――の目の前の机に手をついて顔を近づける。
「署長。 そんなあなたに良いお話を聞かせてあげます。 よく聞いてください」
ニンマリしながらシエラは続ける。
「山村透、あなたの息子さんは私が預かっています」
「なに?」
「もちろん生きてはいません。 彼の魂をという意味です」
「残留思念は無かったと報告を受けていたが……」
「すみません。 あれは嘘です。 敵を欺くにはまず味方から……というのはこの国の言葉でしょう? 申し訳ありませんが、この数日少し私のために彼の力を拝借させてもらいました。 息子さんからも了承を受けております。 そこで彼は私のお願いをとてもよく聞いてくれました。 だから彼に言ってあげたんです。 全てを終わらせた後、あなたとあなたのお父さんを死後にとても優位な場所へ移してあげるよと。 冥界を統べる神、ハデスの側近として支配者の地位に就けさせると。 すごいでしょう?」
「なんだって?」
「息子さん、すごいですね。 彼、私利私欲のためなら何でもしますよ? 誰に似たんでしょうね?」
「馬鹿にするな。 私の息子は断じてそんな人間ではない」
「もうとぼけなくて良いんですよ? 彼から全部聞きました。 父親が全部証拠を消してくれたって。 良いお父さんじゃないですか。 息子のためにリスクを冒してまで証拠隠滅を図る。 安心してください。 きっともうこれが明るみに出る事はありませんから」
「あいつが……話したのか? 全部……!」
「ええ。 まあ私の私見では署長自身の保身のためだと見ていますが」
署長は項垂れながらも口を開く。
「仕方なかった。 警察のトップである家族に不祥事などあってはならない。 明るみに出れば私だけではない、大勢の全警察職員に批判が広がる。 だから仕方なかった……」
私はたまらず叫ぶ。
「綺麗事を! それこそ批判の元だよ! 何故上の人間は地位とか名声とかそんな事しか考えられないの!? 市民が……警察を頼っている全ての人をあなたは裏切っている!」
「君は誰だ?」
「この子は息子さんが事故を起こした時の被害者、徳川翔の恋人です」
シエラが代わりに説明する。
「ああ……一応謝罪する。 息子が申し訳ない事をした」
「一応ってなに!? アンタに謝罪の意思がない事なんてとうに分かっていた! どうして……どうしてアンタみたいなのが……!」
「まあ、世の中には仕方のない事がある。 どうにもできないことがあるものだ」
この開き直り……信じられない。 自分のした事なのに。
「何と言われても構わない。 批判の声は全て私が受けよう」
「だったら今すぐ国民に事件の真実を伝えて謝罪して!」
「申し開きの機会があればな。 だが、ここまで来てしまったらもう戻れない。 お嬢さん。 恨むならいくらでも恨んでくれて構わない。 私には守るべき人間達が居るのだ」
「こいつ……話に、ならない……」
「ふふふ。 警察をまとめる人間は考えることも一流ですね。 ある意味」
「そんな事よりシエラ君。 君の目的はなんだ?」
「ちょっと! まだ話は終わって――」
そこまで言いかけるが、シエラに静止させられる。
「ああ、話すと長いんで簡潔に言いますね? 世界を冥界と同期します。 その為にまずはこの地にハデスを召喚し、そのお膳立てを……」
「この大量殺戮には何か意味が?」
「お忘れですか? 人々の死と魂が私たち死神の動力源。 死の地……即ち煉獄にて神はこの地に顕現できる。 まずはこの街の中心に爆弾を落として死の世界にします。 そして、神ハデスを召喚する。 人々は生と死の境の無い世界へと導かれるのです」
「それは私を殺すという事か?」
「そうですね。 現界で例えればですが、そういう事になります」
「ふむ……」
「安心してください、死は一瞬です朝飯前です。 それにこの世界の人間はじきに全員死ぬ。 あなたは死後、神の側近として息子さんとご家族で幸せに暮らしてください」
「やむなしか。 では、さっさと殺したらいい」
こいつ……どんだけ自分勝手なんだ!
「分かりました。 では手短に終わらせてあげましょう」
シエラはそう言うと懐から拳銃を取り出して署長の眉間に銃口を向ける。 署長は一瞬ビクンと体を震わせたが、すぐに冷静な顔になる。
「カウント……ほしいですか?」
「あ、ああ。 なんせ死んだ事なぞないからな。 少し心の準備をしたいね」
「では五秒としましょう」
「う、うむ」
「五、四、三……」
署長はシエラが秒を重ねるごとに閉じる目を固くしていく。
「二、一……」
一秒……そこでシエラのカウントは止まる。
「ああそうそう。 大事な事を話す前に殺してしまう所でした」
シエラは銃口をそっと下げる。 署長の額からは脂汗が流れていた。
「な、なんだね!?」
声が上擦っている。 相当の緊張状態だったらしい。
「今から大事な話をします。 よーく聞いてくださいね」
シエラは再び笑顔で語り出す。
「皆さんがイメージしているあの世、天国とか……地獄とかあるじゃないですか。 実際には、無いんですよ。 まあ概念という意味でですが」
「は、はあ」
署長は半ば放心状態でシエラの話を聞いている。
「死んだ者は辺獄と煉獄を経由して冥界であるアンダーワールドへと至る。 それは署長もご存知ですよね? 信じているかは分かりませんが」
「いや、まあ信じているが。 君の言う事だからな」
「それは嬉しい。 でね、冥界の先にある世界の話をしましょう。 その冥界の先の世界って……神にさえ分からなんです。 一説では、再びこの世への転生をする転換世界とか、無の世界とか、はたまたそここそが真の天国とか言われてます。 神は審判をするが、その審判にて下された先の世界の情報は神でも分からない。 おかしいですよね? 人の罪を判別する神が、その後の処遇がどうなるかも分からないのに判決を下してるなんて」
「そ、そうだな。 それはおかしい」
「ハデスはその先の世界が怖い。 だから審判を辞め、世界を一つに統合することを選んだ。 もう誰もその先の世界へ行けないように。 世界はアンダーワールドとして、永遠に存在し続ける……そんな世界にするために」
「さっきから何が言いたいんだ?」
「でもね」
シエラは署長の問い掛けを無視して続ける。
「現界、辺獄、煉獄、冥界、この四つ以外の五つ目の世界の存在が一つだけ確認されています。 なんだと思います?」
「なんだ?」
「無の世界ですよ。 正確には世界とは呼ばないのかもしれませんが、無の世界が確かに存在しています。 その世界に魂が入ると文字通り魂さえも消滅した無になります。 前世、生前、すべての記憶や因果などからも切り離され、自分の自我や存在さえも完全に消えてなくなる世界。 それが無の世界。 そう、私はブラックアウトと呼んでいます」
「ブラックアウト……」
「ええ。 その世界は身近に存在しています。 ああ、冥界の身近にという意味ですよ?その世界に行けるのは死んだ死神。 そしてそれ以外の者が入るには神が意図的に案内するか、転生も考えられないほどに全ての世界に絶望するか……」
シエラはそこで一旦区切る。 しばしの静寂が部屋を包み、署長のゴクリと唾を飲み込む音だけが聞こえてくる。
 やがてシエラは口を開いた。
「もしくは、魂さえも存在できないほどの衝撃的かつ超絶的な破壊を自身に受けるしかありません」
「衝撃的かつ……超絶的な破壊とは? 例えば?」
「その前に失礼」
シエラは降ろしていた拳銃を再び構えると、署長へ向けて撃った。
右目から後頭部へ弾丸が貫通し、署長は床へ倒れた。 しばらくして、署長の体から霊体(?)が飛び出してきた。
「ああ署長。 もう心臓、止まったんですか? 早いですね」
「殺したのか!? 殺したのか!? この体は私か!?」
署長の霊体はかつて自分だった体を見ながら狼狽する。
「いくら何でもいきなりすぎるだろ! 驚いたぞ!」
「続きを話しましょう」
「ほへえ?」
「衝撃的かつ超絶的な破壊。 それは本来の体が一片も残らないほどの高威力のエネルギーに晒された時か、はたまた魂すらも自我崩壊を起こすような急激なストレスに晒された瞬間に発生します」
後ろの扉が開き、外から三人の死神が入ってくる。 真っ白のガスマスクに、厚手の防護服を着込んでおり、手には火炎放射器のようなものが握られていた。
「ああ、私毎ですみません。 私ね、お前みたいな奴が一番嫌いなんだよ」
「ど、どういう……」
「さっきから自分の事ばかりで息子さんの事を一ミリも心配してなかったね。 おまけに聞いてみればやっぱり出るわ出るわの言い訳、保身。 あ〜虫唾が走る。 そりゃあんな息子になるわけだよね? うんうん納得だ」
「なんだいきなり! 何を言いたいんだ」
署長は痺れを切らして怒鳴り散らす。
「さっきの話さ……いい話だったよね? 神の側近にしてあげるってやつ。 良い話だよねえ……? クックック」
シエラは堪えきれずに噴き出す。
「本当ならね? ひっひっひ」
「な、なんだって?」
「嘘に決まってるだろ? なんでお前みたいなクズを支配者にしなきゃいけない? 馬鹿なのかい?」
「ままま、まて! 何の話なのか分からん! 嘘ってなんだ!?」
「本当に信じてたんだねえ? クックック。 こりゃお前の息子の時も楽しみだね」
火炎放射器を持った死神三人が一斉にその噴射口を署長に向ける。
「お、おいおい! 何をする気だ! やめてくれ! 助けてくれ! 何でもするから!」
「命乞いまでクズ全開。 さっき話したブラックアウトね、ちょっと試してみたくないかい? ほら、私冥界でもアンタの顔見たくないしさ? 消えてくれないかなあ? 存在自体。 なに心配いらない。 ブラックアウトまで大体三十分未満だと思うから、その間だけ地獄を味わうだけさ、まあ……私の目安だけどね?」
「は……は……」
「ま、人によっては無の世界を欲する人も居るしね? ある意味天国と考える事もできるよね? だって何も存在しない世界なんだから。 煩わしくないよ?」
「や、やめろぉおお!?」
「天国も地獄も存在しないなら神である私がその真似事をしても良いよね? 地獄を。 ハデスもそれを許してくれてる」
シエラは私の方を見る。
「最後に掛けてあげたらどうだい? 冥土の土産にもならない言葉を」
この状況で、何を言えば良いのか。 掛ける言葉は……無かった。
「そう、何も無いのか。 それは残念。 フフフ……だってさ、山村署長さん? あなたに掛ける言葉はもうない。 ゆっくりもがいて苦しんでブラックアウトしてくれ」
シエラが死神たちに合図を出すと、火炎放射器から一斉に炎が署長へ向けて放たれる。
「ぐぎやあああああぁあぁぁぁぁあああああああ!!」
到底人の声とは思えない叫び声が署長の喉から出る。 署長は部屋の隅まで追いやられ、止めどない火炎をくらい続ける。
「生身や辺獄の体とは違い、煉獄に到った魂はブラックアウトするまで消えない。 自我崩壊を起こしてブラックアウトするまで火を止めるなよ」
「分かりました」
「さあ倉本さん。 スッキリしてくれたかな?」
「うっぷ……」
私はたまらず部屋から飛び出して廊下で嘔吐する。
「あらら、逆に気持ち悪くなった? 少し刺激が強かったかな?」
後ろからシエラが私の背中をさする。 しかし部屋の中からは尚も叫びがこだましているので、一向に嘔吐感は消えない。
「耳障りだね。 気分転換のためにも早く行こうか、屋上」
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