第10話 『鴉と偽りの殺意』

文字数 10,521文字

    【クロウの隠れ家 十二月二十四日 午前十時十一分】

「今日は何日だっけ?」
「え?」
「十二月……何日だっけ」
「今日は十二月二十四日だ」
「何の日か、知ってる?」
「……ああ」
「何の日?」
「クリスマス……クリスマスイブ」
「ねえショウ。 ショウも生きてたら、こうして私とイブの朝にベッドから外の景色を見てたのかな」
「多分な」
「雪、降ってるね」
「ああ、だいぶ降り積もってる」
「雪かき、大変そうだなあ」
「おいおい、この場であんまり現実に引き戻すようなこと言うなよな」
「ごめんね。 でもさ、あんまり夢を見てたくないんだ」
「どうして?」
「これが現実だって、噛み締めたいから。 夢だったって終わらせたく無いから」
 私とショウは布団にくるまって寝ていた。 外は雪が降っている。 ストーブはとっくに消えていたので、布団から外には出られない。
寒いからの他にも、出たくない理由はある。
「ユウ、コーヒー飲むか?」
「クロウ? ああ、いいかも。 でももう少しこのままがいいかな」
そうだ。 隣にいるのはクロウだ。 ショウではない。 でも、きっとショウとして話してくれたのかとは思う。
「そうか」
眠くは無いけど、何かとても体を動かしたくない。 動きたくない。
もうちょっとだけ、あともうちょっとだけ……。

「――ユウ、起きろ」
 緊迫したクロウの声で目が覚める。 時計を見るとあれから少し時間が経っていた。
「外に配置している死神たちの定時連絡が、あるエリアを境に途絶えてる」
「それって……」
「すぐ服を着ろ」
クロウはベッドから抜け出して着替えを始める。
「ちょ、ちょっと……どうしたの?」
「連絡が途絶えるってことは何かあったって事だ」
「もしかしてハデスたちが?」
私も急いで服を着る。
「恐らくな……ここもじきに安全じゃなくなるかもしれない」
クロウは白いワイシャツを着てズボンを履くと、ジャケットに手を伸ばす。 しかし窓の外の雪景色を見てその手を引っ込めた。
「どうしたの?」
――その時、外から爆ける音が聞こえ、雪の上に何かがドサッと倒れる音がする。
私たちは二人ともその音で固まる。
「ユウ、窓から出るぞ」
「……え?」
「もう猶予はない。 いいか、私の後に離れず付いて来い」
「わ、わかった!」
クロウは手早く体に、銃の弾丸やホルスターが巻かれているベルトのようなものを装着し、そこに色々と詰めた。 そして窓の方に近づくと、側面から外の様子を伺う。 外はかなり吹雪いており、数メートル先は非常に見え辛くなっている。
「相手は赤外線で熱探知しているかも知れない」
「赤外線?」
「この雪原の中でも熱を発する物を捉える事ができる装置だ。 スナイパー……スコープに取り付けてるのか?」
クロウはそう言うと、ベッドにあった布団を丸めると窓のそばに置く。 そこにポリタンクに入っている液体をかけ、ライターで火をつけた。
布団は勢いよく燃え上がり、クロウは窓を開けて布団の燃えていない部分を持ち窓から外に放り投げた。
外で勢いよく燃える布団に何か小さい物が凄いスピードで直撃し、燃え盛る布団の一部を吹っ飛ばした。 布団の一部は私たちから見て右の方に飛んでいって地面に落ちる。 一部はまだ燃えていた。
「行くぞ! 窓から出たら右へ向かって小屋を盾にするように森へ走るんだ!」
クロウは言いながら勢いよく窓から飛び出る。 私も慌てて続いた。 まず左側から死角になるようにそのまま家の右側面に回り込む。 そこで一呼吸置き、一気に森の方へと駆け出す。
「いたぞ!」
小屋の玄関側から声がする。 敵だ! クロウはそちらへ持っている拳銃で銃弾を浴びせる。 視界が雪で非常に悪く、仕留められたかはわからない。 しかし敵からの銃撃は躊躇わず続き、私たちの走る地面が爆ける。
幸い森への入り口はすぐのところにある。 気づいた時には森に侵入していた。 銃弾の猛攻は尚も続き、横の木々を銃弾がかすったり爆ける音が聞こえてくる。 もう割と慣れたかも知れない。 昨日から恐怖神経も麻痺しているに違いない。
「ユウ大丈夫か!」
「だ、大丈夫! それよりこのままどうするの!?」
「敵の人数が把握できない以上ここから遠ざかるしかない! 少なくとも、遠くに狙撃手、小屋に二人いたのは確かだ! 殺された私の死神の数から見て、敵は少数であることは確かだな。 しかもゲリラ戦に長けてる――」
言いながら、クロウは何かハッとしたような顔をする。
「どうしたの?」
「いや、まさか……」
 少し雪の降りしきる森の中を全力疾走した時、今度は目の前から銃弾が飛んでくる。
「!?」
無数の銃弾は地面に当たり爆け、私たちは足止めされる。
「ユウ! そこの窪みに隠れろ!」
クロウに突き飛ばされて私は地面の少し窪んだ所に放り込まれた。
クロウは窪みに体半分入れると、私に耳打ちする。
「ここで待ってろ……! ちょっと片付けてくる!」
「え、クロウ!?」
クロウは私の声を無視して外へと飛び出していってしまった。
    
    
    ※

前方から機銃掃射の音が止まない。 恐らく軽機関銃での牽制射撃だ。 直接狙いを付けられているわけじゃない。 だがいつまでもここで足止めを食らっていたら後ろからの追手にも追いつかれるだろう。 どうするか……。
私は腰の辺りを探る。 そこには発煙手榴弾がぶら下がっていた。 この方法でいくか。
私は腰に下げた発煙手榴弾を手に取ると、ピンを抜いて前方に投げる。 大体の位置は銃声と弾丸の飛んでくる方角から割り出せている。 私の投げた方角は間違いない。
 しばらく待ち、前方を確認すると煙が周囲を覆っていた。 今だ。 私は敢えて煙の方へは行かずに匍匐前進をして木々の間をすり抜けていく。 煙の中に入らないように、慎重かつ大胆に移動する。 軽機関銃を持っている標的はこの先にいる。 恐らく煙に気を取られて、他のクリアな視界の方は逆に注意散漫になっているはずだ。 その隙を突く。
 しばらく地面を這っていると、見つけた。 木の枝の上に一人。 私は深呼吸し、銃口を奴に向ける。 照準を敵の頭部に……ゆっくり合わせた。 そして……撃つ。
乾いた音が一発。 森に響き渡る銃声。 弾丸は頭部を貫通し、奴は静かに脱力して下へ落ちていく。
ゆっくり落ちた奴のそばへ近寄る。 死神なら絶命した瞬間に露と消えるはずだが、そいつは落ちた後も消えなかった。 ということは……まだ息がある?
 そいつの横につく。 脈も取るが、どう見ても死んでいる。 なら……なぜ消えない?
「……」
そいつの顔を見る。 やはり、私の見知った顔だった。 という事は、こいつを除いてあと五人は私たちを狙うハンターがこの近くに居るはず。 まあ、必ずしも五人とは限らないかも知れない。 でも直感的に、いや確信的に五人だと私は断言できる。 理屈は無ければ証拠もない。 でも断言できる。 そうだと決まれば、これまで以上に柔軟で的確な判断の下行動しなければいけない。 私は耳を澄ました。 後方から木々や雪を踏むような足音がするのが分かった。 私は身を屈めると、再び草むらの中に身を隠す。 足音の正体を目を凝らして探っていると、主は遠くにいるのを私の視界が捉えた。 隊の中で唯一の二人一組のバディ。 その二人は私のいるこの辺りを警戒しつつも、こちら側に注意を寄せて近づいてきている。 見つかっているわけではない。 ただ、このたった今殺した死神の姿を確認しようとしているのだ。 それが見つからないから、きっと奴らは彼に何が起きたかを察知したはず。 そしてそれを実行した張本人はそのすぐ近くにいると……。
彼らの考えている思考が手に取るように分かる。 だからその裏をかく。 だが注意しなければいけないのは、私も同時に奴らの思考と同じ考えに至って行動しまう事だ。
思考が拮抗した時、必然的に数が多い方が勝利となる。 だから、二手、三手と先を読んだ行動をしないとこの戦闘には勝てない。
 私はすぐにでも二人を先制攻撃できる体制にいる。 だが、敢えて私はその選択肢を取らない。 何故なら、その後ろに居るもう一人の存在の可能性を否定出来ないから。
さっき、小屋に居た時に布団へ狙撃をしたのはあの二人組ではない。 狙撃手が後方に居るのだ。 その狙撃手が再び二人の後ろからついてきて何処かの木の上から狙ってないとも限らない。 そしてその狙撃手は少なくともこの数メートル先も見えない吹雪の中で狙撃ができる赤外線スコープで狙いを付けていることになる。 そいつに気付かれずにあの二人に攻撃を仕掛けるのは至難の技だった。 どうする?
 今私がしなければいけない事は一つ。 狙撃手に私の場所を悟られないようにあの二人に奇襲を仕掛ける事。 その方法は? 考えろ。 私は辺りを見渡す。 ああ、あるじゃないか。 赤外線に捉えられずに行動する方法が。
 私は索敵する二人に気付かれないように、降り積もった雪の上に仰向けに倒れる。 そして両手で雪をすくうと、顔、体、服の下にもにまんべんなく塗りたくる。 体温が急激に下がる。 ついでに雪も口いっぱいに頬張る。 体の芯から冷えていき、白い息も出なくなった。 これで赤外線に捉えられる事は無くなったはずだ。 あとは手早くあの二人を片付けられれば……。 幸い、まだ射程内に二人は居た。 私はさっきと同じように腰に手を持っていき、感触を確かめる。 腰にあるのは、手榴弾。 一つだけぶら下がっているそいつをゆっくりと手に持つと、ピンへと指を掛ける。 投擲ポイントを見定めゆっくりと投げる体勢に入った。
「コリー! 何処にいるの?」
「――!」
奴らは声を掛けてきた。 私の体は一瞬だけ硬直してしまう。
「コリー? 私よ、出てきて? あなたに会いたいの!」
聞き慣れた声だった。 私の記憶に眠っていたあの声と合致し、それは確実に私から戦意を奪っていく。
『コリー聞いちゃいけないよ。 奴らは確かに君のよく知る彼らかも知れないけど、もうハデスの死神だ。 君を見つけたら、それは旧知の再会じゃない。 敵との遭遇だ。 君を殺すためなら、奴らは何でもする』
タナトスが私に語りかけてくる。 ……分かってる。 死神の意識は生前の記憶や性格、身体的特徴まで本人と一緒だ。 つまり生前と変わらない。
でも一つだけ大きな違いがある。 それは、宿主――つまりハデスやタナトス、死神使いの命令に絶対服従だということ。 死神たちの体――いや、定められた『魂』にそれを刻み込まれているのだ。
だからこの声は……彼女本人の意思による声なのかも知れない。 でもその後私に繰り出される対応は……死神の使命を全うする行動だ。 だから……殺す!
 私は勢いよく手に持っている手榴弾を二人組の『死神』に向かって投げた。
「グレネード!」
手榴弾は二人の間に綺麗に落ちた。 気づいた二人は散開して駆け出そうとすると思ったが、片方は逃げずに地面に落ちた手榴弾へ体ごと覆いかぶさった。
「!?」
 爆発。 吹き飛ぶ体。 身を挺して、もう一人の死神を守った?
 私はすぐさま無事だったもう一人の死神へと駆け寄り、銃を構える。 死神は、私を見る。 刹那――死神は私の顔を見る。 その顔は、笑っていた。 手に持つライフルを私に向けるまで、ずっと。 かつて見た、あの笑顔。 私にはその笑顔の意味がすぐに分かった。 だから私は引き金に力を込める。 その顔に、額に向けて、弾丸を放つ。 乾いた音がこだまする。 死神が、倒れた。
「もうじき……仇を取るから」
私は目を一瞬だけ閉じ、かつての思い出に思いを馳せる。 それらは流れるように私の頭の中で浮かび出ては消えていく。 そして私は目を開ける。 あとは狙撃手だ。 私の体温はもう熱探知されないほど冷めきっている。 今の戦闘で音は聞かれたかも知れないが、場所までは把握出来ないだろう。 だとしたらもう肉眼で探ってきているはず。
 この部隊の特性は極めて厄介だ。 通常、チームは一つの固まりとなって先頭と後方とで行動していく。 だがこのチームはそれぞれが独立した戦術を持ってバラバラに行動している。 しかし連携力は高く、離れていても他の仲間がどういう状況なのかを的確に察知できる。 一人二人倒したそばにもう一人近くに居るとは限らない。 どこか全く見当違いの場所で全く異なる戦法で待ち伏せしている可能性も捨てきれない。 狙撃手なら尚更思考を読む事は難しい。 狙撃手はどこだ? そして、あと一人もまだ見当がつかないのも懸案事項だ。
私は草むらに再び身を潜める。 降りしきる吹雪は視界をホワイトアウトさせるほどに強いものだった。 山中とはいえ、この国の首都でここまで豪雪になるものなのか。 雪の量に応じて言い知れぬ疑念も積もっていく。 だが今はこの状況を逆手に取って打開していくしかない。
私は手をいっぱいに振ると、死神たちを四人ほど召喚させた。 ハデスの死神は、途中で殺されたであろう私の死神たちの場所から予想するなら、この山中以外で召喚された可能性が高い。 だからハデスの死神使いがここの山にいる可能性は低いはずだ。
だから少し派手に死神を召喚しても、死神使いに私たちの居場所を特定される心配は無いはず。 この吹雪の中に六人ぽっちの死神を護衛に直接足を運んでいるなら別だが。
 目を閉じて耳を澄ます。 私の死神、そして雪と風以外の音源を探す。
 しばらくすると、召喚した死神が一人撃たれた。 その後再びもう一人が撃たれて倒れる。 銃声……音速を超えた弾丸が風を切り進む音。 撃たれた方角。 頭の中で座標が出来上がり、的確に位置を割り出していく。 私はその割り出された方角へゆっくりと進んでいく。 ちょうどホワイトアウトが薄れ、視界が遠方まで捉えられるようになってきた頃に、そいつを見つけた……。
奴は朽木の陰から狙撃を行なっていた。 肉眼と赤外線スコープ両方を切り替えながらの狙撃だった。 今も狙撃を行い、一人倒される。 私はもう一人の死神に合図を出し、反対方向へと向かわせる。 ハデスの死神もその動きを追い、射程圏内から私を死角へと外す。 そして再びホワイトアウトが訪れて視界も三メートルより先が見えなくなる。 今だ。 この機会を逃す手はない。 私は慎重に接近を開始する。 シミュレーションではあと十秒後には奴の背後を取れるはずだ。

五秒ほど経ち、再び銃声。
最後の死神が倒れる。 視界に間も無く見えてくるはずだ。 徐々に……徐々に……人影は次第に鮮明になり……そして視界に捉える。
死神は、私の方へ銃口を向けていた。
「――!」
しまった。 こちらの思考を完全に読まれていた。 咄嗟に銃を構える、しかし死神の発砲の方が早かった。
「くッ!?」
幸いにも撃たれたのは持っている銃の方だった。 私が持っていた銃は弾き飛ばされ、後方に転がる。 相手は撃った後に銃の排出の動作をする。 どうやらボルトアクション式のスナイパーライフルらしい、しかし近づいて接近戦に持ち込もうにもそんな猶予ももう残されていない。 私は咄嗟に腰に下げたマチェーテを引き抜き、死神へ目掛けて投げた! 綺麗に一直線に飛んでいくマチェーテ。 ボルトアクションを終えた死神の首筋へ真っ直ぐと飛んでいく。 そして胸にマチェーテは深々と刺さる。 死神は声も上げずに倒れた。
「はあ……はあ……」
脈打つ鼓動を落ち着かせ、私は倒れた死神の脈を確かめる。 もちろん絶命している。
私は胸に深々と刺さったマチェーテを引き抜くと、血を拭って腰の鞘へと戻す。
――その時。 遠くから銃声が聞こえた。 私は後ろに落ちた自分の銃を拾うと、音のした方へ銃を構えて進む。

一発……二発……音源に近づく毎に発砲は周期的に繰り返された。あと一人……。 まだ遭遇していない死神は後一人。 その一人が誰か私にはわかる。
しばらく歩くと崖が見えた。 そして崖の端にある岩の上に、その死神は座っていた。
私は銃を降ろさずにゆっくり近づく。 その死神は空へ向けて銃を握っていた。 間違いない。 こいつがさっきから銃を空に向けて撃っていたんだ。
 そいつは私の存在を察知し、銃を降ろしながらこちらを見る。
「おめでとう。 これは祝砲だ。 俺を除いて全員殺ったな?」
「あんた……」
「久しぶりだな、コリー」
その男は、右目が無かった。
「大きくなったな、といっても……デスマスターは歳を取らないんだっけか?」
「……」
「そう怖い顔するなよ。 せっかくの兄妹の再会だ。 もっと喜べよ」
そいつは、かつてグラーブで一緒に戦った、私の兄だった。
「五人共、殺してくれたんだな……ありがとう。 お前の戦いを見せてもらったぞ。 もう心配はいらないな。 後は俺だけだ。 俺を殺せれば、試験は合格……なあんてな」
「……わざと? いや、死神にそんな事できるわけがない」
「もちろん彼らも本気でお前を殺すつもりだった。 でも、それをお前は見事返り討ちにした。 俺たちの戦力以上ということだ。 もしかしたらグラーブで誰も死ななかったのはコリー、お前のお陰だったのかもな。 実際にお前は文字通り不老不死になった。 お前こそ勝利の女神だったわけだ」
「あの時と今の状況は違う。 勝手に勝利の女神に仕立て上げないでほしいな」
兄は笑う。
「ところで、俺たちが死神で本当に良かったと思ってる。 これは本当だ」
「どういうこと?」
「死んだ人間の魂を吸収すると、その人の経験してきた人生がまるで自分の人生だったかのような錯覚を受ける。 それだけじゃない。 その人の会得した知識や思い出、あとはまあそうだな、戦闘の知識とかな。 デスマスターはそういうのを吸収できるんだよな? でも死神化するとそういった恩恵は得られない。 代わりに戦い慣れた歴戦の兵士なんかを死神使いにすると力としては強大な物になっていく」
「何が言いたい?」
「俺たちが死神になった事で、お前の顔がハデスのデスマスターに今までバレずに済んだんだ。 だから今日までお前は無事でいられた。 だが気をつけろ。 ハデスのデスマスターは、既にお前の顔を見ている」
「死神なのにそんな忠告をして大丈夫なの?」
「ああ、私語や言論統制はされていない」
「ついでにデスマスターが何処にいるか、そしてそれは誰かも教えてくれる?」
「それを伝えられるようには命令を受けていないんだ。 悪いなコリー」
兄は立ち上がる。
「さあ、これで話はおしまいだ。 俺からまだ話があるとしたら、頑張れよって事ぐらいだな。 奴……デスマスターは強い。 奴を殺せるのは、もうお前しかいないのも確か」
兄は正面に体を向けると、銃をこちらへ向けて構えた。
「兄さん……!」
「良いんだコリー何も言うな。 これで終わりだ。 どちらかが死ぬ。 そしたら、全ては神の領域へと至る。 お前の後悔や懺悔なんかをここで今俺に言ったところで、何にもならない。 だからコリー、何も言わずに、俺を殺せ。 俺もまた、お前を殺す」
撃たないといけない。 だが……引き金が、引けない。
「撃たないのか? じゃあ俺が撃つぞ」
兄の持っている銃が火を吹く。
「――ッッッ!」
弾丸は私の持っている銃へ当たり、銃は再び後方へと転がっていく。 デジャブ。
「おいおいコリー! そりゃないぜ。 戦意喪失か? じゃあ――」
兄はそう言うと私の方へと向かって歩いてくる。
「思い出させてやるよ……」
兄は私の胸ぐらを掴み上げる。
「戦い方をよぉ!」
一気に崖の方へ向かって投げ飛ばされた。 崖っぷちから眼下を見る。 かなり急な坂が見え、突出した岩がいくつも見えた。 落ちればただではすまないだろう。 兄が、私に迫ってくる。
「それでも体が動かないなら、殺すしかないな!」
死にたくない。 死にたくない。 死にたくない!
私は繰り出される兄の蹴りを避けると、足払いをした。 兄は体勢を崩して転ぶ。 即座に私は倒れた兄から距離を取る。
「ふっはははは! やれば出来るじゃないかコリー!」
倒れたまま、兄は宙を見ながら笑う。
「でもこんなんじゃ俺は殺せないぜ!?」
兄はゆっくりと立ち上がると、戦闘の構えをとった。 私も同じく格闘の体勢に入る。
「迷ってるなコリー。 なら教えてやるよ。 俺たちにはお前を殺すこと以外にももう一つ役目を与えられてる。 辺獄へ迷い込んだ魂を冥界へ導く事だ。 知ってるよな?」
「……」
「お前と一緒にいる女。 あいつも俺たちの暗殺対象に入ってる」
「だろうな」
お互い距離をとりつつ、いつ事が起きても良いように油断のない体勢で話し合う。
「コリー、あの戦いの日々には慈悲なんて無かったよな。 誰かが死んでもまた誰かが代わりに入ってくる。 泣け叫ぼうが喚こうが女子供でも敵であれば容赦なく殺した。 だから俺たちに慈悲なんてない。 でも今のお前はどうだ? 精神を他の魂に影響され、自分を見失っている。 お前の今の最大の弱みはそこだ」
「まどろっこしい! 何が言いたい!?」
兄はニヤリと笑う。
「いいか? お前を殺した後、あの女も殺す。 だがただでは殺さない。 たっぷりと追われる恐怖を味合わせた後、苦痛を感じながら殺す。 もう殺してくださいって懇願するまでな! ひひひひ!」
「貴様……」
「だってそうだろ? お前には情があるのかもしれないが、俺たちにはあの女に慈悲をかけてやる理由なんてないんだぜ? カラスってのは頭が良いんだ。 時には憂さ晴らしに獲物に恐怖を植え付けて美味しく頂くこともある。 それをするだけさ。 何もおかしな事はない。 お前もカラスだったはずだろ? でも今じゃ、なんだその様は? それこそ神にでもなったつもりか?」
「あいつに手を出してみろ……地獄にいたとしてもただじゃおかない……!」
「俺たちはなあ、人間なんだよ。 そして、命を与えられた醜い存在だ。 綺麗な部分なんて無いんだ。 それはこの地球上にいる生物全てに言える。 生あるものは自分の利害を優先し生きてる。 他人や他の生き物を無惨に殺しながらな。 そうして俺たちは生きてきた。 この話は前にもお前に聞かせてやったが、覚えてるか?」
「……」
「ならコリー。 俺を殺す事と、あの女が俺たちに惨たらしく殺される事は同じなんだ。 そして俺がお前を殺すこともまた同じ。 今のお前は、これは正しいとか、これは間違いとかそんな陳腐で無意味な思想に囚われ動けなくなっているただの愚か者にすぎない。 俺は自分に正直に生きてきた。 そしてこれからもそうであると思っている。 だからな」
兄の動きが止まる。
「俺を失望させるな。 自らの本性を否定するな。 本当のお前が見たい」
「本当の私?」
私は兄を見る。 兄は期待の目で私を見ていた。 何を期待しているのか。
でも、少なくとも選択の余地が無いのも確かだ。 兄はもう死神だ。 ハデスの命令に忠実に従う使徒でしかない。 だから、私が彼を殺さなければ、ユウも死ぬ。 だからもう選択の余地はない。
「どうしたコリー? やっぱり怖いのか? 俺が? そうだよなあ。 俺には勝てないよな? だってお前の弱点を俺は正確に突いてるんだからよ!」
兄はその言葉を皮切りに、一気に私へ向けて突進してくる。 こいつは……死神だ。 そう。 私の使命は、ハデスの代理人を殺すこと。 そしてユウを……。
こいつは……『死神』だ!
「――!」
掴みかかろうとする死神へ強烈な右ストレートを食らわせる。 一瞬怯んだ所へさらに膝蹴りを腹にお見舞いしてやった。
「ぐぼぉ! ごほッ!」
死神は口からダラっと血を流し、私を見た。
「ああ、それだよ! そうこなくちゃな! 今度は俺から行くぜ!」
「……!」
死神は身を屈めると器用に体を左右に揺らしながら突進してくる。 動きが読めない。
そして、動きに気を取られている一瞬の隙をついて顔面にキックが飛んでくる。
「くッ!」
かわしたつもりだったが、顔面に強烈な打撃を浴びる。 回避行動をとらずまともに食らっていたらそれこそ一発で昏倒するレベルの蹴りだ。 鼻は辛うじて折れてない。 だがかなりの激痛だ。 くそ。 私も体勢を屈め、半ばタックルのような形で全身を使い死神へ体当たりする。 そのまま組み合いゴロゴロと地面を転がる。 お互い回転する体。
地面側にならないように捻りをきかせ、私は上側になって死神へ馬乗りの状態になる。
拳に力を込め、顔や胸を殴打していく。 死神は手でガードしながらも私の首元へと手を伸ばし締めてきた。
「でもまだだコリー! 本気を出せ! 腰のマチェーテはただの飾りか!?」
笑いながら死神はガードを外す代わりに私の腰からマチェーテを抜く。
「!?」
しまった。 手に持ったマチェーテの刃が私の首を目がけて飛んでくる!  だが寸前の所で死神から離れてマチェーテの斬撃は空振りに終わった。 死神は勢いよく立ち上がると、再び今度は斬りかかろうと迫ってきた。 よく見ろ……よく見ろ……。 私は相手の動きを読み、マチェーテを持って振り上げられた腕を掴む。
「ぐぐっ!」
腕にしがみつき、足を掛けて倒そうとしたがうまくいかない。 死神も体を捻りながら私を引き剥がそうとするが、ここで引き剥がされたら終わりだ。 力と力が拮抗しあい、お互いの体だけが乱暴に揺れる。
「くっそ!」
私は死神の腰のホルスターに気づく。 銃が収まっていた。 私はすぐさまそれを引き抜くと、死神の顎から上へ向けて銃口を向けた。
「……!?」
今度は躊躇しない! 私は引き金を力一杯引く! カチッ!
「――!?」
銃の弾倉は空だった。 あの最後に撃った弾丸で空になったのか?
――その時だ。 私たちは崖っぷちに居た事に気づく。 そんな刹那の一瞬、死神が足を踏み外して崖の外へと身を乗り出した。 私もすぐに離れることが出来ずに一緒に崖の先へと体を持っていかれる!

落ちる……!
 そう思った時にはもう遅い、私たちは組み合いながら崖下へとゴロゴロと落ちていく。
徐々に加速をつけていき、ゴツゴツした硬い岩に何度も体を打ち付け落下していく。
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