第4話 『妖刀と処刑人』

文字数 6,476文字

《お待たせしました! パインミルクと……タピオカミルクティーです!》『AR店員』は元気な声で静かに二つのグラスをテーブルの上に置いた。
「店員?」
クロウが訝しげに聞いてくる。
「あれ? AR(アル)が珍しい?」
「アル? アルってなんだ?」
AR――アルとは、ここ数年の間に国内で普及し始めた個人用汎用ロボットの事だ。
海外の大手企業二社が共同開発したもので、個人用としては新車を一台買えるぐらいの値段で購入、もしくは月額でレンタルすることができ、都心部の人手不足の飲食店や個人営業の店には爆発的に普及が進んでいる。 
人間の五歳レベルのAi搭載でお客さんの簡単な要望にも応えられ、アンドロイドとロボットの中間的なスペックから『Android Robot』通称『AR(アル)』という名称が付けられた。
「なるほど……話には聞いたことがあるが、実物は初めて見た」
《ご注文は以上でよろしいですか?》
「ああ」
クロウはそうひとこと返事を返すと、AR店員は再び忙しい店内へと戻って行った。 私の目の前にはパインミルクが置かれている。
「なあんていうか、予想外」
私はタピオカミルクティーを今にも飲もうとするクロウへ言った。
「何が? ロボットを知らなかった事がか?」
「違うよ。 てっきりブラックコーヒーでも飲むかと思ってた」
「見かけで判断するな。 こう見えても流行には敏感なんだ」
「いや、全然古いし……むしろいつの時代?」
私たちは隠れ家から少しバイクで離れ、郊外にある喫茶店へと来ていた。 昨日から何も食べておらず、さっきコンビニでパンを買って食べた。
せっかくだから休憩にと喫茶店へと寄ったのだ。 ちなみに料金はクロウ持ちだ。
「所でクロウ、味方の死神が居る防衛線の中で過ごした方が安全なんじゃ? また昨日の奴らが襲ってくるかも」
昨日のことを思い出すと未だに肝が冷える思いだ。 クロウはタピオカをモグモグしながら言う。
「防衛線の中にずっと居ると、敵から私たちの居る大体の目測を立てられてしまう。 敵に私たちはここに居ますよって言っているようなもの。 だから適度にこうやって外部に出る必要があるんだ」
「ふうん」


《番組の途中ですが、緊急速報をお伝え致します》


突然、喫茶店にあるテレビ番組が緊急速報に切り替わった。
《昨晩、是枝防衛大臣による発表で準備体制のレベルが3に引き上げられましたが、先ほど官邸から国内で初のレベル2に引き上げられたことが発表されました》
その後テレビの映像は官邸の映像に切り替わり、レポーターが状況の説明を足早に伝えはじめた。
「なんか大変な事になってるね。 レベル2ってヤバいの?」
「外国では『デフコン』という戦争準備体制をレベルで区分けしてる。 この国ではそういう区分けは無いが緊急的にそれを当ててるんだな。 レベル5は戦争が無い平時の状態で、レベル4が戦争の可能性を視野に入れた準備体制、レベル3がそれよりもさらに高度な準備体制、そしてレベル2はいつ戦争状態に突入しても問題ない最高度の防衛体制だ」
「それが1になるとどうなるの?」
「1は、戦争状態の時」
はあ……この国が、いまそんな危機的状況にあるとは思えない。
「お前、あんまりニュースとか見ないだろ」
クロウはぶっきらぼうに聞いてくる。
「だって、そんな状態でもみんな普通に仕事してるし、街中の人の流れもいつもと変わらないし……明日は――」
「お国柄か……無理もない」
クロウは呆れながら窓の外を見た。
「いつ何が起きるか分からない。 それこそ昨日の現実が今日にはガラッと変わってるかもしれない」
それは、今は身に染みてわかる気がする。
「三ヶ月前にこの国で初のレベル3が発令された時。 その時裏のネットワークで例のハデスの死神使いの情報が出回ったんだ。 この国にいるって。 私はこの戦争準備体制に奴の意思が関わっていると睨んだ。 明らかに急激な変化だったからな。 何か人が多く死ぬかもしれない場所に、奴はハデスと共に必ずいる」
「え、じゃあ……そいつを倒せば戦争にはならない?」
「そう簡単な話でもないけどね。 元凶は無くなるだろうな」
《各地検問所への防衛型アンドロイドの配備も既に完了しているということで、これによる国の法律に抵触する――》
 私たちは少し喫茶店で過ごしてから外へ出た。 街中は、いつもと変わらないと思っていた。 だが――。

「!?」
小さな道路を埋め尽くすぐらいの巨体をした車両が移動している。
それは戦車だった。 周りには複数の武器を持った迷彩服の兵士のような人間たち。
「死神!?」
昨日の光景を思い出し、私は身構える。 クロウは私の肩にゆっくりと手を置いた。
「違う。 あれはこの国の同盟国の兵士だ。 きっとこのレベル2に備えての最大級の警備体制の表れだろう」
「確かに、よく見ると白くないし目もある……」
「都心の方ではさらに警備が固められてるだろうな。 つまり、首都が狙われる可能性が大いにあるということだ」
 死神の戦争と、私たち人間の間の戦争。 なんとも複雑な状況だ。 私たちは今その只中にいる。
本当に変わってしまったんだ。 昨日までの現実と、今日の現実は……。
 その時、懐からスマホの着信音が鳴った。
私は画面を見る。 『お母さん』……私の母親からだった。
いけない。 ショウのお母さんに電話をもらってから全然連絡してなかったな……。 
私は通話ボタンを押す。
「もしもし」
《やっと繋がった! ユウ! 今どこに居るの? 大丈夫!?》
電話の向こうからとても心配した声が聞こえてくる。
「うん、ごめんね電話出来なくて。 ちょっと気分転換したくってさ」
《ショウくんのお母さんから聞いたわよ。 残念だったわね……ユウも辛いのはわかるけど、昨日は豪雨だったし、家でじっとしてればよかったじゃない。 私はあなたが何かおかしなことをしてないか心配でしょうがなかったんだから……》
「うん、ごめんねお母さん。 私は大丈夫だから。 少ししたら帰るよ」
《今すぐ帰ってきなさい! どこに居たか知らないけど、今日はショウくんのお通夜もあるでしょ? ちょっと家で休んでいきなさい》
「うん……」
《ああ、それと……ニュース見た? あのショウくんを轢き逃げした男――》
「ああ、それなら見た。 バチが当たったんだよ」
《そうね。 それでその関係で、さっき警察の人が来たんだけど》
「え?」
《殺人だったから過去の関わりのある人を調べてるって言ってて、ユウに会いたいって言ってたんだけど、あなた電話に出なかったでしょ? また来るって言ったら帰っちゃったけど》
警察が来るのは予想してなかった。 でも確かに、その可能性はあるよね……。
「で、警察の人とは何か話したの」
《少しだけね、ユウの行きそうな所とか、予定とか……》
「おい」
クロウが私の肩をゆさゆささせる。
「?」
私はクロウを見る。 顔はさっきまでと違い強張っていた。 クロウは手を伸ばして前方の空へと指差していた。 目をその先へ追うと、空にはヘリが飛んでいた。
……昨日見た全体を真っ白に塗装したヘリだった。 あれは……死神の……!?
「待ってお母さん、ちょっと急用が出来たからこれで切るね!」
《ちょっと待ちなさい! まだ話は終わってないんだから! 急用ってなに!?》
「また帰ったら話すから! じゃあ!」
私は電話を切る。

「死神だ。 この地域を捜索してる。 ここから離れた方がいい」
「マジか……どこ行くの?」
「楽しいところ」
――ん?



「で……なんでこのチョイス?」
煌びやかなライト、張り裂けんばかりの爆音、はしゃぐ子供と大人……まるでユートピア。 みんな楽しくゲームゲーム……。 
私たちは都内にある大型ゲームセンターに来ていた。
「人の集まる所には残留思念が多く集まる。 騒がしければ騒がしいほどな。 群衆の中ほど身を隠しやすい」
クロウはそう言うと、おもむろに筺体に座り格闘ゲームをプレイしだした。
「て、なんでいきなりゲームしてんの!?」
「そこにゲームがあるからだ」
理由になってない。 自称……殺し屋? え、もしかして天然?
「ゲームセンターでひとり立ち尽くしてれば、あれ? この人何しに来てんの? ってなるじゃないか。 それは追跡者からすれば格好の的だ。 周りに溶け込むんだよ」
なんかそれっぽいことを自信満々に言っているけど……ゲームをしてるクロウの顔は心から楽しそうだった……。 とりあえず私もただ立ち尽くしているのもアレなので、クロウの横でゲーム画面を眺めてみる。
……ふむ、反射神経は中々いいようだ。 着々と敵キャラを倒してクリアしている。
「あれ? 今使ってるキャラってロボ人じゃない?」
私もこのゲームは多少だがやった事はある。 色々なキャラの中から操作キャラを選ぶのだが、その中にロボット人間がいる。 ロボ人という名前なのだが、とにかくこのキャラは各ステージ毎にランダムで他のキャラの操作をそっくりそのままコピーするキャラなので、とにかく上級者じゃないと使いづらい。
「ロボ人を上手く使いこなすなんてこのゲームの全キャラを極めていないと無理なのに、さすがじゃん……」
「ふふん」
そういえば……ショウもロボ人使いだった。 私も小さい頃横でプレイを見せてもらった事があるが、ショウはこのゲームを極めていた。
ゲームセンターでやっていたかは知らないが、家のゲーム機で日々練習していたのだろう。 かなりの腕前だったので、普通のキャラは飽きてロボ人でプレイしてるって言ってたっけ。 そうか……クロウの中にはいまショウがいるんだった。 ということは、彼の生前の趣味趣向もクロウの性格に表れているのか?
「おお!?」
クロウはいきなり驚きの声をあげる。
「どうしたの?」
画面を見ると、『乱入者』の文字。 この筐体の向こうに、クロウへ挑戦したい何者かが挑戦を申し込んできたということか。
「ど、どうする?」
「もちろん」
クロウは不敵な笑みを浮かべると、その挑戦に乗った。
対戦が始まる。 プレイヤーはクロウのロボ人、そして相手のキャラもまた、ロボ人だった。 まさかのダブルロボ人。
対戦が開始され、双方共に攻撃を繰り出す。 しばらく二人の攻撃を眺めていると、あることに気づく。 二人とも、大技のかかと落としを連発しているのだ。 かかと落としを使うキャラは恐らく私の認識ではアンディ以外いない。 そしてさっきからキャラの挙動が二人とも全く同じなのだ。 ……つまり、ランダムで他のキャラの操作に当てはめられるロボ人が、二人とも偶然同じキャラになったという事なのだ。
「これは……アツい!」
クロウはニンマリしながら言う。 どう見てもさっきまでの人と同一人物とは思えないのは私だけだろうか?
 対戦も終盤となり、両者共に体力も残りわずか……。 ゴクリ……自分の唾を飲み込む音が鼓膜に届く。 緊張の一瞬。 
そして、勝負はつく。
相手のロボ人が投げ技を放ってきたのだ。 打撃攻撃メインのクロウの隙を突いての投げ技が見事にヒットしたのだった。 画面には『Lose』の文字。
「くッ……!」
負けたクロウは苦渋の顔で画面を睨みつける。 かなり熱が入っていたと見られる。
しばらく画面を見ていると、奥から乱入してきたプレイヤーが席を立ち、こちらに歩いてくる。
「いい勝負でした。 朝飯前ですね」
その人は意外にも女性だった。 シルバーブロンドの長い髪、着崩したスーツ。 大人の女性の色気を感じる出立ちに私は気圧される。 最近はこんな人もゲームセンターに来るのかな? ゲームも上手かったし、やっぱり人は見た目じゃないんだと反省する。
女性はスッと手を出し、クロウへ握手を求める。 クロウはゆっくりと手を伸ばし、座りながら握手を交わした。
「また機会があればやりたいな。 君、ユーザーネームはなんて言うんだい?」
クロウはしばらく逡巡し、やがて口を開く。
「muramasaだ」
その名前には聞き覚えがある。 確かショウがこのゲームで使ってたユーザーネーム。
「私はPunisher。 よろしくね」
女性はそう言うと、「それじゃこれで」と言って出口へと歩いていった。
「なんか、不思議な人だったね」
「ああ……」
 そのあと私たちはゲームセンターでしばらく遊んで、店を出た。

私は手にネコのキーホルダーを持っていた。 クロウがアームキャッチャーで取ってくれたものだ。
「まるでデート……」
私はぼそりと呟くとクロウは「何か言ったか?」と聞き返したが、私は首を振り「何も」と言った。 スマホを見ると、時刻はもう夕方の五時を過ぎていた。 そろそろショウのお通夜に向かわないと。 何か変な気分。 ショウはここに居るのに、お通夜って何?
目の前に、交差点。 歩行者信号が点滅している。
「あ、信号が変わっちゃう! 早く渡ろう!」
私が足早に横断歩道を渡ろうとした時、クロウに手をぐいっと引っ張られた。
「な、なに?」
驚いて隣を見ると、クロウは横断歩道へ目を離さずに言った。
「もうじき赤になる。 慌てるな」
間もなく、信号は赤になる。 車の往来が始まり、私たちは横断歩道手前で青になるのを待った。 気づくと、クロウの私を握る手が震えていた。
 その時、あの時の記憶が蘇る。 あの時、私の手を掴もうとしてくれたショウの右手。
掴んでから私を引っ張って車から私を遠ざけたショウ。 そしてその直後に鈍い音と共にショウの体が車にぶつかって地面に投げ出された光景。 私の手からショウの手が離れる感覚。 信号を待っている間……その光景が何度もフラッシュバックする。
クロウの手の力がさっきよりも、ぎゅっと、強くなる。
「クロウ……ううん、ショウ。 ありがとう。 そしてごめんね。 あの時、私が立ち止まらなければ、あんなことには……」
「ユウのせいじゃない」
クロウの口から発せられた言葉だったが、それはショウの声に聞こえた。
「俺があの時、一緒に手を握って歩いていたらこんなことにはならなかったのにな」
クロウの目からは、大粒の涙が溢れていた。
「きっと今頃、街を楽しく歩いてた。 ユウにも、こんな悲しい思いをさせないで済んだ。 俺は、愚かだ」
震えるショウの手を、私は両手で包み込んだ。
「ううん。 こうして……また会えてる。 それだけで、私は幸せだよショウ。 一人で逝かせてごめんね。 じきに……私も一緒に行くから」
「……ユウ。 だめだよ。 それだけは。 ユウは生きて? 俺が、何とかする」
「ううん、もういいの。 もうこの世界は私には辛すぎる。 ここに……居るべきじゃないんだ、私は。 だから、これは私の最後のワガママ。 だから、寂しがらないでいい、悲しまないでいいの。 もうじき……もうじき――」
「させない……させない……」
「え?」
歩行者信号が青に変わる。
「信号が青になった。 行こう」
クロウの口調は再び元に戻る。 ショウは、なんて言ったの?
「ねえ、クロウ?」
「少しショウの思念に干渉し過ぎた。 ……少し黙ってろ」
私とクロウは、バイクを止めてある駐車場へと無言で歩き出した。


    ※

    【午後五時十七分】

「和美くん、徳川翔が息を引き取った病室は確かにここかな?」
私たちは都内の大学病院に来ていた。
「はい、確かにここらしいです。 何かわかりますか?」
私は部屋の隅々まで探した。 だが、何もない……何も。
「残留思念なし」
「えっと、それって……例の死神殺人と同じ状況が起きてるってことですか?」
「そういうこと。 奴はここに来ている。 和美くん。 徳川翔が息を引き取る前後での病室、もしくはこの院内に出入りした人物の記録、調べられる?」
和美くんは渋々了承する。 無理もない。 朝から振り回してる。 それに独断行動も少し度が過ぎてきている。 発覚するまでも時間の問題。 でも今は時間が惜しい。
もうじき。 もうじき全てが見えてくる。 ここでやめるわけにはいかない。
「シエラさん、そろそろ徳川翔の通夜が始まります。 そろそろ行きましょう」
 私たちは病室を後にした。
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