第7話 『激痛と逃走』

文字数 8,986文字

私はまどろむ。 どうやら夢を見ていたらしい。その夢は夢ではなく、私が過去に体験した内容のフラッシュバックだ。 
だから私はその夢を『お粗末な夢』と呼んでいる。
今ではそれが現実に起こった事だと半ば忘れかけしまうほどの遠い記憶だから、その夢を見た後も別に何か感じることもない。 不快感もない。 だから、ああまた見たのかって思う他ない。 でも――あの子に会った瞬間。
確かに私は懐かしさと共に嫉妬を感じた。 元は私だったものがそこに居るような。
それは例えば、私だけの秘密の遊び場で知らない人が勝手に遊んでいるイメージ。
誰にも知られたくない大切な場所を、まるで私のように大切にされているような。 そう、大切にしていたのは私なのに、私はもうそこには入れなくて、その人がいつの間にか私の代わりに大切に遊んでいるような……。
わかってる。 その人には何も分からない。 だって先に居たのが私だっていうを知らないから。 だから何も責められることもない。
だから私のわがまま。 全部。
でも私も好きで手放したんじゃない。 本当は惜しくて悔しくて仕方がなかった。
でも受け入れようと思った。 だから、今となっては何も後悔はしていない。
だってその人は何も知らないんだもの。
でも世の中ってのは不公平で、理不尽な事が多いものでね。 結局のところ、私もその忌むべきサイクルの一部に過ぎないんだって認めてる。 だっていつの間にか私はあの子に期待してるから。 私の遊び場を使うなら、私を否定してくれ。 それが出来ないのなら、私は私の遊び場だった場所を破壊して、思い出と共に消し去りたい。
だから期待する。 懇願する。 どうかお前の誠意を見せてほしいと。
私を失望させないでくれ。

携帯の着信音で目が覚める。 カーテンの隙間から外のネオンの光が差し込んでいた。
頭の上にあるデジタル時計を見ると、時刻は午前一時。 少し寝てしまったようだ。
着信音は隣で寝ている和美君の携帯からだった。
私は携帯を手に取る。 着信者の名前はなく、番号通知の表示だけだった。 私は和美君の耳元に鳴り続ける電話を近づける。 和美君はそれでもむにゃむにゃ言うだけで目を開かない。 ……まあ無理もないか。 昨日からハードだった。 肉体的にも精神的にも疲労はピークに達している。
「和美君、電話……出ちゃうよ?」
多分聞こえてないと思うが、一応そっと断りを入れて和美君の電話に出る。
「もしもし」
《もしもし? これは宮坂の携帯か?》
「あ、はい。 宮坂は今ちょっと席を外していまして代わりに……。 どなたですか?」
《もしかして、シエラ君か?》
「はい、そうです」
《そ、そうか。 私は警視総監の山村だ》
これはこれは。 意外な人物。 いや……そうでもないか。
「署長、お久しぶりです。 いや、お疲れ様ですの方が良いでしょうか?」
《どっちでも構わないが私は署長ではない。 来日した時と比べて言葉も上達したな》
「いえいえ、それほどでも。 しかし、どうしたんです? 署長ともあろうお方が宮坂課長の携帯に直々にお電話とは」
《だから署長ではないと……まあいい。 その事だが、シエラ君が出たなら話が早い、直接伝えよう。 実は、例の死神殺人を捜査中の一課の者たちが、笹宮公園で殺害された》
「え?」
《一課の奴ら、君たちに捜査情報が漏れるのをよく思っていなかったみたいでな。 一昨日の事件現場である公園に何故行ったかは本部の他の係の者にも知らせていなかったらしい。 公園で殺害されたのは、あの君塚の一派だ》
「君塚刑事がですか?」
《ああ。 公園前の道路で同じく張り込み中の一課の刑事たちも殺されて、車も爆弾のようなもので破壊されたらしい》
「いったい何があったんですか」
《わからない。 今は君塚たちの殺害状況と、なぜ公園に君塚たちが居たかを調べてる》
「わかりました。 また何かありましたら私の方でも結構ですので教えてください」
《ああ、それなんだがな》
「はい?」
《君は一応民間協力という形で我々に協力してもらってる。 で、今回の君塚たちの死はより危険度が高い事件だと判断できる》
「まあ、そうでしょうね。 警察を殺害なんて、犯人は複数の可能性も高いし、組織的な可能性もある」
《だから、ちょっと今回は君たちには手を引いてもらいたい》
まあ、予想はしていた。
《もう一度言うが、君たちは民間の協力者という形になっている。 君塚たちのように、死神殺人を捜査している君たちにも同様の危険があると思ってもいい。 何かあれば取り沙汰されて責任を追求するような事態にもなりかねない。 この件に関して、君たちの死神殺人の捜査はここまでにしてほしい》
「署長。 それは何かやましい事があるからではないですか? 例えば息子さんの件を深掘りしてほしくないからとか」
《馬鹿な事を言わないでくれ。 どんなデマを見たか知らないが。 息子は無実だ。 話は以上だ。 宮坂課長にも伝えておいてくれ》
署長はそう言うとこちらの質問も待たずそそくさと電話を切った。
「……くだらない」
私は和美君の携帯を枕元に置くと、ベッドから降りて窓辺へと近づく。 外は寒そうで、直に雪が降りそうだった。
「あれ……シエラさん?」
和美君、起きたみたいだ。 後ろを振り向くと、和美君は布団を跳ね除けてよたよたと起き上がる所だった。
「ああ、起きたかい? おはよう。 もう少し寝てればよかったのに」
「いえ、すみません……いつの間にか寝てしまったみたいですね。 今何か電話で話してました?」
「和美君の電話鳴ってたから、悪いけど出させてもらったよ。 和美君起きないからね」
「そうでしたか! すみません……誰からですか? 本部からですか?」
「ううん、署長」
「は、はい!? 署長ですか!?」
和美君は眠気眼から一気に顔が引き締まる。
「捜査一課の君塚刑事の一派が笹宮公園で殺害されたらしい。 彼等私たちに情報が漏れるのを避けようと、捜査状況の記録をしないで独断で動いてたらしいから、何故こんな事になったかは今のところよく分かってないらしいよ」
「君塚さん達がですか? そんな……」
和美君は驚きを隠しきれない様子だった。
「刑事たちが殺されるような事件だ。 それで私のような民間協力という形で捜査している私たちの身に何か起こったら責任問題になりかねないからって、死神殺人の捜査を降りるようにとの電話だったよ」
「なんて事だ……君塚さんたち、馬鹿な事を……」
「そうだね。 まあ、署長からの話だからね。 最大の理由としては山村透の件をあまり探られたくないという意図もあると思うけど。 はぐらかされた」
「まあ……そうですね、それが主な理由でしょう。 どうします? これから?」
「さあね……」
私は再びベッドへと歩み寄る。
「ねえ? 男と女が一夜を同じベッドで過ごして、仕事の話は無いんじゃないかな?」
「……」
私は和美君の頬を優しく触りながら言う。
「もしかしたら、最後かもしれないよ」
「何が、ですか?」
ベッドの中に入りながら、私は口を和美君の耳元に近づける。
「捜査は中断しない。 このまま続行する。 今日、もしくは明日には私たちも君塚刑事たちのように死んでるかもしれない。 だから、今日の夜こうしていられるのも、最後かもってこと」
「シエラさん……そんな事はさせません、僕があなたを守ります」
私たちは再び唇を重ね合わせると、互いに布団を被せ合った。


    ※

    【十二月二十四日 午前二時】

私たちはハデスの死神たちから逃れて昨日の隠れ家へ行くために郊外へと続く峠をバイクで走っていた。 私とクロウはヘルメットをしていて顔の風は遮られているが、さすが真冬。 体温は刻一刻と下がっていき体力も限界を感じ始めている。
「ねえクロウ……あとどれぐらいかな? 寒くて死にそう……」
「待ってろ、もう少しで着く」
ああ、寒い。 暖かいお茶が飲みたい……。 さっき見かけた自販機でお茶を買っておくんだった。 手や足の感覚がない。
 クロウは路肩にバイクを駐車させる。
「ほら、これ着ろ」
クロウは私へ、いつの間にか着ていたコートを脱いで差し出してくれる。
「え、いいの? クロウ寒いんじゃ……」
「今お前に死なれたら困る」
「死なないよこんなんじゃ」
クロウは私へコートを無理矢理着せる。
「神の血が効き始めてる。 自分では分からないかもしれないが、お前は今瀕死の状態なんだ。 何が原因で死んでもおかしくない」
「ああ……」
すっかり忘れていたが、そうだ。 神の血だ。 免疫力も下がってるのかな、少し熱もある気がする。
「なんか……変な気分」
「どこか具合が悪いのか?」
クロウは額に手を当ててきたかと思うと険しい顔つきになる。
「少し熱があるみたいだな……」
「ちがうちがう! それは大丈夫! 何て言うのかな……神の血で私の事を殺すのに、なんていうか、優しいんだなって思って」
「は、はあ?」
「なんか、すごい心配、してくれるよね」
クロウは私の言葉を聞くとそっぽを向いた。
「だから、それは今死なれたら困るから。 もうじきハデスの死神使いも特定できる。 お前にはもう少し泳いでもらわないと」
「そっか……そうだよね。 あ、わかった!」
「ん?」
「家畜と一緒だ! 丹精込めて育てて、丸々太った所で食べる!」
「いや、違うから! その例え全然違うから! てか食べないし! 馬鹿か!」
クロウは振り返って息を荒げながら否定する。
「何か、いつもと違うよ? どうしたのそんなに動揺しちゃって?」
「誰が!」
「だからね、なんかおかしな気分なんだ。 そんなに優しくしてくれるとね、なんか……おかしいんだ」
「……」
しばし私とクロウの間に沈黙が訪れる。 聞こえるのはバイクのエンジン音と風の音。

「ねえクロウ。 私が死んだら、悲しんでくれる?」
「悲しんでほしいのか?」
「ううん、どっちでもいいんだ。 でももし悲しんでくれるなら、私も死んだ後、少し悲しくなるかもしれないなあって思って。 ……ほら、なんかおかしいでしょ?」
おかしいでしょ? そう聞く私の言葉の真意に、クロウは気づいただろうか? でも、私は死ななくちゃいけない。 翔のためにも、自分のためにも。
「ユウ」
クロウは私の名を呼ぶ。
「お前が学園に行かなくなった原因、お前にとっては重大な悩みが原因だったかもしれないが、そんなの私に言わせれば長い人生を送る人間にとってはとても些細な問題でしかない。 お前が翔に依存してしまうのは分かる。 でもそれが全てじゃないんだ」
「そんなこと分かってるよ。 でもね、今の私には翔しかいないんだ。 これから幸せになるって思っても、今が辛かったら未来へ行く力も無くなっちゃうでしょ?」
「むしろお前のその考えが、最も問題だと思うがな」
「じゃあ考えてもみてよ? 私には友達もいないし、学園に行っても皆からも無視されて、嘲笑の目で見られて、陰で悪口言われて嫌がらせされて、教師は見て見ぬふり、親だって何ができるっていうの? できないでしょ? 今の私には自分の部屋と翔の思い出しかないの! 他の私を取り巻く世界は全部私を傷つける世界でしかない! 生きてるだけで悲しい世界なんて私にとっては何にも意味がないでしょ!? どうして私は私の好きなように生きられないの!? こんな世界なら、翔のいる世界に行った方が全然幸せ――」
「だから何でお前はそんなに他力本願なんだ!? 他人が何を助けてくれる? お前はこの世の中に住む人間が全員助け合って笑い合って暮らす世の中だって信じてるのか? だとしたら本当に馬鹿だ! 間抜け! 確かに原因は自分のせいじゃないのかもしれない。 でもこの世界は同時に自分で行動を起こさなければ問題は解決しないんだよ! 例えば家で火事があったら誰かが消防車を呼んでくれるまでお前は家の中に居るのか? 親が、兄妹が同じように家の中に居たとしてもお前は火も消さずそこに何もせず居座り続けるのか!? 消すよな!? 火を! お前がしていることは、起こってしまった事に対してただ悲観して嘆いてるだけだ。 何も解決させようとしてないじゃないか!」
「解決できる問題ならとっくに解決してるよ! 私にはそんな力もない! でも翔があの時、一緒に学園に行こうって言ってくれたから、私は解決しようと思えた! でも……翔はもういない……! 私ね、疲れたの! もうね……なにもできないんだよ……」
私は顔を覆ってその場に崩れ落ちる。 こんな話、するつもりじゃなかった。 もう私の中では終わった世界。 もう見なくてもいい世界の話を、こんなに話したくない。 だから私は泣き声でクロウの言葉を遮る。 もう、何も聞きたくない。 どうせ死ぬなら、もう何も見なくたっていいじゃん。
「やっぱり……おかしいよ。 なんでクロウは私にそんな話をするの? なんでそんなに優しくするの!? どうせ死ぬ人間の事なんて……気にかけなくて結構だよ!」
「お前ッ……!」
胸ぐらを掴まれ私は無理矢理立たされ、そしてしばらくその状態のまま時が静止する。
「――やめた……」
「なにが――」
クロウは怒りの表情からスッと引いて冷静さをとりもどし、手を離した。
「馬鹿らしいから。 お前の言う通りだ。 なに熱くなってるんだろうな私は。 お前の好きにしろ。 私は私の目的を達成できればいい。 もう何も言わない」
「う、うん……」
私はコートを脱ごうとしたが、クロウはそれを止めた。
「それは着てろ。 別にお前が可哀想だからじゃない。 私の目的上、今死なれると困るからだ。 ほんの少しだけな」
 クロウはバイクに跨る。
「ほら、行くぞ。 いつまでもこんな所には居られない」
クロウがバイクのヘルメットを頭半分被った時――そのヘルメットが吹っ飛んだ。
「――!?」
ヘルメットは宙を舞い、ガードレールを越えて崖の下へと落ちていく。
「なに!?」
刹那――クロウは山の方へ顔を向ける……そして私の方へ――。
「伏せろユウ!」
クロウの言葉が私の耳を通って脳内へ届くか届かないかの所で――。

脚に――激痛が走る!

「あぁッ!?」
突然脚に力が入らなくなり、何かの衝撃で私は地面に倒れ込んだ。
「ユウッ!」
クロウはすぐに死神たちを召喚して山の方へ向けて展開する。
私は駆け寄ってきたクロウに抱き起こされる。
「大丈夫か!? ユウ!」
「ああ――脚が……脚がぁあ……!」
太ももを見ると、ドクドクと血が流れていた。 鼓動が早まり、視界がぐわんぐわんしている。 激しい痛みで意識が飛びそうだった。

「狙撃だ! ここに居るとやられる! ユウ、痛いと思うけど私に掴まって!」私の返事を待たずに、クロウは無理矢理私を起こして支えながら立たせる。
「ぐああぁぁあぁあ!」
私は呻き声しか上げられず、クロウに引っ張られてバイクに跨らせられた。 その間にも召喚した『肉の盾たち』は何人も倒されていく。
「よく掴まってろ!」
バイクは急発進する。
「くっそ! ハデスの死神だ! 待ち伏せされてたみたいだ! ユウしっかりしろ!」
「脚が……あぁ……脚が……」
「しっかりしろ! 大丈夫だ! 後で治す! 意識をしっかり持て!」
「感覚がない……感覚がないよぅ……」
脚から血が流れる感覚は伝わってくる。 痛みが脈打って心臓をより一層振動させた。
「助けてクロウ……助けて……翔……」
手を回したクロウのお腹に力を込める。
「大丈夫! 大丈夫だからユウ! とにかく意識を失わないようにしろ! そのまま失ったら今のお前なら本当に死ぬ!」
クロウは後ろを見る。 後ろからは山から出てきたと思われるハデスの死神バイク部隊が追ってきていた。
 しばらく走ると前方に検問のようなものが見えてきた。
それは自衛隊の検問所だった。 すでにこのエリアは国で封鎖されているようだ。
「ユウ、ちょっと大きな音と眩しい光が出るから背中に顔を埋めろ!」
私は言うとおりにした。
「閃光手榴弾だ。 ちょっと強引にいくぞ!」
クロウは右手に手榴弾のようなものを持ち、ピンを抜く。
「止まれ!」
自衛隊員の一人が銃を構えて叫ぶのと同時に、クロウはそれを投げた――瞬間、閃光と爆音が検問所を包み込んだ。 クロウは検問所をフルスピードで通過する。
 後から続くハデスの死神たちは自衛隊員に無慈悲な銃撃を浴びせて検問所を強引に突破してきた。
クロウはそこで道路から山の方へハンドルを回して山道へと進入する。 山道のでこぼこ道が私の脚の痛みを刺激する。
「ちょっと揺れるけど我慢しろ!」
バイクは斜面を登っていき、岩を避けて木を避けて、山頂の方へと前進していく。
途中後ろからの銃撃で木や土が爆ぜて肩に木端や土煙が被る。
 山林のバイクチェイスはしばらく続き、私のストレスと恐怖は既に限界を超えている。
もう駄目だ。 そう思って少し経ち、ようやく開けた場所に出る。 舗装された山道で、周りには重武装したクロウの死神たちが居た。
「撃て!」
バイクはそこで止まり、クロウの号令で死神たちは追ってくるハデスの死神たちへ向けて一斉に射撃する。 掃討されていくハデスの死神を見ながら、クロウは荒く息をしながら言う。
「この先に昨日の小屋がある。 あと少し頑張れ」


    ※

扉をガタンと開ける。 私はクロウに肩を貸されながらベッドへと連れて行かれた。
「この辺り一帯は防衛線を張っている。 歩哨もそこら中に配置してある。 侵入者がいても寄せ付けることは無いだろう」
私はベッドに寝かせられた。
「動くな、見せてみろ」
私は言うとおりにしてクロウに太ももを触られる。 怖いので患部は見ない。
「ど、どんな感じ……?」
ジンジンと痛む。 まだ血は流れているっぽい。 熱い液体が脚を伝わる感覚がする。
「……大丈夫、弾は外れてる。 掠った程度だ」
「へ?」
これで掠った程度?
「止血と消毒、包帯も巻いておこう。 ほら、大丈夫だって言ったろ?」
何だか急に恥ずかしくなってきた。 心なしかさっきまでめちゃくちゃ痛かったのに、クロウの言葉を聞いた途端に一気に痛みが許容できるものに変わってきていた。
 しばらく処置を受け、消毒の洗礼の後に包帯で巻かれて私の脚は軽傷に変わる。
動かすと少し痛いが、安静にしてればなんて事はない。
「大袈裟なんだよ」
「ご、ごめん」
呆れた顔で見つめられる。 でもさっきは本当に死ぬかと思うほど痛かったのは事実。
「クロウ」
私はクロウの右肩に血がついているのに気づいた。
「肩にけっこう血がついちゃってるよ、ごめん」
「ああ」
クロウは自分の肩を見る。
「気にするな。 私の血だ」
私の血って……まさか――。
「クロウ、もしかして撃たれたの!?」
「ああ、そうみたいだ。 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるってね」
「だ、大丈夫なの!?」
「なんて事はない。 弾も貫通してるし、血管も傷つけてない」
クロウは服を脱ぐと、痛々しい肩を出す。 傷口からは絶え間なく血が流れていた。
「ど、どうしたらいい!?」
「どうもしなくていい。 お前は休んでろ」
クロウはそう言うと立ち上がり、部屋の隅に置いてあるタオルを取りに行く。
「タオルで止血した後、縫合する。 それで治る」
そう言って、クロウは椅子に座るとタオルを傷口に当てて圧迫止血をする。
「ほら、お前は目閉じて寝てろ。 こんなもの見てると余計に――」
クロウは途中まで言うと椅子から転げ落ちた。
「ちょっと! 大丈夫!?」
たまらず私はベッドから飛び出してクロウの元へ駆け寄る。 痛みよりもパニックの方が強かった。
「う……うぅ……」
一瞬気を失ってたのか、クロウは目を白黒させた。
「ねえ! クロウ! クロウってば!?」
「あ……あぁ……すまない」
倒れたまま、私の目に徐々に焦点が合っていく。
「出血がちょっと多かったみたいだ……少し安めば大丈夫だから、お前は少し寝てろ」
「何言ってるの! ほら!」
私はクロウを担ぐと、一緒にベッドへと向かった。 二人で倒れるようにベッドへ横になる。
私はクロウの持っているタオルを取ると、肩へそっと当てる。
「どのくらいの力で押さえたらいい?」
「もっと……もっと……うん、そのぐらい……」
タオルを押し当てながら、クロウの髪を掻き上げる。 額から汗が流れている。
「熱……ある」
「ちょっとお願いしていいか?」
「いいよ」
クロウは部屋の隅にあるバッグを指差す。
「そこの隅のバッグの中に抗生剤と解熱剤が入ってる。 水と、それを持ってきてくれ」
私はよたよたとバッグの方へ向かう。
 その後、クロウに抗生剤と解熱剤を飲ませ、ストーブをつけて部屋を暖めた。
(なんだ、私の方が動けるじゃないか)
急に今まで騒いでいた自分が情けなくなる。 脚はじんわり痛いが、歩けないほどではないし元気だ。 私はクロウの横に寝そべると、再び肩をタオルで押さえる。 止血はもう少し掛かりそうだ。
「脚はどうだ……?」
急にクロウは私の怪我の心配をしてきた。
「お陰様で、さっきの痛みが嘘みたいだよ」
「そうか……悪いな……撃たれたのは久しぶりだったから、ちょっと忘れてた」
「痛みを?」
「うん」
クロウは目を開けてゆっくり私を見た。
「でも、いい対処だった。 医者に向いてるかもな」
「やめてよ、患者さんなんか目の前にしたらパニクって診察どころじゃないよ」
「今のは翔の言葉だ」
「そ、そうか」
そういえば、翔は医者を目指していたんだ。 その夢、叶えてほしかったな。
「でも、私は医者にはなれないよ。 誰かを助けるなんて、できないし」
「現に私は助けられた」
「それは……ほら、違うじゃん」
私とクロウはしばらく見つめ合う。 少しドキドキしてしまい、いたたまれなくなったので質問をしてみる。
「ねえ、クロウは……何者なの?」
「具体的に」
「えっとね……家族とかは? もしかして一人?」
「家族はもういない。 全員死んだ」
……ああ、わかってはいた。 こんな命知らずに銃バンバンぶっ放す子の身の上話を聞くのは野暮だってことぐらい。 でも、聞いちゃったものはしょうがない。 冥土の土産になんて言ったらその後の話をしてくれるかな、なんて。
「何があったのか、聞いてもいい? 無理にとは言わないけど」
「……」
やっぱ、やめといた方がよかったか。
「あれは今から四年前だ」
私の心配は杞憂だったか。 クロウはそのまま語り出す。
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