第6話 『惨劇の現場』

文字数 9,038文字

    【警視庁特別捜査室 霊視課 午後八時二十分】
オフィスの扉を開けると、コーヒーの香りがまず鼻につく。 和美くんから貰った缶コーヒーがまだ飲みかけのままデスクに置かれていた。 私はそれを片手に持つと、ひと口飲む。 暖房が効いていない冬の寒い部屋と同じ温度まで下がってしまったホットコーヒーはもはやアイスコーヒーだ。 これでいい。
「はあ……シエラさん。 やっちゃいましたね」
後ろから付いてきた和美くんが落胆の声を上げる。
「これが上にバレたら、今度こそこの霊視課は解散ですよ……」
デスクに突っ伏す和美君からは覇気が感じられず、絶望の背中を私に見せていた。
先の徳川家の強引な訪問、捜査本部の預かり知らぬ被疑者尋問。 公式な警察権力を持たない私たちにしては大いに過ぎた越権捜査だ。  下手をすれば二人ともただでは済まないだろう。
「そうでもない。 和美君、今日は大いに収穫があったよ」
「へ? 何を言ってるんですかシエラさん」
和美君は私の言葉を強がりに感じていることだろう。
「徳川家訪問により、疑念は確信に変わったってこと」
「……それって、まさか」
私は微笑みながら和美君へと歩み寄る。
「今日は全てが報われる日……ねえ?」
和美君の頬へ、冷たい缶コーヒーを当てる。 和美君は一瞬だけ身じろぐが、振り払おうとはしない。 私は彼のネクタイを胸元から弄り引き出す。 ネクタイをグイッと私の方へ引っ張ると、和美君の顔は私の目と鼻の先まで寄せられた。
「冷たいでしょ?」
「え」
「コーヒー」
和美君は身じろぎ一つせず、ごくりと唾を飲み込む音だけが私の耳に聞こえた。
まるで蛇に睨まれた蛙だ。
「冷えた体はね、温めないと」
私は和美君の唇へ自分の唇を重ねた。



    【午後九時】

翔のお母さんの家を出て、私たちは街中をクロウのバイクに跨って走っていた。 街のスピーカーから定期的に先ほどの戒厳令の放送が流れている。 くどいぐらいに。
明日の昼に外出禁止令が出されるというのに、街中は帰宅途中のサラリーマンや遊びに出かけている人たちで溢れている。 そしてその横の道路を自衛隊の重装甲車やトラックが当然のように走っている光景は対比も相まって歪な空間と化していた。
「私たちが家を出て五分後、ハデスの死神たちが家に突入してきたらしい。 ニアミス」
クロウは平然と言う。 翔のお母さんの家に数人の死神を配置していたらしく、彼等の情報との事だ。 そして彼等はその後ハデスの死神たちにより全滅させられたらしい。
「心配するな。 ショウの母親は辺獄と干渉していないから無事だ。 それに死神なら人の死の数ほど用意できる。 もしもの時はそいつらを召喚させる」
しかし問題はハデスの死神だった。 冥界の王、ハデスの携える死神たちの戦力はタナトス側とは比にならないほど強大らしい。
「それこそ大規模な戦争状態に突入すると分が悪いが、ゲリラ戦なら同格だ。 だから今は事を荒立てないように、ハデスの死角を突かないと。 転々と移動させて悪いけどな」
「大丈夫。 でも、この調子で本当にハデスの死神使いを見つけ出せるの?」
相手が数で武装しているのなら、情報に頼るしかない。 でも実際に出来ることはこうして私を釣り餌にして雑魚を誘き寄せるだけ。 それだけで手一杯な印象だが。
「死神は煉獄から召喚している。 死神使いが死神を召喚する時、僅かに煉獄と辺獄の境界線に亀裂が入るんだ。 そのエネルギー波を私たちは認識できる。 そして、この首都一帯に数ヶ月単位で死神の諜報員を数千人規模で展開させた。 最初は微弱な反応で特定が困難だったが、ここ数ヶ月でハデスの死神使いが召喚した死神たちのエネルギー波で徐々にその大元の発信源も明確になってきている」
赤信号でバイクは停止線の前で止まった。 アスファルトの道路に、信号の赤い光がまるで血のようにべったりと照らされている。 クロウはそのまま話を続けた。
「お前が見た死神の軍隊。 ヘリや戦車、バイク部隊。 あれらを召喚する際には多くの空間のエネルギー波が発生する。 昨日から今日にかけて見ても、その特定範囲はより一層精度を増していった」
「それは……私たちの目の前にいきなり現れたハデスの死神がいたとしたら、それは私たちのすぐ近くにハデスの死神使いが居る事を意味している?」
「ご名答」
信号が青に変わり、再び発進した。 しばらく走り、バイクは大きな橋へと侵入する。
「この橋は……」
昨日の橋だ。 私が死のうとした橋。 そしてハデスの死神たちが襲ってきた橋。
「昨日この橋で起きた戦闘が嘘みたい」
橋はどこも壊れていないし、何か騒ぎがあった痕跡もまるでない。
「現界に物理的な影響はない。 同時に現界と辺獄の物理世界は一蓮托生だ。 だから死神がどんなに暴れても、例え爆撃をしたとしても建物が実際に破壊される事はない」
確かに考えてみたらそんな事が起きていたらこの世は物が勝手に破壊されるポルターガイスト現象で溢れかえっているはずだ。
「世に言うポルターガイストという現象にもいくつか例があってな。 一つは生きている人間、例えば霊感のある人間、偶然辺獄との波長が合ってしまった人間の精神に作用して念が物質を動かしてしまうパターン」
「それって、念力ってやつ?」
「ああ。 念の力で、例えば壁に立て掛けてある棒が倒れたり、皿が落ちたり、ひどい時には振動を発生させて地震のような感覚を体験する事もある」
まるで超能力だ。
「人間には元々その能力が携わっているんだ。 扱える人間はごく僅かだがな。 霊障とは関係なく透視能力や、前世の記憶がある者などはその力が秀でていると言っていい」
バイクは橋を通り過ぎた。
「もう一つの例としては、生き霊だな」
「生き霊?」
「亡霊と生き霊の違いはそのエネルギーの差にある。 生き霊はさっきも言った、いわゆる常人よりも秀でた能力のある人間が発する強い念の事だ。 生きている人間が相当な念を持った状態になった時に出現する例が多いが、超能力的な力に秀でた人間は日常の些細な事で発してしまうこともある。 何も怨みや憎悪の念だけでなく、不安や悲しみの念でも生き霊は発生することもある。 その制御が出来なくなった念が物を破壊したり、怪奇な現象を起こすことは良くあることだ」
超自然的な事象は時に科学では解明できないこともある。 全てがそうではないが、ある程度のスピリチュアルな側面でも物事を捉えないと、先入観に捉えられて解明できるものもできなくなるものだ。
「目では見えていないし認識も出来ていないけど、原因、因果は必ず存在する。 私も、冥界から先の世界がどうなってるのか分からないし、きっと自力で知る術は無いんだと思う。 でも、死に別れた者の所在を案じてるお前の気持ちは私にも凄くよく分かる。 私も多くの別れを経験した」
「何か急に回想入ってる?」
「少し昔を思い出しただけだ。 私にも感傷に浸る人間臭い所もあるんだぞ」
「人を何人も殺してるのに?」
……言ってから失言であることに気づく。 彼女の過去は知らないが、状況的に今都内で起きている連続殺人事件の犯人と見てもいいし、あの躊躇なく死神を倒す手早さや銃の腕前。 戦闘のプロである事は誰の目から見ても明白だ。 自分で殺し屋って名乗ってたし……でも、だからと言って彼女の過去を何も知らない私が軽々しく発していい言葉ではない。
「ごめん、今の別に他意は無い。 ごめんね」
「気にするな。 実際そうだし」
あぁ……怒ってるかな? ちょっと罪悪感。
「少し寄りたいところがある」
クロウはそう言ってバイクの速度を緩めた。 そういえば、取り敢えず家を早く出ようと出たは良いものの、どこに行くかは聞いていなかった。



「ここって、笹宮公園?」
バイクは笹宮公園の駐車場に入って停車した。 私とクロウはバイクから降りる。 人の気配は無い。
「ここって、昨日山村透が殺された公園……」
そう。 昨日の惨劇の公園。
「ちょっと確かめたい事があってね」


    【笹宮公園・園内土管遊具広場 午後九時半】
 雑木林を抜けると、大きな土管遊具が目に入る。 この公園は木々や林に満ちた自然溢れる公園で、規模は小さいが都内ではあまりお目にかかれない植物や生態系で溢れており、雑多な街並みに疲れた人々の憩いのスポットとしても知られている。 土管遊具があるところは公園の中心辺りで、周りの木々や林に囲まれて外の景色は遮られているが、同時に外からもここの景色を見ることはできない。
「どうしてこんな所に?」
私は当然の疑問をクロウに投げかけた。 昨日の山村透の殺人事件はこの公園内で起きた。 できれば私はこの場所にもうあまり来たくない。 特にこの土管遊具の広場には。
それを知ってか知らずか、、クロウはひとこと「ごめん」と謝ってきた。
「少し確認したい事があるんだ。 昨日の山村透が殺された場所。 どこかわかるか?」
「どこってこの公園でしょ?」
「公園のどの場所か」
「そんなのわからないよ」
「ココだ」
クロウはこの土管遊具広場を指差す。
「え?」
私は土管の周辺を見る。 雨に濡れた地面。 そこかしこには水溜りもある。
「ここで山村透は死んだ」
「クロウが……殺した?」
私の質問に、クロウは首を振った。
「どうしてそう思う? 私は殺してない」
変に強く否定された。 でも今までの連続殺人は恐らくクロウのはず。
今までニュースで報道されている犠牲者は恐らく、私のように悪魔の取引をしてクロウに神の血を注射をされたのだ。 ハデスの死神使いを見つける餌になると引き換えに、大切な人と逢うために……。
「でも今までの犠牲者はクロウでしょ?」
「一応言っておくが、殺し屋は自分の殺人を明らかにしない。 その上でコメントは差し控える。 だが山村透は、私はアドバイスをしただけだ。 実行したのは、私ではない」
「どういう意味?」
訳のわからないことを言う。 山村透に至っては実行犯が別にいるということか?
「そんなことより、今重要なのは殺された山村透の残留思念がここに存在していないということだ」
「残留思念?」
「通常、人が死ぬと現場に残留思念が残る。 それは一日や二日では消えない辺獄の痕跡だ。 死神たちが煉獄へと案内すればまた別だがな」
「それが残っていないってことは、つまり?」
「死が身近に訪れている者にはあらかじめ死神がそばで待機している。 しかし山村透のように殺人や、不意の事故によって命を落とした者の所へ死神が来るのは数日か数ヶ月を要する。 ……仏教には四十九日というのがある。 死んでから七日毎に極楽浄土へ行けるかの審査が行われ、四十九日目に最後の審査が行われて真にあの世へと至ると言われているな。 それは、まだ辺獄を彷徨う死者の魂へと死神が接触する日数の目安としても考えられていると思う」

「ぎゃゃゃああああああああッッッ!」
 突然、林の奥から男の声で悲鳴が聞こえた。 私はビクッとして体を強張らせる。
「なに!?」
「つまり、山村透は突発的に訪れた死により死神の案内をまだ受けていないはずだ。 なのに残留思念が殺害現場から消失しているということはハデスの死神使いが、私が翔の魂を自分の体に取り入れたように、もしくは死神化させた可能性が高いということ」
クロウは先ほどの悲鳴に反応せず話を続けた。 今の声が聞こえなかったのか?
奥の雑木林から葉や枝の擦れる音がし、それは段々と近づいてくる。
「何か来るよ!」
私は身構えるが、クロウは狼狽える様子はない。
徐々にこちらへ近づく音は大きくなり、それは姿を現した。
「助けてえええええええ!」
 出てきたのは男だった。 そしてその男の後ろには黒装束の男がいて、騒いでる男の腕を固めていた。 二人は私たちのそばまで近づくと、黒装束の男は拘束している男を私たちの方へ向かって投げ飛ばした。
「ひゃあッ!?」
投げ飛ばされた男は悲鳴をあげて倒れると、クロウを下から見上げて叫ぶ。
「み、見逃してください! まだ、死にたくない! 死にたくない!」
今気づいたが、黒装束の男はクロウの死神だ。 手には自動小銃を握り、目の前の男の後頭部へと銃口を突きつけている。 ということは、この男の人って辺獄を彷徨う亡霊?
クロウは狼狽える男へゆっくりしゃがみ込んで口を開く。
「教えろ。 昨日の晩、ある男がここで殺されたはずだ。 名前を山村透という」
「あ、ああ! 見た! あんたが殺したのを見た!」
「私じゃない。 ふざけた事を言うな」
「ひいぃい! すいません!」
クロウは眼光鋭く男を見据える。
「クロウ……その人――」
「山村透が死んだ時にこの場にいた浮遊霊だ」
私に説明すると、再びクロウは男へ振り向く。
「山村透が死んだあと、何があった? 教えてくれたら悪い事はしない」
妙に優しく男へ語りかける。 優しい口調で少し落ち着いたのか、男も語り出した。
「あんたがその――いや、その山村って奴が死んだ後、僕は心配になってそいつの所へ駆け寄ったんだ。 山村はひどく混乱してて、僕がなだめてやってたんだ。 何が起きたかもわからない様子だったから、細かく説明してやった。 しばらくして夜になって、雨が降り出して警察が来たんだ。 警察は遺体が雨で濡れないようにシートを被せてたけど、まああんまり意味は無かったかな。 山村は警察へ必死に、『俺はまだ死んでいない! 早く病院に連れてけ!』って怒鳴ってたけど、正直僕の目から見ても手遅れだった。 僕がもう手遅れだよって何回も説明したんだけど、一向に聞く耳持たなくて……やがて警察は彼の遺体を救急車じゃなくて、何かバンみたいなので運んでいった。 彼はここから動けなかったから、僕が公園の外まで見に行ったんだ。 僕がその事を伝えようとこの土管広場まで戻ってきた時には、彼はもういなかった……」
クロウは男の話を黙って聞いていた。
「その後一応、何処だ? って呼んでみたけど、あいつどこにも居なくなってて……」
「山村がここから消えた時、何か他に気になった事は?」
「警察以外の人がここに来てはいないし、死神も居なかったと思う……」
「どんな些細な事でもいい。 何か変わった事は無かったか?」
「特に無いけど、一人だけ変な警察の人がいたな……うん、他はみんな男だったけど、そいつ一人だけ女だった。 髪も長くて真っ白で、何故か傘を隣の人に差されてたけどずぶ濡れになってた」
私はその言葉でピンとくる人物を思い出す。
「まあ……あの風貌だ。 間違ってる可能性の方が低い」
「なあ、もう……いいよな? 全部話したし、もう行っても――」
「協力してくれてありがとう。 今からお前を煉獄に連れていく」
クロウのその言葉で男は一気に狼狽する。
「ま、待ってくれ!? 協力したら見逃してくれるって――」
「見逃す? 誰がそんな事言った。 死神は職務を全うするだけだ。 この世界のルールを乱すような事はしない」
「お願いだ! 助けて! 俺まだあっちの世界には行きたくない!」
「じゃあいつまで現界に留まる? 永久に終わりのない世界を見続けたいか?」
「嫌だ! 嫌だ! まだ死にたくない! まだ生きたい!」
「もう死んでるんだよお前は。 受け入れろ」
「嫌だああああああ!」
さすがに可哀想になってきた。
「クロウ……この人協力してくれたんだし、今回だけは見逃してあげても……」
「ユウ、この辺獄にいても何もならない。 辺獄は死者にとって地獄に等しい世界。 自分だけが永久的に現界に干渉できず、真の死の世界も見ること叶わない世界。 希望も何もない。 挙句の果てには魂はやがて劣化していき、消滅して無となる。 自分が自分であったという事実も何もかも無くなる」
クロウは私の目を見る。
「楽しかった過去も、これからの未来も全て無かった事になる。 誰からも、自分からも忘れられた世界に行きたい奴なんているか?」
私は何も言い返せなかった。 この世のルール。 それを破ることは、自分自身を自ら消滅させる事にもなる。 それはその人にとって幸せな事なのか、分からないけど。
きっと……悲しい事だと思う。 だから、クロウを止める事は、私にはできない。
「安心しろ。 これから行く世界はお前を認めてくれる」
「嫌だ……嫌だぁぁああ!」
「やれ」
クロウは男の後ろに居る死神へ命令する。 死神は銃の引き金に手を掛け――。
「ここは立ち入り禁止ですよ?」
突然、私たちの後ろから男の声が聞こえた。
振り返ると、そこには五〜六人の背広の男たちがいた。 目の前の男が煩すぎたせいで近づいてくる音に気づけなかった。
「はい警察でーす。 あなた達ここで何してんの? 外の看板見えんかった? 見えてたよね? 不法侵入だよ。 公園の関係者? 違うよね? 何か許可取ってるの?」
背広の男は捲し立てるようにこちらを問い詰めてきた。
「警察の人ですか?」
「私たちね、警視庁の刑事なんだけど、ここ昨日殺人事件があったの知ってる? 知ってるよね? 普通の人ここ来ないから」
「外の看板とは?」
クロウが聞く。
「立ち入り禁止の看板。 見えなかったの?」
「悪いけど見えなかったな」
「ああそう? でも看板あったから。 そういう言い訳は通用しないからね」
背広の男は私の方を向く。
「ていうかキミ倉本優さんだよね? 警察ずっと探してたんだけど、どうして家に帰らなかったの? ちょっと話聞かせて? ていうか不法侵入だから拒否権無いけどね」
「クロウ……」
まずい、非常にまずい状況だ。 私はクロウに助けを求める。
刑事たちは徐々にこちらににじり寄ってくる。 すると、一人の刑事が声を上げる。
「……? 君塚さん、後ろにも誰かいますよ!」
その刑事は私たちの後ろを指差して声を荒げる。 後ろにいるのは……さっきの怯えた男の霊とクロウの死神だけだ。 しかし、常人には後ろの二人の存在は見えないはず。
「おい、貴様何を持ってる!」
君塚と呼ばれた男は私たちの後ろへ怒鳴るように質問する。
「君塚さん、銃です! 銃を所持!」
私もクロウも訳がわからず呆然とする。
「後ろの黒い服のお前! 手に持っている物をおろせ!」
刑事達は死神に向かって銃を下ろすよう叫ぶ。 どうして死神が見えるんだ!?
クロウが小声で私の名を呼ぶ。
「え?」
「目の前……林の奥を見ろ」
私はクロウの言う通り刑事たちの後方を目を凝らして見てみた。 暗がりだから最初は分からなかったが、人影が三人、六人? 皆……白装束を着ている! ……ハデスか!?
「ユウ、私の合図で横に飛んで伏せろ」
「分かった」
クロウはカウントを開始する。 3、2、1――。
私は身構えた。
「行け!」
私は横に勢いよく跳んだ。 同時に後ろのクロウの死神も前方に銃を構える!
「やめろおおお!」
刑事たちの声が森の中にこだましたその瞬間、彼等の後ろから銃声が一斉に響く。
「うわあああああ――」
刑事たちの悲鳴が聞こえている間に、目の前の視界が真っ白になる。 クロウが何か投げて、そこから煙が噴き出してきたのだ。
「発煙手榴弾だ! 今のうちに逃げるぞ!」
「う、うん!」
後ろを見ると、クロウの死神はハデスの死神に集中砲火を浴びて断末魔を上げながら地面に倒れ、目の前の浮遊霊も同じく共倒れする。
クロウと二人でハデスの死神たちがいる反対側へ駆け出して逃げる。 銃声が終わる頃には、刑事たちの声は一人も聞こえなくなっていた。
 私とクロウは急ぎバイクの停めてある公園の駐車場へと走る。 後ろからは金具が擦れる音と草木がガサガサと揺れる耳障りな音が迫ってきている。 私たちは後ろも振り返らず全速力で走った。
 駐車場へ間も無く到着する頃に、道路の方から爆発音が聞こえた。
林を抜けて駐車場への広場へ顔を出すと、公園の外に駐車してある車から火の手が上がっていた。 その車の周囲には背広を着た人間が血を流して倒れている。 そしてその周囲を取り囲んでいるのは、あのハデスの死神たちだ。 何人もいる。
「張り込み中の刑事だろうな。 派手にやってくれる」
軽口を叩くクロウだが、その声音は緊迫の色が聞いて取れる。
死神たちは私たちに気づくと一斉に持っている銃を向けてきた。 距離はあるが、集中砲火を浴びれば何発か当たる自信がこの私にもある。 自慢じゃないけど!
クロウは手を前に勢いよく振ると、目の前に漆黒の光が爆ぜる。 中からクロウの黒づくめの死神たちが何人も召喚される。
「盾にはなる」
クロウのひとこと、死神だから許されると思うが、人でなしという言葉が喉元まで出かかり必死に抑え込んだのは内緒だ。 そしてハデスの死神たちは射撃を開始する。
クロウの死神たちも一斉にハデスの死神へ向けて銃での牽制射撃を開始する。 私たちはバイクへと真っ直ぐ向かう。 途中で死神が倒されて霧散していく度、クロウは一人、また一人と死神を召喚していき盾にしていった。 死神たちの肉の盾は私たちを無事バイクまで到着させてくれた。
急いでバイクに乗り込み、クロウはエンジンを始動させて急発進しながら持っている拳銃を機関銃のように連射しまくる。 駐車場から出て待ち伏せていた死神たちから遠ざかる頃には、銃の弾倉は空になっていた。
「拳銃ってそんなに連射出来たっけ?」
私の知っている拳銃のイメージは一発ずつ引き金を絞って撃つものだった。 これは最初にクロウに会った時から聞こうと思っていた事だ。
「ああ、マシンピストルだ。 フルオート掃射ができるんだ」
クロウは私に持っている銃をカチャカチヤと振って見せた。
「ちょっと、危ないから前見て」
やれやれといった風にクロウは運転に集中しつつ、懐から弾倉を出し再装填する。
「それよりどういうこと? アイツらあの刑事たちを撃った? 死んじゃったのかな?」
「ハデスの死神たちの多数は、生前に戦闘力に特化した者たちで占めている。 殺しのプロだ。 死んでるだろうな」
「マジか……」
目眩がする。 目の前で数人の人間が銃で殺される所などそうそう無い経験だ。 現実感は無いけど、その精神的負担は半端ない。
「第一、死神は現界の人間とは干渉できないんじゃなかったの? 私みたいに辺獄にいる人間にしか干渉出来ないはずじゃ――」
「その通り」
「……じゃあアレはいったい、なに? あの刑事たちも辺獄にいるってこと?」
私の問いに、クロウは即座に答えられなかった。 沈黙が私を不安にさせる……。
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