第5話 『遺言』

文字数 8,970文字

    【徳川家 午後六時】
ショウの家……見知った家。 家の両脇には提灯が掛けられていた。 以前に来た時とは全然印象が違う。 私はゆっくりと、玄関のチャイムを鳴らした。
「はい」
声がして、中から出てきたのはショウのお母さんだった。
「ユウちゃん! よく来てくれたね! さあ、入って!」
翔のお母さんは前と変わらぬ口調でそう言うと、私の横にいるクロウをチラリと見た。
「そちらの方は?」
「この人は、私の友達の黒井ショウコです」
事前に打ち合わせした偽名を使う。 安直すぎるとクロウは名前に乗り気ではなかったが、結局私に押し切られる事となる。
「昨日から私を心配して付いて来てくれてるんです。 お母さん、差し支えなければショウコも一緒に入らせて頂いても良いですか?」
「そうなの……それはそれは、ユウちゃんを見てくれていてありがとうね。 入って」
ショウのお母さんは特に疑う素振りは見せずに快く承諾してくれた。
「失礼します」
案内されて私たちは家の廊下を歩く。 線香の匂いが充満している。 その匂いはショウの体がある居間に近づくにつれ徐々に強くなり、そして居間に入った瞬間――それはより強くなった。 部屋には布団が敷いてあり、その中には……ショウがいた。
「さあ、こっちよ」
私はゆっくりと近づく。 心拍数が上がっていく。 そして中を覗き込む。 かつて、ショウであった存在が――そこにあった。 顔はとても安らかで、眠っているかのようだ。
もう何も後悔もないような、すっきりとした顔だった。 私はショウの頬に触れる。 部屋の中は暖房で暖かかったが、ショウの顔はまるで氷のように冷たかった……。
 焼香を済ませ、私たちは布団の前に置かれているソファに腰掛けて、ショウのお母さんの話を聞いていた。
不思議と、涙は出なかった。 きっと、クロウが傍にいてくれたからだと思う。
「何度も言うけどね、ユウちゃんは自分を責めないで良いからね。 ショウが、あなたを助けようとして、自分の判断で下した決断。 そして、あの子はそれを達成した。 死んじゃったけど、それだけは悔いの無いことだと思ってるよ」
ショウのお母さんはとても優しい声でそう言ってくれた。
「ありがとうございます。 ……でも私はそれでも、きっと自分を責め続けます。 どんなに許しの言葉をかけられても、例えショウがこの場で息を吹き返したとしても、私はきっと一生、あの時横断歩道で立ち止まってしまった自分を許さない……」
罪は誰が許すんだろうか。 自分の許せない罪は、きっと誰も許せないだろう。
「ユウちゃん。 私ね、あの事故からずっと意識のないショウを見てたんだけどね、なんていうか、もう何も悔いが無いような顔をしてたの。 ああ、もしこのままこの子死んじゃっても、きっと迷う事なく天国に行けるんだろうなって。 まあ、私がそう考えなきゃやっていけないところもあったんだけど……でも本当に、そんな気がしたんだ。 だからねユウちゃん。 今はショウのために泣いてもいいけど、自分を悔いて責めるのはショウも悲しむから、少ししたら自分を許してあげて、ね?」
何を言いたいかは、理解できる。 でも、そう易々と受け入れられる事ではない。
「そうですね……ありがとうございます」
私は自分の考えを心の中に仕舞い込み、お礼を言った。
「ユウ」
横で黙って座っていたクロウが、私の肘を小突く。 事前にクロウと話していた事を思い出し、私は懐から手紙を取り出した。
「お母さん。 実はショウがまだ元気だった時に預かっていた手紙があったんです。 いつの日か二人でふざけて、もし自分が死んだらどうなるかって話していた時に、じゃあ試しに遺言みたいなの書いてみようってことになって、二人で書いて……私のはショウが、そしてショウの書いたものは、私が持ってました」
それは嘘だった。 今回はショウの思いをクロウが代筆で綴った手紙を用意した。 それをここで伝えてほしいと言うのが、ショウの頼みだ。 お母さんは黙って頷き、私は手紙を読み上げる。
『母さんへ。 この手紙を見てるって事は俺はもう死んじまったんだな。 生きてる時に死んだ時の事を考える奴はそんなに居ないし、死後の世界もわからないと思う。 だからこれは生きてる者がもし死後の世界にいたらって体で書いてる。 まず、何を伝えれば良いかな。 そうだな……まあ、一つだけ言えることは、ごめんだな。 母さんより早くこの世から去ってしまって本当にごめん! もうちょっと親孝行したかったけど、それもできなくてごめん! 悔いがあるとしたら、そんぐらいかな。 どんな死に方しても、俺は今何も苦しくないし、きっと安らかだと思うし、整理もできてると思う。 だけど残してきた母さんやユウの事を考えると、心配になったりする。 だから母さん。 俺の事は心配しないでくれよな。 んでさ、天国の父さんと一緒に、母さんが大往生するまで見守ってるからさ。 だから寂しがったりしないでくれよな。 んで、出来たらユウの事も気にかけてほしいんだ。 ユウはとても繊細で、寂しがり屋だから、きっと俺が死んだら気が狂っちまうと思うんだ。 なんて……思い上がりかな? まあ、もしユウがそんな感じだったら、慰めてやってほしい。 頼むよ。 ああ、いざってなると書くときになっても何も思いつかないな。 きっともっと伝えたいこといっぱいあると思うんだけど、全然出てこないや。 とにかく……ごめん。 母さんは元気でな。 天国からいつまでも見守ってるよ。 徳川翔より』
お母さんは目を瞑ったまま、私が読み上げる手紙を黙って聞いていた。 両目からはひとすじの涙が止めどなく流れ続けていた。 私も黙って手紙を見つめる。 部屋を、沈黙が流れる。
「人が一生の内どれだけ幸福だったか、不幸だったかはもはや死後には関係ない」
沈黙を破るようにクロウが口を開く。
「大事なのは、その人が死後に納得してるか、安心してこの世を去ることが出来るかが重要です。 この手紙は本人の本心で書いてあることが伺えます。 だとすれば、きっとその通りなんでしょう。 本当に、お母さん思いの、優しい子ですね」
クロウの言葉は真実だ。 ショウの気持ちの代弁者でもあるし、死後の世界に近い存在のクロウの言葉には説得力もあった。 それは彼女の正体を知らないショウのお母さんも感じていると思われる。
「生前の事はもう終わりました。 死者には、死者のこれからがあるのです……なんて、出しゃばった事を言ってすみません。 要するに、今生きている者が、死んでいった者たちの生を背負ってどう生きていくか……なんですが、中々これがどうして、生きている者にとってはまるで身を削られるかのように辛い事なんですよね」
クロウはそこで俯き、再び顔を正面に戻す。
「ショウのお母さん、ショウ君のことは心配しないでください。 いずれまた会えますから。 この世界がある限り、全ては繋がっています」
クロウは今までに見た事のない笑顔と慈悲深さをもった顔でお母さんを見つめた。
こいつ……お母さんを慰めてるのか? それともショウの意思が彼女を介して伝えているのだろうか? 私にはそれが判別できなかったが、お母さんは「ありがとう」とひとこと言ってクロウに微笑み返した。 その時――。
 ピンポーン。 家の呼び鈴が鳴る。 弔問客だろうか? ショウのお母さんは私たちに「待ってて」と言って玄関の方へと向かっていった。
「クロウ……」
私は今考えていることをクロウに伝えることにした。
「ショウと話したい。 あなたの中に居るんでしょ? まだ私ショウと対話してない」
いつの間にか会話をしていたかもしれない。 でも正確に意思疎通を図ってはいない。
「ああ……そうだな、わかった。 あとで話をさせる。 今は待て」
ショウのお母さんはまだ来ない。 玄関で何か話しをしているようだ。 私はクロウに気になっている事を聞いてみる。
「あの、例えばさ……ショウは死んだ時の事とか、覚えてるかな?」
クロウは答えない。
「あ、まあ意識もなかったから、そもそも覚えてるわけもないか……」
変な事を聞いてしまったか。 私は話を終わらせようとした――。
「なあユウ」
クロウが口調を変える。
「ん?」
「もしも私が打った注射に血清みたいなものがあって、それを打つと助かるって言われたら、お前打つか?」
「打たないかな」
私は即答する。 もう死ぬ覚悟はできている。 というより……もう死んだも同然という感じで、心はすでにこの世にない。 あの時、私はショウの元へと行くと決めた。 もうこの世になにも未練はない。 これから何不自由なく生きられますよと確証されても、私はそれを選ぶことはない。 翔が生き返らない限り。 でもそれは決してあり得ない。
「そうか……もしもの話だ。 忘れろ」
「うん」


居間への扉が開く。 入ってきたのはお母さんと……知らないスーツの男と、知らないシルバーブロンドのスーツの女――いや……知っている。 女はなんと、夕方ゲームセンターでクロウが戦った女だった。

「……あなた達?」

女も驚きの表情でこちらを見ていた。 
私たちも呆気に取られていると、女は自己紹介を始めた。
「『ムラマサ』さん、今日はどうも。 弔問中失礼するよ。 私はシエラ。 警視庁から来たものだ。 まさかお連れ様が倉本優さんだったとは。 偶然は怖いね」
「へえ、まさか警察だったのか、『パニッシャー』」
「私も驚きました。 お姉さん、警察の人だったんですね……」
言ってみて、自分の声が震えていることに気づく。 ひどい緊張だ。
「私は正確には警察じゃないけど、こっちの和美くんは元々は捜査一課の者だよ」
「あ、どうも、警視庁の宮坂和美です」
たじたじした感じの気弱そうな男がペコリと会釈をする。
「私達は警視庁の特殊捜査課に属しているものです。 実は今日ずっと倉本さんを探していたんですよ。 今朝に倉本さんの実家に伺わせて頂いた時に、お母様からこちらのお通夜に倉本さんが来るっていう話を聞いてね。 どうしても捜査上伺いたいことがあったんで、お話を聞きたいと思いまして」
「ごめんねユウちゃんこんな時に……今日はやめてくださいって言ったんだけどこの人達強引で……」
お母さんは心底迷惑そうな顔をしてシエラ達を睨みつけた。
「抗議は後日警視庁までお願いします。 私達も子供の使いじゃない。 捜査に有力な情報は迅速に対処する必要があります。 それに息子さんに関する事件です。 お母様も、一刻も早い朝飯前の解決を望んでいると思いますが?」
お母さんは口をつぐむ。 
「勤務中にゲーセンでサボってた警察の人が何を聞きたいって? パニッシャーさん」
クロウは不満を露わにしながら痛いところを突く。 もしかしてもしかすると、負けたのがそんなに悔しかったのか? いやまさか。 でもまあ、悔しかったんだろうな……。
「倉本さん、ちょっとだけお伺いしてもいいかな?」
 シエラはクロウの売り言葉を完全にスルーする。
「おい、無視するな。 任意での事情聴取ならこちらにも拒否する権利がある」
話をグイグイ進められてうろたえる私を庇うように、クロウが遮る。
「それに図々しすぎる。 家人の静止を振り切って家に入って来るのは越権捜査では?」
シエラはクロウのまくし立てに不快感を露わにする。
「ムラマサさん? 朝飯前にあなた本名を教えてくれる?」
「お前に教える義務はない」
「言わせてもらうけど? 捜査一課は既に倉本さんを探している。 私達に直接的な強制力はないけど、捜査一課が来たらもう逃げられないよ。 ねえ倉本さん、私達はあなたの敵じゃない。 むしろ味方。 今ここで話を聞いた方が、不安はなくて済むはず」
「話ってちなみに……何を伺いたいんですか?」
「ユウ、構うな」
わかってる。 でも彼女たちがどんな情報を掴んでいるのか気になった。 
「私たちが聞きたいのはね。 既にニュースで見聞きして知っていると思うけど、徳川翔君を轢き逃げした犯人、山村透の殺害された時間のあなたの行動記録」
一瞬耳を疑った。 まさか警察の口から直接ショウを轢いた轢き逃げ犯は山村透なんて言葉を聞けるとは思わなかったから。
「勘違いしないでもらいたいのは、警察は徳川翔君と山村透の関連を一切否定した結論を出してる。 あなた達も何となくは分かってると思うけど、轢き逃げの捜査は上からの圧力によって揉み消された。 でも当時の事件の状況や報告書を見てみると、轢き逃げ犯はほぼ確実に山村透であったと断言できる」
力強い言葉だった。 これを……まだ翔が生きている時に聞けたら……結果は変わらなかったかもしれないが、まだ罪悪感の捌け口にはできただろう。 私はもちろん、ショウのお母さんにも。
「警察を代表して謝罪を……なんて思ってもいないけどね、あんた達も災難だったね」
その通り。 災難だった。 私の不注意での事故。 轢き逃げ犯の証拠揉み消し。 ポジティブに捉えられる部分がひとつもない、紛れもない不幸。
そして、このシエラの登場は、それらを全て終わらせてくれるように思えた。
「やっぱり! 警察は証拠を掴んでいたんですね!? どうして! 上からの圧力ってどこですか!? 警察関係者? 政治家!?」
翔のお母さんはシエラに食ってかかる。 無理もない。 今まで再三捜査の続行をお願いしてきたのに、警察は事件を迷宮入りにした。 人の命――それが実の息子の命に関わる事なら尚更だ。 犯罪を、被害を、信頼するべき警察に揉み消されたのだ。 それが如何に悔しく、腹立たしい事か。 私にもよく分かる。 でも、今の私にはそれを素直に全てを警察のせいにする事もできない。 全ての元凶は、私だからだ。
「勘弁してくださいお母さん。 私にはどうすることもできませんし、今さら蒸し返してももう証拠は隠滅されてる。 私も、もうその件に関してを口にする事はないでしょう」
シエラはそこまで言うと、翔の傍まで近づく。
「でも個人的な感想として警察の対応は非常にバッド。 許せるものではありません。 ユウさんとお母さんの気持ちを少しでも癒して差し上げたいと思っています」
振り返ったその顔は、非常に分かりやすい悪巧みの笑顔。
「情報提供の見返りとして証拠隠滅を図った経緯と関係者を洗いざらいお話します。 もちろん、私は一個人としてお話を持ちかけています。 私見も含まれますし私の証言は証拠にはなりません。 警察に告げても信じてもらえないし動いてもらえる事もないでしょう。 私自身も今日話した事は後日関与を否定します。 でもユウさんとお母さんの心の靄は少しは晴れてくれるはず。 何より事件の犯人はもう死んでいます。 今街を脅かしている連続殺人事件の犯人の手により無惨に殺された。 復讐ももはや意味が無い。 さあユウさん、お話を聞かせてくださいますか?」
「何を……聞きたいんですか」
「さっきも言ったように、山村透が殺された時刻のあなたの行動記録です。 どこに居たか何をしていたか、そしてそれを証明できる物を持っていたり知っていたりしません?」
「それは……私が山村を殺した可能性があるから、ですか?」
「断言はできませんし証拠もありませんが、怨恨の線も視野に入れての捜査は当然――」
「ユウ、やめろ。 これは正当な捜査じゃない。 こいつは翔を餌にして強引に話を聞こうとしてる。 翔への冒涜だ。 お前はこいつと話をするべきじゃない」
クロウが私の肩を掴んで語りかける。 わかってる。 でも……今翔のお母さんの前で私が拒んだら、きっとお母さんの心の靄は一生消えないだろう。 それに昨日の山村が死んだ時刻の私のアリバイなんてものを証明する術はない。 かといって殺した証拠も無いはずだ。 だからここで私がなんと答えようと重要参考人止まりだろう。 逮捕の決定打になんかならないはず。
「ユウちゃん」
翔のお母さんが不意に私を呼ぶ。
「もう、いいの。 全ては終わった。 翔はきっと、自分が死んだ後に私たちが悩み苦しむ姿を見たくはないはず。 それに山村ももう死んでる。 いいのよ。 あなたはもう翔の事で苦しまなくていいの。 だって……」
お母さんは言いながら私をそっと抱きしめる。
「もう十分に苦しんだじゃない。 そろそろ、自分を許してあげて? 翔もそれを望んでいるはず」
お母さんは優しい笑顔で静かに話してくれた。 クロウもそれに続いてシエラたちに向かって話す。
「こういう輩は潔白の人間を犯人に仕立て上げるのが得意だ。 得策があるとするなら、何も語らない事だ」
シエラはソファに腰掛け、顎を手で支えるように屈んでシラけたような表情で返す。
「ていうか、それ何かやましいことありますって認めてるようなものだけど、君の策ってそんな陳腐なのかい?」
「それを決めるのはお前じゃないパニッシャー。 証拠だ。 ユウと話したいならそれなりの証拠を固めてしっかりとした手続きの上でお願いしたい」
「クロ……あ、ショウコ……」
うっかり本名(?)で呼びそうになった。 今さらだが、どうしてそこまで庇ってくれるのだろうか。 ショウの精神が彼女の意思と干渉してるからなのか、それともクロウ、割と根っこは良いやつなのか?
それはそうとお母さんのあの表情……本当はショウの事件の事を聞きたかったはず。 でも敢えてそれを選ばなかった。 私のために? どうして……どうして……。 確かにシエラたちのやり方は明らかに私たちへの釣りだ。 でも、きっとほとんど真実。
だってそれはもう私たちも分かりきっていた事だから。 事件が揉み消されたのは誰の目から見ても明らかだった。 あんなにあからさまな捜査の引き上げはネットやテレビの世界でしか見たことがなかった。 でも、真実は時に想像を超える。
世の中、信じられない事っていうのは往々にしてある。 人々はそれを自分はきっと体験する事はないだろうと思って生きている。 でもその信じられない現実にひとたび出会ってしまった時、人は目を疑うのだ。 こんな事が本当に起こり得るのだろうかと。 そして混乱する。 しかしその事象は時に自然の、時に誰彼かの意思により確実に引き起こされ、狼狽している間にも進行していくのだ。 なぜそれが起こったのか。 人は知りたいはず。 原因究明という不安解消をせずにはいられない。 でも敢えてその原因究明という救済手段を手放すことが出来るということは……ああ、お母さん。
もう、晴れてるんだ。 お母さんの心は。 あの手紙、やっぱり読んでよかった。 そしてクロウとここに来てよかった。
ショウ、あなたのお陰だよ。 お母さんはもう大丈夫だよ。 だから安心して。

「家に上げておいて申し訳ありませんが、やはり帰ってくださいますか」
お母さんはシエラ達に力強く言った。
「良いんですかお母さん。 翔君の、息子さんの事件の真相を知る最後の機会ですよ。 ユウさんにも言ってあげてください」
「真相なんて要りません。 翔はもう帰って来ません。 何をあなたが交換条件に出したところで、もうどうでも良い事です。 これ以上私たちの弔いの邪魔をしないで」
しばらく押し問答が続きかけた時、後ろから肩をとんとんと叩かれた。 振り向こうとする前に声をかけられる。
『振り向かないで結構です。 私はクロウの死神』
「え?」
『声に出して伝えるのが難しい話です。 クロウに代わり、私がお伝えします』
横のクロウに目をやると、クロウは私に目配せをしてきた。
『ハデスの死神にこの場所がバレました。 早急にこの場を離れないといけません。 ユウさん、クロウに従って放れずついてきてください』
私はごくりと唾を飲み込み、静かに頷いた。
「分かりました! あまりにもしつこいので警察に今すぐ一報入れますね!」
お母さんが叫ぶ。 警察に連絡を入れられるのがマズいのか、シエラの横にいる和美という男の眉間にシワが寄る。
「シエラさん……! 流石にもうやめた方が良いです! 退散しましょう」
小声で言ったつもりらしいが、十分みんなに聞こえる声量だった。 シエラはそれを聞くとニヤッと笑って立ち上がる。
「残念ですお母さん。 これで失礼しますね」
「もう来ないでください」
帰り際のシエラ達に向かって、お母さんはピシャリと言い放つ。 シエラは顔だけこちらへ向け――。
「安心してください。 もう会う事はありません」
それだけ言うと外へと出ていった。 しばらくの沈黙のあと、お母さんは私に向き直って悲しそうな顔で言う。
「ごめんねユウちゃん。 私があの人達を中に入れてしまったばかりに……」
「いえ、良いんです。 それより、追い出して本当に良かったんですか? 翔の話が聞けたかもしれないのに」
お母さんは首を振る。
「いいの。 もうすべては終わったこと。 これ以上を求めても何も生まれないし、誰も救われる事もないからね。 それより……」
お母さんはクロウを見る。
「ショウコさんが言ってくれたように、これからの事を考えなくちゃ。 くよくよしてたら、翔も悲しむしね!」
お母さんは笑顔でそう言った。
「お母さん……」
翔のお母さんは凄い人だ。 こんな時にも気丈に振る舞える。 本当はとても悲しいはずなのに、どうしてこんなに明るく出来るのだろうか。 私には到底無理だ。
「ユウちゃん、翔のこと……本当にありがとね。 だから、これからは翔の分まで生きるんだよ。 お願いね」
……それは。
「はい」
 無理だ。

《ブオオオオオオオオオオオオオ》


 突然、サイレンの音が鳴り出す。 ハッとしてクロウは窓へと行くと、外の様子を確認する。 しばらくするとサイレンの音は鳴り止み、アナウンスが聞こえてきた。


《こちらは、国家安全保障局です。 緊急放送をお伝えします。 戒厳令発令により、明日の午後十二時より、首都全域の外出禁止令を実施します。 政府、軍事、医療、警察機関以外の一般市民の外出を固く禁じます。 誠に勝手ながら、市民の皆様におかれましては、自宅や屋内での待機の準備をお願いします。 十二時以降の外出禁止を無視して外に出た場合、逮捕、勾留などの他、生命の保証なく処罰する事を、ご承知ください》
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み