第9話 『~回想~辺獄と煉獄』

文字数 8,683文字

 次に目が覚めたのは、外の夕焼け色に染まった電車の中だった。 ガタンゴトンと揺れる電車に、コリーは長い対面座席に座っている。 車内放送ではクラシック音楽が流れていた。 周りには私と同じように座る人たち。 皆どこか空虚に宙を正視してる。 中にはあの女に殺された仲間もいた。 でも声をかけようとはコリーは思わなかった。 だってきっとコリー自身も同じように宙をただ空虚に見つめていたから。 ここがきっと死後の世界だ。 たぶん、それはこの電車に乗る全員が分かっていたと思う。 だから別に騒ぐ事でもないし、もうどうしようも無いんだって。窓の外を見てみる。 外は花畑が広がり、夕陽のコントラストで美しく揺れていた。
綺麗だ。 このままこの時間が永遠に流れるのなら、それもいいかもしれない。 そんな事を考えていたら、隣から声が聞こえた。 声の方を向くと、フードを被った歳は十代ぐらいの男の子が横に立っていた。  何か言っただろうか? 聞き取れなかったので、コリーはただ彼を見つめるしかなかった。 だから彼はもう一度コリーに言った。
「隣に座ってもいいかな?」
改めて彼の声を聞くと、まるで女性のような甘い声をしていた。 まだ声変わり前のようだ。 コリーは頷くと、彼が座れるように少しだけ体を横にずらす。
「僕の名前はヴィータ。 またの名をタナトス。 現界と同じ名前でややこしいからみんなからはタナトスと呼ばれる事が多いかな。 君の名前は?」
コリーは自分の名前を言葉にしようとしたが、タナトスに静止される。
「大丈夫、知ってるよ? コリー……だよね」
どうして私の名前を知っているの? そう質問しようとしたが、口が動かない。 代わりにタナトスは話し始める。
「僕はこれでもアンダーワールドの生と死を統べる神だ。 一応上位なる最高神という格付けだけど、まあ肩の力を抜いてよ。 ちなみに君がさっき空を見た時に居たのは僕のもう一つの姿だ。 ここはパーガトリーとアンダーワールドへの通過点。 君は頭を銃で撃ち抜かれて死んだ。 だからヴィータから切り離され、リンボーをすっ飛ばして一気にパーガトリーへ来たんだ。 とてもスムーズにね。 そして今この電車に乗り、間もなく花畑を抜けてアンダーワールドへと至ろうとしてる。 そうだね……もう数駅も通過すればアンダーワールドだ。 そこに行けば君は審判を受けて再びのヴィータへの転生か、更なる上位の世界へと至るかが選ばれる」
タナトスは窓の外を見る。 コリーも一緒になって窓の外を見た。
「アンダーワールドにはハデスという審判官がいる。 僕と同じ、アンダーワールドの最高神だ。 でも困った事に、ハデスは自分の職務を放棄して雲隠れしてるんだ。 それどころか、ヴィータの生物を全員殺してヴィータとアンダーワールドを融合させようとしている。 何故かって? それはね、ハデスは審判をもう下したくないから。 自分の役割にうんざりして、死者の審判をするのが耐えられなくなった。 だからいっそヴィータの生物を全員殺して、転生の存在しない世界にすればもう自分が仕事をする必要が無くなると考えた。 安易だよね。 自分の思惑でこの長い歴史の理を破壊するなんて。 愚かだ」
タナトスはコリーの顔を見つめ、、手を握ってきた。
「話は変わるけど、君はヴィータに未練は無いかな? もしもあるなら、僕の力で蘇らせてあげてもいいよ? そして蘇らせた暁には、不老不死の体と死神を自由に使役できる能力も与えよう。 どうかな?」
「え?」
コリーはそこで初めて口を開いた。 電車内に座る他の者たちもコリーたちを見る。
「君は死んだ。 でもそれは心停止状態になったからに過ぎない。 幸いヴィータでは今、医療班が君へ懸命の蘇生措置を実行しているところだ。 奇跡的にではあるが、君はパーガトリーに僕と会ったにも関わらず、まだ蘇生できる望みがある。 こんな人間はそう居ないよ」
「私は、生き返れるの?」
「そう、君は復活する。 左目は後遺症が残るかもしれないけど、そこは仕方ない」
「私、死にたくない!」
コリーはそこで初めて自分の感情もその世界で息吹を吹き返したのを感じた。 忘れていた恐怖と悲しみ、怒りが溢れ出しそうになりながらも、タナトスにすがる。 半ば錯乱するコリーに、タナトスは優しくコリーの顔を両手で触れながら言った。
「その代わり、条件がある」
「条件……?」
「ヴィータには君と同じようにハデスの力で蘇った人間がいる。 そいつも不老不死であり、死神を自由に使役できる能力を持っている。 そいつを殺してほしい」
「殺す……?」
「そうだ。 そしてそいつは、君の仲間を殺し、そして君を殺したあいつだ」
「あいつが、ハデスの……」
「僕たちは最高神の力で蘇ったそいつの事を、死神使い――デスマスター――と呼称している。 正体は分からないが、そいつを見つけ出して殺してほしい」
「そいつを殺すとどうなるの?」
「最高神の力で蘇ったデスマスターは、ヴィータの人間には殺せない。 それは最高神がデスマスターの命に宿っているからだ。 殺せるのは同じデスマスターかリンボー以上の存在しか居ない。 本来最高神はヴィータやリンボーには干渉できない。 アンダーワールドとパーガトリーまでしか移動できないんだ。 でもデスマスターの力を介せば、リンボーはもちろん、ヴィータにも間接的に干渉可能になる。 ハデスの狙いは、デスマスターを使ってヴィータとパーガトリーの禁じられた扉をこじ開けて、世界をパーガトリーにして全ての世界をアンダーワールド化することにある。 何としても阻止しなくてはいけない。 デスマスターに最高神の力が宿っているのなら、デスマスターを殺せば最高神も死ぬ。 つまりハデスを殺せるんだ」
「逆もある?」
「そう。 君が死ねば、僕も死ぬことになる。 これは僕とハデスの生死をかけた戦いなんだよ。 そうでもしないと、ハデスを止めるのは難しいからね」
「分かった。 ハデスのデスマスターを殺す! だから私を助けて!」
「じゃあ、交渉成立だね」
タナトスはそう言うと、コリーの唇にキスをした。
「これで、君の血と僕の血が混ざり合った。 今から君の中に流れる血は最高神タナトスの血だ。 ちなみにこの血はヴィータの者にとっては猛毒だ。 摂取量に応じて時間に差はあるが必ず死ぬ。 ハデス側のデスマスターの血もまた同じ。 それは君も例外ではないから注意してくれ。 もっとも、わざわざ自分の血液を他人に注射したり飲ませる機会なんて無いと思うけどね。 まあ献血とかは出来なくなるだろうけど、ふふふ」
タナトスは立ち上がる。
「もしも君がハデスのデスマスターの血を取り込んだりしたら、その時は早めにデスマスターを殺す事だ。 ハデスが死ねば、その血の効力も無くなるからね」
その時、電車の前方車両の方からドンッ! と大きな音がした。
「何の音?」
タナトスも不審な顔をする。
「待ってくれ!」
突然、奥に座っていた男がこちらに向かって声を荒げる。
「あんた神なんだよな!? 俺を生き返らせてくれ!」
男は軍服を着ていた。
「俺は兵士だ! そこの小娘よりも戦えるし、そのハデスのデスマスターとかいう奴だって仕留められる!」
「俺もだ!」 「私もよ!」 「俺もそうだ!」
みんなが男に続いて名乗り出る。 タナトスは何も言わない。
「頼む! 俺には家族が居るんだ! ここで死ぬわけにはいかないんだ!」
タナトスは立ち上がる。
「言っただろう? 彼女は生き返る見込みがある。 お前たちはどうだ? ああ、そこのお前、体がバラバラに吹き飛んだな、そしてお前、首と胴体が切り離されてるな。 であんた、心臓に弾丸入っちゃってるよ? そんな状態でどうやって生き返れるって?」
「でもその女だって頭に銃弾を受けてるぞ! それでも死なずに生き返れるのか!?」
「頭に銃弾を受けても生還できる奴は稀にいる。 当たりどころによっては蘇生の見込みはある。 それに彼女は今パーガトリーに居る。 それがどういうことか分かる? パーガトリーは絶対死の世界。 一度踏み入れたらヴィータに帰る事はできない所だと言われてる。 彼女は心停止を起こして確実に死んでいる存在だ。 そう、自然の摂理がそう判断した。 それは誰にも逆らえない。 だがそれでも生還できる奇跡の瞬間がある。 あらゆる状況が重なり奇跡を起こす。 彼女に起こっている事はまさにそれ。 お前たちが一人二人と体験できる奇跡ではない。 諦めて死を受け入れろ」
皆、タナトスの言葉で沈黙する。 諦めて座席に座り直す者もいれば、呆然と立ち尽くす者もいた。 神の言葉には誰も逆らえないようだ。
「コリー」
今まで口を挟まずに座っていた女が口を開く。 よく見るとそれは……さっき体を真っ二つにされたグラーブのメンバー。 コリーの仲間だった。
「あんたが選ばれたって事は、それはきっと神様のくれたチャンスだね。 あの女を殺してコリー。 私たちの仇を討って。 そしてこの馬鹿げた世の中に復讐を……」
「わかった。 お前たちの……殺された仲間の恨みを、奴にぶつけてくる。 だから、安らかに逝ってくれ」
彼女は笑った。 隊の中では姉的な立場だった彼女だが、もう彼女の頼もしい姿は見る事はできない。 コリーは目の奥が熱くなるのを感じる。

突然、前方車両の自動ドアが粉々に吹き飛ぶ。

「なに!?」
驚いて見ると、破壊されたドアから次々と白い甲冑に身を包んだ者たちが現れる。 手には銃や剣など、皆多種多様な武器を携行しており、顔は骸骨の仮面を被っており素顔が見えない。
「ようやく会えましたねタナトス」
一人の仮面がタナトスに話しかけた。
「あなたを殺しに来ました。 でも安心してください。 ちょうどここにハデスも来ています。 あなたの顔をひと目見たいという事ですので、すぐには殺しません」
「先頭車両の者たちは?」
タナトスが質問する。
「全員死神化させてもらいました。 アンダーワールドのクーデターにはそれ相応の戦力が必要ですので」
「馬鹿な真似を」
「タナトス」
甲冑たちの後ろから声が聞こえた。 透き通った女の声だった。 
コツコツとした靴音が電車内に響き、やがて甲冑の間からそいつは姿を現した。 白いローブに身を包み、顔をフードで覆っている。 タナトスの対比となるような出立ちだ。
「ハデスか、久しぶりだな。 まさかお前の方から直接顔を出してくれるなんてね」
そいつはどうやらハデスらしい。
「本当に久しぶりね。 半世紀ぶりかしら? 私がいない間、うまくアンダーワールドをまとめてくれてるようじゃない。 ありがとね?」
「思ってもいない感謝は聞きたくないなあ」
「あら、本当にそう思ってるわよ? あなたが統治してくれなかったら、私だってパーガトリーに潜伏してる場合じゃなくなるもの。 だからほら、こうして協力者も着実に増やしてクーデターの準備もしてこれたのだから」
タナトスは庇うようにしてコリーを後ろへと下げる。
「この電車は壊滅する。 こいつら、この電車に居る者を全員死神化させるつもりだ」
「死神化って……どうなるの?」
「死神化は、奴の絶対的な服従者として魂の在り方を変えるものだ。 ここで君が死神化したら生き返ることはもうできないし、君の意志に関係なく奴の思い通りに動くことになる。 嫌だろ?」
コリーは頷いた。
「後部車両へ走れ。 そしたらこの電車から飛び降りるんだ。 後のことは僕に任せろ。 大丈夫。 必ず君はヴィータで蘇生させる」
「何を話してるのタナトス? もしかして、その娘……」
「ああ、ハデス。 君を殺す存在だ」
「ああ、そういうこと……ならここで死んでもらわないとね」
ハデスのその言葉を皮切りに、白い甲冑の奴らが銃を構え、剣で突撃を開始してくる。
タナトスは手を前に勢いよく振ると、前面に黒いモヤのようなものを出す。 どうやらそれで銃弾を弾いているようだ。 周りの乗客は混乱の中一人、また一人と剣の斬撃や銃弾で倒れていく。
「コリー! 危ない!」
呆気に取られて見ているコリーへタナトスが叫ぶ。 気付いた時には遅い。 コリーの間合いに一人の剣を持った甲冑が突進してきていた。
ぐさりと肉を貫く音。 ……しかし痛みはない。 目の前には……彼女、グラーブの隊員の彼女がコリーを庇うようにして腹を剣で貫かれていた。
「ぐうぅ! コリー何してるのッ……!? 逃げなさい! 今あなたは死ぬべきじゃない! 生きて、あの女に復讐を!」
コリーは、ようやく我に帰り後ろを振り向いて駆け出した。
「逃すな! あの娘を最優先で殺せ!」
ハデスが叫ぶ。 後ろから阿鼻叫喚の悲鳴と怒号が飛び交う。
 コリーは走った。 走って、走って、ようやく最後部の車両まで到着する。 だが――。
『逃がさないよ』
後部車両の外へと続くドアは破壊されており、外の景色が広がっていたが、そこには巨大な目がこちらを見ていた。 コリーは気づく。 後部車両……いや、この電車全体をその目の主がしがみついているのだ。
余りにも巨大すぎるその体に全体像は把握できないが、色は真っ白で、羽毛のようなものに包まれていた。
 すると後ろからいきなり覆いかぶせられた。
「くそ! 離してッ!」
「待って! 僕だ! タナトスだ!」
後ろを見ると、タナトスが居た。
「いいかい? 今君へ力を送る。 僕が合図したら、その力をあの目にぶつけてやれ!」
タナトスはそう言うと、コリーを後ろから抱き締める。 コリーの中に、今まで感じた事の無いほどのエネルギーのようなものが流れ込んできた。
「さあ……集中して。 手を前に……」
コリーはタナトスの言う通り、両手を目の前の目玉に向ける。 電車の窓ガラスが次々と割れ、車両がメキメキと音を立てていく。 このまま車両に絡みつくあの巨体で押し潰す気だ。
「今だ! 放てええ!」
コリーはタナトスの掛け声に合わせて手に力を込める。 すると、コリーの体全体が黒い光を放ち、目玉に向かって全ての黒のエネルギーが放たれた。 目玉を貫通し、聞いた事もない雄叫びが響く。 ぽっかり空いた目玉のその向こうには花畑が広がっていた。
「今だコリー! 真っ直ぐ走って飛び降りろ!」
コリーはタナトスの言う通り、後ろを振り返らずに走って電車の外へと飛んだ――。
 

……次にコリーが目を覚ました時。 そこはベッドの上だった。
隣には兄がいて、コリーの事を見つめている。 そして目が覚めた事を確認すると、兄はコリーを抱きしめた。
 その後、兄からコリーは色々な話を聞いた。 あの時襲撃してきた反政府軍の兵士たちは、実は偽装した政府軍の兵士たちで、グラーブ暗殺の実行部隊だった事。 そしてあの女もまた、その実行部隊の一人だった事。 生き残ったグラーブはコリーと兄のみ。 他のみんなは全員死んだ。 あの後兄はコリーを連れて駐留施設へ入りすぐに手当を受けさせた。 一時は心肺停止状態だったが蘇生に成功する。 しかしその夜駐留施設を再び暗殺部隊が襲撃してきた。 たまたまそこには反政府組織のスパイが潜り込んでいて兄にコンタクトを取り、反政府軍への加入を条件に駐留施設からの脱出を協力してくれた。
そして反政府組織の拠点に二日かけて辿り着き、コリーは拠点の医療施設で一ヶ月間意識の無いまま眠っていたらしい。
 兄は鏡を見せてくれた。 鏡の中のコリーの右目には眼帯が付けられている。 眼帯を外すと、見ていた現実が一変して赤の空間になる。
それはあの煉獄――パーガトリー――と同じ色だった。

その後は反政府組織にコリーも加わりかつて味方だった政府軍との闘争に明け暮れた。
再びあの女と出会うことを期待しながら……。
 やる事は変わらない、人を殺す事。 だがやり方は変わっていった。 内戦も終結間近になり、反政府組織の圧倒的不利な状況下の中、指導者が取った行動は人質作戦だった。
ある時は学校を、ある時は病院を占拠して人質たちの命と引き換えに政府軍の駐留兵士の撤退命令等を強制させた。 テロと変わらない。 こんなのは大義ある戦争ではない。
 それはいつものように民間施設を占拠した日。 その日は指導者もその現場に来ていた。
コリーは気まぐれでそこに居た人質と会話をした。
「なあ、俺には国に家族が居るんだ。 見逃してくれないか?」
男はコリーに泣きついてきた。 初めて見る、アジア系の顔だった。
「安心しろ。 これまで政府軍は要求を呑んできた。 このまま今日も要求を聞き入れてもらえれば、お前たちは解放される」
「本当に?」
「本当だ」
「じゃあ、約束」
男は小指をコリーに向けてきた。
「なんだ?」
「俺の国では、約束をする時に小指と小指を絡ませるんだ。 ほら、約束だろ?」
コリーは男の言うとおり、自分の小指と男の小指を絡ませる。
「これでいいか?」
「ああ、ありがとう」
男は無邪気に笑った。 人質がこんな屈託のない笑顔を見せた事なんて無かった。 少しだけ、この張り詰めた戦場の空気が和らいだ気がした。
「ああ、カメラを没収された。 こんな機会滅多に無いから写真に収めておきたかったんだがなあ」
「諦めろ、こっちに不利な情報を流されては困るからな」
「ああ、命があるだけまだマシだよなあ……はあ」
男がそう言った瞬間――部屋の壁が爆発した。 男は飛んできた瓦礫の破片が何処かに刺さって倒れる。
「――!?」
コリーは男を引きずって後退する。
「襲撃だ! 身を隠せ!」
誰かが叫ぶ。 コリーも男と一緒に物陰へ退避する。
「おい、大丈夫――」
男の頭に大きな破片が刺さっており、もはや事切れている事がわかる。
「敵を確認! 目の前だ!」
爆破された壁の方を見る。 粉塵に紛れてそこに立っていたのは……一人だった。
「撃て!」
そして、また誰かが号令をかける。 その号令で、そいつへ向けて一斉に弾丸が飛んでいった。 しかし、そいつは倒れない。 コリーの中で、ある一つの不安要素が現れる。
「まさか……」
「おい」
いつの間にか隣にいた兄がコリーへ声を掛ける。
「奴か?」
そいつは手に持っている拳銃を前に伸ばすと、一人、また一人へと銃弾をぶち込んでいった。 弾丸は必ず右目へ向けて命中して、撃たれた兵士は声も上げずに倒れていく。
そして倒れていくと同時に残留思念と化した彼らをそいつはまるで強力な掃除機のように吸い取っていった。 人質も、兵士も関係なく、奴は無差別に弾丸を右目へ向けて浴びせていった。 阿鼻叫喚の室内の中、兄はコリーの肩を揺さぶる。
「あいつなのかッ!?」
「うん……間違いない。 あいつだよ。 死神使い……デスマスターだ」
「そうか……」
兄は立ち上がる。
「兄さん? 何を!?」
「奴らの仇だ」
兄は肩にロケットランチャーを抱え、前方へと走っていく。
「待って! 奴にはこの世界の者による攻撃は通用しない! 私でないと――」
「ロケットランチャーなら少しは怯むだろ? お前はその間に奴にトドメをさせ!」
兄はロケットランチャーを構える。 そして――}
 クロウはそこで目を瞑る。




「ユウ、もう良いぞ。 ありがとう」
私は肩からタオルをゆっくり離す。 血はどうやら止まったみたいだ。
「お兄さんは……どうなったの?」
クロウは傷口を自分で縫い、しばらく沈黙していたが、やがてゆっくりと口を開く。
「コリーは……怖かったんだ。 死ぬのが。 復讐を、仇を取るって仲間に誓いを立てても、結局大事だったのは自分の命だったわけだ。 ああ、臆病者だ! あれだけ大見栄きってそれじゃ世話ないよな!」
「クロウ……」
クロウの瞳から、涙が一筋流れる。
「だからコリーは殺した。 もう居ない。 だから次こそは……必ず仕留める。 何も怖くない。 ただ奴の死を願い。 仕留める」
私はクロウに優しく抱きついた。
「クロウ、誰だってそうだよ。 あなたは私には想像もつかない世界に居たけど、でもその恐怖、私は分かる。 だから誰もクロウを責められない。 もし責めても、私だけは責めない。 だって、ほら……こうして私は今生きてるよ。 クロウのお陰で」
「私はその後、非合法組織に身を置き、裏の世界に入った。 裏の世界で殺し屋として活動をしている間、あの女の情報を探した。 そして見つけたんだ。 この国に居るって」
「大丈夫だよクロウ。 大丈夫……今度はうまくいくから」
「今度は逃がさない、逃げない。 確実に殺す。 あいつ、この世界の中枢まで入り込んでやがった。 各地の紛争を裏で操っているのも奴だ」
「クロウ!」
私はクロウの言葉を遮る。 両手をクロウの頬に当て、目と目を合わせる。
「ユウ?」
唇と唇が……徐々に近づいていく。 そして、柔らかい感触が両方の唇へと伝わる。
それは束の間静止し、やがて離れる。
「わかっててやってるのか? 私の中にショウが居るから?」
再び唇を重ね、そしてすぐ離す。
「そんな事考えてない。 嘘、ちょっとは考えてる」
また唇を重ね、そして離す。
「ショウが居なきゃこんな事してないだろ?」
「そうかもしれない。 でも似たような事はしてたかもね」
「どういう意味だ。 同情ならいらない。 そんなもので私は誤魔化されない」
「そう言うと思ったから、たぶん同じ事してるかも」
そしてまた唇を重ねた。 今度は長い。 さっきよりもずっとずっと長い。
顔は熱く、舌は濡れ、体は温もりを求めるように肢体を駆け巡る。 頭がぼうっとしてきて、それはやがて明瞭な熱に変わる。
 ストーブの火よりも、今は私たちの方が熱いと実感する。
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