どんぐり  

文字数 587文字


 夏に見つけたどんぐりは、「ちいさい秋みぃつけた」と踏み潰す。
 大好きな夏に、少しでも永く居て欲しいから。

 入院していたお父さんに、
「どんぐりが夏を吸い取って、秋にするんだ」
 と教えてもらった。

 紅く染まった裏山に、病院を抜け出してふたりだけで登った時だ。
 そんなの嘘だと言ったけど、お父さんは笑ってぱぁをした。

 大きな手に、ちいさなどんぐりひとつ。
「この中に、夏の光を閉じ込めているんだよ」
 ぼくのほっぺに押し当てた。
 あったかいけど、先ちょ痛い。

 歩いても歩いても、径(みち)の周りはどんぐりだらけ。
 山のてっぺんからぐるっと見ると、この山よりもずっと大きい山ばかり。
 近くの山にも、遠くの山にも、どんぐりがいっぱいだ。

 どんぐりをかぞえてみると、いっぱいすぎて頭が地球よりも大きくなった。
 日本中のどんぐりが、みんなで夏を吸い込むと、秋になるのはよくわかる。

 夏には、どうすればなるのかな。
 それは、教えてもらっていない。
 だから毎日、どんぐりとにらめっこ。

 どんぐりが、土にもぐって冬を呼ぶ。
 ちいさな芽が、冬を追い出して春になる。
 そして、緑の葉っぱが夏をつくるんだ。

 父に確かめたいと思っていた。
 しかし、もう父よりも年上になっている。

 あの日、ポケットいっぱい拾ったどんぐりを、母に叱られ庭に棄てた。
 そのどんぐりが、伸び伸びと枝を広げ大きな樹になっている。

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