ある和解  

文字数 410文字


 穏やかな春の午後、父と散歩に出る。
 少し遅れる父の手を取った。
 父の手は昔と同じように分厚いが、とても冷たい。
 父の温かい中指を握っていた記憶が甦る。

「ここはどこだ」と父が突然言って、私を驚かせたのは二年前だった。
 症状が進み妻との会話は 噛み合わなくなった。
 だが、私の言葉には素直にうなずいた。
「親子だから、通じるんだよ」
 自慢げに言うと妻は笑った。
「あなたが会社に行っている時は、あなたのことを隊長さんと呼んでいるわ」
 確執が消えないまま、父が幼な子としてここにいる。
 父にとって私が「隊長さん」なら、私にとって父は何者だ。

 月が見えると父が空を指した。
 青い空に、上弦の白い月が薄く浮いている。
「目がいいんだなあ」
 私の言葉に喜んだ父は、ロケットも見えると言う。
「ロケットも見えるんだ」

 私と父は、しばらく空を見上げていた。

 父と同じロケットを見たいと願った。
 しかし、消え入りそうな昼の月があるだけだった。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み