その人  

文字数 423文字


 ぼくの敬愛する人が他界してしまった。

 葬儀に向う車中、妻と思い出に耽りながらその人に逢いに行った。
 その人の匂いが濃厚に立ち込める風景の中に入ると、悲しみが洪水のように襲いかかってきた。
 車を停めて、妻に運転をまかせた。

 周りの人からは、不死身と思われていた人だった。
 ぼくはその人の弱さを見ていたので「ご苦労様でした」と葬儀でひとり呟いた。

 一番悲しんでいる人に、
「その人を、『遠い』と思わないで『近い』と考えてみませんか」
「その人を、『失った』と思わないで『得た』と考えませんか」
「いまでもぼくの内に在りますよ」
 そう強がってみせた。

 その人の背中を追うことしか出来なかった。
 そこで、年齢ぐらいは追い越そうと思っている。

 その人との物語を書いてみたい。そう強く願った。
 いま僕は拙い文章を綴りながら、その人と共に生きている。

 ぼくもいずれその人に逢える。
 その時には「全て書いてしまったよ」とちょっと意地悪く微笑んでやろうと考えている。

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