第6話 友人たちの生業  特殊詐欺、パパ活

文字数 3,611文字

 多田啓介は3年間講義ナシ、友人ナシの大学生ライフを過ごした。入学直前にコロナは猛威を揮い始め、講義はすべてズームに替わった。大学には行くものの、学食、図書館、学生会館も封鎖されている。構内のベンチまでも座れないように縄が張られていた。
 郷里は長野の寒村。通学に備えて都内でアパート暮らしを開始するものの、オンラインじゃ、何処に居ても同じ。とは云うものの、いつ授業が開始されるかもしれず、礼金・敷金、引っ越し代金が無駄になる。さらに高齢者を抱えた実家からは帰って来るな、とお達しがあった。
 もう大学3年生と相成る。こんな世代は断じてない。失われた学生時代、青春時代。コンパもなければサークル活動もない。戦後75年にして初の出来事。ただ文句の付け処がない。コロナウィルス君に悪意はない。ただ生きてるに過ぎない。
 日常生活は困窮を極めた。掛け持ちしていたバイトも失くなった。事情を理解する実家からは月に4万円だけ仕送りして貰っている。でもカツカツ。月末の1週間は白米に塩をふって食べる毎日。まぁ、都内の繁華街の遊び場も封鎖されていて、行っても仕方ない、だけがせめてもの慰め。また出歩かなければコロナ罹患の心配もない。
 3年生の初秋になってようやく行動性制限が全廃された。新学期からは対面での授業も開始される模様。実家からもようやく帰郷のお許しが出た。夏休み中に1度帰ってみよう。都内では友人がまったく居ない啓介には、親友たちに逢えるだけでも嬉しかった。
 実家は信州上山田温泉にある。千曲川沿いの、長野市内では案外知られた湯治場。しかしご多聞に漏れず、コロナ騒動で温泉旅館はどこも不景気だった。父と母も温泉旅館で長く働いていた。同級生の多くは、長野市内の大学・専門学校か、もしくは会社に勤めていた。
 しなの鉄道・戸倉駅に降り立つと、友人が迎えに来てくれていた。コイツは武田琢磨。高校では半グレ寸前のワルだったが、啓介とは不思議と馬が合う。LINEで友人たちと連絡を取ると、真っ先にお迎えを申し出てくれた。
 三年ぶりとなるが、見栄えはあまり変わって居ない。金髪にブロックを入れて、半ケツジーンズにダブついたピンクのパーカーを被る。どこから見ても与太っている。職業は不詳。訊いても答えなかった。
「よう、ひさしぶり。あんま変わんねえな。相変わらず垢ぬけねえ」
 容赦はなかった。でも瞳は人懐っこく微笑んでいる。昔のまんまだ。
 拓馬は駅前に停めてある車に案内する。服と同じピンクのポルシェ。
「派手だなぁ。上山田の街で知らない者はいないんじゃない」
 拓馬は満更でもなさそうだ。
「うん、他にゴールドのベンツと真っ赤なフェラーリもある」
 髪を掻きあげた腕にはダイヤをあしらったロレックスが光る。
「どうしてそんなに羽振りがいいんだ? 言いにくいだろうけど…」
 若くして金を稼げるなんて、あまり良い理由があるとは思えない。
「しかるをさえぎって、言えば言うほど藁が出でて、見苦しし…てか」
 拓馬は時々、啓介でも考えも及ばない洒落たことを言う。これは中世古文の一節。彼は頭は良いんだと思う。勉学には関心が向かないが。
「特殊詐欺」
「…」
「やっぱりなってな感じか。ハハ。最初は長野市内の「睦月組」に誘われた。でも、掛け子、売り子、出し子と危ない下働きばかりさせられて、捕まんのはオレたちハンパモンばかり。そのうち思いついたんだよ。若いオレたちだけに出来る特殊詐欺。
 悪い事には違いはないが、税金だって無駄に捕られちゃ詐欺と替わんねぇ。政治家なんてヤツは、まさに額に汗した血税をいとも簡単に、あべちゃんの布マスクやら葬式とか、コロナの接触確認アプリなんて立ち上げて、ムダに使ってるよな。
 浪費は世事の常識、てな訳さ。みな政府に騙されている。こりゃ詐欺だよ。オレたちとなんも替わんねぇ。
 若い兄ちゃん姉ちゃんたちは、大金持ちを、スーパースター、セレブ、ビッグネーム、と言っちゃ持ち上げる。まぁ、夢のまた夢なんだろうな。
 特に、歌舞伎町のホストだとほざいてイケメンの写真を使えば、JC、JK、JDなんてコロッと騙せる。カリスマホストには群がる。最近、歌舞伎町で話題のカリスマホストのヨシって知らないか? そいつはオレの肝煎りだよ。だからヨシの写真をよく使う。ヨシちゃんにお小遣いの数万円を捕られたって、誰も騙されたなんて思わないさ。ホストを応援したと思ってる。ハハ。
 もうひとり。IT企業の新進気鋭のCEOの肩書を付けたバリスーツのすかした野郎の兄ちゃん。こいつの脚元に札束を散らばした写真を載せれば、もう憧れの成功者と疑わない。そんな人物からの成功への指南をすると言われれば、みんな金を出すだろう。そいつは売れない役者に小遣い渡して宣材写真を撮るのさ。
 そんなわけで、Twitterかなんかで、現金配布とか見たことないか。
 あれはオレが考えた。今では模倣犯があちこちに出てるけどな」
 確かなに見かけたことはある。
 今日は3000万円を配布します。ひとり10万円。早い者勝ち!
 こんな謳い文句。必ずタグかついていてサイト、アプリ、LINEに誘導される。そこで配布に必要だと個人情報を記し、必要な商材だと~1万円の物品を買わされる。タダほど高い物はない、と知っている者は決して引っかからない。だから世間知らずの若者向けだ。万単位のいいねやリツイが付いている。
「なるほど。儲かるの…」
 と言い掛けて言葉を飲み込んだ。だから贅沢な暮らしぶりがある。
「今夜、さんちゃんの店でお前の帰郷パーティーがある。そん時にオンナ紹介してやるよ。どうせ東京でギリチョンの生活してたんだろう。顔にそう書いてある」
 さんちゃんとは高校の同級生で親からスナックを引き継いでいる。温泉街の真ん中にある。
「みんな来るのかい?」
 啓介は懐かしさに身が躍る。数人の友人の笑顔が脳裏に浮かぶ。
 ほどなくして実家の前に到着する。
「じゃ、あとで迎えにくんな。お前の父ちゃんには睨まれってから。オレのことはナイショな」
 拓馬はそう言って、爆音を残して走り去って行った。あの音じゃ、誰が来たと直ぐに判りそうなもんだ。


 その晩のパーティーには懐かしい面々が揃った。啓介のために来てくれた親友たち。都内での鬱々とした3年間を忘れられた。グレているのは拓馬だけで、他の3人は長野市内の専門学校を卒業して就職していた。不景気だが、職に在りつけているだけで幸せもんだ。
 さんちゃんの店には女子も2人来て居た。ひとりは拓馬の彼女で、もうひとりはその親友。2人ともスレンダーな美女だった。
 赤井穂乃花、彼女の名前。長野市内のJD1。母子家庭で貧困、高校生の頃よりパパ活で稼いできた。大学の学費の半分は奨学金だが半分はパパ活で稼いだという。耳触りは良くないが、凄い事だと啓介は思う。コロナ禍でのバイト先の喪失は尋常沙汰ではなかった。たぶん若い女子に残された稼ぎの途はパパ活だけだったんだよ。
 啓介はひと目で彼女に惹かれた。たぶん彼女も特別な感情を持ってくれたようだ。スナックの片隅で2人だけの会話が始まった。
「啓介さんは、パパ活と聞いて後に引かないの? 大概の人は売春してたんだとオカシナ眼付きで見られる。でも売春は犯罪。私は売春なんてしてない。パパ活はお茶や食事だけでお金を貰う活動のこと。風俗とも違う」
「うん、分るよ。コロナでバイトを失くして悲惨だった。僕の実家も裕福じゃないから都内でギリの生活していた。お弁当が欲しくてホームレスの炊き出しにも並んだ。そんな時でもブラックバイト、運び屋とか出し子だけは需要があった、どうしても出来なかったけど…。
 SNSを観ていて女子は羨ましいと思ったもんだよ。売り子(裸の写真、動画、下着)も出来るしね。男はなんにも特典がない。でもさ、女子がそうして儲けられるのは、若いほんの一時だけだよね。その先は男女不平等の格差社会が待ち受けている。踏ん切りを付けられただけでも偉いよ。中には『生理の貧困』から病んでゆく女子もいる」
「ありがとう。
 あと、奨学金の返済も大きいの。社会に出てから毎月5万円の返済が始まる。こんな時代に卒業してもまともな就職先があるのかって感じ。
 奨学金は税金から出される。決して見逃してくれない負債だわ。ブラック金融と何も替わらない。保証人は母親。ツケは親に回ってしまう。そのためにも頑張る必要があったの」
 奨学金の問題は深刻。啓介は親の支援があったものの、学生の半数以上は何らかの奨学金を頼っていた。学生支援機構にしても国民政策金融公庫(昔の国金)でも、奨学金の原資は血税。必ず日本独自の保証人制度を付けて縛り付ける。自己破産しても保証人(大抵は親)に債務が向かい、差し押さえにも入る。学生でいる間はホクホクでも、社会に出れば、待っているのは借金地獄だよ。 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み