第3話 新興宗教の内幕

文字数 2,997文字

 どこにでも居そうなパートのおばさん。白髪交じりの構わない髪を1本にまとめて、姿形も特段に秀でるものもなく、身なりも豪奢とはほど遠い。それが教団の指導師だった。
「アンタは旦那さんとは違う人との間に子が居ましたね。それも堕ろしてしもうた…」

 春香は驚いた。これは誰も知らない秘匿事項。消してしまいたい過去だった。当初はしっかりと編み込まれた縦と横糸も、年数が経てば左右上下に引っ張られ、揉みくちゃにされ、あちこちでほつれて来る。この段階で、ほつれた糸を見えないように隠せばよいものを、恋の魔法が解けた男女にはもうどうでもよい、ただのささくれに成り果てていた。
 春香は結婚7年後に浮気をした。子育ても一段落し、身体が渇くのに夫は火照った肉体に触れようともしない。もう子供まで成した女子の身体には興味がないのだ。この頃から風俗通いも発覚していた。頭に来たこともあって春香は出会い系に手を出した。
 アプリはどこでも女子無料。ほどなく自分より5歳下のイケメン男性との付き合いがはじまる。プライバシーを隠しての割り切ったライトな関係性に恋心は盛り上がる。子供たちを幼稚園に預けて、昼間の2、3時間で強烈なセックスに酔いしれる。
 しかし、奔放からのツケが廻って来た。子供が出来てしまった。こうした時の♂の対応はみな同じ。まずは逃げる。理解はしてはいたものの、夢うつつから醒める。重い現実だけが残る。カードローンで堕胎手術をした。
 その後の一週間は体調が思わしくない。さすがに夫も気遣う素振りを見せる。言い訳に手を焼いたものだ。普段は無関心な癖にイヤに執着する。

 こん時、あっさりと否定すればよかった。指導師のような霊感を持つ者は世の中に当たり前にいる。だからと言って、人生を変えてくれるだけの力量などない。過去を探っては、ただ脅かされるだけだ。未来のことは誰も言い当てられない…。
 ただ、春香の占い好きも味方してしまった。尊敬の眼差しを向ける春香に向って、
「あなたはまだ若い。この教団では新たな男性の紹介もしている。まだ人生をやり直せる」
 これは何度となく自分に問うてきた言葉。こんな甲斐性ナシの連れ合いは、もうさっぱりとキッてしまいたい。だけど…。
「親は無くても子は育つ。あなた方が両親であっても、何ひとつ佳い事などありません」
 そう言われてしまえば返す言葉もない。決して立派な父と母ではないと思う。呆然とする春香にママ友から声が掛かる。
「韓流ドラマの〇さんや□さんも、教団の会員なんです。近く韓国で大々的なお見合い会が開かれ、結婚式も開催されます。ぜひ見学しません?」

 〇とか□とは大好きなイケメン俳優。その名を聴くだけで明るい未来が開ける。
「でも私にはお金が…」
「あ、ほんのお布施でいいんですよ。一応、宗教なのでお布施、お寺さんと同じです」
 ママ友が言う。
「あの、もうひとつお願いが…」
 春香はこの時の心の半分を占めていた不安な出来事を霊感を持つ女性に語り出した。
「なんなりと」
「はい、わたしには一方的にあおり運転されて、怖い想いをさせられた近所の男性が居まして、二度と顔を合わせたくないんです。この人は自己中で、他にもご近所さんとのトラブルもあって、近くに居たくないんです。
 でも引っ越しと言っても費用はかかるし、子供の学校のこともあるし、どうしたらいいてしょうか?」
「警察は?」
「お金が無くてドライブレコーダーつけてないんです。悔しいけど証拠がなくて。それに警察に通報すればまた何をされるか分からないし。週に2、3度あるゴミ出しで顔を合わせるのが恐ろしい。考えると病んじゃうんです」
「ふーん、そういう悪い輩の排除には『呪詛』との奥の手がある。病気にさせるとか事故に遭わせるとか。ただこれは高度な伎。間違えばこちらの命も危うい。
 今後のあなたの信仰の姿を見てから考えましょう」
 春香はお財布に入っていた3000円を置いてきた。今晩の食材の費用。まぁ、今夜は在り合わせで我慢して貰えばいいや。
 その後もたびたび。この教団には呼ばれた。そのうち知り合いも増えて来る。みんな同じ境遇の主婦たち。何気のない会話の中で事情が見えて来た。信者の中でもランク付けされていて、Aランクにでもなれば、あの大人気俳優〇ともデートが出来るらしい。中にはひと晩共にした会員もいるとのこと。
 春香は羨ましくて仕方がない。一体どうやって。やはりそこは教団に対する熱意と、お布施の額にかかっているらしい。今はまだ入りたてのEランク。ても所詮、お金のない者に先はないのでは? ところが教団では独自に銀行と提携していてローンが組めた。
 ローンとは借金のことだ。ちょっと後ずさりしていると、最初はひと月5000円ずつの30万円程度から可能と言う。だったら平気かな。夫だって風俗通いのために、複数のクレカのキャッシングサービスを利用していることを知っていた。
 また、金欠の会員向けに、教団への熱意がお金に換算される制度も存在した。新たな会員をゲットすれば一人あたり50万円換算になるという。また、動員(各種のイベントに出向くこと)への参加も10万円に換金できる。
 春香は、まずは信者獲得のための集会の準備・運営に携わって10万円を獲得することにする。また、さらにデカい、選挙活動への参加も考え始めた。
 市町村議会から始まって国政選挙まで。教団が推している議員の票固めに参画する。ポスター張り、チラシ配り、電話作戦、街宣応援活動、投票支援(投票日に足腰の悪いお年寄を投票所に車で送迎する)この活動に真剣に参加すると100万円の寄付に相当する。
 さらに、教団幹部たちの秘書。これは大層なお布施に当るらしい。だけど評判は芳しくなかった。選ばれるのは主婦でも顔やスタイルのよい艶女ばかり。間違いなくセクハラを覚悟しなくてはならない。女性幹部もほとんどがレズらしい。
 春香は顔には自信があるが、夫と同じ禿デフのオジには興味はない。やはり韓流のイケメンだ。ある幹部からは声がかかるもののやんわりと断った。まず選んだのは、あとふた月に迫った衆議院議員選挙。
 地元のとある与党議員の選挙事務所に連れて行かれ、教団派遣の応援スタッフと紹介された。なにしろボランティア、人出が幾ら在ってもよい選挙事務所には大歓迎され、声質が可愛らしくよく通るのでウグイス嬢に抜擢された。
 幾ら声が良くてもこれはプロの仕事。気後れしていると先輩から、大丈夫よ、2、3日原稿読めばコツがつかめる、と太鼓判を押された。自宅でも練習していると、夫から声が掛かる。
「お前、変な宗教に肩入れしてないよな。何百万円する壺なんか買うんじゃないぞ!」
 夫には内緒にしていた。どうせ今に離婚することと相成る訳だから…。
「百均の壺だって小遣いのない私には買えない。私も働かなくちゃ家計が苦しいの。分かってるわよね。お弁当屋さんのバイトも切られたし選挙活動はお金になるのよ」
 バカかコイツは。
 青山家の財布はツレが握っていて自分に自由に使えるお金なんてない。たかだか主婦に何百万も融資する金融機関などあるわけがない。いまだって、化粧品欲しさに実家の母の年金を充てにしてるっていうのに。腹がたつ。
「それにしても、よりによって選挙とはね。俺たち1度も行ったことないのにさ、ハハ」
 夫が冷めた声で笑った。
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