第9話 ホスクラ、担当推し

文字数 3,254文字

「ほら、もう出てってよ!」
 鮫島風香は頭にきて、彼氏のボストンバッグを玄関先に投げつけた。コイツは長野市内からノコノコ都内の風香のアパートにやって来て、そのまま居ついてしまった。 
 当初は遠距離恋愛のこと、何日か一緒に暮らせれば佳いとの想いもなかった訳ではない。しかし日がな一日何もせずに、ゲーム三昧に明け暮れ、食費も賃料も風香任せ。時々、渋谷に行って来ると小遣いまでせびる有り様。
 ふた月が過ぎたある朝、風香の財布から札を抜き取る現場を目撃してしまった。呆然とその場に立ちつくす彼氏の目前で、スマホから警察に繋いだ。

 彼氏に襲われています。すぐに来てください。住所〇〇メゾン〇203号の鮫島です。

 Twitterのツイートで、カレぴ、スキぴのために昼職にプラスして夜職始めました、ってな女子を見かけるけど、一体どんな「ぴ」なんだ。一度、拝まして貰いたい。そりゃ、大層なイケメンで優しくて気が利いて、掃除・洗濯・食事も全部やってくれて、生活費も出してくれる。そして必ずゴムをつける。
 きっと理想の「ぴ」なんだろうなぁ。それともまだ化けの皮が剥がれないだけなのか。そのまま結婚したいなんて女子も居るけど、思わず大丈夫? と心配してしまう。余計なお世話だよね、きっと…。
 まだしも、推し担当のために夜職頑張ります、なら判る。何事も恋焦がれているうちが華。この手の女子たちも多い。風香もそのひとり。BTSグッズを買い漁り、プレミアムチケットを奪い合う。夜の担当は歌舞伎町のホスト・ヨシ君。スガに似ている。
 風香の実家は大規模果樹園を長野で経営している。都内の大学に通学している生活費全般は出してくれるし、毎月のお小遣いまでも50000円貰える。ただこれではまだ足りない。世の中は欲しい物に溢れている。それとは別に、推し担当は生きる縁(よすが)なり。
 上京して、高校生時代からSNSでチラホラ見ていた歌舞伎町のホストに遭いに行った。ところがすでに退店していた。今までは「見る専」だったけど、これからは現実に推し担当を見つけて応援したい。切実な願いだった。新たな担当を探したい。
 この店「ライトニング・ボルト」を選んだのは、歌舞伎町でも集客、ホストの質で常に1、2を争う優良店だから。ここでトップを獲れば、間違いなくカリスマホストとなる。
 ヨシ君とは、お店が逐次行う「初回料金」システムで出会った。集客目的のサービスで、60分3000円との破格の料金で、在籍するホストと対話が出来る。地方育ちの風香には憧れのホストクラブデビューとなる。いわゆる「初回荒し」と呼ばれる、雰囲気だけを楽しみに来る女子とは違い、日々の生活に余裕のある風香は、ほどなく担当を見つけて貢ぐ課金ユーザーとなる。

 歌舞伎町でのホスト同士の競争はまるでゲーム感覚。日々、バックヤード情報がSNSで流されて来る。ホストの成績はその日の本数(集客数)と売上でランク付けされる。また月末には月のランキングが発表され、月間MVPが発表される。ただ数字だけでは面白くないので、キティちゃんとかテディベア・テッドのモチーフを使って面白可笑しくアレンジされる。
 その昔、歌謡曲の順位をその週の売上数によって決める番組が、テレビで流行ったそうな。視聴者はレコード(CD)を買うことで自分の推しの曲をアピールできる。それと同じ。地方都市にまでアイドルのファンクラブが出来て、週間順位に一喜一憂したそうだ。
 いつの時代にも、特に若い女子には推したいアイドルが要る。しかも今のアイドルは触(さわ)れる範囲内に存在する。より一層(推し活)に邁進出来る。最初は、子供の頃より貯めて来た郵貯口座に手を付けた。30万円あったので風香は初めて「シャンパンコール」にチャレンジして、堂々「ラストソング」を手に入れた。
※「シャンパンコール」とは、10万円のシャンパンを購入して頂いたお客様の名を称え、その場で多くのホストがパフォーマンスを行うこと。「ラスソ」とは、その日の最高額のお客様の横で担当ホストがカラオケを歌うこと。
 至上の悦楽。1番お金を使ったイイ女として讃えられる。もう最高!
 店長からコメントを求められ、マイクで絶叫した。
「ヨシ君、大好き! 絶対№1 にして見せる!」
 一応コメントしておく。風香は酒が殆ど飲めない。

 この時より、また風香のパパ活も始まった。資金稼ぎのためだ。
 界隈では、エッチな画像、下着、マスク、聖水(尿)まで売っている。若い女子はとにかくお金に困っている。ファッション、コスメにヘアメイク、アクセにネイルとお金はいくらでも欲しい。なのに不景気でバイトがない。食い扶持すら稼げない。普通に実家だって困っている。
 この実情は重々に理解はするものの、生活費には困らず、スぺ110で、まあまあの容姿の風香は(売り子)までしたくない。そこで普通のパパ活と相成る。
 運も味方したのか、イチゲキで定期がついた。真ん丸のオジだったが気に入ってくれて、会うたびに諭吉さん5~10枚はくれる。ひと月もすると定期はあと2人増えた。別にせびらなくても小遣いはくれる。毎月30以上の実入りがある。
 どのオジたちにも、元カレの狼藉からのトラウマで、今はまだ男性を受け入れられない、と公言してある。あながち嘘とは言い難いかもね。
 そんなこんなで、初月から30万円の目安はついた。だけど担当を№1 にするためにはまだまだ足りない。月に200~250も注ぎこむ風俗嬢たちと肩を並べたい。ただ現時点では勝負にはならないので、違う方法からのバックアップをする。
 もうひとつの評価の要素に本数(集客数)がある。これは金額は幾らでも、とにかくレジを通過すればカウントされる。なので、SNS上の界隈のタグに、とにかくヨシ君に会いに行って欲しい、と懇願する。お店もヒートアップしたホスト競争のことをよくよく把握しているので、お金を全く使わなくても、レジに行き担当名を告げるだけで本数にカウントしてくれる。なので、歌舞伎町トー横界隈の女子たちに、Twitterを通して常時呼び掛ける。時にはアマギフ1000円を付けて行って貰う。
 そしてさらにパパ活に励む。新たに太い定期パパさんを見つけ出したい。こう焦るのがよくなかった。ガチ恋にあたってしまった。このガチ恋とは、あたかも自分の恋人・彼女であるかのように振舞うこと。運悪くLINEまで教えてしまった。
 毎日、1時間をおかずにトークか通話が入る。いま何してるの? 何処にいるの? まったく恋人気取りだ。1回1万円でお茶しただけだ。40そこそこで慶大卒を盾に、風香も気に入ってるものと勝手に解釈している。大金をつぎ込む定期さんになって貰うために、嫋やかに愛想を振りまいただけなのに。
 面倒なのでLINEをブロックすると、今度はパパ活アプリサイトで日に何10本ものダイレクトメッセージ(dm)が入る。無視していると顔写真をネットに晒すと脅し始めた。意味が判らない風香はパニックに陥る。こういう時は何処の誰に通報、相談したらいいの。
 警察は実害が在る訳ではなし、警察官は男ばかりで、パパ活被害と申し出にくい。ネットにズラズラ出て来る弁護士も相談は無料でも、立件には費用がかかるに決まってる。ネットストーカー被害にはいざ出遭ってみると頭を抱えてしまう。そしてとうとう、LINEの位置情報とスパイアプリからアパートを特定した、とdmして来た。
 風香は藁をもすがる思いでアプリサイトの運営に通報する。会員の〇からストーカー被害を受けている。何とかして欲しい。このアプリは24時間365日監視体制で会員の監視をしており、お相手男性からの犯罪に巻き込まれないシステムが売り、と謳っている。

 そうだ! 

 例の弁護士と名乗る定期パパに頼んでみよう。ストーカー被害からの対処法を教えて貰い、アプリ運営にも警告して貰う。なんだ、風香は、ふと安堵の気持ちが込み上げてきた。 
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