最終話 大 爆 発
文字数 4,464文字
赤井穂乃花と多田啓介は1日にたびたびLINEでやりとりする仲になっていた。コロナ禍で奨学金を抱えての学生生活はキビシイ。青春真っただ中での冷めた現実は、天災のひと言で片付けられて欲しくはなかった。折しも世界的なインフレが興り経済が減速し、もはや『悪魔に呪われた暗闇世代』と呼ばれるべきだなのだ。
え、中学生でもそんなこと言うの?
シングル家庭の悲哀は私もそうだからよく分かるよ、可哀想に…
啓介は子供食堂でのいきさつを穂乃花に説明した。穂乃花は逆に、DVに怯える20歳のシンママの実情を話す。
「それは酷い。やはり解決策はお金しかないんだね」
これは愚痴ではない。底辺にいるはずのふたりが社会貢献の話しをしている。
この啓介とのLINEを受けて穂乃花は動いた。そう、解決するにはお金しかないの。
子供食堂の子に20万円、DVのシンママに50万円、計70万円を都合したい。このお金を産む方法を穂乃花は想いついていた。
親友の彼氏、武田拓馬に話しを持ちかけた。彼は半グレ。長野市内の「睦月会」にも顔を出している。脅し、恐喝はお手の物だろう。
ほう、そいつはオレも知ってる。母ちゃんが末期の乳癌で入院した時に、それまで主治医だったくせに一度も顔を見せなかった。同じ病院に居るのに。死にそこないの患者には用はないとでも思てんだろうよ。
オレ何度も母ちゃんを連れて、そいつに頭を下げた。なんとかしてくれと。そりゃ、死ぬのは仕方ないよ。だけど、最期の挨拶ってもんぐらいあんだろう。仁義をかいちゃ、いけねぇよ。
拓馬はふたつ返事で請け負った。
あの医者、パパ活なんかしてやがんのか。神様仏様ヅラしやがってよ。
分かった、70万な。キリが悪いから100にして30はオレが貰うわ。美人局にはオンナが必要でな。彼女にも小遣い渡さなきゃならないし…。
拓馬の計画はこうだ。
長野〇病院の副院長にやりまんのJKをくっ付ける。それで援交でホテルに連れ込む。そしてやったあとに脅しに入るって寸法。オレのレコに何しやがった。テメエは医者のくせしやがって。信州〇新聞と週刊〇に持って行くぞってな。睦月組に知られたら病院ごと乗っ取られんぞ、ともオマケに付けるわ。ハハ。
―
山口良一は愛車フェアレディz の爆音を響かせて中央高速自動車道をひた走る。今日は諏訪湖で「グラドル真奈ちゃん」の写真会がある。別に写真に興味はない。ナマで本物の真奈ちゃんを拝める。それだけで高速代、ガソリン代の価値はある。
久々のフリーウェイ。自慢のエキゾーストシステム、ジェットマフラーの爆音を響かせて最高メーターマックスの180キロまで上げてみる(やっては行けません。法定速度遵守です)。 すべてがイイ感じだ。並みの車では対抗出来るはずがない。良一の気分もマックス。
ところがだ。諏訪湖目前の「原サービスエリア」付近で、3台の車、真っ赤なフェラーリSF90、ピンクのポルシェ911、金メタのベンツSLSが二車線を塞いでいる。3台とも法定速度を維持して、窓を開けて何やら話しをしている。
初めて見る新型外車のスボーツカーに気後れはするものの、自称警察官の名が廃る。どうせ小僧たちだ。ひと言警告してやらないと迷惑運転は直らない。
良一はいつものようにクラクション立て続けに浴びせ、パッシングライトをけたたましく点灯させる。追い越し車線を開けろと催促する。しかし何度やっても前途は開かない。そのうちに、3台に前後左方を挟まれる形で「原サービスエリア」へと誘導された。
4台の車は空いている駐車場のひと隅を占領するかたちで停車する。初めての展開に戸惑う良一。今までは一方的に煽って黙らせ、謝らせる展開だった。こいつらは自分たちが悪いと思っていないのか。そのことに改めてむかっ腹が立つ。
今までがそうであったのと同様に、良一は血気盛んに相手に迫る。仏頂面でフェラーリに迫る。出て来たのは青白い顔の金髪の20歳そこそこの兄ちゃんだった。
兄ちゃんはフェラーリにもたれかかりリラックスした様子でタバコに火を点ける。
「おい、オマエどんな運転してるんだ。迷惑だろう」
兄ちゃんは何とも答えない。すると、背後にはポルシェとベンツから降りて来たプロレスラーと見間違うような巨漢が迫って来た。この2台の助手席には女子がそれぞれ乗っていた。
「おい、このジイちゃん、他人(ひと)様を煽っといて、人にせいにしてやがるよ。俺たちは法定速度を遵守していただけ。充分な車間距離を保って速度を守っていれば、オレたちを追い抜く必要もないんじゃないかな。アンタ、速度オーバーですよ 笑」
青白い兄ちゃんが落ち着き払って諭すような言い方をする。巨漢たちは背後でストレッチ体操をはじめた。
「だって、並走されていれば邪魔だろう。安全運転のためにオレは警告しただけだ」
「アンタ、あおり運転は犯罪だって知らないんじゃない? 警察に訊いてもいいしネットで調べてもいいよ。あおられた方には一切罪はないの。あおった方が検挙されるんだよ。
どんなにお年寄たちの車がちんたら走っていても見守るの。それが良識ある運転。逆に、前方左右不注意って道交法の罪で捕まるよ。量刑も罰金もあるんだよ」
そんなバカな。迷惑運転が悪いに決まってる。良一はそんなこと知らなかったし、考えもしなかった。
「アンタ、自分を警察官だと勘違いしてるんじゃないか。いい加減にしとけ、いい歳して」
兄ちゃんは助手席からタブレットを出して、あおり運転についての記載を検索して、出て来た文章を読むように良一に差し出す。そこには、
―あおられた方には一切落ち度はありません。
安全を確保して停車し直ちに警察に通報してください。
また、あおり運転の証拠となるような動画などを残すことが重要です―
呆然とする良一。今まで社会のためにとやって来たことが裏目に出てしまった。いつからこんな社会になってしまったんだ。彼は反省するでもなく、怒りが今度は社会に向う。
「拓さん、こんなジイさん、やっちまいしょうよ」
巨漢が背後から声を掛ける。もう1人は笑い転げている。
「待て待て、そんなことしたらオレたちが暴行で捕まっちまうわ。バカはこのオッサンだ。付き合っても何の得にもならない」
拓さんと呼ばれた兄ちゃんは終始冷静を装った。
「アンタの性格じゃ、人に謝るってこと知らないよな。謝罪の言葉も聞けそうにないから、あとで警察に証拠のドラレコ送るわ。
じゃあな。オレたちはこれからひと仕事ある。忙しいんだよ」
そう言うと、サッさとフェラーリに乗り込む。
巨漢たちもそれに倣う。ただ巨漢の残した捨て台詞に良一の怒りは頂点に達する。
「大体、なんだよ、その車高短。売っても10万にしかならない。オバちゃんの軽トラの方が高いよ。俺達の車はどれもメーターは350まで付いてるの。実際に300~は出んの。そんなへっぽこで追い抜ける訳ないじゃん、バカだなぁ、ジイさん、よくよく考えるこった。よく今まで生きて来られたな」
新型の外車3台は最高のパフォーマンスを発揮できる設定の子気味のよいエンジン音を響かせて走り去ってゆく。良一のフェアレディz のように規格外に排気音を轟かせる、まがい品とは違う。良一は沸騰した頭で、アクセル全開にして3台の後を追う。
3台は走行車線を法定速度で縦にゆったりと並んで走っていた。
フェアレディz は追い越し車線を最高速度マックスで走り抜け、スリ抜けざまに走行車線に割り込み急ブレーキを踏んだ。典型的なあおりの手法だ。3台は予期していたかのように良一の車を交わし速度を上げた。笑い転げている女子の顔が見えた。
唸りをあげるエンジン。スピードメーターは右端まで来ている。しかし追い付けない。出来るもんならどうぞとばかりに追込車線を開けている。
出力は限界を示すものの、他者を顧みない自己肯定感に限界はない。
オレはいま野放しには出来ない社会悪の権化と戦っているのだ―
と、前方に、走行・追越二車線を塞ぐようにダンプカーと大型トラックが現れた。減速する先行の3台。いまが最大のチャンス。良一に迷いはなかった。背後からスビートマックスで突っ込んで行った。
―
歌舞伎町のホストクラブ「ライトニング・ボルト」ご一行様を乗せた貸切大型バスは一路、諏訪湖に向っている。これはクラブのイベントのひとつ。3ヶ月に一度はツアー旅行が開催される。
参加者はもちろんホストたちとそれぞれをご担当にするゲストの面々。プライベートな繋がりはゲストの嫉妬に発展し、ひいては集客に響く。そんな女心はホストも店も充分に承知している。なので特別なデートを兼ねたツアーを広く平等に提供するワケ。
今回は新宿から中央高速1本で行ける山梨と長野地域で美味しいワインを嗜み、アウトレットパークでショッピングをし、諏訪湖畔の温泉リゾートでのんびり過ごすというもの。風香も春香も喜んで参加する。
春香といえば、新興教団に入信し選挙に参加したことによって、その人となりが大きく変わった。入念に化粧も施し、いで立ちにも気を配る。その変化は内面にも現れ始める。信州の大規模果樹園経営の鮫島様のお知り合いとのことで、教団内部にも指定席のようなものが築けた。例の指導師の秘書役にもありつけた。何か世の中に怖いものはなくなった、そんな心持ち。
いち早く妻の異変を感じ取った夫は離婚の危機とでも考えたのだろう。物腰が柔らかく下手に出ることが多くなった。近所への買い物、役所への提出書類などなど、頼んだことも断られなくなった。今更遅いと想いながらも、まるでご主人に盲従するワンコのようで可愛らしくもあった。だが、身寄りのない保護犬にされる時は着実に近づきつつある。
バスの中ではカラオケ合戦が始まっている。推しのホストとゲストが代わる代わるに歌う。どちらが上手かをみなが判定する。春香は得意の曲を披露する。それは春香が若い頃に流行った曲。バブル経済の真っただ中、世界はバラ色に輝いていた。今でもこのサウンドを聴くと胸が高鳴る。
DIAMOND(ダイアモンド)
(princess princess 中山加奈子作成/1989)
♪…見上げるスカイスクレイパー 好きな服を着てるだけ 悪いことしてないよ
金のハンドルで街を飛びまわれ 楽しむことに釘付け
歳をとってもやめられない 欲張りなのは生まれつき ダイアモンドだねぇ~ ♪
二番に移る間奏の時に、バスガイドの悲鳴に驚く。
時を交わさず、春香は前方に巨大な炎の塊を見た。
バスは急ブレーキをかけるも間に合わずにまっすぐに突っ込んでゆく…ああ。
お仕舞
(この物語はフィクションです。登場人物、団体にモデルはありません)
え、中学生でもそんなこと言うの?
シングル家庭の悲哀は私もそうだからよく分かるよ、可哀想に…
啓介は子供食堂でのいきさつを穂乃花に説明した。穂乃花は逆に、DVに怯える20歳のシンママの実情を話す。
「それは酷い。やはり解決策はお金しかないんだね」
これは愚痴ではない。底辺にいるはずのふたりが社会貢献の話しをしている。
この啓介とのLINEを受けて穂乃花は動いた。そう、解決するにはお金しかないの。
子供食堂の子に20万円、DVのシンママに50万円、計70万円を都合したい。このお金を産む方法を穂乃花は想いついていた。
親友の彼氏、武田拓馬に話しを持ちかけた。彼は半グレ。長野市内の「睦月会」にも顔を出している。脅し、恐喝はお手の物だろう。
ほう、そいつはオレも知ってる。母ちゃんが末期の乳癌で入院した時に、それまで主治医だったくせに一度も顔を見せなかった。同じ病院に居るのに。死にそこないの患者には用はないとでも思てんだろうよ。
オレ何度も母ちゃんを連れて、そいつに頭を下げた。なんとかしてくれと。そりゃ、死ぬのは仕方ないよ。だけど、最期の挨拶ってもんぐらいあんだろう。仁義をかいちゃ、いけねぇよ。
拓馬はふたつ返事で請け負った。
あの医者、パパ活なんかしてやがんのか。神様仏様ヅラしやがってよ。
分かった、70万な。キリが悪いから100にして30はオレが貰うわ。美人局にはオンナが必要でな。彼女にも小遣い渡さなきゃならないし…。
拓馬の計画はこうだ。
長野〇病院の副院長にやりまんのJKをくっ付ける。それで援交でホテルに連れ込む。そしてやったあとに脅しに入るって寸法。オレのレコに何しやがった。テメエは医者のくせしやがって。信州〇新聞と週刊〇に持って行くぞってな。睦月組に知られたら病院ごと乗っ取られんぞ、ともオマケに付けるわ。ハハ。
―
山口良一は愛車フェアレディz の爆音を響かせて中央高速自動車道をひた走る。今日は諏訪湖で「グラドル真奈ちゃん」の写真会がある。別に写真に興味はない。ナマで本物の真奈ちゃんを拝める。それだけで高速代、ガソリン代の価値はある。
久々のフリーウェイ。自慢のエキゾーストシステム、ジェットマフラーの爆音を響かせて最高メーターマックスの180キロまで上げてみる(やっては行けません。法定速度遵守です)。 すべてがイイ感じだ。並みの車では対抗出来るはずがない。良一の気分もマックス。
ところがだ。諏訪湖目前の「原サービスエリア」付近で、3台の車、真っ赤なフェラーリSF90、ピンクのポルシェ911、金メタのベンツSLSが二車線を塞いでいる。3台とも法定速度を維持して、窓を開けて何やら話しをしている。
初めて見る新型外車のスボーツカーに気後れはするものの、自称警察官の名が廃る。どうせ小僧たちだ。ひと言警告してやらないと迷惑運転は直らない。
良一はいつものようにクラクション立て続けに浴びせ、パッシングライトをけたたましく点灯させる。追い越し車線を開けろと催促する。しかし何度やっても前途は開かない。そのうちに、3台に前後左方を挟まれる形で「原サービスエリア」へと誘導された。
4台の車は空いている駐車場のひと隅を占領するかたちで停車する。初めての展開に戸惑う良一。今までは一方的に煽って黙らせ、謝らせる展開だった。こいつらは自分たちが悪いと思っていないのか。そのことに改めてむかっ腹が立つ。
今までがそうであったのと同様に、良一は血気盛んに相手に迫る。仏頂面でフェラーリに迫る。出て来たのは青白い顔の金髪の20歳そこそこの兄ちゃんだった。
兄ちゃんはフェラーリにもたれかかりリラックスした様子でタバコに火を点ける。
「おい、オマエどんな運転してるんだ。迷惑だろう」
兄ちゃんは何とも答えない。すると、背後にはポルシェとベンツから降りて来たプロレスラーと見間違うような巨漢が迫って来た。この2台の助手席には女子がそれぞれ乗っていた。
「おい、このジイちゃん、他人(ひと)様を煽っといて、人にせいにしてやがるよ。俺たちは法定速度を遵守していただけ。充分な車間距離を保って速度を守っていれば、オレたちを追い抜く必要もないんじゃないかな。アンタ、速度オーバーですよ 笑」
青白い兄ちゃんが落ち着き払って諭すような言い方をする。巨漢たちは背後でストレッチ体操をはじめた。
「だって、並走されていれば邪魔だろう。安全運転のためにオレは警告しただけだ」
「アンタ、あおり運転は犯罪だって知らないんじゃない? 警察に訊いてもいいしネットで調べてもいいよ。あおられた方には一切罪はないの。あおった方が検挙されるんだよ。
どんなにお年寄たちの車がちんたら走っていても見守るの。それが良識ある運転。逆に、前方左右不注意って道交法の罪で捕まるよ。量刑も罰金もあるんだよ」
そんなバカな。迷惑運転が悪いに決まってる。良一はそんなこと知らなかったし、考えもしなかった。
「アンタ、自分を警察官だと勘違いしてるんじゃないか。いい加減にしとけ、いい歳して」
兄ちゃんは助手席からタブレットを出して、あおり運転についての記載を検索して、出て来た文章を読むように良一に差し出す。そこには、
―あおられた方には一切落ち度はありません。
安全を確保して停車し直ちに警察に通報してください。
また、あおり運転の証拠となるような動画などを残すことが重要です―
呆然とする良一。今まで社会のためにとやって来たことが裏目に出てしまった。いつからこんな社会になってしまったんだ。彼は反省するでもなく、怒りが今度は社会に向う。
「拓さん、こんなジイさん、やっちまいしょうよ」
巨漢が背後から声を掛ける。もう1人は笑い転げている。
「待て待て、そんなことしたらオレたちが暴行で捕まっちまうわ。バカはこのオッサンだ。付き合っても何の得にもならない」
拓さんと呼ばれた兄ちゃんは終始冷静を装った。
「アンタの性格じゃ、人に謝るってこと知らないよな。謝罪の言葉も聞けそうにないから、あとで警察に証拠のドラレコ送るわ。
じゃあな。オレたちはこれからひと仕事ある。忙しいんだよ」
そう言うと、サッさとフェラーリに乗り込む。
巨漢たちもそれに倣う。ただ巨漢の残した捨て台詞に良一の怒りは頂点に達する。
「大体、なんだよ、その車高短。売っても10万にしかならない。オバちゃんの軽トラの方が高いよ。俺達の車はどれもメーターは350まで付いてるの。実際に300~は出んの。そんなへっぽこで追い抜ける訳ないじゃん、バカだなぁ、ジイさん、よくよく考えるこった。よく今まで生きて来られたな」
新型の外車3台は最高のパフォーマンスを発揮できる設定の子気味のよいエンジン音を響かせて走り去ってゆく。良一のフェアレディz のように規格外に排気音を轟かせる、まがい品とは違う。良一は沸騰した頭で、アクセル全開にして3台の後を追う。
3台は走行車線を法定速度で縦にゆったりと並んで走っていた。
フェアレディz は追い越し車線を最高速度マックスで走り抜け、スリ抜けざまに走行車線に割り込み急ブレーキを踏んだ。典型的なあおりの手法だ。3台は予期していたかのように良一の車を交わし速度を上げた。笑い転げている女子の顔が見えた。
唸りをあげるエンジン。スピードメーターは右端まで来ている。しかし追い付けない。出来るもんならどうぞとばかりに追込車線を開けている。
出力は限界を示すものの、他者を顧みない自己肯定感に限界はない。
オレはいま野放しには出来ない社会悪の権化と戦っているのだ―
と、前方に、走行・追越二車線を塞ぐようにダンプカーと大型トラックが現れた。減速する先行の3台。いまが最大のチャンス。良一に迷いはなかった。背後からスビートマックスで突っ込んで行った。
―
歌舞伎町のホストクラブ「ライトニング・ボルト」ご一行様を乗せた貸切大型バスは一路、諏訪湖に向っている。これはクラブのイベントのひとつ。3ヶ月に一度はツアー旅行が開催される。
参加者はもちろんホストたちとそれぞれをご担当にするゲストの面々。プライベートな繋がりはゲストの嫉妬に発展し、ひいては集客に響く。そんな女心はホストも店も充分に承知している。なので特別なデートを兼ねたツアーを広く平等に提供するワケ。
今回は新宿から中央高速1本で行ける山梨と長野地域で美味しいワインを嗜み、アウトレットパークでショッピングをし、諏訪湖畔の温泉リゾートでのんびり過ごすというもの。風香も春香も喜んで参加する。
春香といえば、新興教団に入信し選挙に参加したことによって、その人となりが大きく変わった。入念に化粧も施し、いで立ちにも気を配る。その変化は内面にも現れ始める。信州の大規模果樹園経営の鮫島様のお知り合いとのことで、教団内部にも指定席のようなものが築けた。例の指導師の秘書役にもありつけた。何か世の中に怖いものはなくなった、そんな心持ち。
いち早く妻の異変を感じ取った夫は離婚の危機とでも考えたのだろう。物腰が柔らかく下手に出ることが多くなった。近所への買い物、役所への提出書類などなど、頼んだことも断られなくなった。今更遅いと想いながらも、まるでご主人に盲従するワンコのようで可愛らしくもあった。だが、身寄りのない保護犬にされる時は着実に近づきつつある。
バスの中ではカラオケ合戦が始まっている。推しのホストとゲストが代わる代わるに歌う。どちらが上手かをみなが判定する。春香は得意の曲を披露する。それは春香が若い頃に流行った曲。バブル経済の真っただ中、世界はバラ色に輝いていた。今でもこのサウンドを聴くと胸が高鳴る。
DIAMOND(ダイアモンド)
(princess princess 中山加奈子作成/1989)
♪…見上げるスカイスクレイパー 好きな服を着てるだけ 悪いことしてないよ
金のハンドルで街を飛びまわれ 楽しむことに釘付け
歳をとってもやめられない 欲張りなのは生まれつき ダイアモンドだねぇ~ ♪
二番に移る間奏の時に、バスガイドの悲鳴に驚く。
時を交わさず、春香は前方に巨大な炎の塊を見た。
バスは急ブレーキをかけるも間に合わずにまっすぐに突っ込んでゆく…ああ。
お仕舞
(この物語はフィクションです。登場人物、団体にモデルはありません)