第7話 高齢者ビジネス

文字数 1,992文字

 多田啓介はこの日、祖母のお見舞いに出向く。帰郷から1週間を経て、コロナ感染者ではないと、ようやくお墨付きが貰えたのだ。この祖母には、小さい頃から可愛がられて、あれこれと経済的な支援を受けて来た。
 母方の祖母で、母は生活の支援を啓介を名目にして受けていた。可愛い孫の暮らし向き、教育費全般のことなら出費は惜しまない。魂胆は見え透いていたが、祖母はそれでも孫のために、大学の学費まで出してくれた。
 そんな訳で、啓介にとっては両親以上に恩義を被って来た肉親だった。祖母はいま、胆嚢ポリープの摘出手術を受けて、市内の老舗〇病院に入院していた。祖母とは3年ぶりの面会と相成る。近所の花屋さんで、彼女の大好きなラベンダーをベースにして花束を作って貰った。

 病院は相当な賑わいを見せていた。啓介は自転車で向かったが、結構広い駐車場は満車で出待ちの車は国道まで伸びていた。そのほとんどがコロナの予防注射だと、あとで知れた。1階のロビーは人で埋め尽くされている。そのほとんどが高齢者だった。これじゃ、コロナの予防に来て、コロナに移って帰ることになるんじゃない。啓介はそんな余計なことまで心配した。
 足早にエレベーターに飛び乗って、5階の祖母の病室に向う。途中、リハビリ室の前を通った。ここも高齢者だらけだった。そういえば、この病院は隣接して介護老人ホームも運営している。部屋のあちこちから、教え諭すような大きな声がした。これじゃ、幼稚園のみだな。高齢者だって全員ボケてる訳じゃない。5歳児並みの対応に腹をたてる老人だって多い事だろう。
 病室はどこも満室だった。祖母は6人部屋に収まっていた。
「啓ちゃん、よく来てくれたわ、ありがとう」
 啓介を見留めた祖母の第一声だった。眼には泪が溢れている。
「世の中、コロナだし、わたしも手術なんてことになってしまって、もうもあなたには会えないと思ってた…」
 啓介は祖母のベッドの脇の椅子に腰掛け、祖母の手をとって3年間の出来事を語った。出資者への現状報告だ。祖母は、うんうんと頷いて聞いている。ただ啓介は、コロナで無為の3年間だった、とはてとも言えない。話しはいかに有意義な年月であったかに脚色された。付き添いの祖父は、花束を受け取ると花瓶に水を入れに行った。
 その時、太った看護師の女性が分け入って来た。
「はい、お祖母ちゃん、お熱、計りましょうね。じゃ、左のお手て上げてくださいな。よくできましたぁ」
 もの凄くデカい声だ。これじゃ、1階まで聞こえるんじゃないのか。しかも、3歳児に対する接しようだ。
 と、花瓶を手に戻って来た祖父が、
「みんな年寄りだとバカにしてるんだよ。まるで幼児並みに扱って。たぶん、常日頃から、汚い、臭い、それに一部の攻撃的な老人からは、暴言、暴力にもさらされて来たんだと思う。
 それでも高齢者、老人は自分たちの食い扶持だ。高齢者が病院から消えてしまえば、看護師だって職を失う。お客様は丁寧に扱えと病院側から諭されてるんだよ。
 だから皆、あんな子供じみたもの言いをする。子供だと断じてしまえばそれで心の折り合いが付けられる。おそらく、バックヤードでは、毎日、老人への陰口に華が咲いているはずだね。
 それに、啓ちゃんも1階見て来たろ。コロナ予防注射の人の波。あれ、1本3000円だよ。すべて税金から賄われる。病院には莫大な利益だ。しかも高齢者が多い。若い人はコロナを恐れない。1回も注射打ってない人も多いんじゃないかい?(確かに、啓介は1回も打ったことがない。変だと思った時には喉塗るスプレーと解熱剤で誤魔化した)
 コロナが猛威を揮ってる頃は、孤軍奮闘する医療従事者と大層もてはやされた。英雄並みに報道された。ただ、それもいっ時のこと、慣れて折り合いがついてくれば、病院とは大金が舞い込む商業施設に変貌する。宣伝なんてしなくとも患者はひっきりなしだ。
 隣の老人介護施設は入所するのにさえ3年待ちらしい。客は向こうから押し寄せて来てくれる。一旦取り込んでしまえば、要支援、要介護費用、おむつ代、リネン品一式費用、食費などなど、介護老人保険金(原資は税金)から取り放題だよ。誰からも文句は出ない。だって、在宅医療なんてもんは、家族は嫌がるからね…。
 国民の3割が老人になる世の中だ。まったく、老人、高齢者ビジネス花盛り、ひとり勝ちだよ。この病院、介護施設ってやつわ、呆れる」
 なるほど。そんな考え方もあるんだ。若い世代にはとんと関心がないことだけど、総じて貧困に陥る中で、何も成さなくても儲かる商売はあるってことか。そういえば、赤井穂乃花のパパ活の相手は、この病院の副院長だったっけ。
 穂乃花も呆れていたけれども、納得の事柄だ。原資は税金。それを巻き上げてはパパ活で浪費しているか、ハハ。一部金欠女子のためにはなるが、これは犯罪に等しい、詐欺横領罪。


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