第11話 街かど食糧品配布

文字数 2,856文字

 多田啓介は今日も近所にあるフードパントリーでボランティア活動をする。近隣の農家が持ち込む規格外の野菜やら、コンビニ・スーパーが持ち込む消費・賞味期限間近な飲食料を仕分けして、週に一度生活困窮者に配布するための展示作業をする。
 きっかけは今日の糧に困った啓介もこの列に並んだこと。白米に穀物類、パン、レトルト食品、おやつ、各種飲料水など本当に助けられた。お礼のつもりで自分から申し出た。力仕事なら何でも引き受けますと。
 ここの主宰はNPO法人「輝き」、子供食堂を二か所運営している。ご近所の気のいいオバちゃんたち5名で毎日の調理を受け持っている。歴史は10年ほど前に遡ると言う。貧困は徐々に広がり始めていた。そして3年前のコロナで一気に蔓延する。追い打ちは、ウクライナ戦争による世界的な物価の高騰。
 日曜日の朝の配布の列は50メートルにも伸びる。100人分用意するものの、アッという間に無くなってしまう。並ぶ人はごく普通の人たち。ホームレスたちへの炊き出しとは訳が違う。この光景を見れば、貧困のすそ野の広がりが見てとれる。

 この日も木枯らしが吹く寒空の中、朝から行列が出来た。配布はほんの1時間で終了となる。まごまごして貰い損ねた制服姿の中学生が呆然と啓介を見上げた。何か事情があって親の替わりに来たんだ。彼は躊躇なく自分の分を分け与えた。女子はペコリと頭を下げて走り去って行った。
「あの子は母子家庭。母親はうつ病を患って自宅で療養しているの。自相(児童相談所)が保護観察してるんだけどね。人手不足で手取り足取りってな訳には行かない。
 それでも時々、子供食堂に顔を出すようになったわ。可哀想にいつも制服のまま。たぶん私服がないのね。背格好が一緒だから、うちの娘の衣服をあげようとするんだけど、やはり自尊心があるのね、きっぱり断られちゃった」
 そんな境遇の子も世の中には当たり前に居る。啓介は暗澹たる気持ちになった。自分には実家も両親兄弟もいる。それに大学の学費まで出して貰っている。贅沢は言えない。
「啓ちゃん、少し早いけどお昼を食堂で食べて行きなさい」
 気遣いが有難い。
 子供食堂に入ると、日曜日ということもあって、10人以上の子供たちが集まっていた。パソコンゲームやらハンディ型ゲームに夢中だ。ここには人気のソフトも置いてある。小母さんたちの子供たちのお古なのだろう。
 食堂といっても普通の民家。永年空き家になっていた家を借り受けている。子供たちは1階の広い部屋に集まる。2階には大人用のスペースが設けられている。一緒だとやはり遠慮が存在して仕舞う。貧困に世代は関係ない。誰でも陥る社会の落とし穴。
 それでも子供たちは無邪気だ。ワイワイと男女入り混じって楽し気に騒ぎあっている。
「つい最近、警察から問い合わせがあった。歌舞伎町で補導された〇ちゃんは親のことを決して言わずに、唯一この子供食堂のことだけを話すそうなの。無邪気な子供たちも中学生にでもなれば繁華街に集まりだす。そして憧れの歌舞伎町に繰り出すの。同じ境遇の仲間に会えるから…」
 そうか、子供たちにとってはこの場所は必然なのか。仲間意識が芽生えている。裕福な子たちとは一線を画している訳だ。社会の縮図でもある。社会心理学専攻の啓介には、決して教科書や講義では学べない社会勉強の場となる。
 2階に上がると、ふた部屋あってひと部屋にはごく普通の服装をした男性5、6名が座卓を囲んで親し気に会話をしていた。
「ここは常連さんの場所。あなたは初めてだから一見(いちげん)さんの間にどうぞ」
 そう言われて、階段を挟んでもうひと間に案内された。
「中には人好きあいが苦手な人も多いし、こういう施しの場には拒否反応を示す人もいる。あなたみたいな若い男性に多いかな。
 ああ、女性は台所に誘って料理作りを手伝ってもらうの。そして私たちと一緒に1階で食べる。まぁ、試行錯誤した結果、こうなったのよ。あとでそこのベルが鳴ったら台所に料理を取りに来てね」
 部屋には座卓以外に何もない。まさに食べるだけの場所。埼玉県では現在200を超える子供食堂がボランティアによって運営されている。その数はコロナ禍で一気に3倍増したらしい。どうせなら県で大規模施設を作ればと思うのだが、人の心理は難しい。公的な救済の場には近寄らない。税金で運営しているお役所は実績を作りたがるからだ。血税の使い場所に相応しいかを常に問われる。そのために利用者のデータを作成するか、その様子を写真や動画に収めるのが仕事と相成る。 
 お役所もそうした事情を知ってか知らずか、民間ボランティアの後押しに終始する。この「輝き」にも年間200万円の助成金が出ているらしい。けれど毎月の賃料と足りない食材の確保に消える。あとは人の情けのみで運営されている。
 しばらくするとオバちゃんたち3名がお昼持参で入って来た。
「ごんめんね。今日は人が多くて、下はいっぱいになっちゃった。これあなたの分」
 啓介は豚汁とカツカレーと野菜サラダが載せられたお盆を受け取る。美味しそうな匂いに腹が鳴る。
 3人は啓介にお構いなくお喋りを始める。
「ねぇねぇ、ニュースで聞いた。人口減少に待ったをかけるために女性の出産数を増やす。そのための支援として、出産助成金の増額、保育料の全額免除、子供ひとりあたりの支援金毎月5000円だってさ。何だかバカにしてない。私たちをネコやウサギ、あれ、ネズミだっけ、多産なのは?」
「なんか勘違いしてるわよね。問題は明るい未来に尽きるのよ。子供やその親が、豊かな日常を送れるだけの将来が保証されてるかどうか。
 額に汗して働けば誰でもそれなりの給与が得られて、家が持てて、子供たちの教育費の心配もない。老後もきちんと生活出来るだけの年金が貰える。
 そうなれば人口は自然と増えるわよ。政治家やお役所は目先のお金だけで、なんとかしようとする。まったくお話しにならない」
「啓ちゃんはどう思うの? 将来結婚して子供が欲しいと思う?」
 思わぬ質問にたじろぐ啓介。しばらく考えて、
「まずは無事に大学を卒業しないと。次に、本当にその先に正規の職があるのかどうかですね。今はそんなこと考えもつきませんよ。変な話しですが、大学の授業もリモートばかりで大学での友人もひとりも居ません。SNSでは、就職戦線は毎年キビシイとの話しばかりです」
 これは正直な感想。幸福な未来像などと、夢にも考えたこともない。日々の生活で眼いっぱいだ。
「そうか。今や大学生も悲惨なんだねぇ。人生のいい時なんて、一体いつなんだろう」
 オバサンたちに同情の眼が注がれる。
 しばらくして、オバサンたちと入れ替わるように、さっきの女子中学生が部屋に現れた。食材の入った紙袋を抱きかかえている。
 つっ立ったまま、なにやら、眼付きが真剣だ。
「ねぇ、優しいお兄さん、大学生だったらローン組めますよね。私の処女、10万円で買ってくれませんか?」
 啓介は返す言葉が見つからない。
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