五 ヘビオのシッポをつかもう

文字数 5,071文字

 昼休み。
 陽射しを避けて、図書館裏の樅の木陰の芝生にみんなが集った。
 トラはシロとともにもどってきて、あたしのそばにいる。みんなはトラが彼女を連れてきたと感心している。トラとシロは尻尾を立ててみんなにすり寄り、愛嬌をふりまいている。愛嬌より「早く飯を食わせろ」ということらしい。スマホのボイスチェンジャーアプリを使わなくても、トラの腹ぺこ具合はわかる。

「みんなは、メグとヘビオをどう思う?」
 あたしは使い捨ての皿をふたつ芝生に置いて、鮭のおにぎりを一個ずつ皿にのせ、カップの味噌汁をおにぎりにかけた。
「熱いからフウフウするんだぞ。シロにも教えてやれ・・・」
 そういうと、トラがあたしを見あげて、ニヤッといってシロに何か話している。

「へえっーっ、トラはサナの言葉がわかるんだ」
 アキ(瀬田亜紀)が驚いて、ツナマヨのおにぎりを食べる手を止めた。
「うん。知能は高いよ。猫賢者だよ。
 なあ、トラ。他に食いたい物があるか?」
 あたしはそういって鮭のおにぎりを食べた。
「イマハ、ニャイ・・・」
 あたしの問いに、トラはおにぎりを食いながらそう答えた。

「なんだよ!『いまは、にゃい』といったぞ。サナ。腹話術だろう?」
 ママ(野本雅子)がコーンスープを飲み込んで、驚いた顔であたしを見ている。
「そりゃあ・・・、無理だよ・・・。こうして・・・、おにぎり食べてるもん・・・。それより、みんなはメグとヘビオをどう思う?」
 あたしはみんなを見た。みんなの目は、おにぎりを食っているトラとシロに釘付けだ。

「ねえっ!みんなはメグとヘビオをどう思う?」
 あたしはちょっと大きい声を出した。

 ママが、はじめてメグとヘビオのふたりを見た時の印象を話しはじめた。
「ヘビオとはよくいったもんだ。ぴったりの名だ。
 アレ、メグにベタボレだけど、あたしたちをチラチラ見してたね。ジッとじゃないよ。チラチラだよ。
 サナがチャットでいってように、ヘビオは気に入った身体の女なら誰でもいい感じだね」

「メグと長続きするかなあ?」
 あたしふたりの今後が気になった。
「つづくけど、つまみ食いするだろうなあ」
 あたしの問いに、ママは即答した。ヘビオはメグといっしょになっても、ずうっと他の女にもちょっかいを出すのだろうか・・・。
「みんなも、ヘビオがそうすると思う?」
 あたしの問いかけに、他のみんながうなずいている。

「近々、今日の動画をメグに送って、『動画をヘビオに見せて、どう反応するか、確認しろ』って話すよ」
 この場で、ボイスチェンジャーアプリのシークレットチェンジを使うわけにはゆかない

「それなら、みんなでメグとヘビオに会えばいいよ。そして、連絡先を教えるの。メグはヘビオに、あたしたちの連絡先なんて、教えてないよ。
 それでね、あたしたちからは、絶対、連絡しない。ヘビオから連絡が来るのを待って、連絡が来たら、メグに転送するの」
 エッちゃんはかわいく笑いながらそういった。ヘビオがシドロモドロするのを想像しているらしい。

「いきなり転送はダメだよ。たくさん証拠集めて、メグとみんなの前でイッキ公開!
 そしたら、ヘビオ、どうするだろうね?」
 アキ(瀬田亜紀)は、ヘビオが困るのを見たいらしい。こんな性格があるとは知らなかった。

「じゃあ、動画は、ヘビオを誘い出す口実ってことだね」とあたし。
「イイ方法ダニャ・・・」
 あたしたちの話を聞きながら、トラが猫マンマから顔をあげた。
「ああっ!トラも納得してる!」
 ママがトラを見ながら甲高い声でいった。
「動画を編集して、今日中に、メグに送るよ」
 あたしはみんなにそういった。

「それがいいよ。みんなの前で、『メグ様命、他の女に手は出しません』って、ヘビオに宣言させるの。あたしたちが証人だよ。
 トラ。シロはあなたの恋人?それとも、奧さん?愛人かな?」
 エッちゃんはほほえみながら、トラを撫でている。

「猫族ニ、オクサンハ、イニャイゾ。恋人ダ、ニャ。
 ヘビオモ、猫族ノ、考エ方ナノダニャ・・・」
「なんと!ヘビオは考え方が猫族か!ネコオだぞ!ニャンオだぞ!」
 トラの説明に、ママが驚いている。
「じゃあ、ヘビオはメグと長続きしないの?」
 アキがあきれてトラに訊いた。
「恋人トイウテモ、シロトハ、長続キトシル・・・」
 トラが猫マンマを食ってるシロの顔を舐めた。

「トラ。アプリなしで、動画を、今、送った方がいいかな?
 みんながふたりに会いたがってるから、会いにきなさいってコメントつけて!」
 あたしはトラに訊いてみた。みんなはアプリに気づかなかった。
 みんなにヘビオを直接会わせて、ヘビオにメグとのことを約束させるなら、アプリを使わなくていい。
 ヘビオがみんなに会ったあとのことは、エッちゃんが話したように、みんなでヘビオにメグとのことを約束させ、みんなの連絡先を教えるのだ。そして、ヘビオからみんなに連絡が来たら、メグに転送する・・・。エッちゃんの考えそのものだね。

「動画ヲ、送ッテ、イイゾ・・・・」
 トラはおちついてそういい、シロを見ている。なんだがシロは恋人より、娘とか孫という感じだ。

「よし、動画を送るよ。メグたちに会う日をいつにする?」
「メグとヘビオがいっしょに講義を受けるのは、月曜と水曜と金曜の共通教養科目だよ」
 アキがスマホの時間割を見てそういった。
「そしたら、水曜四限の芸術がいいよ。みんな音楽史を受講してる。
 今度の講義は、ポリフォニーだよ」
 エッちゃんがほほえみながらそういった。
 音楽史は受講者が多く、講義は大講義室で行なわれる。授業中、講義とは別のことをしている者が多い。

 エッちゃんは、みんなでメグとヘビオの前の席に座ろうと思っている。講義が終ったら、みんなで学食のカフェテリアへ行き、雑談しながら、それとなくヘビオに流し目で色目を使い、スマホのアドレスを教えようと思ってる。そして、ヘビオから連絡がきたら、すべてメグに転送するのだ・・・。
 エッちゃんって、やさしく穏やかな顔をしてるのに、思っていることはかなりえげつない。こんなこと思ってるなんて、見た目ではわからないだろうな・・・。

「よっしゃっ!決りだね。水曜がまちどおしいなあ。なあ、トラ・・・」
 アキがトラを撫でた。
 トラとシロは猫マンマを食い終え、アキにまとわりついている。アキの臭いが好きなようだ。
「どうしたんだろう?」
 アキの疑問にトラがゴロゴロ喉を鳴らして答える。
「アッキ、キウイ、クッタロ。イイ、ニオイダ。ワシモ、シロモ、コレ、スキダゾ。キウイハ、猫族ガ好キナ、マタタビト、同ジ科目ゾネ・・・」
「うわっ、大変だ!トラが酔っぱらっちゃうよ!」
 マタタビやお酒に酔ったトラを思いだし、思わずあたしは大声を出していた。


【ポリフォニー (polyphony)  ウィキペディアより】
 ポリフォニー (polyphony)は、複数の独立した声部(パート)からなる音楽のこと。ただ一つの声部しかないモノフォニーの対義語として、多声音楽を意味する。
 西洋音楽史上では中世からルネサンス期にかけてもっとも盛んに行われた。ただし、多声音楽そのものは西洋音楽の独創ではなく世界各地にみられるものであり、東方教会においてもグルジア正教会は西方教会の音楽史とは別系統にありながら多声聖歌を導入していた。
 ポリフォニーは独立した複数の声部からなる音楽であり、一つの旋律(声部)を複数の演奏単位(楽器や男声・女声のグループ別など)で奏する場合に生じる自然な「ずれ」による一時的な多声化はヘテロフォニーと呼んで区別する。
 なお、西洋音楽では、複数の声部からなっていてもリズムが別の動きでなければポリフォニーとして扱わないことが多く、この意味で対位法と重複する部分を持つ。
 また、とりわけ西洋音楽において、主旋律と伴奏からなるホモフォニーの対義語としても使われる。ポリフォニーにはホモフォニーのような主旋律・伴奏といった区別は無く、どの声部も対等に扱われる。
 文学においては、ミハイル・バフチンが『ドストエフスキーの詩学』において、ドストエフスキーの作品を「ポリフォニー」の語を用いて分析している。


 トラは酔っぱらうと態度がでかくなる・・・。
 そう、態度がでかくなって、猫じゃなくって大虎になる。あの、最初に虎がボイスチェンジャーアプリを通してしゃべったように・・・。
 そう思っているあいだに、トラがシロの膝枕に頭をのせ、ごろりと仰向けになって寝転んだ。

「サナ!みんなに話してやれ!今回のアイデアは、わしのアイデアじゃと。
 メグもみんなも、わしは大好きだ。ベビオの餌食にはさせぬ!
 ヘビオが好きなのは、腰のくびれた、ちょっとお尻の大きなかわいいみんなぞ。
 ヘビオはそういう性格なんぞね。みんなを好きぞね。だから、メグのほかにも、ちょっかいは出すが、メグも大好きぞね・・・」
 酔っぱらったトラはそういって、シロの脚を撫でている。
 静かにしてろっていったのに、くそっ!あほっ!トラの秘密がバレちまったぞ!大虎の大馬鹿め!
 あたしがそう思っていると、またまた、トラが口走った。
「サナ!早う動画を送れ。ふつうの操作で送るのじゃぞ!」
 あほ!余計なことをいうんじゃない!シロ!トラの口を封じろ!
 あたしの思いを感じ、シロがトラの口に口づけして、トラの言葉をさえぎった。

 みんなの顔を見ると、全員は顔に?!マークが付いたように固まっている・・・。
 ああっ・・・、なんて説明していいかわからなくなってきた・・・。
 とにかく、動画を送ろう・・・。
 あたしは、
「みんながメグと彼氏に会いたがってるよ。
 水曜の講義が終ったら、メグの彼氏も含めて、みんなで学食のカフェテリアで会おう」
 とコメント付きで、みんなの動画をメグに送った。
 すぐさま、メグから、
「オッケイ。彼氏もみんなに会いたがってる」
 と返信が来た。

「メグがオッケイしたよ。水曜の講義後にカフェテリアだよ・・・」
 そういってスマホから目を上げると、みんなは、アキの足元で、シロの膝枕に頭をのせて寝転んでいるトラを見たまま、まだ固まっている・・・。
「みんな・・・。お~い、みんな・・・」
 あたしは、トラからあたしにみんなの注意をひこうとした。
「ああ・・・、なに、サナ?」
 アキが心ここにあらずという顔であたしを見た。

「みんな、驚かなくっていいよ。トラは猫賢者だとあたしが話したでしょう。人並みの知能があるんだよ。いろいろ学習したんだよ」
 あたしはまじめにそういった。
「サナ・・・、さなえは、腹話術がうまくなったね・・・」
 ママがにやにやしてる。あたしのいうことを信用していない。
「腹話術なら・・・」
 腹話術なら、トラとあたしで同時に話せないよ。そういいかけたとき、トラがあたしを見て目配せした。

 わかったよ。無理に説得すれば、大事件になっちゃうんだね。トラが生物学の標本みたいに、研究材料にされるんだ。生物学概論の講義中でなくってよかったね、トラ。
『そうぞね、サナ。わし以上に、サナの方がおっちょこちょいゾネ。
 とはいうものの、わしも気をつける。
 なんせ、キウイがいかん!猫族にマタタビ科の食い物はイカンぞ!麻薬と同じゾネ。ハイになっとったぞ。Lucy in the Sky with Diamondsぞね・・・』
 トラの反省の思いがあたしに伝わってきた。
 あたしはうまく、みんなをいいくるめることにした。

「腹話術でいっか・・・。特殊な話し方を練習したんだよ。
 さて、メグと連絡取れたし、水曜が楽しみだね。
 もうすぐ、昼休みが終る。トラ、どうする?シロとデイト続けるか?」
「ソウダニャ。ツヅケタイニャ・・・」
 トラがシロを見てあたしを見た。
「そしたら、四時十五分のチャイムが鳴ったら、ここに来てね。天気がいいから、雨にはならないと思うけど、もし雨になったら、あそこだよ」
 あたしは図書館の裏口にあるポーチの軒下を示した。図書館を増築する予定だったらしい。
「ソシタラ、マタニャ・・・」
 トラとシロが芝生から立ちあがった。樅の木陰へ走り、柘の垣根を潜って、フェンスを跳び越え、学内から出ていった。

 あたしとトラのやりとりをみんなは呆気に取られてみていた。
「アハハッ、腹話術で~す。今度、ひとり芝居、すっかなあ~。
 さあて、授業に、ゆこうね・・・・」
 あたしは笑ってごまかし、呆気にとられたままのみんなといっしょに、芝生から立ちあがった。
 次の講義は心理学。その後は経済学だ。
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