四 かわいい動画
文字数 4,234文字
九時。
階段状になった講義室の、いちばんうしろのドアに近い席に座った。トラが入っているリュックはあたしの右側、壁と通路がある席の端に置いてある。
リュックのフタをはずし、トラが息苦しくないようにして生物学概論の講義に耳傾けた。
一時間ほどすると、講義室が暑くなってきた。学生の発する熱気が階段状の講義室の後部へ移動してきている。ドアは開いているが。熱気は抜けてゆかない。
「トラ。大丈夫か?暑くないか?」
あたしはリュックのフタを持ちあげて、リュックの中を換気した。
「心配ない。おもしろいか?」
トラがリュックから顔を出した。
「なにが?」
「講義だよ」
「トラ。講義がわかるんか?」
トラは生物に興味があるのか?あたしはトラの目を見つめた。
「まあな。サナの記憶から考えとるんじゃ。わかるぞ」
「今日の講義は原生動物だから、トラは、話を聞いてるだけでもおもしろいだろう」
あたしは声をひそめたつもりだったが、左隣にいる女学生がリュックから顔を出したトラを見つけた。
「しっいっ・・・」
あたしはその女学生にむかって、唇に指を当てて見せた。
女学生はあたしに笑顔を見せて、
「かわいいヌイグルミね・・・」
といい、顔を教壇で話している教授にもどして義に集中した。
「トラ。静かにね・・・」
トラは女学生に見られたときから固まっている。
「わかっとる。あの娘、わしが話しても、驚かんかったぞ・・・」
「アンタ、腹話術、うまいね。私たちの人形劇団で舞台に立ってみない?」
まもなく、女学生からつぶやくような声が聞えてきた。彼女を見ると顔を教壇で話している教授にむけたまま、口は開いていない。
「アハッアハッ・・・」
思わず大笑いしそうになって笑いをこらえた。
トラはヌイグルミなんだ。あたしは腹話術でひとり芝居してるんだ。彼女にはそう見えるんだ。
「サナ。さな。さなえ」
笑いをこらえてるとトラが声をかけた。
「なんだよ、トラ」
「わし、動いてもいいか?」
「あっ?ああ、いいよ」
あたしがそういうと、トラが首を動かして女学生を見た。
「お~い。名はなんという?」
トラが女学生に話しかけた。
「アタシハ、ハナ、ダヨ。アンタハ、ナンテイウノ?」
女学生は顔を教壇にへむけたまま、ショルダーバッグから男の子の人形を出して左手にはめ、右の脇下から、あたしたちむって人形を動かしている。
「オイラ、トラ、ダヨ。ヌイグルミジャナインダ。イキテルンダ」
トラが調子を合わせて人形に答えた。
「ニンギョウハ、ミンナ、ソウイウンダ。ボクモ、チイサイトキハ、ニンギョウダッタ」
人形が女学生の脇下の下でそういった。
「うそこけ!アンタはプラナリアか?生きとるじゃろ!人形になっとる部分は無いぞよ」
トラがそういったとき、講義が終った。
あたしは出席カードをメグの分も書いて、カードを集めに来た学生にわたした。その学生はカードの枚数と人数の違いなんか、なんも気にしていなかった。
「アハハッ、ミヤブラレタカ。
アンタ、うまいね。私は春野羽那 。あなたは?」
羽那が机にある教材をショルダーバッグに入れた。あたしとトラを見ている。
「あたしは中林さなえ。これはトラ」
トラを示しながら、あたしは机の教科書を持った。
トラはリュックから頭だけ出している
「今日は時間がないけど、今度、ゆっくり話そうね。トラについて・・・」
羽那はあたしにそういい、指人形をトラにむけて、
「トラ。マタ、コンドネ。バイバイ」
指人形の手を振った。
「オオ、ハナ。マタナ!」
トラがリュックから手を出して振っている。
あたしはリュックにもトラにも触れていない。トラ、やりすぎだぞ・・・。
「えっ!」
羽那がトラに気づいた。
ヌイグルミじゃない!精巧にできた人形だと思ったが、実物の猫だぞ!
いや、そんなことない。あんなに人形のように動くはずがない、やっぱり人形だ・・・。
羽那がそう考えているのがあたしとトラにはっきりわかった。
「じゃあ、またね・・・」
世の中には隠れた才能があるんだなあ・・・
羽那はそう思いながら席を立った。
「トラ。行くぞ!」
あたしは教材を大リックの中の教材専用の小リックに入れて、トラの頭を大リュックの中に押し込んで背負った。待ち合わせの場所へ急ごう!
すべての教養科目が教養棟で講義される。全科にわたり生物学概論は教養科目の一つで講義室は二階だ。
待ち合わせは樅の木陰の芝生だ。トラがシロとイチャイチャしてた、図書館と教養棟の北側にある樅の木陰だ。図書館は事務棟の後ろ、北側にあり、教養棟は図書館の西隣にある。
「オオッ、待ち合わせはあそこか!シロの家のそばじゃ!」
樅の木の西側は住宅街でそこにシロが棲んでいる家がある。
「シロに会いに行くんじゃないよ。三人の動画を撮って、メグに送るんだよ!」
講義室を出て、あたしは階段を駆けおりた。
「わかっとるよ。だが、動画を撮ったら、会いにいってもいいじゃろ?」
トラがリュックから顔を出してあたしの耳元でいった。
「そんときは、いいよ・・・」
一階へ下りて、教養棟を出た。
図書館へ急ぎ、手前で教養棟と図書館のあいだの芝生へ小走りに歩いた。
図書館の裏から、キャアキャアと声がする。アキとエッちゃんとママの声だ。他にも、誰かいる・・・・。
図書館をまわりこむとアキとエッちゃんとママはそこにいた。ほかにも三人いる。
アキ(瀬田亜紀)があたしを見つけて大きな声でいう。
「あたしたちと似た体型の娘 たちに声かけたよ!
適当に雑談して、動きまわってるから、動画撮っていいよ!」
「わかったよ!」
あたしは近づきながら、スマホでみんなの様子を動画に撮った。
あたしはみんなの近くへ歩いた。
「急なのに、集ってくれてありがとう!!」
「なんとしても、メグとヘビオをくっつけたいなあ。そして、中華を食べたいなあ」
アキは真剣に考えている。色気より食い気だ。
「でも、ヘビオがあたしたちに目移りすれば、二人の関係は消えて、中華も消える」
エッちゃん(松岡悦子)もまじめに考えてるけど、食い気が強い。
「すべてが、この魅惑的なボディーのせいね。ああ、あたしはなんと罪深い女なの・・・」
身体をくねらせてママ(野本雅子)がふざけてる。メグよりあたしの方がセクシーよと思っている。
「他の三人も同じようなことを考えとるな。動画は撮れたか?」
トラがリュックから身を乗りだした。
「ああっ!トラも来たんだ!」
あたしがみんなに近づいたら、エッちゃんがリュックのトラを見つけた。頭を撫でている。
「エッちゃん、あいかわらず、かわいいのお!」
トラがエッチャンに、ゴロゴロ、喉を鳴らしてる。
「ありがとう、トラ・・・」
エッチャンはトラの言葉に驚いていない。
なんでだ?なぜ、驚かない?トラがしゃべってんだぞ!驚け!ちいっとくらいは驚け!
そう思ってみんなを見るが、みんなも驚いていない。なんでだ?
「ずいぶん上達したね。トラもずいぶん慣れてきたね」
エッちゃんはそういう。動画を撮っているスマホから、
『サナ。腹話術が上達したね。トラもサナの動きに合せるようになったね。ずいぶん練習したんだろうな・・・』
とエッちゃんの考えが伝わってきた。どういうことなんだろう?
「驚かんでいい。わしにはわからんが、アプリの何かが作用しとるらしい。わしが話すのは、サナの腹話術と思われとるぞ。そのまま調子を合わせておけばいいぞ」
トラがあたしの耳にささやいた。
「わかったよ、トラ。調子を合せとくよ」
そういったとたん、トラの考えていることが変った。
「動画は撮ったのお。わし、ちょっくら、散歩してきていいかな?」
トラはシロに会いたいのだ。
「ああいいよ。そしたら、昼休みにここに来るから、シロといっしょにもどってきてね。鮭のおにぎり買っておく。味噌汁も」
「オオッ!すまぬな!では、ちょっくら、行ってくぞ!」
トラがリュックから、芝生へ舞い降りた。そして、樅の木陰へ走り、その西側にある柘の垣根を潜って、フェンスを跳び越え、学内から出ていった。
「アアッ!トラが行っちゃったよ!迷子になっちゃうよ!」
走っていったトラを見て、アキ(瀬田亜紀)が大声でいった。
「大丈夫だよ。昼休みにトラの大好物を持ってここに来れば、トラはもどってくるよ。そう、話してあるよ」
あたしは、トラの大好物、鮭のおにぎりと味噌汁を説明してあげた。
「そうなのか?でも、良く仕込んだね。リュックに入ってても、騒がなかったんだね」
ママ(野本雅子)が感心してる。隣県のD市から、トラは一時間以上リュックに入ったまま移動してきたと思っている。
「あれで、トラは人並みに知能が高いんだ・・・」
あたしは、パソコンを見て考えるトラの行動を説明してあげた。
「そうだね。考える猫だもんね・・・」
アキは以前あたしが見せたトラの動画を思いだしている。動画のトラは鳴いているが、その声は人が話してるように聞えたのだ。
「迷子にならない理由が、何かあるの?」
エッちゃんは、トラがこの辺の地理を知らないと思っている。
「以前も連れてきたことがあるよ。友だちができたんだ。会いにいって、いろいろ教えてもらってるはずだよ・・・」
「そうなの!」
トラは人並みの行動をしているんだ、とエッちゃんが感心している。
あたしは、メグに送るみんなの動画の撮影を終了して、スマホのボイスチェンジャーのアプリを停止した。そろそろ休み時間が終る。
「ところで、みんなは、この先、メグとヘビオがどうなると思う?
昼休み、あたしは、トラを迎えにここに来るよ。
よかったら、みんなも来てほしいな。そして、メグとヘビオがどうなると思うか、みんなの考えを教えてね」
あたしはみんなに、メグとヘビオの今後を聞きたかった。
「みんな、ここに来るよ。最初から、そのつもりだよ。この休み時間じゃ短いって話してたの。天気もいいし、ここでご飯にしようよ」
そう話しながらエッちゃんは、トラのご飯を忘れないでねとあたしにいった。
「ありがとう、みんなに感謝します!」
あたしはみんなにおじぎした。
「そうかしこまらなくていいよ。みんな、メグを心配してるんだ。
くわしいことは昼休みにしよう。さあ、講義がはじまるよ」
ママ(野本雅子)が講義に遅れないよう、みんなに注意した。
「つづきは、昼休みに・・・」
あたしたちは、教養棟の大講義室へ移動した。月曜の第二限は共通講義の哲学だ。
階段状になった講義室の、いちばんうしろのドアに近い席に座った。トラが入っているリュックはあたしの右側、壁と通路がある席の端に置いてある。
リュックのフタをはずし、トラが息苦しくないようにして生物学概論の講義に耳傾けた。
一時間ほどすると、講義室が暑くなってきた。学生の発する熱気が階段状の講義室の後部へ移動してきている。ドアは開いているが。熱気は抜けてゆかない。
「トラ。大丈夫か?暑くないか?」
あたしはリュックのフタを持ちあげて、リュックの中を換気した。
「心配ない。おもしろいか?」
トラがリュックから顔を出した。
「なにが?」
「講義だよ」
「トラ。講義がわかるんか?」
トラは生物に興味があるのか?あたしはトラの目を見つめた。
「まあな。サナの記憶から考えとるんじゃ。わかるぞ」
「今日の講義は原生動物だから、トラは、話を聞いてるだけでもおもしろいだろう」
あたしは声をひそめたつもりだったが、左隣にいる女学生がリュックから顔を出したトラを見つけた。
「しっいっ・・・」
あたしはその女学生にむかって、唇に指を当てて見せた。
女学生はあたしに笑顔を見せて、
「かわいいヌイグルミね・・・」
といい、顔を教壇で話している教授にもどして義に集中した。
「トラ。静かにね・・・」
トラは女学生に見られたときから固まっている。
「わかっとる。あの娘、わしが話しても、驚かんかったぞ・・・」
「アンタ、腹話術、うまいね。私たちの人形劇団で舞台に立ってみない?」
まもなく、女学生からつぶやくような声が聞えてきた。彼女を見ると顔を教壇で話している教授にむけたまま、口は開いていない。
「アハッアハッ・・・」
思わず大笑いしそうになって笑いをこらえた。
トラはヌイグルミなんだ。あたしは腹話術でひとり芝居してるんだ。彼女にはそう見えるんだ。
「サナ。さな。さなえ」
笑いをこらえてるとトラが声をかけた。
「なんだよ、トラ」
「わし、動いてもいいか?」
「あっ?ああ、いいよ」
あたしがそういうと、トラが首を動かして女学生を見た。
「お~い。名はなんという?」
トラが女学生に話しかけた。
「アタシハ、ハナ、ダヨ。アンタハ、ナンテイウノ?」
女学生は顔を教壇にへむけたまま、ショルダーバッグから男の子の人形を出して左手にはめ、右の脇下から、あたしたちむって人形を動かしている。
「オイラ、トラ、ダヨ。ヌイグルミジャナインダ。イキテルンダ」
トラが調子を合わせて人形に答えた。
「ニンギョウハ、ミンナ、ソウイウンダ。ボクモ、チイサイトキハ、ニンギョウダッタ」
人形が女学生の脇下の下でそういった。
「うそこけ!アンタはプラナリアか?生きとるじゃろ!人形になっとる部分は無いぞよ」
トラがそういったとき、講義が終った。
あたしは出席カードをメグの分も書いて、カードを集めに来た学生にわたした。その学生はカードの枚数と人数の違いなんか、なんも気にしていなかった。
「アハハッ、ミヤブラレタカ。
アンタ、うまいね。私は
羽那が机にある教材をショルダーバッグに入れた。あたしとトラを見ている。
「あたしは中林さなえ。これはトラ」
トラを示しながら、あたしは机の教科書を持った。
トラはリュックから頭だけ出している
「今日は時間がないけど、今度、ゆっくり話そうね。トラについて・・・」
羽那はあたしにそういい、指人形をトラにむけて、
「トラ。マタ、コンドネ。バイバイ」
指人形の手を振った。
「オオ、ハナ。マタナ!」
トラがリュックから手を出して振っている。
あたしはリュックにもトラにも触れていない。トラ、やりすぎだぞ・・・。
「えっ!」
羽那がトラに気づいた。
ヌイグルミじゃない!精巧にできた人形だと思ったが、実物の猫だぞ!
いや、そんなことない。あんなに人形のように動くはずがない、やっぱり人形だ・・・。
羽那がそう考えているのがあたしとトラにはっきりわかった。
「じゃあ、またね・・・」
世の中には隠れた才能があるんだなあ・・・
羽那はそう思いながら席を立った。
「トラ。行くぞ!」
あたしは教材を大リックの中の教材専用の小リックに入れて、トラの頭を大リュックの中に押し込んで背負った。待ち合わせの場所へ急ごう!
すべての教養科目が教養棟で講義される。全科にわたり生物学概論は教養科目の一つで講義室は二階だ。
待ち合わせは樅の木陰の芝生だ。トラがシロとイチャイチャしてた、図書館と教養棟の北側にある樅の木陰だ。図書館は事務棟の後ろ、北側にあり、教養棟は図書館の西隣にある。
「オオッ、待ち合わせはあそこか!シロの家のそばじゃ!」
樅の木の西側は住宅街でそこにシロが棲んでいる家がある。
「シロに会いに行くんじゃないよ。三人の動画を撮って、メグに送るんだよ!」
講義室を出て、あたしは階段を駆けおりた。
「わかっとるよ。だが、動画を撮ったら、会いにいってもいいじゃろ?」
トラがリュックから顔を出してあたしの耳元でいった。
「そんときは、いいよ・・・」
一階へ下りて、教養棟を出た。
図書館へ急ぎ、手前で教養棟と図書館のあいだの芝生へ小走りに歩いた。
図書館の裏から、キャアキャアと声がする。アキとエッちゃんとママの声だ。他にも、誰かいる・・・・。
図書館をまわりこむとアキとエッちゃんとママはそこにいた。ほかにも三人いる。
アキ(瀬田亜紀)があたしを見つけて大きな声でいう。
「あたしたちと似た体型の
適当に雑談して、動きまわってるから、動画撮っていいよ!」
「わかったよ!」
あたしは近づきながら、スマホでみんなの様子を動画に撮った。
あたしはみんなの近くへ歩いた。
「急なのに、集ってくれてありがとう!!」
「なんとしても、メグとヘビオをくっつけたいなあ。そして、中華を食べたいなあ」
アキは真剣に考えている。色気より食い気だ。
「でも、ヘビオがあたしたちに目移りすれば、二人の関係は消えて、中華も消える」
エッちゃん(松岡悦子)もまじめに考えてるけど、食い気が強い。
「すべてが、この魅惑的なボディーのせいね。ああ、あたしはなんと罪深い女なの・・・」
身体をくねらせてママ(野本雅子)がふざけてる。メグよりあたしの方がセクシーよと思っている。
「他の三人も同じようなことを考えとるな。動画は撮れたか?」
トラがリュックから身を乗りだした。
「ああっ!トラも来たんだ!」
あたしがみんなに近づいたら、エッちゃんがリュックのトラを見つけた。頭を撫でている。
「エッちゃん、あいかわらず、かわいいのお!」
トラがエッチャンに、ゴロゴロ、喉を鳴らしてる。
「ありがとう、トラ・・・」
エッチャンはトラの言葉に驚いていない。
なんでだ?なぜ、驚かない?トラがしゃべってんだぞ!驚け!ちいっとくらいは驚け!
そう思ってみんなを見るが、みんなも驚いていない。なんでだ?
「ずいぶん上達したね。トラもずいぶん慣れてきたね」
エッちゃんはそういう。動画を撮っているスマホから、
『サナ。腹話術が上達したね。トラもサナの動きに合せるようになったね。ずいぶん練習したんだろうな・・・』
とエッちゃんの考えが伝わってきた。どういうことなんだろう?
「驚かんでいい。わしにはわからんが、アプリの何かが作用しとるらしい。わしが話すのは、サナの腹話術と思われとるぞ。そのまま調子を合わせておけばいいぞ」
トラがあたしの耳にささやいた。
「わかったよ、トラ。調子を合せとくよ」
そういったとたん、トラの考えていることが変った。
「動画は撮ったのお。わし、ちょっくら、散歩してきていいかな?」
トラはシロに会いたいのだ。
「ああいいよ。そしたら、昼休みにここに来るから、シロといっしょにもどってきてね。鮭のおにぎり買っておく。味噌汁も」
「オオッ!すまぬな!では、ちょっくら、行ってくぞ!」
トラがリュックから、芝生へ舞い降りた。そして、樅の木陰へ走り、その西側にある柘の垣根を潜って、フェンスを跳び越え、学内から出ていった。
「アアッ!トラが行っちゃったよ!迷子になっちゃうよ!」
走っていったトラを見て、アキ(瀬田亜紀)が大声でいった。
「大丈夫だよ。昼休みにトラの大好物を持ってここに来れば、トラはもどってくるよ。そう、話してあるよ」
あたしは、トラの大好物、鮭のおにぎりと味噌汁を説明してあげた。
「そうなのか?でも、良く仕込んだね。リュックに入ってても、騒がなかったんだね」
ママ(野本雅子)が感心してる。隣県のD市から、トラは一時間以上リュックに入ったまま移動してきたと思っている。
「あれで、トラは人並みに知能が高いんだ・・・」
あたしは、パソコンを見て考えるトラの行動を説明してあげた。
「そうだね。考える猫だもんね・・・」
アキは以前あたしが見せたトラの動画を思いだしている。動画のトラは鳴いているが、その声は人が話してるように聞えたのだ。
「迷子にならない理由が、何かあるの?」
エッちゃんは、トラがこの辺の地理を知らないと思っている。
「以前も連れてきたことがあるよ。友だちができたんだ。会いにいって、いろいろ教えてもらってるはずだよ・・・」
「そうなの!」
トラは人並みの行動をしているんだ、とエッちゃんが感心している。
あたしは、メグに送るみんなの動画の撮影を終了して、スマホのボイスチェンジャーのアプリを停止した。そろそろ休み時間が終る。
「ところで、みんなは、この先、メグとヘビオがどうなると思う?
昼休み、あたしは、トラを迎えにここに来るよ。
よかったら、みんなも来てほしいな。そして、メグとヘビオがどうなると思うか、みんなの考えを教えてね」
あたしはみんなに、メグとヘビオの今後を聞きたかった。
「みんな、ここに来るよ。最初から、そのつもりだよ。この休み時間じゃ短いって話してたの。天気もいいし、ここでご飯にしようよ」
そう話しながらエッちゃんは、トラのご飯を忘れないでねとあたしにいった。
「ありがとう、みんなに感謝します!」
あたしはみんなにおじぎした。
「そうかしこまらなくていいよ。みんな、メグを心配してるんだ。
くわしいことは昼休みにしよう。さあ、講義がはじまるよ」
ママ(野本雅子)が講義に遅れないよう、みんなに注意した。
「つづきは、昼休みに・・・」
あたしたちは、教養棟の大講義室へ移動した。月曜の第二限は共通講義の哲学だ。