第58話 悠人の望む未来 その1

文字数 2,518文字

「私の部屋で少年と二人きり。中々新鮮だね」

「ははっ」

 小さなテーブルを挟み、悠人が深雪の言葉に笑った。



「で……小鳥くんはコンビニかい?」

「はい。沙耶とバイト中です。あと二時間ほどであがりなんですが」

「そうか……で、わざわざその時間を狙ってここに来たんだ。ただの世間話じゃないね」

「はい……小鳥と一昨日、色々話しました。小百合のことも」

「小百合さんのこと、聞いたんだね」

「深雪さんは知ってたんですね」

「ああ。以前君が熱を出した時に、小鳥くんからね」

「あの時に……」

「あの時、小鳥くんの様子は尋常ではなかった。彼女が抱えているものが何であれ、一度吐き出させる必要がある、そう思ってね。
 彼女のお母さん……小百合さんは、昔から病気知らずだったそうだね。その彼女がある日突然倒れた。ただの過労だと思っていたら、その半年後に、あっさりいなくなってしまった」

「……」

「人は誰も、人生がいつまでも続くと勝手に思い込んでいる。誰にも平等に、必ず死は訪れるものなのに、なぜか人は、自分だけはそのルールから外れているような錯覚をして生きている。そして死を身近に感じる経験をした時、初めて自分も死ぬんだということに気付くんだ」

「確かに……俺も、いつかはこの世から消えてなくなるって、頭では分かっていても……」

「まぁ、だから人は生きていけるんだけどね。いつ来るか分からない死に日々怯えていては、人生を楽しめないからね。
 小鳥くん、こんなことを言ってたよ。『お母さんが余命半年だって分かった時、色々考えて思った。お母さんの余命は、お母さんの病状から、これまで積み重ねられてきた医学が出した一つの目安だと。この進行具合に治療を施したとして、生きられる平均的な時間を出したんだと。
 でも、私はどうなんだろう。私もいつかは必ず死ぬ。ひょっとしたら明日、お母さんの病院に行く途中で、車にひかれて死ぬのかもしれない。それは誰にも分からない。そう考えたら、人は誰もが、余命宣告をされていないだけの患者なんだ、そう思ったんです』ってね」

「……」

「急に、毎日なんとなく生きていることが、勿体無くなってきたんだそうだ。終わりがいつ来ても、悔いが残らない人生にしたい、そう思ったって」

「あいつらしいな……」

「そしてそれは、他人にも言えることだってね。少年もいつかは必ず死ぬ。現に小鳥くんは、あんなに元気だった母親を突然失ってしまった。運命の現実、怖さを知ってしまった。
 だから君が倒れた時、またあの別れが来るのか、そう思い怖くなった。ついこの前母親を失った少女としては、当然のことだね」

「それで深雪さんは、小鳥にどう言ってくれたんですか」

「何も言ってないよ」

「え?」

「私は基本、何も言わないよ。ただ人は、誰にも言えないことを、たくさん胸に押し込んで生きている。そしてそれが収まりきらなくなった時、壊れる。だからそうならないように、少し気持ちを吐き出させてあげた、それだけだよ」

「……」

「小鳥くんはここに来てから、小百合さんのことを胸にしまい込んで生活してきた。君に悟られまいとしていた。あの子は強い子だから、ひょっとしたら最後まで貫けたかもしれない。
 でも君が、突然倒れた。まるで小百合さんのように、前触れもなくいきなりね。その時、彼女の中にあった何かが壊れた。そう感じたから、私は彼女に打ち明けてもらったんだ。私はただの聞き役だよ」

「そうですか……深雪さんは不思議な人ですね。俺より10も年下なのに、俺よりずっと遠くを見つめて生きているような」

「そうかね。少年も随分と面白い生き方、してると思うよ」

「そうでしょうか」

「あははっ……それで、さっきから少し気になってるんだが、君は確か煙草、吸っていたよね。この家で遠慮は無用だ、適当に吸ってくれたまえよ」

「いえ、実は」

「なんだ、まさか禁煙でも始めたのかね」

「はい、そのまさかで……昨日小百合の話を聞いて、突然身内を失った小鳥の辛さを考えたら、俺も自分の体を守る努力ぐらいはしないとって思って……きっかけが欲しかったのかも知れませんけど」

「なんだなんだ、貴重な仲間がまた一人脱落したのかね。寂しい限りだ」

「ははっ、すいません……でも昨日から始めたばかりで、今もかなりいらいらしてますけど」

「まぁいいさ、大切な小鳥くんのためだ。挑戦してみたまえ」

「はい」

「我慢出来なくなったらいつでも来るといい。火ぐらいつけてあげるよ」

「誘惑しないでくださいよ」

「あははっ……で、だ。4日間のデートで、何か見えたかね」

「はい……まだぼんやりとですが、色々見えた気がします。俺は子供の頃からずっと、人と接触せずに生きられる術を探ってました。でも小百合だけは別で……あいつはいつも、俺が逃げても逃げても追いかけてきて、俺を離してくれませんでした。俺は迷惑そうにしてたけど、でも心の底では、嬉しかったんだと思います」

「人は一人では生きられないものだ、本人が望まなくてもね。そして心の底では実は、つながりを求めている」

「その小百合と別れて……色々考えました。自分がこれまで、どれだけ小百合に守ってもらっていたのかを。多くの人に支えられてきたのかを。
 だから俺はこれから、ほんの少しでもいい、誰かを守れる男になりたい、そう思ってきました。でもその生き方はかなり辛くて、気がつけばいつもと変わらない自分だったと思ってます。だから彼女たちが、そんな俺に好意を持ってくれることが、正直理解出来ませんでした」

「好意ではなく恋心だよ、少年。君は本当に真面目な男だ。己を知り、他人を知ろうとする。人生に真面目に取り組むそんな姿がきっと、彼女たちの乙女心をくすぐったんだろうね」

「そうでしょうか」

「ああ。しかも君の優しさは、代償を求めないものだ。その優しさは強いよ。乙女にはたまらなく格好いい」

「よしてください、40前のおっさんですよ」

「そして気がつけば4人の乙女たち。ハーレムの完成だ。修羅場とも言えるかな」

「どっちかと言えば後者になりそうで」

「まぁいいじゃないか。40を前にした男の選択、私も楽しみにしてるよ」

「深雪さんには本当、かないませんね」

「しっかり悩みたまえ、少年」
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