第45話 桜を見に行こう その5

文字数 2,631文字

「少年、疲れただろう。今夜はゆっくりしてくれたまえ」

 温泉街にある小さな旅館の前で、深雪が言った。

「やっと着いたか……遊兎、運転大義だったぞ」

「悠兄ちゃんお疲れ」

 車から降りた一行が、荷物を持って玄関に入ると、坂本が迎えてくれた。

「修司、今夜は世話になるよ」

「ああ、何でも言ってくれ。さあ、どうぞお入りください。まずはお部屋にご案内します」

「お世話になりまーす」



 仲居に案内された部屋は、6人部屋と4人部屋だった。

「えーっ、悠兄ちゃんは隣なの?」

「当たり前だ。俺はこれでも男だからな」

「そんな……悠人さん、見知らぬ町で一人寂しく……分かりました、寂しくならないよう、夜這いにうかがいます」

「肉布団、自重しろ」

「仲居さん、お風呂はもう入れますか」

「はい。お茶を飲んで一息つかれましたら、是非お入りください。夜は1時まで、朝は7時から入れます」

「ちなみにここの効能は?」

 弥生が仲居に顔を近付け、興味深々な顔で聞く。

「はい。ここの温泉は一般的な効能の他、特に美肌効果に優れてます。皆さんお綺麗ですが、温泉に入られましたら、その美貌に更に磨きがかかりますよ」

「仲居。その、なんだ、胸の……いや、ホルモン促進効果はあるのか」

「ホルモン……あ、はい、肌に潤いを与えて女を磨けば、きっと効果抜群ですよ」

「そ、そうか、あい分かった。早速試すとしよう」

「曲がり角の肌にも効きますよね!」

 菜々美も仲居に聞く。

「おいおい乙女たち、そんなに仲居さんを困らせるんじゃないよ。大丈夫、君らみんな、そのままでも十分魅力的だよ」

 深雪の笑いに仲居もつられ、笑顔で退室していった。その後お茶を飲んで一息つくと、5人は早速浴衣に着替えた。



「こんな部屋に一人とは、なんとまあ贅沢な……」

 浴衣に着替え、窓際の椅子に座った悠人がつぶやいた。
 空を見上げると星が見える。

「部屋から星が見えるのも……いいな」

 煙草を吸いながら、満足そうに笑う。
 その時内線がなった。

「悠兄ちゃん、準備できた?」

「ああ、いつでも行けるよ」

「じゃあ、エレベーター前で待ってるね」

 内線を切ると煙草をもみ消し、部屋を出てエレベーターに向かった。

「お待たせ、みん……」

 悠人が言葉を詰まらせた。そこには浴衣を着た、いつもと違う雰囲気を醸し出した5人がいた。

「や……やあ、お待たせ」

「どうしたんですか悠人さん、顔赤いですよ」

 弥生が一番に近付いてきて、意地悪そうに言った。

「あ……あの……悠人さん、どうですか、私、変じゃないですか」

「あ……いやその……全然変じゃないよ、菜々美ちゃん。よく似合ってるよ」

「ほんとですか!」

「遊兎、これはまた面妖な衣服だな。これが旅の作法なのか」

「そうだぞ沙耶。庶民が温泉に来た時の正装がこれだ。お前も似合ってるぞ」

「少年もそうしていると、なかなか凛々しいな。いや、立派に着こなしてるね」

「深雪さん、からかわないで下さいって」

 悠人の左腕に小鳥がしがみついてきた。

「悠兄ちゃん、かっこいいよ」

 悠人の見下ろす視線の先に、小鳥の胸元が見えた。

「こ……小鳥小鳥、胸、胸見える……」

「え……あ、あははははっ。いいんだよ悠兄ちゃん、この胸は悠兄ちゃんの物なんだからね」

「ずるいです、小鳥ちゃんばっかり」

「私めのこの胸も、悠人さんに売約済みですよ」

「おい遊兎、私の胸も見るか」

 深雪は到着したエレベーターに乗り込み、

「おーい、行くよー」

 そう言って笑った。




「一日の疲れが癒されますね」

 温泉には、5人の他には誰もいなかった。後で聞いたのだが、ここの旅館には温泉が二つあり、今彼女たちが使っている少し小さめの露天は、坂本の計らいで貸切になっていた。

「お花見に温泉、この後は宴会。全部深雪さんのおかげですよね」

「小鳥くん、私は何もしちゃいないさ。お礼なら、後で修司に言ってあげてくれたまえ」

 ビール片手に深雪が言う。

「しかしなんとまあ……」

 弥生がお決まりの目つきで、4人を舐め回すようにうかがう。

「眼鏡がないとよく見えないのですが、しかしそれでもなんと言いますか……絶景かな絶景かな」

「や……弥生さん、変な目で見ないで下さい」

 菜々美が慌てて胸元を隠す。

「白く美しい肌がほんのり紅く染まり、それは正に今日見た桜の花びらのようで……雪国の温泉に咲く可憐な花、これはまた創作意欲が高まってきます……これがアニメなら、間違いなく乙女たちの胸のもみ合いが始まるわけですが……妄想が止まりませぬ止まりませぬ……いやもう、辛抱たまりませぬっ!」

「きゃっ!」

 菜々美にロックオンした弥生が一気に近付き、背後に回ると菜々美の胸をつかんだ。

「や……弥生さん、やめ……やめてください……」

「菜々美さんの胸、形もよいですがこの感触も……ああ、たまりませぬぞ」

「やめて、やめて」

「そう言われると、ますます続けたくなるのが女と言うものでして」

「ほほう、これが温泉でのお約束というやつか」

「沙耶さん、冷静に突っ込まないで助けて」

「で、サーヤは何してるの」

 沙耶は両手で自分の胸を揉んでいた。

「いや何……この温泉の効果を高めるためのマッサージだ」

「サーヤ、前にも言ったけど、こういうのは人に揉んでもらった方がいいんだよ」

「おおそうだった。小鳥、すまんが少しばかり揉んではくれまいか」

「小鳥ちゃん、その前に私を助けて」

「私にまかせろ」

 そう言うと沙耶が見事なフォームで水中にもぐり、弥生の背後に回ると胸を手にした。

「ひゃん!」

 弥生が情けない声でうなった。

「ひゃ、ひゃめてくらはい」

 弥生が一気に脱力した。

「ぬ……見れば見るほど……いや違うな、揉めば揉むほどにおのれ……なんとけしからん乳だ」

 沙耶の手に力が入る。その度に弥生が、あえぎながら力なく体をねじらせる。

「菜々美さん大丈夫?」

「う、うん。それにしても、弥生さんのあの変わりようって」

「多分弥生さん、攻めるのは強いけど、攻められるのには弱いみたいだね」

「なるほど……ということは」

「そうだね」

「それっ!」

 小鳥と菜々美も弥生に襲い掛かった。

「ひゃひゃ……や……やめて……」

 弥生が顔を真っ赤にしてもだえる。

「弥生さんの肌、すっべすべー」


「く……悔しいけど胸……負けたかも」
 深雪はビール片手に、その様を笑顔で眺めている。

「いやああああああん」



 弥生の悶絶する声は、男湯にまで届いていた。悠人は顔を赤らめながら、

「……ったく、どこまでアニメに忠実なんだ、お前らは……」

 そうつぶやいた。
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