第13幕

文字数 938文字




 深い森の中には、静けさの海が広がっていた。

 下生えを踏み締める足音や、コウモリの羽ばたきなどは、その海面に投じられる小石だった。

 真珠に銀粉をまぶしたような満月が中天に差し掛かる頃、漸く泉の畔(ほとり)へと辿り着いた。

 月下美人の種子は、その場所を苗床として、人知れず、ひっそりと成長を遂げていた。

 その茎は、肉厚の葉っぱのような妙な形をしており、丈に関しては、約二メートルにも達していた。

 そこから垂れ下がるようにして、細長い卵型の蕾(つぼみ)が伸びている。

 その蕾がゆっくりと開き始めたのは、丁度メイリル達が、泉の畔に到着した頃合いだった。

 蕾の内側に丁寧に折り畳まれていたのは、白鳥の羽根を思わせる、純白に光り輝く花弁だった。

 その花弁が、レースを幾重にもあしらってある花嫁衣装のように、ふんだんに咲き零れた。

 そうしてその花心は、黄水晶のように、淡い檸檬色に染まっていた。

 その花心が現れた瞬間、メイリルは、少年から初めて見詰められた時を、懐かしく思い出した。

 それくらい、少年の瞳の色にそっくりだったのだ。

 やがて月下美人の花弁が開き切ると、辺りには、しっとりとした甘い香りが、濃厚に漂い始めた。

 その香りがあるだけで、清らかな聖域が出現したかのようだった。

 メイリルは、泉の畔を回って行くと、月下美人の茎の根元に佇み、清廉(せいれん)な花の面(おもて)を見上げた。

 そして、傍らにいる女の子に、ゆったりとした口調で話し掛ける。

「ほらジュディス、あなたのお父様よ。

 やっと三人揃って逢えたわね。

 無事に再会を果たせたことを祝して、乾杯しましょう。

 …‥ほら、これに泉の水を汲んできてちょうだい」

 メイリルは、籐で編まれた籠の中から、青銅製のカップを取り出すと、それをジュディスという名の少女に手渡した。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

・・・ 第14幕へと続く ・・・



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