第15幕

文字数 760文字




 メイリルには、独り身の時は勿論のこと、ジュディスを産んでからでも、言い寄ってくる男は、何人かいた。

 けれども、どんな男にも、魅力を感じることは、ついぞなかった。

 何しろ、月下美人の種子が人間と化した青年と、一世一代の激しい恋愛を体験したのだ。

 そんなことがあった後では、普通の男になど、到底、心動かされる筈もない。

 メイリルとジュディスは、月下美人の茎の根元に座り込むと、手にした青銅製のカップをかち合わせ、乾杯をした。

 その瞬間、そこに存在していたのは、満開の月下美人と、満開の月と、可愛い盛りの娘と、密やかに湧き出(い)ずる泉と、森の中に満ちる静けさと溶け合う、甘やかで濃厚な香りと、それらを全て包み込んでも、有り余るような至福感だった。

 こんな幸福の絶頂を味わえるのなら、しかも、これからは毎年のように味わえるのなら、たった一夜限りの恋だったとしても、たった一夜で萎(しお)れてしまう花だったとしても、大して記憶に残らない日々が、何十年と続いていくよりは、ずっと良い。

 メイリルの想い出の中には、青年と出逢ったお陰で、何十年と記憶に残る瞬間が、幾つも刻まれている。

 その記憶にまた一つ付け加えるべく、純白の花弁を摘まんで、静かに口に含んでみた。

 それだけで、しっとりと甘い香りに打ちのめされそうになる。

 今後何十年経ったとしても、永遠に忘れられそうにない香りだった。




 ・・・完・・・



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