第7話 仲間

文字数 3,884文字

 『モルドレッド』の初任務成功は、組織の仲間達に依って盛大に祝われた。
「い、いや……こんな……。此処まで大袈裟にしなくても……。」
驚いて会場の隅で恐縮している『モルドレッド』に、桃色のミニドレスに身を包んだ『トリスタン』が声を掛ける。髪には同系色のリボンを付けていて、とても似合っていて可愛らしい。
「何を言っているの?初任務を完璧にこなし、入団判定では『ランスロット』を倒した程の実力。そして、私の『推し』なのよ。」
そう言って、『モルドレッド』を会場の中央まで連れて来ると、『トリスタン』は近くに居たボーイからグラスを二つ受け取った。片方を『モルドレッド』に渡し、目線の高さまでグラスを掲げるとこう言った。
「お疲れ様、『モルドレッド』。貴方は良くやったわ。……そして、お帰りなさい。これからずっと、此処が貴方の帰る場所よ。」
その言葉に、『モルドレッド』はグラスを掲げて乾杯に応じた。
「ありがとう、本当に……。」
そう言った彼女の目には、本人は気付いてはいなかったが、一筋の涙が光っていた。少し離れた場所でその様子を見ていた『ランスロット』は、軽く微笑むと手元のグラスを飲み干した。
 今までずっと、己の帰る場所が定まらなかった『モルドレッド』が、漸く真にそう思える場所が定まった日だった。

 夜も更け、会はお開きとなりつつあり、人の姿も疎らとなった。自室に戻ろうと『モルドレッド』が廊下を歩いていると、途中で壁に背を預けて座り込んでいる人物が居た。見た所、かなり酒を呑んでいるらしく、先程から良く解らない事をボソボソと呟いている。
「失礼。宜しければ、部屋までお送りするが……。」
そう言って、傍らにしゃがみ込んで顔を覗くと、それはつい先程、『モルドレッド』の顔を見るなり脱兎の如く逃走して行った男だった。『モルドレッド』は、反射的にマントで顔を隠した。
「何だ、貴様……この俺様に、顔を晒せないと言うのか?この無礼者め!」
そう言って男が『モルドレッド』のマントを剥ぎ取り、その容貌を認めたかと思うと……。
「あぁ、神よ!日に二度も、我が女神に出逢えるとは……運命のお導きだ。何と美しい……!」
男は『モルドレッド』の頭を引き寄せると、そのまま彼女の唇に接吻をした。そして、更に強く引き寄せて舌を絡めて来た。
 「ガ……『ガウェイン』様!お静まり下さいませ!」
その時、廊下の向こうから走り寄って来た男の側近が、後ろから男を抱き抱えて鳩尾の辺りを強く圧迫した。その途端、男は意識を失って倒れ込んだ。
「誠に申し訳ございません!この非礼は必ずお詫び致します。ですので、今宵の所は……どうか、『アーサー』様にはご内密に願います。」
言うが早いか、側近は『ガウェイン』と呼んだその男を抱え、一目散に逃げ去った。
「……成程。逃げ足というのは、その主人に似るのだな……。」
其処でふと、『モルドレッド』は先程の柔らかい唇の感触を思い出していた。

 翌朝、『モルドレッド』の部屋の前にはズラリと贈り物の箱が届き、『ガウェイン』の側近が謝罪に訪れていた。深々と頭を垂れる側近の隣には、未だ酒が残っている様子の『ガウェイン』の姿が在った。
「す……済まなかったな。悪気は無い、赦せ。」
そう言う『ガウェイン』は、『モルドレッド』には横顔を向けたままであった。
「謝罪と言うのであれば、何故此方を向かない。私を見ろ!」
『モルドレッド』は歩み出ると、『ガウェイン』の顎を掴んで己の方に向かせた。きっと睨み付けられるものだとばかり思っていたが、少々様子が違った。酒の所為では無く、真っ赤に染まった『ガウェイン』の顔が其処には在った。そして、目を逸らしながら、観念した様にこう言った。
「俺は……一目見てお前に惚れた。また顔を合わせると、昨夜と同じ事をしでかさないとも限らない。だから、お前の事を正面から見る事は出来ない。……この組織内での、個人的な恋愛はご法度だという事は解っている。『アーサー』には好きに報告しろ。」
「……何だ。嫌われて……いた訳では無かったのだな。良かった……。」
そう言ってニッコリと笑う『モルドレッド』の表情を盗み見て、『ガウェイン』が叶わぬ恋心を更に拗らせたのは言うまでも無い。

 暫くは任務の無い、平和な日々が続いた。或る日、『トリスタン』が女子会をしたいと言うので、『モルドレッド』の部屋に一晩泊まる事になった。『ランスロット』や『ガウェイン』達は不服な様であったが、菓子やジュース等を大量に用意して、いざ女子会スタートとなった。
 「ねぇ、『モルドレッド』はどうして暗殺者なんてなろうと思ったの?」
何とは無しに、『トリスタン』が世間話をする様に訊いて来た。
「良くは……解らない。私は十歳以前の記憶が曖昧で、養親宅に引き取られてからの生活も、何処かで本当のものでは無いと思っていた。でも、此処に来れば、何となくその理由が解る様な気がして……。」
ポリポリとスナック菓子を高速で処理しながら、『トリスタン』は会話に相槌を打つ。
「そっかぁ。『モルドレッド』も大変だったんだね。ってかさ、『モルドレッド』は誰が好きなの?『ガウェイン』?それとも……『ランスロット』?」
突然の質問に、『モルドレッド』は飲み掛けていたジュースを盛大に噴き出してしまった。
「……な、何を言って……!」
「そう?『ガウェイン』のは誰が見ても明白だけど、『ランスロット』も絶対に気が有ると思うんだよね~。」
「待ってくれ。組織内での、個人的な恋愛はご法度じゃ……?」
「そう、だからよ!個人的な恋愛は出来ない、でも心の中で誰かを想うのは自由よ。決して叶う事の無い恋に、狂おしい程に身を焦がす……あぁ、何て美しいの……!で、誰なの?」
手元の菓子に手を伸ばしながら、『トリスタン』は身を乗り出して来た。実は、『トリスタン』の本当の目的は、女子会という名の恋バナトークであったのだ。
「そ、そんな事は考えた事も無いって……。」
慌てた『モルドレッド』は、何とかして話題を逸らそうと、適当に思い付いた別の話題を振ってみた。
「そ、そう言えば、『トリスタン』はどうしてこの組織に?」
突然に暫くの沈黙が有った。
「……ごめん、訊いてはいけなかったな。」
「ううん、良いの。私だって、色々と訊いちゃったし……。他の誰にも言った事が無かったけれど、『モルドレッド』、貴方にだけは話すわ。」

 『トリスタン』は自身のこれまでの人生を語った。交通事故で早くに両親を亡くし、家族は弟と二人のみであった事。両親を亡くして直ぐは、親戚に世話になっていたが、度重なる叔父の虐待に耐えかね、大雨の降る夜中に、姉弟二人で親戚の家をこっそりと抜け出した事。そして、行く当ても無く、暫くは近隣の公園で寝泊まりしていた事。
「寒かったなぁ。真冬の公園。……でも、叔父さん達の家に居るよりはずっとマシだった。星が……満天の星空が綺麗だったの。それだけで、弟と二人、明日も生きて行ける気がしたんだ……。」
『モルドレッド』は思わず、『トリスタン』を後ろから抱き締めていた。
 そんな明日の命をも知れぬ生活の最中、組織のスカウトから声を掛けられた。『君達の様な子供を、一人でも多く、この世界から救ってあげないか』と。『トリスタン』は実際、他の誰かを救う事で、自分自身も救われる気がしていた。そして何より、組織入団後の報酬は破格であった。『トリスタン』が今後、どんな一流企業に就職して立身出世をしても、一生掛かっても稼ぎ出せない額であった。
「金に目が眩んだと言えばそうね。これだけの稼ぎが有れば、弟に充分な教育を与えてやれる。弟だけは、『不幸な家族』として一生を捧げなくても良いんだと。……でも、私ったら馬鹿ね。弟はそんな事なんて、一つも望んでいなかったのよ。」
 『トリスタン』が組織に入団をすると、彼女の弟も組織への入団を希望した。只、姉と共に居たいという理由だけで。『トリスタン』は当然の事ながら猛反対をしたが、彼女の弟は聞き入れる様子も無かった。そして、入団式当日、彼は『コード』入力の所為で発狂し、懐のクナイを辺り構わず投げ飛ばして拘束された。
 「……私がクナイしか武器として使わないのは、その時の戒めでもあるの。クナイで一人でも多くの標的を倒せば、弟の想いが……弟が戻って来てくれる様な気がして……。」
そう言う『トリスタン』の肩は震えていた。きっと泣いているのだろう。だが、『モルドレッド』は敢えて『トリスタン』の顔を見ようとはせず、後ろから抱き締める手に少しだけ力を込めた。
「では、弟さんは……?」
「以前話した通り、今もこの地下組織の最深部の牢獄に居るわ。……使い捨ての道具として、惨殺されて棄てられる為に。」
「……そう。でも、私がこの組織の頂点になれば、そんな残酷な事は無くなる。」
何かを企む様に耳元で告げる『モルドレッド』に、一抹の不安を覚えた『トリスタン』は思わず振り返る。
「頂点って、まさか『ランスロット』を……?」
「違う。それは私の言う所の頂点では無い。……私は何れ、『アーサー』を超える。」
一瞬、何を言っているのか理解に苦しんだが、『モルドレッド』の実力であれば、不可能とは言い切れないのかも知れない。
「ふ……恐ろしい事を言うのね。流石は私が見込んだ『推し』だわ……。」
そう言って、『トリスタン』は振り返って、『モルドレッド』の頬にそっと接吻をした。実現出来るかどうかも解らぬ無謀な挑戦ではあるが、今は只、『モルドレッド』のその言葉だけが、『トリスタン』には救いの言葉の様に思えた。
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