第2話 査問会議

文字数 2,090文字

 邸宅での主夫妻暗殺から数時間後、或る組織の地下会議室にて、生き残った方の黒服の男は尋問を受けていた。男は百九十センチ近い長身で、服の上からでも解る程に鍛え上げられた体躯をしていた。黒い髪は短く切り揃えられ、俯いて伏した切れ長の目元とその彫りの深さから、美術室に飾られた石膏像を彷彿とさせた。
 今回、夫妻暗殺の任務は成功し、強盗の仕業に見せ掛ける為の小細工も完璧であった。死んだ仲間の遺体も回収し終え、組織の関与を疑わせる物証は何一つ無かった。問題は、共に連れ帰った少女の事であった。
「何故、殺さなかったのだ?」
広い会議室の壇上から、上役と思われる人物が尋問をして来た。壇上には黒いレースのカーテンが掛かり、その姿を窺い知る事は出来ないが、声からすると年配の女性である事は確かだ。
「あの少女を連れ帰った理由を述べよ。理由の如何に因っては、私はお前を始末せねばならない。」
壇上の女性に跪きながら、男は額に汗を流しつつ答えた。
「畏れながら、『アーサー』様。あの少女は暗殺者になりたいと申しております。正式な訓練も受けずに仲間を屠ったその手腕、その後の会話での冷静な対応……。私が見る限り、これ程までに暗殺の才能に恵まれた者は、他には居りません。」
「そうか。では、その少女を使い物になる様に鍛えろ。……五年以内にだ。使い物にならないと私が判断した時には、お前諸共始末する事になるが……良いな?」
「はっ!必ずや、ご期待に副うてご覧に入れます!」
恭しく敬礼をしつつも、何処か妙だと男は思っていた。これ程の異例の事態であるのに、あっさりと片が付き過ぎではないか。夫妻の暗殺よりも、寧ろ少女を連れ帰る事こそが、本来の目論見では無かったのだろうかとさえ思われた。『アーサー』と呼ばれたこの組織の長官は、それ程までに食えない人物なのであった。

 地下会議室を後にし、其処から続く長い廊下を歩きながら、男は例の少女について考えを巡らせた。年の頃は十歳かそこ等であり、暗殺者として訓練を始めるには丁度良い年頃であった。そう言えば、男が暗殺者としての訓練を受け始めたのも、確かその年頃であったと思い出した。それまでにも、多少の武術の心得は有ったが、本格的に習い始めたのはその頃だった。別に殺しをしたかった訳では無い。ずっと心の中に存在し続ける、欠けた何かを埋める為の代償行為でしかなかった。それは、若しかすると家族の存在だったのかも知れない。
 男は研究機関に勤める父親と、政府機関に勤める母親という、一般的にはエリートと呼ばれる家庭に育った。金銭的には何不自由無い筈ではあったが、その実、心の中は常に飢餓状態だった。両親は頻繁に家を空け、幼かった男は親戚の家に預けられる事が多かった。親戚の皆は優しく接してくれたが、其処で囲む食卓はとても居心地の悪いものだった。男だけがいつまでも『お客様』なのだ。どれだけ一緒に時間を重ねても、家族の一員にはなれない。両親と共に食卓を囲む事の出来る親戚の子供達を、どれ程羨ましく思った事か……。
 その父親も、今となってはもうこの世には居ない。実験中の事故で亡くなったという事であるが、その死には未だに不可解な点が残されている。母親とは会う事は有っても、親子としての会話は一切無い。最後にその名を呼ばれたのは、何年前だっただろうか。最後に抱き締められたのは……。

 「『ランスロット』、どうぞ此方です。」
男は、部下のその言葉にはっと我に返った。それと同時に、過去の苦い思い出を思い返す程には、自分に未だ人間らしさが残っていた事を感じ、ふっと苦笑いをした。
「何を笑っているのだ?」
部下に案内された部屋に入ると、仏頂面の例の少女が声を掛けて来た。手枷に繋がれて身動きが取れない……訳では無く、ソファに踏ん反り返りながらデザートのマカロンを口に運んでいた。
「これはどういう状況だ?」
男が鋭い眼差しで問い詰めると、部下は慌てて状況を説明した。
「そ、それが……、何度手枷を嵌めても、直ぐに外されてしまいまして……。」
「私、此処から逃げ出したりしない。だから、手枷なんて要らない。それだから、その人も悪くない。それだけ!」
男には、その少女が部下を庇った様に見えた。
「……そうか。ならば良い。では、明日よりお前の訓練を始める。尚、此処では俺の事は『ランスロット』と呼べ。コードネーム以外での呼称は禁止する。」

 その男……『ランスロット』は少女を宿泊用の部屋まで連れて行きながら、ずっと気になっていた事を訊いてみた。
「お前、泣かないな。両親が殺されて悲しくは無いのか?」
暗く長い廊下を歩きながら、少女は少し考えてボソボソと口を開いた。
「……解らない。」
「解らないとは何だ!お前の両親だぞ!」
『ランスロット』は少し苛立ちを覚えつつ、少女に強く詰問した。少女は一瞬だけ驚いた様子だったが、直ぐにこう答えた。
「本当の家族じゃないから。養子として引き取られただけ……。嫌いじゃないと思うけれど、好きでも無かった。」
それを聞いた『ランスロット』は、自身と似た境遇の少女に、チラリと一瞬だけ目線を遣った。
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